民主法律時報

テロ対策という美名に 騙されるな

弁護士 向井 啓介

 2016年の通常国会が始まる際、政府は、東京オリンピックに備えてテロ等組織犯罪準備罪を今国会で成立させると言い、予算委員会の段階から法案についての質疑がなされています。3月7日に法案を閣議決定し、10日には国会に提出されることになっています。原稿作成の段階では、法案の中身はわかりませんが、これまでに伝わっている情報を元に提出される法案の説明をしていきます。

テロ等組織犯罪準備罪と言われているものは、2003年から2005年にかけて国会に提出されたものの、市民や野党の反対にあい廃案となった「共謀罪」が焼き直しされたものです。単なる共謀(話し合い)だけでは足りず、新たに「準備行為」を行うことが必要であるとか、処罰の適用対象を「団体」としていたものを「組織的犯罪集団」とする等の変更点はありますが、基本の部分は過去3度も廃案となった共謀罪と同じです。
共謀罪については論点が多岐にわたりますが、字数の制限から、「組織的犯罪集団」について説明します。「組織的犯罪集団」とは、団体のうち「その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑、無期、長期4年以上の懲役・禁固刑の犯罪を実行することにあるもの」とされており、これは、2006年5月に自民党から提案された修正案と同じ内容です。組織的犯罪集団の典型例は、暴力団やマフィア、ピンクパンサーと呼ばれる窃盗団や振り込め詐欺集団がこれにあたります。

政府は、今回の法案は、一般市民を処罰の対象とするものではないと言っていますが、本当にそうなのでしょうか。
テロ等組織犯罪準備罪(共謀罪)は、組織犯罪処罰法の改正案として提出されることになりますが、この法律の「組織」性については、元々は犯罪とは無縁の団体が一定の時点から犯罪行為を繰り返すようになった段階では、犯罪に加担していない人がいたとしても、「組織」的犯罪集団と認定される(変貌する)とする最高裁判例があります。政府も、適法な団体が組織的犯罪集団へと変貌したと認められることはありえると言っています。

組織的犯罪集団か否かは、最終的には裁判所の判断となりますが、捜査のきっかけとなる最初の判断は警察によってなされることになります。適法な市民運動、例えば、基地建設反対のための運動をしていた団体が、抗議活動の一環として継続的に工事の着工を阻止していた場合、組織的な威力妨害行為を行っているとして組織的犯罪集団と認定されてしまうおそれがあります。また、業績悪化が長引き資金繰りに窮していた会社が粉飾決算を繰り返して投資家や銀行を欺いていた場合、有価証券報告書虚偽記載罪や詐欺罪を行っているとして組織的犯罪集団と認定されてしまうおそれもあります。これらの捜査を行うか否かは、警察の判断によるということになります。

市民運動や労働運動をしている側からすると、いつ警察により組織的犯罪集団と認定されるかわからないという怖さがあります。適法な運動をしていたとしても、万が一、法に触れるのではないかとのおそれから、運動から萎縮してしまうこともありえます。やましいことは何一つ行っていなかったとしても、政府に反対する運動を行っていると、政府側(警察)にとっては邪魔な存在として、刑事法という暴力装置がいつ「牙」を向けられるかわかりません。

テロ対策やオリンピックに向けて新たな法律が必要であると言われていますが、個別の法律によって十分対処が可能です。政府のその真意は、市民を監視、制圧するための法律を制定することにあり、成立させてはいけません。

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