民主法律時報

ILO訪問記

弁護士 喜田 崇之

1 はじめに

2019年10月27日~28日、年金引下違憲訴訟弁護団を代表して私が、全日本年金者組合の有志らと共に、スイス・ジュネーブにあるILO事務所に訪問しました。今回の訪問の目的は、大きく2つです。

①日本の年金制度の様々な問題点を伝えること、②日本の年金水準がILO102号条約の求める水準に到達していないことを伝えることです。

我々は、法的基準専門官のエマニュエル氏とマルコブ氏と面談し、その後、アクトラブ(労働者活動局)で従事する2名の方と面談することができました。私が面談で伝えてきた内容や、面談時の様子をご報告します。

2 年金制度の諸問題

日本の年金制度には様々な問題があります。年金を自動的に削減し続けるマクロ経済スライドがすでに導入され、その他にも物価スライド制度の例外を設けて年金削減をさらに進める法改正が相次ぎ、いわゆる老後2000万円足りない趣旨の報告書が無視されました。

また、2019年8月には、年金財政の将来見通しを検証する財政検証が発表されました。そこでは、6つのケースの将来見通しを想定しましたが、いずれのケースでも、老齢基礎年金が削減され続け、約25年後~30年後には、約30%もの削減がなされる見込みであることが明確に示されました。財政検証の試算は様々な問題があるのですが、その一つが、6つのケースのいずれも、実質賃金が毎年上昇し続けることを前提としていることです(最も悲観的な想定ですら、毎年0.4%ずつ実質賃金が上昇し続けることを前提としています)。しかしながら、ここ数年で実質賃金は下がっており、あまりにも現実離れした試算だと専門家から指摘されています。

3 ILO102号条約違反

ILO102号条約は、ごく単純に言えば、日本でいう厚生年金については、30年間保険料を納付した場合には、従前所得の40%以上を保障しなければならないことを求めています。

日本は、5年に1度、ILOに報告文書を提出しています。日本は、60歳まで勤務した夫と専業主婦を標準モデル世帯とし、モデル世帯が30年間の加入で得られる年金額は月額16万5000円(2012年報告)と算出し、他方で、平均賃金が月額31万5000円なので、所得代替率は52.4%としています。

しかし、報告書が前提としている平均賃金は、平均標準所得というものから算出されているもので、ここには賞与が含まれていません。賞与を含んだ賃金の統計は、毎月勤労統計、賃金センサス等がありますが、これらを利用すると全く違う割合が算出されます。例えば、製造業(従業員数5人以上)の平均賃金は月額42万円です(毎月勤労統計)。

そうすると、16万5000円÷42万円は、40%を若干下回ります。そして、上述したマクロ経済スライドが適用され続けることにより、この数字は、どんどん低下することになります。老齢基礎年金が30%削減されることになれれば、年金の所得割合は 30%を下回ることになります。

4 面談の様子

ILOは、今年創設100周年を迎え、私たちが訪問したときは、総会開催の真っ只中のとても忙しいときでした。そのような中、エマニュエル氏とマルコブ氏が応対してくれ、私の上記の説明に真摯に耳を傾けてくれました。また、裁判闘争や様々な運動面で尽力していることに大変感銘を受けておられました。また、今後にむけて、条約勧告適応専門家委員会への申立ての方法や、申立てまでに行うべきこと、準備すべきこと等など、具体的なアドバイスも受けました。

その後、アクトラブ(労働者活動局)との面談では、同趣旨の説明を行い、アクトラブの日常的な活動内容、我々の活動内容の意見交換などを行い、今後も連携して、協力体制を構築することを確認することができました。

5 最後に

私にとっては初めてのILO訪問で、貴重な機会となりました。日本の年金水準がILO条約違反であることを正式に申立てをするには、まだまだ越えなければならないハードルがありますが、ひとつずつクリアしていき、ILOを動かしたいとひそかに燃えています。

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