書籍紹介『問われる正義  大阪・泉南アスベスト国倍訴訟の焦点』

2012年02月29日

 評者・弁護士 松 丸   正

大阪じん肺アスベスト弁護団 編
かもがわブックレット
600円+税

 平成23年8月25日午後2時、大阪高裁(三浦潤裁判長)は、泉南地域でかつてアスベスト製造の事業所で働いていた労働者や地域住民に対する国の賠償責任を認めた大阪地裁判決を取消し、逆転敗訴の判決を下した。
 「問われる正義」と題したこの書は、泉南地域のアスベスト被害の歴史を明らかにするなかで、「戦前から石綿の危険性を『知っていた』、やろうと思えば必要な規制や対策が『できた』、でも産業の発展を優先し、それを『やらなかった』、この歴史的真実とそれを否定した高裁判決の不当性」(同事件弁護団長芝原明夫氏の言)を鋭くえぐった書である。
 この書で「問われる正義」とは何か、国に問われるべきは生命・健康は最も尊重されるべきであるという当たり前の正義か、工業技術の発達や産業社会の発展のためには生命・健康が犠牲になってもやむを得ないという産業発展の正義(利益)か、との問いかけである。
 同様の問いかけは、過労死・過労自殺についての企業責任の損害賠償事件でもなされている。大学を新卒で東証一部上場会社である大庄が経営する日本海庄や石山駅店で働いていた青年が過労死した事件では、会社のみならず社長ら取締役の個人責任も追及した。会社や社長らは、企業競争のなかで社員にいかなる働き方をさせるかは企業利益を追及するなかでの経営判断の問題と主張した。これに対し大阪高裁は平成23年5月25日、「責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明」であるとして、会社のみならず社長ら取締役の個人責任も認めている。「至高の法益」という言葉からは、企業利益を優先し労働者の命と健康をないがしろにする労働現場に対する危機感さえ伝わってくる。
 アスベスト被害についても、過労死・過労自殺についても、生命・健康は最も尊重されるべき至高の法益なのか、企業や産業の利益という判断からは受忍せざるを得ない法益にとどまるのか、いずれの正義の立場に立つかによって判決の判断は決定される。原告勝訴の地裁判決は前者の立場、そして高裁の逆転判決は後者の立場で下された判決と言えよう。
 この書では、この裁判の最大のポイントは、国が局所排気装置の設置の義務づけを昭和30年代前半になすべきであったか否かと述べている。高裁判決は、「実用的な工学的知見」が確立、普及しておらず、コスト面から事業主が導入に積極的でなかったこと等をあげて国の責任を否定している。しかし、国は戦前からアスベストの生命・健康に対する危険性を認識していたのである。生命・健康は最も尊重されるべきであったにも拘らず、その対策を国がとらなかった責任について、「国は知っていた! できた! でもやらなかった」と端的に述べるとともに、歴史的な事実を克明に追うなかで国の責任を解明している。
 アスベスト被害は戦前から発生した古くからの問題であるとともに、将来においても命と健康の被害がより顕在化する問題である。アスベスト国賠訴訟は、最高裁での審理が続いている。この訴訟に勝訴することは、原告や、日本にとどまらず、世界のアスベスト消費量の半分以上となっているアジア諸国における被害の拡大の防止と、必要な救済・補償制度の確立に貢献するという国際的な役割を果たすものとこの書は結んでいる。
 私たちは今、過労死防止法の制定に向けての100万人署名に取り組んでいるが、この訴訟で勝訴し「命と健康は至高の法益」との正義を実現することは、この防止法の制定にとっても大きな後押しとなることを期待している。(書評でなく、弁護団への応援歌となったことをご容赦下さい。)