弁護士 仲 晃 生
第1 事案の概要
在日朝鮮人が民族教育を実施することを目的に運営する学校法人に、在特会というグループのメンバーが押し掛け、差別言動等を繰り返して授業を妨害する等したことに対して、学校法人が原告となり、在特会及びそのメンバーを被告として、名誉毀損・業務妨害に基づく損害賠償(3000万円ほど)のほか、学校周辺での街宣活動の差止を求めた事件で、京都地裁平成25年10月7日判決も大阪高裁平成26年7月8日判決も、1266万円ほどの損害賠償請求を認容。さらに、被告の一部メンバーに対する差止請求を認容した。
第2 両判決の相違点 人種差別撤廃条約上の裁判所の責務、直接適用の可否
両判決とも、在特会側の行為を人種差別撤廃条約上の人種差別に該当すると認定し、同条約を不法行為法の解釈に読み込む形で、賠償額の高額化を導いた。だが、同条約の適用にあたっての論理は、両判決で大きく異なる。
京都地裁判決は、同条約2条1項は締結国に対し人種差別を禁止し終了させる措置を求めていること、6条は締結国に対し、裁判所を通じて、人種差別に対する効果的な救済措置を確保するよう求めていることを受けて、「これらは、……締結国の裁判所に対し、その名宛人として直接に義務を負わせる規定であると解される。このことから、わが国の裁判所は、人種差別撤廃条約上、法律を同条約の定めに適合するように解釈する責務を負う」としたうえで、民法709条を同条約の定めに適合するように解釈する。たとえば、無形損害の金銭評価に際しては、「無形損害に対する賠償額は、行為の違法性の程度や被害の深刻さを考慮して、裁判所がその裁量によって定めるべきものであるが、人種差別行為による無形損害が発生した場合、人種差別撤廃条約2条1項及び6条により、加害者に対し支払を命ずる賠償額は、人種差別行為に対する効果的な保護及び救済措置となるような額を定めなければならないと解される」とする。ここでは、日本における不法行為法の通説である損害の填補賠償にとどまらず、「効果的な保護及び救済措置」を実施するための制裁的な、あるいは特別予防もしくは一般予防的な賠償額の高額認定をも可能とする論理が、同条約の文理解釈・趣旨解釈を通して説得的に導かれている。これは、刑事事件であれば人種差別の動機が量刑を加重させるとする日本政府の人種差別撤廃員会における答弁で示された、「人種差別撤廃条約が法の解釈適用に直接的に影響することは当然のこととして承認されている」とする認識の当然の帰結でもあった。
ところが、大阪高裁は、上記の下線部等を削除した。そのうえで、私人間への間接適用法理を用い、不法行為法の通説の枠内すなわち填補賠償の枠内で、人種差別撤廃条約の趣旨が人種差別行為の悪質性を基礎づけ、それにより無形損害に対する賠償額が高額化するという論理を用いた。
今後は、①なぜ大阪高裁は、同条約上の裁判所の責務や、制裁的あるいは特別予防・一般予防的な損害額の認定を可能にする、1審判決の論理を削除したのか、②はたしてそのような削除が同条約の趣旨に合致するのか、③1審判決の論理が、不法行為法の従来の通説の枠や司法権の範囲に関する通説の枠を超えるとしても、人種差別撤廃条約に加盟した現段階において、それら従来の通説の枠組みを維持し続けることに法的合理性・論理性は存在するのか、といった点について議論を深める必要があろう。
第3 両判決の共通点 被害事実の深刻さが基礎となっていること
「効果的な保護及び救済措置」のための賠償額高額化という論理を採用しなかった大阪高裁判決だが、結論的には、京都地裁の認定した賠償額は追認した。両判決のよって立つ論理の相違を思うと奇異にも思える。しかし、両判決とも、学校側が長期に渡り強いられた対応が如何に過酷で厳しいものであったかということ、これからもインターネットによる動画拡散等を通じて被害が再生産される可能性があることなど、被害事実及びその深刻さについての認識・評価では一致している。それらの被害事実をベースとした場合、本件は、人種差別行為による損害は過小評価されがちであるとする人種差別撤廃委員会の一般的意見 ―1などを踏まえると、大阪高裁の論理によっても1226万円程度の賠償額は優に認められて当然の事案であった。そして、京都地裁判決も、実は、同様に積み上げた賠償額1226万円が「効果的な保護及び救済措置」に資する額であると判断していた可能性もある。
第4 展望
本件に人種差別撤廃条約を適用することで妥当な結論を導くには、どのような論理を用いるべきか。京都地裁判決と大阪高裁判決は、そのための論理が二つありうることを示した。いずれがより適切であるのか、あるいは他の論理もあるのか、第2で述べた点を中心に、今後、議論が深まっていくことを期待したい。