民主法律時報

阪神バス事件――会社分割における労働契約承継法の適用について重要な判断を示した保全抗告決定

弁護士 立 野 嘉 英

1 はじめに

 この事案は、民法協ニュースにも既に2回報告がなされているが、今回、身体障害を有する労働者に対する勤務配慮の打ち切りが公序良俗に違反するとした仮処分の認可決定に対して、阪神バス側が大阪高裁に申立てた保全抗告について、完全勝利の決定を得た。今回の大阪高裁の決定には、会社分割における労働契約承継の手続を定めた労働契約承継法について、実務に重大な影響のある解釈が示されている。

2 事案の概要

 本件は、阪神バスの従業員(バス運転手)であり、「腰椎椎間板ヘルニア」の手術後、排便障害の身体障害を有するA氏が、勤務シフトにおいて従前受けていた配慮を受けられなくなったことで、従前受けてきた配慮された内容の勤務シフトによって勤務する義務のない地位にあることの仮の確認を求めて、仮処分を申立てた事案である。

 A氏は、1回目の仮処分命令申立を行い、暫定的に和解をしたが、勤務配慮制度に基づく協議によって定まった内容以外の勤務シフトによって勤務する義務のないことの確認を求めて、神戸地方裁判所尼崎支部に本訴を提起した。
 前記1回目の仮処分和解は期限を区切った暫定的なものであったため、その後、2回目の仮処分を申立てた。

 神戸地方裁判所尼崎支部(揖斐潔裁判長)は、昨年4月9日、身体障害を有するA氏に対する勤務配慮の打ち切りが公序良俗ないし信義則に反するとして申立てを認容する決定を下した。阪神バスは保全異議を申立てたが、これについても、同支部(石田裕一裁判長)は、同年7月13日、原判決の判断を維持し、認可した。
 阪神バスは、上記認可決定を不服として更に保全抗告を申立てた。本決定は上記保全抗告申立に対しての判断が示されたものである。  

3 本決定の意義①~阪神電鉄時代の労働条件が、会社分割に伴い阪神バスに承継されると明確に判断

 労働契約承継法は、会社分割制度の導入に伴い、労働者保護の観点から、労働契約の承継等についての特例を定めたものである。
 すなわち、会社分割においては、承継会社等は、分割計画書等の記載に従い、分割会社の権利義務を承継し、労働者が承継されるか否かは、分割計画書等に記載されるか否かで決定される。 

 しかし、それでは、労働者の意思と無関係に、従事してきた業務から切り離されることになってしまうから、労働契約承継法は、労働者に異議の申出を認め、異議の申出がなされた場合には、承継会社等に承継される又は承継されないこととし、当該労働者の保護を図っている。
 また、上記異議の申出の機会を労働者に与えるため、法は、労働者に対する通知により異議の申出の機会を与え(労働契約承継法4条1項)、また、個別の事前協議(商法等改正法附則5条)の手続を履践することを要求している。
 そして、労働契約承継法の下では、労働条件はそのまま維持され、包括的に承継される。

 ところが、本件では、分割会社である阪神電鉄は、分割契約書にはその雇用する労働者を承継するか否かを記載せず、労働者から個別の転籍同意書を取り付けており、これによって転籍させたものであるから、労働契約承継法の適用はないと主張した。そして、労働契約承継法の適用がないがため、転籍に伴い承継会社である阪神バスでの労働条件が適用されることになるのは当然であると主張した。

 これに対して、当方は、労働契約承継法の前記趣旨からすれば、会社分割に伴いおいては例外なく労働契約承継法が適用されるのであり、個別の転籍同意を取り付ける方法は労働契約承継法の潜脱であり許されないと反論した。なお、阪神電鉄がA氏から取り付けた同意書には、包括承継を定めた労働契約承継法のルートが本来あることは何ら説明されていなかった。

 会社分割の実務において、労働者保護の観点から労働契約承継法が種々の手続を定めているにもかかわらず、個別転籍の同意を労働者から取り付けることで、その適用を会社が免れることができるとすれば、会社分割において労働者の保護が全く図られなくなることは自明である。労働者は、従事してきた業務を継続できるか否かに最も不安を感じるはずであり、その不安や力関係を背景に、同意書に判子を押してしまうであろう。

 もっとも、これまでの裁判例で会社分割において転籍同意方式が許されるかについて判断されたものはなく、本訴においても相手方が熾烈に争っていた。また、本事案のように、会社分割において転籍同意方式がとられる実務がまかり通っていたとすれば、労働者保護の観点から極めて深刻な事態である。

 この点、大阪高裁(前坂光雄裁判長)は、5月23日付決定で、「労働契約承継法が、承継事業に主として従事する労働者の労働契約は、当該労働者が希望する限り、会社分割によって承継会社等に承継されるものとしている趣旨にかんがみると、転籍同意方式による契約は、労働契約承継法の趣旨を潜脱する契約であるといわざるを得ず、これによって従前の労働契約とは異なる別個独立の労働契約が締結されたものとみることはできない」と明確に転籍同意方式を否定し、労働契約の包括承継を認めた。

 これは、個別の転籍同意を取り付けることでは労働契約承継法の適用を免れないという裁判所の立場が初めて示されたもので、労働契約承継法の解釈として重要な先例的価値を持つと同時に、会社分割の使用者側実務に対する重大な警鐘となるものといえる。

4 本決定の意義②~労働協約も公序に反し無効と判断

 大阪高裁は、「原則として勤務配慮を行わない」と定めた労働協約も、転籍同意方式を前提とするものであり、本来は労働契約を承継させるべきところ、上記労働協約の効力を認めることは、「労働契約承継法が承継会社に分割会社と労働者間の労働契約を承継させることを労働者に保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、4者合意中の勤務配慮に関する条項は公序に反して無効であると解するのが相当である」とした。

 すなわち、転籍同意方式を前提とした労働協約も、労働契約承継法の趣旨を失わせるもので公序に反して無効としており、労働契約承継法の労働者保護の趣旨を徹底する解釈を示している点で重要である。労働組合としても、会社分割の際の労使協議に当たっては、転籍同意方式が労働契約承継法の趣旨から許されないものであることを十分理解しておく必要があるだろう。

5 本決定の意義③~A氏の身体障害に対する勤務配慮は労働条件であり、勤務配慮の必要性があるという判断を維持

 まず、原審でも認められていたことだが、身体障害を有するA氏に対する勤務配慮は事実上の温情的措置であるとの阪神バスの主張を排斥し、労働条件であると判断している点は出発点としてやはり重要である。

 また、阪神バスは、A氏の身体障害について、病状や障害の程度に関する説明に信用性がないとして勤務配慮の必要性がないとか、手術により治療可能な疾患等と主張していたが、大阪高裁は、排便障害の残存を認め、抹消神経障害ないし馬尾症候群に起因するもので、手術によっても上記排便障害が解消されるものとはいえないとして、勤務配慮の必要性を認めた。この点も、本訴において相手方が重点的に主張してきた点であり、大阪高裁の判断が示されたことは本訴追行にとって意義が大きい。

6 おわりに~二重の公序良俗違反が示された事案

 以上のように、本保全抗告決定は、会社分割において転籍同意方式が許されないという労働契約承継法の解釈上これまで先例のなかったところについて明確な判断が示されたものであり、会社分割実務に対する影響は極めて大きいと思料する。
 また、本事案について高等裁判所が下した初めての判断であり、本訴に対する影響も大きいのは言うまでもない。

 仮処分及び保全異議においては、障害者の勤務配慮の打ち切りが障害者の権利を害することになり公序良俗に違反するという判断がなされていたが、本決定では、これに加えて、労働契約承継法の趣旨に反して公序に反するという判断を示し、本事件では、二つの理由から公序良俗違反が示されるという仮処分手続としては異例の結果となった。

 これは、本事案が、「障害」を持つ「労働者」という二重の属性を持つ者に対する権利侵害がなされたものであり、仮処分手続においては、それぞれの属性に光を当てて、あるべき保護についての司法判断が示されたものとして評価したい。
 本訴はいよいよ人証段階に入ることになるが、今回の高裁決定を受けて、勢いを得ながらも気を緩めることなく取り組んでいきたい。

(弁護団は、岩城穣、中西基、当職)

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