民主法律時報

「労使関係に関する職員のアンケート調査」の問題点

第1 はじめに
橋下大阪市長が職員(任期付職員、再任用職員、非常勤嘱託職員、臨時的任用職員、消防局職員を除く)に対して行っている「労使関係に関する職員のアンケート調査」(以下、「本件調査」という)は憲法違反・法律違反の内容を含んでおり、これを職務命令として強制することはできず、また、職員はこれに応答すべき義務はないといわなければなりません。
以下では、本件調査の法的問題点を具体的に明らかにするとともに、市職員の疑問にもお答えしたいと思います。

第2 本件調査の問題点
(1) 本件調査の目的
本件調査は「市の職員による不適切と思われる政治活動、組合活動」について「徹底した調査・実態解明」を行い、「膿を出し切」るために行うとされています。
そもそも地方公務員もひとりの国民であり、憲法上、思想良心の自由や表現の自由、政治活動の自由が保障されています。ただ、政治的行為については、行政の公正な運営のために、地方公務員法36条によって例外的に制限が加えられているものです。逆に言えば、地公法36条によって規制されている政治的行為以外の政治活動については、地方公務員であっても、他の国民と同じく完全に保障されているわけです。
組合活動については、地方公務員も労働者である以上、憲法上、労働基本権が保障されるのが原則です。ただ、地公法37条が団体行動権を制限し、地公法55条が団体交渉権について一部制限しています。逆に言えば、これらの制限されているもの以外の労働組合活動は、地方公務員であっても、民間の労働者と同じく完全に保障されています。ただ、勤務時間内の組合活動に関しては、地公法35条の職務専念義務に抵触する場合には制限されます。
本件調査は、「不適切と思われる政治活動、組合活動」を調査することを目的とするものですが、問題とされるべきなのは、「不適切」かどうかではなく、「違法(地公法の規制に抵触する)」かどうかです。この点をあいまいにしている本件調査は、そもそも地方公務員の政治活動・組合活動の自由についての基本的な理解を欠いているのではないかと言わざるを得ません。
(2) 本件調査の法的性質
本件調査は、「アンケート調査」と銘打たれてはいますが、市長の「業務命令」(職務命令)としてなされるものであり、「真実を正確に回答」すること、「正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえ」ることとされています。
これは、本件調査を地方公務員法32条の職務命令として職員に回答を義務づけるものであり、その義務違反については、同法29条1項2号による懲戒処分を行うということを意味します。
ただ、後述のように、本件調査に回答せよという職務命令は違法であると考えられます。違法な職務命令に従わなかったからといって懲戒処分をすることは、やはり違法です。
(3) 本件調査の態様
本件調査は、記名式であり(Q1)、記載者が特定される形式となっています。また、同頁の全ての項目について回答しないと、次頁の回答ができないシステムになっているため、本件調査に応じるには全ての項目に回答しなければなりません(この点は、「正確な回答」をしなければ懲戒処分を行うという点からも強制されています。)。
憲法19条は「沈黙の自由」を保障していると解されています。誰しも自分の思想信条の表明を強制されないということです。本件調査は、全ての項目への回答を懲戒処分の威嚇によって強制するものですから、明らかに、「沈黙の自由」を侵害するものです。刑法223条1項の強要罪に該当する可能性もあります。

第3 職務命令の規制について
1 地公法32条は、職員は、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないと規定しています。    しかし、まずそもそも、命令は、職務に関連するものでなければ、職員を拘束する命令にはなりません。職務と関連しない日常的な生活や社会的活動、思考・表現等に関する職務命令は違法となります。
次に、職務命令の内容が憲法、法律、条例等に違反する場合にも、もちろんその職務命令は違法となります。
2 では、違法な職務命令が行われた場合、職員はこれに従う義務があるのでしょうか。
この点については、違法が明白な場合や客観的に明らかな場合のみ従う義務がないとする裁判例があります。
ただ、日本は法治主義の国なのですから、職員は全体の奉仕者として法令を遵守する義務があるのであって(憲法15条2項、地公法30条、32条)、その義務は職務命令に優先するはずです。職員は違法な職務命令には従う義務がなく、むしろ違法が明白であるにもかかわらず、その職務命令に従うことは、法令遵守義務に違反する行為と考えるべきです。

第4 本件調査の違憲性・違法性について
1 それでは、具体的に、本件調査について見ていきましょう。
本件調査の質問項目は、全部で22問ありますが、Q1からQ5は記述者の特定に関する項目ですので、残る17項目について検討します。以下では、説明の都合上、問題となる法令ごとに検討していきます。

2 職務に関連しない事項に関し回答を強制することは違法です。
(1) まず、前記のように、職務に関連しない事項についての質問に対する回答を職務命令として強制することはできません。これは当然の事理ですが、職務命令としては地公法32条に反し違法です。
(2) 本件調査の質問項目をみれば、個人の組合活動の有無を問題にする項目(Q6、Q16から21)や、個人の選挙活動の有無を問題にする項目(Q7~Q10)などは、職務に関連しない事項である(少なくとも関連しない事項を含む)ことが明らかであり、これらの回答を強制する行為は違法です。

3 職員の内心の自由を侵害し、憲法19条に違反します。
(1) 憲法19条は、個人の思想及び良心の自由を保障しています。個人の内心について公権力が介入できないことは近代国家の大原則であり、同条の保障の内実として、「内心の告白を強制することの禁止(沈黙の自由の保障)」が含まれています。
したがって、公権力が個人の個人の世界観、人生観、主義、主張などを告白させあるいは推知することは、たとえそれが具体的な不利益取扱いと直接連結させられていなくても、それ自体、思想・良心の自由の侵害となります。
(2) この点、本件では、組合活動や選挙活動についての考えを強制的に回答させており(Q15、17~19)、内心の自由を侵害することが明らかです。また、組合活動や政治活動に関する事実の摘示を強制する行為(Q6、7など)も、内心の思想を推知させるものであり、同様に思想及び良心の自由に違反するというべきです。

4 職員の団結権を侵害し、憲法28条に違反します。
(1) 地方公務員にも団結権が保障されており(憲法28条、地公法52条3項)、その保障内容の一つとして、使用者である当局から労働組合の結成や運営(参加)について介入されたり、妨害されたりしない権利があります。
(2) 組合活動への参加の有無・誘った人の有無(Q6)、組合加入の有無(Q16)、組合への相談の有無(Q20)の回答を強制する行為は、組合の自由な活動やその参加を抑制するおそれの強いものであることから、労働組合の組織・運営に対する支配介入行為として違法とされています。
また、組合に加入するメリットについてどう感じるか(Q17)、組合の力にはどのようなものがあるか(Q18)、組合に加入しないことによる不利益にどのようなものがあると思うか(Q19)、などの意見の回答を使用者である当局が強制する行為も、組合の運営・活動に関する外部からの不当な干渉行為として許されないというべきです。

5 職員の政治活動の自由を侵害し、憲法21条に違反します。
(1) 選挙活動・政治活動の自由は、憲法の国民主権の原理に直結した国民の重要な権利であり、憲法が保障する表現の自由(21条)の根幹をなすものです。地方公務員にも当然にこの保障は及びます。
ただ地方公務員法36条は、この保障の例外として、地方公務員の政治的団体の結成への関与等の禁止(同条1項)と、特定の政治的目的を有する特定の政治的行為の禁止(同条2項)を定めています。
第1項の行為のうち「政党など政治的団体」の「結成への関与」とは、政治団体の発起人となったり、代表者となったりすることで、単に団体の構成員になったり、政治団体の会合に出席するなどの行為は禁止されていません。また、「構成員になることの勧誘運動」とは、「不特定多数の者を対象として、組織的・計画的に決意をさせるよう促す行為」を指すのであり、限定された友人に入党を勧めることや、個々の政治団体への入会を依頼することは禁止の対象ではありません。
第2項は、「投票勧誘運動」(同項1号)、「署名運動の企画・主催」(同項2号)、「寄付金募集」(同項3号)、「文書又は図画の庁舎への掲示」(同項4号)を規制しています。ただ、これらの行為であっても、行政の公正な運営を実質的に阻害する場合に限って制限されると、限定的に解釈されています。例えば、「投票勧誘運動」については、組織的、計画的、又は継続的に勧誘する場合に限って規制され、そうではない個人的な投票勧誘については規制の対象ではありません。このように、地公法36条は極めて限定された行為を禁止しているだけであり、その以外の政治活動は自由に行うことができるのです。
(2) 以上からすると、特定の政治家を応援する活動に参加したかどうか・どのように誘われたかの質問(Q7)は、職場の関係者から特定の政治家に投票するよう要請されたかどうかの質問(Q8)、「紹介カード」の配布を受けたか否か、記入返却したか否か、返却した理由に関する質問(Q9)は、それ自体、何ら禁止される行為にあたらない質問であり、これを強制的に回答させる行為は憲法21条の表現の自由に反するというべきです。

第5 結論
以上のように、本件調査は、憲法上・法律上種々の内容に明白に違反するものであり、職務命令としてその回答を強制することは違法で、職員はこれに従う義務がないと言わなければなりません。
なお、本件調査項目のいくつかについてはさらに検討を要する事項が含まれている可能性はありますが、質問内容が無限定で明らかに違憲・違法な部分を含んでいること、明らかに違憲・違法なものを含め全ての項目への回答を強制していることからして、本件調査全体について回答に従うべき義務はないというべきです。

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