安倍「働き方改革実行計画」を どう読むか

2017年05月15日

弁護士 城塚 健之

1 「働き方改革実現会議」とは

2017年3月28日、「働き方改革実現会議」が「働き方改革実行計画」を決定しました。これはどのようなものなのか、まずは経過を振り返ってみましょう。

「実現会議」は、安倍政権が目玉として掲げた「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年6月2日閣議決定)を受けて設置されたものでした。「一億火の玉」、「一億総懺悔」、「一億総白痴」など、「一億~」と名のつくものにろくなものがなかったのはみなさんご承知のとおりですが、今回の「プラン」は、以下の論理(?)を述べています。少子高齢化は経済成長の阻害要因→究極の成長戦略として「一億総活躍」が必要→そのために「戦後最大の名目GDP600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」という目標(新たな三本の矢)を掲げる→そのための最大のチャレンジが「働き方改革」→具体的には「同一労働同一賃金など非正規雇用の待遇改善」、「長時間労働の是正」、「高齢者の就労促進」が必要。

それにしても、なぜ安倍政権はこんなものを持ち出したのか。それは、アベノミクスが行き詰まる中、格差と貧困の広がりをこのまま放置すれば、社会が保たなくなり、政権への批判が強まり、安倍首相が一番やりたい改憲にも支障を来すことを恐れたからでしょう。

この「プラン」を受けて、同年9月、「実現会議」がスタートしました。メンバーは、安倍首相(議長)以下政治家9名、「有識者」15 名。うち労働側は神津連合会長1名のみで、あとはおおむね使用者側という、例によって偏ったメンバーです。

第1回会議では、安倍首相がマスコミを前に、九項目のテーマを掲げました。すなわち、①同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善、②賃金引き上げと労働生産性の向上、③時間外労働の上限規制のあり方など長時間労働の是正、④雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、教育、⑤テレワーク・副業など柔軟な働き方、⑥働き方に中立的な社会保障制度、女性や若者が活躍しやすい環境整備、⑦高齢者の就業促進、⑧病気の治療、子育て・介護と仕事の両立、⑨外国人材の受入れ。否が応にも期待が高まる演出でした。

しかし、その後の議事録をみると、毎回、「有識者」が順番に自分の意見を言いっぱなしにするだけで、議論にはなっていません。ただ、安倍首相の発言の場面になると、ここぞとばかりにマスコミを引き入れて大宣伝。たとえば、⑧について元おニャン子の生稲晃子氏がトライアングル型支援(病気療養中の労働者が復帰するためのに主治医、産業医・会社、両立支援コーディネーターの連携)を提案すると、これにとびついて絶賛するなどです。とにかく徹頭徹尾、パフォーマンス。

2 「働き方改革実行計画」とは

そして出てきたのが「実行計画」。①「同一労働同一賃金」では、「同一労働同一賃金ガイドライン案」(2016年12月20日)を基に法改正を進めるとしています。もっとも、「ガイドライン案」の中身は、現行の労契法20条、パート法8条の解釈論にすぎません(したがって、これを「同一労働同一賃金」というのは羊頭狗肉というものです)。しかも、これはもともと労働法学者等を集めた厚労省の研究会で検討していたものを、いわば横取りして「実現会議」で発表したものです。何とあざといやり方でしょうか。それでは、これを立法化することで何が前進するのかというと、何もないとは言いませんが、よくわかりません。しかも、今は正社員の待遇が低下し、「なんちゃって正社員」が問題となる時代。「同一労働同一賃金」だけでは労働者の生活は向上しません。このあたりは竹信三恵子『正社員消滅』(朝日新書)などもご参照下さい。

③長時間労働の是正については、時間外労働時間の上限(月45時間、年360時間)に罰則を設けるとしたことは確かに前進ですが、例外がひどすぎる。労使協定で定めれば、年720時間までOK(ただし、2~6か月平均のいずれも80時間以内、単月では100時間未満、年6回まで)というのですから、これは過労死水準にお墨付きを与えるようなものです。この例外は、安倍政権が日本経団連と連合に丸投げしてまとめさせたものでした。まとまらなければ労使のせいにできるという、小賢しいやり方でしたが、その攻防ラインも、100時間「未満」か「以内」かというお粗末なレベルでした。加えて、オリンピック優先で運送業・建設業は5年間先送り、医師も特殊だということで同じく先送り。まったく、とんでもない内容と言わざるをえません。しかも、それと引換に、高度プロフェッショナル制度(ホワイトカラーエグゼンプション)創設や企画業務型裁量労働制見直しについて「国会での早期成立を図る」というのです(これは第1回会議から榊原経団連会長らが要求していたことでした)。これで神津連合会長は言質を取られ、連合は労基法改悪に反対できなくなったということでしょうか。

あとは具体的な立法に言及している項目はないようですが、④では人材ビジネスの跋扈を告発された権利討論集会の森崎巌さんの講演が想起されます。⑤は非労働者化政策(=規制の消滅)や副業のススメといったところ。

最大の問題点は、安倍「働き方改革」が、経済成長・労働生産性の向上を目的として議論されていることです。「一億総活躍」はその手段にすぎません。だからこのようないびつなものができあがるのです。この間、「総資本の理性」によって、多少なりともましになるのではと期待する向きもありましたが、やはり、みずからたたかわずして何か獲得できるというのは幻想でした。

こうして「政治主導」で話ができあがってしまったのですから、その後の労働政策審議会(労政審)の検討も、形ばかりのものとなってしまうおそれがあります。

3 「ポスト真実」とどう向き合うか

そもそも、「世界で一番企業が活躍しやすい国にする」、「既得権益の岩盤を打ち破るドリルの刃になる」などと言っていた安倍首相が、今回の「働き方改革」をどこまでまじめに考えているのかは疑問です。だいたい、福島原発が「アンダーコントロール」だとか、南スーダンは「戦闘ではなく衝突だ」とか、安倍政権は、言葉を弄び、国民を騙す態度が顕著です。これらは「ポスト真実」(客観的事実より、感情的な訴えかけを重視する政治状況)の表れともいえますが、これは軽視できません。言葉は人の考え方を規定し、思想すら変えてしまうからです。「戦争は平和」などと言って国民を洗脳するジョージ・オーウェル『1984年』の世界、特定の文法が人々を虐殺に駆り立てるという伊藤計劃『虐殺器官』の世界は、絵空事ではありません。

民法協会員には、本質を正しくつかみ、その見地から批判を加えていくことが、これまでにも増して求められているといえるでしょう。