「原発ゼロの会・大阪」発足の集い報告

2011年10月26日

弁護士 喜 田 崇 之

  1. はじめに
      平成23年10月15日午後6時30分より、「『原発ゼロの会・大阪』発足の集い」が、エルおおさか南館5階で開かれました。同会は、立命館大学名誉教授安斎育郎氏、ジャーナリスト大谷昭宏氏等、様々な著名人が呼びかけとなり、大阪から原発ゼロの取り組みを行い、全国の団体と反原運動を目的とするものです。
     「集い」には、総勢300人以上の方が参加し、正式に「原発ゼロの会・大阪」が結成され、大成功でした。本稿では、集いの中身を報告致します。

  2. 記念講演
      「集い」の記念講演として、原発問題住民運動全国連絡センター代表委員山本雅彦氏による講演が行われました。山本氏は、元関西電力の職員で、美浜原発にて勤務していた人物でしたが、原発の危険性等を社会に訴える活動をしているところ関西電力から追い出された人物です。山本氏の講演は、時間が十分に取れない中、我々市民が知らなければならない事実を提供し、同時に国は電力会社に対する怒りが沸々と湧きあがらずにはいられない講演となりました。

    (1)原発に依存する自治体の問題
      まず、山本氏は、原子力発電所の基本的な構造や、核のゴミが大量に発生する等の基本的な問題を指摘されました。
      次いで、原発誘致による自治体の問題を指摘されました。
      原発を誘致すると、巨大な原発マネーが自治体に流れ、原発依存体制になる。そして、小さな原発事故でも起きてしまうと、企業は風評被害等が発生すること等を敬遠し、原発周辺に立地することを避ける。実際に、福井県にある食品関係の大企業の誘致の話があったが、福井県の原発事故の影響により、企業から見送られたことがあったということでした。
     このように、原発が建設されると、周辺に他の産業が成り立ちにくくなり、最終的には原発だけが残るのである。そうなると、自治体はますます原発に依存していくという話でした。
      また、原発マネーによる汚職、裏金作りが蔓延したり、全く無駄としか思えない施設の建設が乱発しているようです。福井県では、そのような施設が乱立し、宿泊施設等が毎年何千万円もの赤字を出すなどの状況ということでした。

    (2)福島原発事故は人災である
     また、山本氏は、本年3月11日の震災による福島原発事故につき、政府・東電の対応について改めて批判し、人災であることを強調されておられました。特に、海水注入が遅れたことにより被害が拡大していることは確実であり、許されないことであると指摘されていました。
     そして、津波到達の前に全電源喪失状態になっていたことが公表されているデータからわかっており、今回の事態は津波によるものではなく、そもそも地震により引き起こされている可能性を指摘されました。
     現在の汚染状況や、早急に、人が退去しなければならないことや、除染の必要性を訴えておられました。

    (3) 国家が国民を欺いてきた事実
     その他、地震国日本でなぜ原子力発電所ができて行ったのかの歴史的な話にも触れられていました。
     国は、活断層があるということを認識していながら、その真上に原子力発電所を建設したりしたのですが、活断層があることを隠すため、当該建設現場の航空写真を修整して、断層があることを隠して発表していたという許されざる行為に及んでいた事実を指摘されました。そして、安全性に関する様々なデータをねつ造し、地域住民に原発が安全であると騙し続けてきたというのです。例えば、国のデータによれば、阪神・淡路大地震の起きる可能性はゼロだったとされていたのであり、いかに信用のできないでたらめなデータを示してきたと指摘されました。
     筆者としては、まさに、国家的犯罪であると言わなければならないと感じました。
     そして、山本氏によれば、国は安全性に関するデータが捻じ曲げることにより、安全対策のコストを下げようとしているのであるという指摘がありました。原発の安全性を高めれば高めるほど、安全対策コストが高くつくことになり、そうするとそもそも原発の採算が見合わないようになる。まさに、安全性を無視して収益を優先していたというのです。

  3. 最後に
     記念講演の後、「原発ゼロの会・大阪」が発足となりました。そして、「原発ゼロの会・大阪」は、大阪で原発ゼロの世論を高め、全国の仲間と連帯して、学習会や見学会によって原発ゼロの合意を作っていくこと、府下の各地域で「原発ゼロの会」を無数に作っていくこと、関西や全国の仲間と連携した取り組みをしていくことと等が確認されました。また、各地域団体の方々が、次々と檀上に上がり、共に連帯し、原発がなくなるまで息長くこの運動を進めていくことが宣言されていきました。
      原発という大きな壁に立ち向かうために、一人の市民としてできることをやっていきたいと思わせる、素晴らしい集いでした。