民主法律時報

中国雲南省 麗江 シャングリラ紀行 (第1回)

弁護士 福 山 孔市良

1 はじめに
 麗江が1996年2月にマグニチュード7の地震に襲われた。この災害を援助するため、世界各国の援助隊が麗江を訪れた。このことがきっかけで南宋時代から変わらない黒い色瓦が重なる町が世界に知られるようになった。
 特に納西(ナシ)族の象形文字、生きた化石文字と言われる東巴(トンパ)文字(世界記憶遺産や納西古楽など文化の面からも貴重な遺産が明らかになり、地震の次の年1997年12月、この町が世界文化遺産に登録された。
 この麗江の町から北へ15キロ、南北35キロにわたって13の峰々がそびえる玉龍雪山が万年雪で覆われているのが見える。この山の主峰は5596メートルで1987年、アメリカ隊が、初登頂を成功させるまでは、長年未踏峰の山であった。この玉龍雪山の存在が、麗江の魅力を一層増加させている。
 この玉龍雪山に1998年、ロープウェイが完成し4500メートル地点まで、登ることが可能になった。また、このロープウェイの乗り場から8キロ程行くと、緑の草原雲彩平(うんさいへい・3240メートル)があり、ここからは、玉龍雪山の東壁を見ることができ、やはりロープウェイで登ることができるので、玉龍雪山への高山病対策にもなっている。
 私は2003年1月1日、日本を出て上海経由昆明、昆明から麗江へと飛行機を乗り継いでやって来て、正月から玉龍雪山にもロープウェイで登り、また、この周辺を走り廻ったことがある。もう10年も前のことである。この10年、中国の変化も激しく2002年雲南省西北端のチベット族自治州の中甸(ちゅうでん)が、ジェームズ・ヒルトンの小説「失われた地平線」の理想郷が「シャングリラ」だと自治政府が主張し、名前も中甸から香挌里拉(シャングリラ)と変更してしまった。
 このことがきっかけで、雲南省の中でもシャングリラは特別な地域となった。この町の標高が3276メートルと高い上、まわりに4000メートルを超える山々がそびえ、京都大学の登山隊の遭難でも知られる梅里雪山(6740メートル)がここから車で7時間の奥地にあり、興味深い地域を形成している。
 このシャングリラも麗江と共に、一度は訪れたいという思いが重なって、ようやく10年目の2012年4月末から5月にかけて麗江シャングリラの旅が実現することになったのである。
 
2 いよいよ出発
 この旅には、佐賀、福岡の九州から13名、関西からは7名の計20名の参加で、九州の人達とは上海で合流することになっている。
 大阪組は7時40分に関西空港に集合し、9時40分発中国東方航空730便で、上海に向かった。関空、上海間の所要時間は2時間20分、時差は1時間なので、気分的にはヨーロッパに行くのと比べて気楽である。
 上海の国際線浦東空港に、午前  時(現地時間)に到着して、九州組と合流し、バスで虹橋空港に移動する。
 上海16時05分発MU5818にて、いよいよ雲南省の省都、昆明へ出発する。
 今回の旅の大きな課題の一つは高山病対策である。昆明で合流したガイドのエンさんが言うには、昆明は標高1870メートル位、次の麗江が2400メートル、シャングリラは3200メートルと、だんだん高度が上がっていく。ベッドで寝る高さから昼間ハイキングで歩く高さはシャングリラでは、3700メートルから4500メートルも上がるということで、高山病対策が重要である。
 私は添乗員の阿辻さんから小さなお菓子の様な酸素の固まりをもらったり、佐賀の平山さんからはペットボトルに酸素の粉を入れてもらって飲んだり、いろいろ助けてもらった。みんな、それなりに常備している。麗江でも、シャングリラでも酸素を買った。1つ80元(80×15=1200円)で、高価な空気である。
 19時20分に昆明の空港に到着、3時間15分の空の旅で、着後バスで錦江大酒店へ。立派なホテルで、昆明そのものも思ったより大都会である。
 夕食はホテルから近い椎苑酒店、中国第1日目の夕食なので、メニューの詳細を書くことにする。鶏肉炒め料理、キノコと牛肉の炒め料理、豚肉の団子、カボチャの蒸し料理、松茸入りの茶わん蒸し、菜の花、茄子の炒め料理、ピーマンと豚肉の炒め料理、冬瓜のスープ、チャーハン、フルーツ。野菜類が多い料理で食べやすかった。 (つづく)

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