不更新条項による雇止めを有効とする 不当判決―― 近畿大学事件 ――

2020年01月15日

弁護士 吉岡 孝太郎

1 はじめに

本件は、4回の更新を限度とする任期規程の上限を超えて契約更新が繰り返されてきた近畿大学の医学部の任期付助教が、近畿大学により平成28年3月31日に雇止めをされたこと(以下「本件雇止め」といいます)に対して、雇用契約上の地位の確認等を求めたものです。

平成31年11月28日、大阪地方裁判所(中山誠一裁判長)は、本件雇止めを有効とする不当判決を言い渡しました。

2 事案の概要

原告は、平成20年1月1日に近畿大学の医学部の助教として入職しました(期間は同年12月31日まで)。

「近畿大学助教及び助手の任期に関する規程」(以下「任期規程」といいます)では、助教の任期は1年で再任は4回を限度とするとされていましたが、原告は入職前に当時の主任教授より医学部では更新回数の制限はないとの説明を受けました。現に、近畿大学の医学部では臨床系・基礎系を問わず、助教は任期規程の再任限度を超えて更新されており、原告もその一人でした。

最後の契約更新時を除いて、入職当時も契約更新時も契約書が作成されることなく、契約更新手続きも、原告が継続任用申請書に氏名や教育研究業績欄等に入力したものを主任教授に送信し、主任教授がこれに申請理由欄等を加筆して大学に提出するだけで終了し、完全に形骸化していました。

ところが、近畿大学は、6回目の契約期間(平成26年4月1日~平成27年3月31日)が終了する18日前の平成27年3月13日に、原告に具体的事情を説明することなく、同年3月31日で雇用契約は期間満了になる旨の通知書と要望書(以下まとめて呼ぶときは「要望書等」といいます)という書面が入った封筒を交付しました。通知書には、同年3月31日で雇用契約が終了することに加え、原告が希望すれば大学は契約を1年限り更新することを検討するものの、その場合には1年後の契約更新がないこと等が明記されていました。また、要望書には、1年に限り雇用契約の更新を希望するものの、1年後の平成28年3月31日には再度の更新がなく本件雇用契約が終了することについて理解したこと等が明記されていました(いわゆる不更新条項)。

翌年度の不更新を受諾しなければ18日後に雇用関係が終了するという差し迫った状況下において、原告は、再就職先も当然に決めておらず、家族の生計の糧が原告の収入しかなかったこと等の理由から、同年3月14日、要望書に署名しこれを近畿大学に提出しました。その後、平成27年4月1日に7度目の契約更新がされましたが、平成28年3月31日に雇用契約が終了しました。

なお、原告と同時期に要望書等の交付という同様の方法により雇止めをされた任期付助教の中には半年後に任期付助教として再雇用された者がいました。また、翌年度に雇止めにされた別の2名の任期付助教も、半年後に任期付助教として再雇用されています。

3 大阪地裁判決の内容

大阪地裁判決は、要望書等交付前の段階では原告に契約更新されることに合理的期待を抱いていたと言い得るとしつつも、①要望書等の記載自体から雇用契約の終了に関する被告の意向や原告のなす意思表示が一義的に明確となっていること、②原告が要望書等の交付や提出時に職員課等に何らの質問等をしないまま特段の異議を述べずに交付翌日に要望書を提出していること、③その後も雇用継続の可能性について大学に再度に問い合わせる等の明確な行動に出ていないこと等を理由にして、要望書提出後の段階においては合理的期待を有していたものとは言えないとしました。その上で、大阪地裁判決は、原告の研究業績や主任教授との信頼関係の不存在等を理由として、本件雇止めは客観的合理的性及び社会通念上相当性が認められるとして、原告の請求を全て棄却しました。

4 大阪地裁判決の不当性と今後の対応

翌年度の不更新を受諾しなければ18日後に雇用関係が終了するという差し迫った状況下において、誰が自由意思で翌年度の不更新を受諾するでしょうか。大阪地裁判決は原告の置かれた状況に対する想像力を欠如したものというほかありません。原告が要望書を翌日に提出したのは、期間満了が迫っていたことから、要望書の提出が遅れるとそれだけで翌年度の更新がされなくなると考えたからであり、何ら不合理な態度とは言えません。また、雇用継続の可能性についても、大阪地裁判決は、原告が学内関係者を通じて学内移籍の可能性を探っていた点を全く無視しており、大阪地裁判決の実態把握には極めて問題があると言わざるを得ません。

賃金・退職金に関する不利益変更の事案においてですら、最高裁は労働者の自由な意思の存在について慎重な立場を採用しています(山梨県民信用組合事件等)。労働関係において労働者に重要な意味をもつ労働条件は決して賃金・退職金に限定されるわけではなく、労働関係の終了は労働者にとって賃金・退職金の引き下げ以上に深刻な意味を持つことは明らかであり、山梨県民信用組合事件の最高裁が示した慎重な態度は、賃金・退職金に匹敵する重要な労働条件、とりわけ労働契約の終了にかかわる合意にも適用されてしかるべきです。当方は、西谷敏先生の意見書を提出する等してこの点を強調してきましたが、大阪地裁判決はこの点について触れることなく結論を導いており、理論的にも極めて問題があります。

近畿大学の担当者の証言によると、近畿大学は、任期規程の上限を超える助教及び5年目になる基礎系助教に対して、一律に1年猶予を与えて1年後に雇用を終了させることにしたのであり、本件雇止めの判断において原告の業績等の個別事情は斟酌していないということでした。にもかかわらず、大阪地裁判決は、原告の個別事情を考慮して本件雇止めを正当化しており、この点も不当と言わざるを得ません。近畿大学が原告と同時期に雇止めにした任期付助教を半年の期間を空けて任期付助教として再雇用していることからすると、本件雇止めの目的は無期雇用への転換を防ぐためであったことは否定できず、本件雇止めは労働契約法第18条の脱法行為と言えます。また、仮に原告の個別事情を考慮することが許容されたとしても、原告は、評価期間内に近畿大学医学部賞を受賞する論文を発表し、特許出願が3件等の十分な実績があります。現主任教授との信頼関係に問題が生じたのは主任教授が上記のような成果を出しつつあった原告の研究を一方的にやめるように命じたことに起因するものです。この点を無視して雇止めを正当化した大阪地裁判決は全く不当というほかありません。

大阪地裁判決は実態把握においても理論的にも極めて問題のある判決であり、控訴審では、これらの点を是正させる必要があります。引き続き尽力を致しますので、ご支援のほどよろしくお願い致します。