遺族によるアスベスト労災記録開示訴訟 開示を命じる判決

2019年07月15日

弁護士 谷  真介

1 遺族による労災記録の開示請求における不合理な取り扱い

労働者が業務上災害を受けた際、労基署に労災申請し、労基署が調査した事実等が記載された労災記録は、不支給決定に対する審査請求をしたり、あるいは企業の安全配慮義務違反による損害賠償請求等を検討する際には、極めて有用な情報となる。

労働者側で上記相談を受けた際には、まず労働局に対して行政機関個人情報保護法に基づく個人情報開示請求を行い、これを取得するのが通常である。特に、アスベスト労災では、病気発症までの潜伏期間が長い。どこでどのようにアスベストにばく露したか等の情報が被災者本人や特に遺族には不明である場合が多く、労基署の調査によって判明する事実も多い。

しかし、被災者本人が労災申請をし決定を受けた場合、被災者の死亡後に遺族(相続人)が被災者の労災記録について個人情報開示請求をしても、原則として(その遺族が労災の遺族補償給付等を受けている場合でない限り)開示されない。これは行政機関個人情報保護法による「個人情報」が「生存する個人の情報」と規定されているからである。死者の情報はあくまで死者の情報であり、相続人が相続するわけではない(死者も相続人に対しても知られたくない情報がある)という考えからである。そのため、例えば被災者が労災で死亡し、妻が遺族補償年金を受けていたがその妻も亡くなり夫妻の子(相続人)が企業や国への損害賠償請求を検討するために被災者(父)の労災記録の開示請求をするケースでは、開示は認められてこなかった。

2 アスベスト被害に関する厚労省個別通知と開示訴訟へ踏み切った経緯

工場におけるアスベスト被害については、平成26年10月に泉南アスベスト最高裁判決が出され、その後の原告団との和解において、国は同一の要件に該当する被害者・遺族について訴訟提起をすれば和解し賠償金を支払う方針を決定した。ただ周知が不十分な状態が続いていたため、平成29年10月、国自身が把握する労災認定・じん肺管理区分決定を受けた被災者・遺族に対し訴訟提起を促す通知(個別通知)を出すこととなった。

もっとも、同通知は、必ずしも国賠要件に合致していることを前提にしているわけではないため、通知を受けた被災者・遺族は、国賠要件に合致しているかどうかを検討するため、まず労災記録の開示請求をし、これを検討の上で国賠訴訟を提起するかどうかを決定することとなる。本件の開示請求訴訟の原告となった方(2名)も、国からの通知を遺族として受け取り、相続人として労災記録の開示請求をしたにもかかわらず遺族であることを理由に兵庫労働局から不開示決定を受けた。

全国のアスベスト被害者団体・弁護団は、このようなケースについて積極的に事前に開示をするよう国に要請を続けてきたが、国の態度は変わらなかった。国の責任で被害者を出しながら、その情報について開示しないということがあってよいはずがないため、平成30年5月、不開示決定処分の取消訴訟を大阪地裁に提訴した。

3 取消訴訟の経緯と大阪地裁判決

取消訴訟では、アスベスト被災者の労災記録に記載された情報が、遺族(相続人)である原告らを本人とする個人情報といえるかどうかが唯一の争点であった。

国は、相続した故人の損害賠償請求権に関する情報がある遺族(相続人)を本人とする個人情報にあたる場合があることを認めながら、その「損害賠償請求権」が確定判決や和解調書等において存在が確実な場合でなければこれにあたらないという奇妙な主張を展開した。損害賠償請求の確定判決等を得るために必要である労災記録の情報について、その損害賠償請求の確定判決等がなければ開示を認めないというのは明らかに背理である。その他、原告側は、死者の個人情報が遺族を本人とする個人情報として開示されている社会的な実例として、信用情報や医療情報の例、多数の地方自治体の条例等を豊富にあげて、本件で遺族に開示が認められるべきであることを迫った。裁判官も期日に於いて「今回の原告の主張に説得力があると思われるので国はしっかり反論するように」と異例の発言を行った。

すると国は、訴訟の途中で突然、対象の労災記録を任意に開示する方針であることを明らかにした。ただよく国の話を聞くと、遺族が民事訴訟法上の提訴予告通知をした上で提訴前照会(民訴法132条の2)をすれば労災記録を開示する、というものであった。原告らは、損害賠償請求権の除斥期間が迫っている原告もいたことからこれに応じることとし、一方で行政機関個人情報保護法に基づく開示請求権の存否を明らかにするため、訴えは取り下げず判決に至った。

4 地裁判決での勝訴と判決の確定

令和元年6月5日の大阪地裁判決(三輪方大裁判長)は、行政機関個人情報保護法の第一次的目的は個人の利益を保護することにあり、本件労災記録を開示することは原告が相続したアスベスト被害に関する損害賠償請求権の存否を直接的に示す個人情報にあたるが、これを開示しても第三者の権利利益を侵害するとは言い難いこと等の理由をあげ、被災者の労災記録の情報は遺族を本人とする個人情報に該当するとして、不開示決定処分を違法として取り消した(開示を命じた)。国は、控訴をせず本判決が確定した。

前記のとおり、国は提訴前照会制度において必要な労災記録を開示するよう取り扱いを変更していたが、遺族が自らの「権利」として開示請求権が認められた意義は大きい(これにより開示に期限が設けられることとなるし、開示範囲において不服があれば審査請求や訴訟で争うことができる)。本判決の確定により、アスベスト被害のみならず通常の労災事故の場合の労災記録や、それに留まらず、医療機関のカルテ、学校事故の事故報告書等、遺族が被災者の事故等に関して真相解明や、加害責任の追及の検討のために情報を取得するあらゆる場面に波及しうるものと評価できる。

(弁護団は大阪アスベスト弁護団から、谷真介、馬越俊佑、安原邦博)