日弁連 アメリカの労働時間法制・最低賃金運動調査

2015年05月15日

弁護士 塩 見 卓 也

 2015年1月24日から2月1日の日程で、日弁連貧困問題対策本部の調査団の一人として、アメリカの労働時間法制、最低賃金運動の調査に行ってきました。
この調査は、安倍政権の「規制改革実施計画」に従えば、今年の3月には「残業代ゼロ制度」の法案が出てくるであろうことを見越し、政府のいうところの「高度プロフェッショナル制度」のモデルであるホワイトカラー・エグゼンプション(WE、労働時間規制の適用除外制度)の実態を調査しようというのが主目的でした。加えて、時給15ドルの最低賃金を目指す運動や、ファストフード・キャンペーンなどの労働運動についても調査してきました。調査班は、NY・ワシントン班、LA班、サンフランシスコ班に分かれており、労働時間法制については主にNY・ワシントン班が、最低賃金運動や労働運動については主に西海岸の班が調査を行いました。私はLA班でした。

この調査の成果は、特にアメリカの労働時間法制の問題点を明らかにした点について既に沢山報道もされているところです。日弁連では衆議院議員会館での院内集会にて報告も行い、野党議員による国会質問にも活かされています。

アメリカでは、1938年に公正労働基準法が制定されて以来、WEが導入されてきました。現在、対象となるホワイトカラー労働者は、週455ドル(5万4600円)以上の収入とされています。月収で22万円弱、年収で262万円程度です。アメリカのホワイトカラー労働者の9割近くが、WEの対象になるといわれます。民主党政権下におけるアメリカ労働省は、この十数年間で、労働時間規制の適用除外とされる労働者の広がりと長時間化を懸念していました。オバマ大統領は昨年3月に出した覚書で、WEの見直しを指示しました。内容は、年収要件などの引き上げ、対象労働者の要件の明確化です。これを受けて、アメリカ労働省は、近く省令の改正案を出す予定です。

オバマ政権が規制強化に舵を切る背景には、以下の問題があります。

一つは、労働時間規制の適用から外れている労働者は、規制が適用される労働者より長時間働いていることです。アメリカでは、共和党政権であったブッシュ政権下の2004年に労働統計がとられなくなり、以降正確な労働者の実態が分からなくなっていますが、その前の1999年のアメリカ会計検査院調査では、WEの労働者の方が、規制が適用される労働者に比べ労働時間が顕著に長くなっている調査結果が出ています。この点、NY・ワシントン班の調査団から、アメリカ労働省の担当者や労働組合の幹部に「日本では、残業代を払うから『ダラダラ残業』となり、残業代をなくせば定時に帰るという意見がある。どう思うか」と質問すると、「経営者は残業代を払わなくていいなら、いくらでも残業させる」「日本ではなんてバカな議論をしているんだ」と、あきれられたということです。

わが国においても、JILPT平成  年5月30日発表の「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果」では、長時間働いてもみなし労働時間以上の残業代は支払ってもらえない「裁量労働制」が適用される労働者の労働時間が、通常の労働者よりも顕著に長くなる傾向があるという調査結果が出ています。私が会った日本留学経験があるLAの弁護士も、「会社に忠誠を尽くすことを求める日本の企業文化では、WEは危険すぎる」と言っていました。まさしく、「残業代ゼロ制度」をめぐる政府や経営者団体の議論は「バカな議論」といえるでしょう(余談ですが、このLAの弁護士に大阪市の話題を振ると、「大阪のメイヤー? あのク○イジー・ガイ?」と言っておりました(笑))。

もう一つは、WEの対象となる労働者が不明確になっていることです。アメリカは、日本よりも個々の労働者の職務が明確で、WEの対象労働者も細かく定められています。それでも、WEとされた労働者が、対象として適格なのかという問題が噴出し、2013年には、「名ばかりWE労働者」からの残業代請求訴訟が全米で8000件近く起きています。日本では、個々の労働者の職務がよりあいまいなので、はたして対象労働者の要件を適正に定めることができるのかすら疑問です。また、いくら省令で細かく定めても、対象要件を満たすのか、という問題はつきまとうことになります。経営法曹からも、高額の残業代請求訴訟が提訴される危険が高まるとの懸念が既に出ています。

この調査で、政府が説明するような、残業代ゼロ制度に対し「働き手のニーズがある」「ダラダラ残業がなくなりかえって労働時間が短くなる」などという言説には何の根拠もなく、むしろ実証的に否定されるものであるということが明らかになったと思います。この調査の成果は、労働法律旬報にて3度に分けて特集される予定です。これらの調査結果を、政府のたくらむ労働法制改悪を阻止するように活かしていただけたらと思います。

この他にも、LAでの調査では、カリフォルニア州立大学LA分校レイバーセンターの研究者で、元労働弁護士であったケント・ウォンさんから沢山のレクチャーを受けたのですが、この方の話には非常に感銘を受けました。ケントさんは今年の10月末に来日予定で、国内での講演も予定されているので、お話を聞かれることをお勧めします。

最後に、アメリカの酒といえば、バドワイザーのようなたっすいビールのイメージだったのですが、実際に行ってみるとクラフト・ビアの文化が非常に拡がっており、どこの店に入っても旨いクラフト・ビアが飲めたのがよかったです。わずか1週間の滞在で、ホテルの近くに行きつけのビアパブを作り毎日通っていました。あと、向こうでは「サッポロ・プレミアム」という、日本では売っていないサッポロのビールが売られており、これがまた非常に旨かったです。日本で売れば、スーパードライなんか駆逐されるんじゃないかと思いました。滞在中、350缶を2ダース空けてしまいました。と、この原稿を酒飲みのバカ話で締めます。