安倍総理は重要な国会決議を忘れたのか――「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」

2014年05月26日

弁護士 橋 本   敦

1 安倍内閣の危険な戦争する国への道
 安倍内閣は、去る5月9日、憲法改正の条件づくりである改憲手続法を強行採決した上、いよいよこれまでの憲法解釈を変えて、集団的自衛権の承認に踏み込み、明文改憲の条件づくりを強引に進めている。
 しかし、安倍総理が強調する「積極的平和主義」とは、平和とは逆の「戦争する国への道」であることを多くの国民は見抜いている。
 例えば、本年5月3日憲法記念日の毎日新聞は、全国世論調査の結果を「9条改正反対51%、賛成36%を大きく上回り、集団的自衛権警戒か」と書いている。このように、今、多くの国民は、安倍内閣の集団的自衛権の承認によって、日本がアメリカの目下の同盟軍となって、地球上のどこであれ、ともに戦争する国にされることに反対を強めていることを示している。
 こうして、今、憲法9条をまもるたたかいがいよいよ当面の重大な国民的課題となっている時、自衛隊の創設にあたり、わが国会で重要な決議がなされていたことを想起しよう。

2 「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」
 それは、昭和29年7月の自衛隊創設を目前にして、昭和29年6月2日に参議院本会議において可決されたもので、その決議文は、次のとおりである。

  自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議

 本院は、自衛隊の創設に際し、現行憲法の条章と、わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照し、海外出動はこれを行わないことを、茲に更めて確認する。

 右決議する。

 これは、まことに明快にして、国民の平和憲法をまもり、平和を願う深い心情を表明する、まさに国権の最高機関たる国会にふさわしい正義と道理にかなう重要な決議であった。
 この決議案の提案理由を、提案者を代表して鶴見祐輔議員は次のように演説している。
「 自衛隊出発の初めに当り、その内容と使途を慎重に検討して、我々が過去において犯したるごとき過ちを繰返さないようにすることは国民に対し、我々の担う厳粛なる義務であると思うのであります。
 その第一は、自衛隊を飽くまでも厳重なる憲法の枠の中に置くことであります。即ち世界に特異なる憲法を有する日本の自衛権は、世界の他の国々と異なる自衛力しか持てないということであります。
 その第二は、すべての法律と制度は、その基礎をなす国民思想と国民感情によって支えられて初めて有効であります。そして今日の日本国民感情の特色は、熾烈なる平和愛好精神であります。
   ―(中略)―
 敗戦によって、日本民族の尊き体験として学びとりましたことは、戦争は何ものをも解決しないということであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)殊に原爆と水爆との時代において、戦争は時代錯誤であるということであります。(「そうだ、その通り」と呼ぶ者あり、拍手)この惨禍をこうむった唯一の国民として、日本はこれを世界に向って高唱する資格を持っておるのであります。
   ―(中略)―
 故に今日創設せられんとする自衛隊は、飽くまでも日本の国内秩序を守るためにものであって、日本の平和を守ることによって東洋の平和維持に貢献し、かくしてより高度なる人類的大社会的組織の完成を期待しつつ一つの過渡的役割を果さんとするものであります。それは、決して国際戦争に使用さるべき性質のものではありません。
   ―(中略)―
 自衛とは、我が国が不当に侵略された場合に行う正当防衛行為であって、それは我が国土を守るという具体的な場合に限るべきものであります。故に我が国の場合には、自衛とは海外に出動しないということでなければなりません。如何なる場合においても、一度、この限界を越えると、際限もなく遠い外国に出動することになることは、先般の太平洋戦争の経験で明白であります。
 それは、窮屈であっても、不便であっても、憲法九条の存する限り、この制限は破ってはならないのであります。
   ―(中略)―
 条約並びに憲法の明文が拡張解釈されることは、誠に危険なことであります。故にその危険を一掃する上からいっても、海外に出動せずということを、国民の総意として表明しておくことは、日本国民を守り、日本の民主主義を守るゆえんであると思うのであります。
 何とぞ満場の御賛同によって、本決議案の可決せられんことを願う次第であります。」

 そして次に、賛成討論に立った羽生三七議員(日本社会党)は、次のように演説している。
「 自衛隊の海外出動を認めないという一点で各派の意思が、最大公約数でまとまったことは、参議院の良識として、誠に欣快に存する次第であります。
 自衛隊の創設は、直接侵略に対応するものとして企図されたものであり、どのように呼ばれましょうとも、国際紛争に介入するような自衛隊の出動は、断じてこれを避けなければなりません。
   ―(中略)―
 若し戦争になったらどうするかという議論もありますが、併し第三次世界戦争の意味するものは、全人類の破壊であります。祖国の破壊であります。我々に必要なることは、戦争になったらどうするかということではなく、戦争を起こさないこと、且つそれを避けるための無限の努力にあると言わなければなりません。(拍手)
 広島、長崎において世界で初めて原爆の洗礼を受け、更に又世界で初めて水爆実験の被災を経験した我が日本民族は、それ故にこそ強く世界に、日本国憲法の精神を以て訴えるべき最善の立場に置かれております。(拍手)
 この立場に立って自衛隊の海外不出動を示した本決議案の精神には、自由党も社会党もなかろうと思います。これは我が八千万日本民族の悲願であり、そして更には又、世界全人類の希望と言うべきものと思います。自衛隊創設の賛否は、いずれにもあれ、この決議案に盛られた精神が知性と高い良識を以て貫かれることを衷心より希望し、以上を以て本決議案賛成の討論といたします。(拍手)」

 討論を終わり、議長が起立採決を求めた結果、本決議案は賛成多数により可決された。
 そして、この決議に対して、吉田総理も出席の下、政府を代表して、木村篤太郎保安庁長官は、次のとおり発言して、この決議を支持し、尊重する政府の方針を明らかにした。
「 只今の本院の決議に対しまして、一言、政府の所信を申し上げます。
 申すまでもなく自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接並びに間接の侵略に対して我が国を防衛することを任務とするものでありまして、海外派遣というような目的は持っていないのであります。従いまして、只今の決議の趣旨は、十分これを尊重する所存であります。」
(以上は昭和29年6月2日 参議院会議録第57号)

 こうして、我が国憲政史上、特筆さるべき重要な国会決議がなされているのである。
 言うまでもなく、国会は、国民を代表する国権の最高機関である(憲法第41条)。その国会が、前記のとおり明確に自衛隊の海外派兵はしてはならぬと決議していること、そして、政府の代表者も、この決議に従って自衛隊の海外派兵はしないと、国会すなわち全国民に対して誓約したこの歴史的事実を、安倍総理と政府閣僚は今、なんと考えているのかと厳しく追及しなければならない。
 安倍内閣は、本年5月16日、安倍首相の私的諮問機関に過ぎない「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)に「集団的自衛権行使容認を求める報告書」を出させて、安倍内閣は、いよいよ憲法9条を踏みにじり、「戦争する国」への道を急いでいる。
 しかし、この「安保法制懇」なるものは、安倍首相が「集団的自衛権行使」賛成論者ばかりを私的に集めたもので、出された報告書なるものも、到底まともな論議に値するものではない。
 この事実は、今月15日の朝日新聞朝刊が「委員の一人は、『今回は官僚が仕切っていた。私たちは政府のための駒だった。』とぼやいていた。」、法制懇の見解は「熟議なき結論だ」と厳しく批判していることでも明白である。
このような「私的懇談会」の「熟議なき結論」で、これまでの政府見解をくつがえし、戦争する国への道を急ぐ安倍内閣の反国民的不条理は断じて許せない。
 毎日新聞も、本年5月16日朝刊の社説で、この安倍総理の集団的自衛権を認める解釈変更は「根拠なき憲法の破壊だ」「現在の憲法解釈は、歴代政府が30年以上積み上げ、国民に定着したものだ。その時々の内閣が憲法解釈を自由に変えられるなら、憲法への信頼は揺らぐ。憲法が権力を縛る立憲主義にも反する。」と厳しく批判しているのは当然である。しかも、長年にわたる政府の憲法解釈を不当にも安倍内閣はこれをほうむり去ることはできても、国会決議は変えられないのだ。

 最後に、われわれの親しい憲法知事であった黒田了一教授が我が憲法第9条の歴史的意義について、次のように述べられていることを想起し、安倍内閣の憲法を蹂躙する集団的自衛権の強行を断固許さず、平和憲法をまもりぬく決意を新たにしたい。
「 かくの如き憲法は、他のどこにも存しないのである。要するに、日本国憲法の基本的な態度としては、いわゆる『力による平和』、たとえば『自衛軍の増強による国の防衛』、或いは『集団安全保障機構への軍事的参加による国の安全』(集団的自衛権―筆者註)といった体制をみとめていない。それよりも、原水爆時代における最もすすんだ、人類文化の最終段階にあたかもふさわしい、『全面的な戦争の放棄』、つまり『絶対非武装・恒久平和』の理想をかかげて、『いっさいの国際紛争は、これを平和的な手段を通じてのみ解決する』との決意を表明しているのである。それは、国連憲章の現体制よりも、さらに一歩すすんだものであり、日本が率先して、かかる態度を採ることにより、これをやがては全世界の諸国に及ぼし、もって世界平和に寄与し、人類をその破滅から救済せんとの大理念・大悲願にもとづくのである。」(黒田了一「学習憲法学」192頁)