民主法律時報

大阪泉南アスベスト国賠訴訟控訴審判決 被害者に背を向けた不当判決

弁護士 遠 地 靖 志

 
 8月25日、大阪高裁第14民事部(三浦潤裁判長)は、大阪泉南地域のアスベスト被害について、国の責任を認めた大阪地裁判決を取り消して、原告の請求を棄却する不当判決を言い渡しました。
 本判決は、泉南地域のアスベスト被害の実態を無視し、最も尊重されるべき生命・健康よりも産業発展、経済発展を重視することを露骨に示したものであり、また被害に対する国の責任を免罪する一方で、泉南アスベスト被害の原因を、被害者や零細企業に押しつける不当なものです。さらに、筑豊じん肺最高裁判決以降、国の規制権限を厳格にとらえて、被害者救済を重視してきた司法判断の流れに逆行する「行政追随、擁護」の不当極まりないものです。
 大阪泉南地域は戦前から100年にわたり、石綿紡織業が発展し、中小零細の工場が集中立地してきた地域でした。国は70年前に泉南地域の石綿工場労働者を対象とした調査を行い、アスベストにより重篤な呼吸器疾患が発症することを知っていました。にもかかわらず、戦前は軍需、戦後は成長を優先させて、泉南地域の事業主、労働者やその家族、近隣住民に対してアスベストの危険性を知らせることや局所排気装置の設置を義務づけるなどの必要な対策を怠ってきたのです。昨年5月19日の大阪地裁判決はこのような実態に目を向け、アスベスト被害についての国の責任を認め、全損害についての賠償を認めたのでした。
 しかし、控訴審判決は、こうした泉南地域の実態には全く目を向けず、それどころか、国が規制権限の行使を怠ってアスベスト被害を拡大させてきた責任を免罪しました。
 判決は、「国が厳格な規制を行うならば、工業技術の発達及び産業の発展を著しく阻害するだけでなく、労働者の職場自体を奪うことになりかねない」「国が規制を実施するにあたっては、対立する利害調整の関係を図ったり、他の産業分野に対する影響を考慮することも現実問題として避けられない」などと述べ、国民の生命・健康よりも産業発展の姿勢を明らかにします。そして、このような立場に立って、国が規制権限を行使するにあたっては、医学的知見、工学的知見の進展状況、当該工業製品の社会的必要性及び工業的有用性の評価についての変化、その時点において既に行われている法整備及び施策の実施状況等をふまえた上で主務大臣によるその時々の高度に専門的かつ裁量的な判断に委ねられる、として、広範な裁量を国に認めました。そのうえで、国は昭和22年の時点で抽象的な規制措置を執っていたから責任はない、また、昭和30年代ころには局所排気装置は技術的に確立しておらず、設置を義務づけなかったことに違法性はないなどとしたのです。
 一方で、労働者は新聞記事や業界団体を通じてアスベストの危険性を知っていたはずだ、それなのに防塵マスクをしなかったのは労働者が悪い、安全教育をしなかった中小零細の企業主が悪い、などと被害の責任を労働者や中小零細の事業主に押しつけたのです。
 さらに、本判決は、国の不作為の責任を認めた筑豊じん肺最高裁判決や水俣病関西訴訟最高裁判決などの一連の司法判断の流れに全く逆行するものです。筑豊じん肺判決は、国民の生命や健康が問題となっている場合は、国はその規制権限を「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時かつ適切に行使されるべき」と厳格に判断しました。しかし、本判決は、前述のとおり、国民の生命・健康よりも産業発展を優先する姿勢を示した上で、国の規制権限行使についても、「できる限り速やかに」「適時」という文言を削り、いつ、いかなる規制権限を行使するかについて行政に広範な裁量を認め、規制権限不行使が違法となるのを極めて限定的にとらえたのです。
 このような判決がまかり通るならば、全国で闘っている他の建設アスベスト訴訟や公害訴訟、さらには今後闘われることになる原発被害に対して国の責任を追及する訴訟に否定的な影響を及ぼしかねません。この点でも本判決は重大な問題をはらんでいます。
 判決を受けて、原告団、弁護団は本当に悔しい気持ちでいっぱいでした。しかし、判決直後の報告集会や判決翌日の官邸前行動、国会議員会館での院内集会、29日の高裁不当判決抗議集会で、多くの方が高裁判決に対して怒りの声を上げるとともに、原告団、弁護団に対して温かい励ましの言葉をかけてくれました。原告団は、判決に対する怒りとともに、みなさんの支援に励まされ、8月28日の総会において、全会一致で上告して闘うことを決め、31日、最高裁に上告しました。
 最後になりましたが、これまで多くの方々から署名をはじめ多大な支援をいただきました。本当にありがとうございました。判決は悔しい結果となりましたが、原告団、弁護団は、今後も最高裁での闘いとともに、大阪地裁で闘っている2陣訴訟を確実に勝利していくことをめざして全力で闘いますので、変わらぬご支援をよろしくお願いします。

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