民主法律時報

吹田市知的障害者公務員欠格条項雇止め事件の高裁和解について

弁護士 高橋 早苗

1 事案の概要

本件の当事者である知的障害及び自閉症を有する塩田和人さん(現在54歳)は、2006年から吹田市に臨時職員として任用され、吹田市職員の福利厚生等を担当する部署でデータ入力等の事務作業に従事してきた。2010年秋、塩田さんの唯一の家族である父親が癌で余命宣告を受けたことから、塩田さんは吹田市職員の助言を受け成年後見制度の申し立てを行い、2011年4月に保佐開始の審判が出た。すると、吹田市は地方公務員法16条1号の欠格条項に該当するとして、その後の任用を拒絶した(塩田さんは任用と任用の間に1か月の期間をあけ、3か月または6か月の期間の任用を繰り返していた)。欠格条項の存在を知らずに保佐開始審判を受けた塩田さんの支援者は、慌てて補助への切り替えの手続きを進め改めて欠格条項に該当しない補助開始の審判を受けると共に、吹田市に対し再度の任用を求めた。その結果、塩田さんは2011年12月から吹田市に戻ることになったが、この任用には期間は6か月、以後更新しないという条件が付されており、6か月後の2012年5月末をもって公務員の職を失ってしまった。この時点で任用更新は14回、通算期間は4年6か月に及んでいた。

吹田市役所でもう一度働きたいとの塩田さんの強い希望を受け、2015年7月、東奈央弁護士を中心とする弁護団を組み、吹田市職員の地位確認等を求め、公務員法の欠格条項の違憲性等を主張し大阪地裁に提訴した。

2 地裁での審理と全面敗訴判決

地裁では任用行為の性質、公務員関係への解雇権濫用法理の適用の可否、2度の不再任用が不法行為にあたるかといった点が争点となった。弁護団は通常の労働事件と異なり本件は障害者雇用が本質的な問題であること、欠格条項こそが雇止めの理由であり欠格条項は成年後見制度を利用する精神上の障害がある人を一律に排除するものであり違憲であること、障害者雇用にあたっては職場内での合理的配慮が重要であること等を障害者法制の変遷も踏まえ主張してきた。これに対し吹田市は、欠格条項に該当することに加え、塩田さんが勤務中に問題行動を起こしてきたために以後長期にわたる任用はできないと考えていた旨主張し、塩田さんの「問題行動」を事細かに列挙した。ところが、吹田市が述べる問題行動は、吹田市が障害者雇用を行う立場にあるものとして、なぜ塩田さんがそのような行動にでるのか考え、障害特性に見合った合理的配慮を行っていれば防げたようなものばかりであった。吹田市は塩田さんを任用したのは「知的障害者雇用の体制確立に向けての検証を行うため」であったとしているが、実態としては塩田さんが理解できる形での業務指示や注意をするよう配慮することもなく、それどころか、同じ部署の他の職員から見えない位置に机を配置し仕事を与えないなど、明らかに塩田さんを働く仲間として受け入れていなかった現状が表れてきた。

本年2月13日の大阪地裁第5民事部(内藤裕之裁判長)判決では、こうした吹田市の障害者雇用の不適切さや公務員法の欠格条項に触れることなく、塩田さんの任用は地公法 条5項の臨時的任用であり、公務員関係において解雇権濫用の適用はなく、期間満了によって任用は終了した、更新への期待も法的に保護されるものではないとして、原告の請求を全て棄却するものであった。

3 高裁での和解

こうして大阪地裁で全面敗訴の判決を受けたものの、控訴し本事件は大阪高裁第6民事部(中本敏嗣裁判長)に係属した。なお、塩田さん、支援者及び弁護団は、裁判と並行し欠格条項の削除を求める運動もしてきたところ、控訴後の2019年6月に各種法律の欠格条項を削除する法律が成立した。同じく6月に開かれた第1回期日では裁判所から和解勧告が出され、以後和解に向けての話合いが始まった。といっても、吹田市側は和解内容の提案もない段階で和解の打ち切りを求めてきた。和解期日には塩田さん本人はもちろん支援者も参加し、弁護団としてもなんとか吹田市を説得してくれるよう求め、裁判所も粘り強く吹田市側に再考を促した。そして、最終的には、「被控訴人は、これまでの障害者との共生社会の実現に向けて、数々の取組みを行ってきたものであるが、昨今の障害者立法の流れを踏まえ、今後一層その取組みを深め、障害者の就労支援を含む『障がい者計画』等の実現に向けた努力をする意向であり、控訴人は、被控訴人のその意向を理解するものとする」との文言で和解が成立した。

裁判所がこのように和解を積極的に推し進めたのは、弁護団が本件を判断する上で幾度となく強調してきた、障害者権利条約の署名・批准、障害者基本法制の改正、障害者雇用促進法の改正による合理的配慮の提供義務の新設等障害者法制が前進してきたこと、現に公務員の欠格条項を条例によって除外している自治体の存在、それらに加え、上記の欠格条項の撤廃といった障害者雇用を取り巻く社会情勢の変化に鑑みてのことと思われる。本件訴訟の1番の目的は塩田さんの復職であり、従来の非正規公務員裁判の壁を破ることができず復職が叶えられなかったことは大変悔しい。しかし、裁判所が障害者雇用を取り巻く社会情勢の変化に目を向け、全面敗訴という結論を覆し本件を和解すべき事案と捉えたことは、今後の障害者雇用を取り巻く問題や運動に一石を投じることができたのではないかと思う。和解成立の席で、裁判長からは塩田さんに対し、「これまでも皆さんの応援を受けて頑張ってきたと思うけれど、これからも頑張ってくださいね」と声が掛けられ、吹田市に対しても、「障害者雇用をぜひ頑張ってください」と声が掛けられた。障害者雇用は法制がある程度整えられ、次は実際に働く現場でそれを実践していく段階にあるといえる。吹田市に限らず自治体や民間の会社が障害者雇用をどのように頑張っていくか今後も注視していきたいと思う。

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