意見書

「国家戦略特区」を利用した労働規制緩和に反対する意見書

2013年10月10日

2013年10月10日
民 主 法 律 協 会
会 長 萬井 隆令                    

1 はじめに

 安倍内閣は、日本を「世界で一番企業が活動しやすい国」にし、経済を再生させるための成長戦略を検討させるべく企業経営者らをメンバーとする産業競争力会議を設置して、「日本再興戦略~Japan is Back」を策定した。それに従い「我が国産業の競争力強化や国際展開に向けた成長戦略の具現化と推進」のために設置された「国家戦略特区ワーキンググループ」(座長・八田達夫氏)は、「特区」では当面、①労働契約法16条の特例として、特区内ではガイドラインに適合する労働契約で定めた理由に基づく解雇は有効とすること、②労働契約法18条の特例として、無期転換権の事前放棄を有効とすること検討し、今秋の臨時国会に関連法案を提出する方向とのことである。

 「特区」構想は、成果を上げた後、「全国レベルの展開を通じ、あくまで日本全体の経済活性化を狙いとする」(原英史委員)とされており、わが国全体の労働規制を切り捨てる端緒として重視する必要がある。

 なお、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションは先送りにすると報道されているが、それは「特区」としてではなく「全国的に対応」する画策であるとも見られ、警戒を怠ることはできない。


2 労働規制を緩和する理由はまったくない

 そもそもわが国は労働分野における国家法的規制、集団的規制、労働契約などによる個別的規制のいずれもが弱く、国際的にみれば規制弱小国である。しかも、そのような現行の規制すら守らない、守れない企業が現実には多数存在しており、精神疾患、過労死など労働者の健康、生命破壊が深刻化している。

 解雇に関しては、そもそもわが国の解雇規制は諸外国に比べても決して厳しくはなく、OECDの雇用保護指標では、30カ国中で低い方から8番目に位置している。労働契約法16条は解雇権の濫用を禁止する。それは、労働者の働く権利を保障するためには最低限の規制であって、それを緩和し、権利の濫用を認めて企業を保護すべき理由などどこにもない。それが国民生活の向上や国民経済の発展に寄与するとは到底考えられない。

 有期労働契約によって5年を超えて働き続けた場合、改正労働契約法18条(本年4月1日施行)によって無期契約への転換権が付与されたが、無期転換権の発生は現実には2018年4月以降のことであり、現時点で同条の適用を除外しなければならない理由はまったくない。むしろ、現時点において今後5年を超えて雇用し続ける必要性があると考えられるほどの労働者は直ちに無期雇用化すべきであろう。

 労働時間に関しては過労死・過労自殺が後を絶たない状況に鑑みるならば、労働時間規制を緩和する合理的理由はどこにもない。わが国は、ILO(国際労働機構)が制定する労働時間や休暇に関する条約については、1号条約(1日8時間・週48時間制)をはじめ、47号(週40時間制)、132号(年次有給休暇)、140号(有給教育休暇)など1つも批准していない。むしろ、国民生活の向上のためには、過労死防止基本法の制定等、労働時間の規制をより強化することが喫緊の課題である。


3 三者構成主義に違反する手続は許されない

 「特区」を利用した労働規制緩和を画策している産業競争力会議、規制改革会議および国家戦略特区ワーキンググループは、いずれも企業経営者や一部の学者で構成されている。労働者を代表する者は1人も含まれていない。このような偏った構成で議論が進められることは、手続的正義の観点からも許されない。

 国際労働機構(ILO)は、労働基準に関する立法は、政労使の三者によって協議することを根本原則としている。「特区」を利用した労働規制緩和は明らかに国際的規範である三者構成主義に反している。それは手続き的正義に悖るだけでなく、それで定めたルールやそのルールを利用した企業活動は国際社会の笑い者・蔑視の対象とされる他ない。


4 労働者の「同意」を理由とする規制緩和は許されない

 解雇規制に関しては、契約内容が特区本部で定めるガイドラインに適合する場合に解雇権濫用法理の適用を除外することとが構想されており、また、有期労働契約に関しては、5年を超えても無期転換しない合意を有効と認めることが構想されている。いずれも労働者の「同意」を理由として規制を緩和しようとするものである。

 現実の厳しい競争環境のもとでは、そのような「同意」は形式的なものに終わってしまう可能性がきわめて高い。また、労働者の「同意」が真意に基づくものかどうかを労働基準監督署等がチェックすることも不可能に近い。

 そもそも契約の自由を規制するものが労働法規制であるところ、労働者の同意を理由として規制緩和を認めることは、労働法の根本を否定することに他ならない。


5 「特区」を利用した労働規制緩和は憲法および労働法秩序に違反する

 規制緩和論者は、企業経営者が労働者の利益も考慮して合理的に行動し、利益が上がれば労働者にも還元されるだろうという前提に依拠している。しかし、企業は利潤の最大化を求めてあらゆる行動に走るのであり、労働法による外的制約がなければ、労働者の権利・利益を無視しても、短期的な利潤を追い求めることは企業の本質でもある。それは歴史が示すところであり、最近では、労働者を意図的に「使い潰す」ことで利潤を得ようとするブラック企業の存在が端的に教えるところでもある。

 労働者にとっては雇用の機会を得ることが生活を支える経済的基盤であり、雇用の喪失は労働者の生活に深刻な影響を及ぼす。憲法は、生存権(憲法25条)と勤労権(憲法27条1項)を保障しており、使用者による一方的な解雇を規制すべきことは、これら憲法上の基本的人権から導かれるものである。

 また、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準」は法律で定めるとした憲法27条2項を受けて、労働基準法がわが国における労働の最低基準を定めるほか、労働契約法をはじめとする各種の労働法が労働のルールを定めている。すなわち、労働者の生存権と勤労権を保護するために立法によって契約の自由を規制することは憲法上の要請である。「特区」を利用した労働規制緩和は、法律で定めた労働のルールを守らなくてもよい「治外法権」を作り出すということであり、憲法27条2項にも違反する。

 なお、憲法95条によれば、ある地方公共団体のみに適用される特別法はその地方公共団体の住民投票で過半数の同意を得なければ国会はこれを制定できない。「総理主導の下」で「強力な実行体制」により推進される「特区」は同条にも違反する疑いが強い。


6 まとめ

 そもそも公正な企業間競争は共通の市場ルールのもとでこそ成り立つ。資本主義の基本的なルールすら投げ捨てて、一部の企業だけがルールを無視した活動が許されるのであれば、もはや公正な競争は成り立たない。内閣官房のホームページによれば、現在議論されているTPPにおいても、貿易や投資を促進することを目的に労働者の権利保護の水準を引き下げないようにすることが議論されているという。安倍首相の「特区」を利用した労働規制緩和の構想は、それにさえ反するものである。

 「特区」を利用した労働規制緩和は、憲法および労働法秩序に反し、また、必要性も合理性もなく、手続的に不公正きわまりない。

 私たちは、安倍政権による「特区」を利用した労働規制緩和の策動に強く抗議するとともに、誰もが働きがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)が保障される社会の実現を目指して引き続き奮闘する決意である。