声明・アピール・決議
社会保険労務士法「改正」法案に関する声明
  1.  政府は、「今後の司法制度改革の推進について」(平成16年11月26日司法制度改革推進本部決定)に基づき、本年3月4日、社会保険労務士法「改正」法案を国会に提出することを閣議決定した。その後、同法案は、4月8日に参議院本会議で可決され、現在、衆議院にて審議中である。同法案は、社会保険労務士の取り扱う紛争解決手続代理業務の範囲を拡大し、労働争議不介入規定を削除することなどを柱とするものである。しかし、いずれの「改正」も時期尚早もしくは不必要であり、かえって労働者の権利擁護に資さないというべきである。
     同法案では、これまで社会保険労務士に認められていた個別労働関係紛争解決促進法に基づき都道府県労働局が行うあっせんの手続の代理に加え、(1)個別労働関係紛争について都道府県労働委員会が行うあっせんの手続の代理、(2)男女雇用機会均等法に基づき都道府県労働局が行う調停の手続の代理、(3)個別労働関係紛争について厚生労働大臣が指定する団体が行う紛争解決手続(いわゆる「民間認証ADR」)の代理(紛争価額が60万円を超える事件は弁護士の共同受任が必要)についても業務範囲を拡大し(これらの代理業務について和解交渉・和解契約の締結も含む。)、各代理業務に必要な学識及び実務能力に関する研修及び試験を実施するとしている。この「改正」によって、社会保険労務士がこれらの手続の対象となる紛争について、労使を問わず、代理人として、申立てや、その前段階の和解交渉・和解契約の締結を行うことが可能となる。

  2.  しかしながら、当会としては、この「改正」によって、社会保険労務士が労働者の代理人として、その権利を擁護する役割を発揮することにつながるかどうか、大いに疑問を有している。

     (1)その理由の一つに、あっせん代理業務が認められた2003年4月1日から2004年10月までの間に、社会保険労務士が行ったあっせん代理の件数は、わずかに159件にすぎない(社会保険労務士の登録人数は、2005年1月末現在で2万9293人。)ことが挙げられる。この数字では、社労士にあっせん代理業務を拡大すべき立法事実がないと評価するほかない。司法制度改革推進本部のADR検討会においても、あっせん代理業務を拡大する合理性が検討された形跡はない。

     (2)加えて、社会保険労務士の業務の性格上、紛争性のある法律事務を取り扱う適性を有しているかどうかにつき疑問がある。
     すなわち、社会保険労務士は、労働社会保険諸法令に基づき申請書等及び帳簿書類の作成、申請書等の提出代行、申請等についての事務代理、労務管理その他労働及び社会保険に関する事項についての相談及び指導などを取扱業務としている(社会保険労務士法2条)。これらの業務は、もっぱら使用者からの依頼を受けて取り扱う性格のものであり、それゆえ社会保険労務士は、日常的に、使用者側に依拠して活動している。そのことは、図らずも、全国社会保険労務士連合会が、そのホームページにおいて、社会保険労務士制度について、「社会保険労務士制度は、企業の需要に応え、労働社会保険関係の法令に精通し、適切な労務管理その他労働社会保険に関する指導を行い得る専門家の制度です」と説明し、自認しているところである。このように、社会保険労務士は、もっぱら使用者側に依拠するという業務の性格上、一般的に、個別労働関係紛争を公正に解決するだけの職業的基盤を有していないというべきである。

     (3) また、社会保険労務士は、弁護士とは異なり、、組織上も行政(厚生労働大臣)から独立しておらず(同法第10条、第24条)、自治権も与えられていない(同法第25条以下)ことも、公正さを担保するという意味で、問題がある。

     (4)さらに、社会保険労務士が個別労働関係紛争を解決するための学識と資質を有しているとは言い難い。個別労働紛争の解決には、労働社会保険諸法令のみならず、憲法、民法、民事訴訟法等の知識・理解が必要不可欠であり、かつ高度の倫理性が要求される。しかるに、社会保険労務士の資格取得には、これらの知識はほとんど要求されていない。同法案は、信頼性の高い能力担保措置として、研修や試験を制度化するとしているが、紛争性のある法律事務を取り扱う弁護士に対して実施される司法試験や司法修習に匹敵するだけの水準を確保できるかどうか懸念される。

     (5)なお、個別労働関係紛争についての民間認証ADRは、社会保険労務士会が設置することが予想されており、そうであれば、上記のような公正性と資質に欠ける社会保険労務士自らが設置した民間認証ADRに社会保険労務士が個別労働紛争の解決を持ち込むことを容認することになり、個別労働紛争の解決をいたずらに混乱させ、労働者の権利擁護の妨げになる。同法案が60万円以下の事件の代理について、弁護士との共同受任を不要としているのは論外というほかない。

     (6)また、労働争議不介入規定については、労働争議の自主的解決を排除すべき要請は今日においても妥当しており、削除すべき必要性はない。

  3.  以上より、当会は、社会保険労務士法「改正」法案については、個別労働紛争を公正に解決し、労働者の権利の擁護に資するかどうかという観点から、社会保険労務士のあっせん代理業務を拡大すべき合理性について充分な検証を求めるとともに、労働争議不介入規定の削除については、これに反対するものである。

2005年5月13日
                       民主法律協会
会長 小林つとむ
   
 
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