2001年5月28日
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司法制度改革審議会 御中
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弁護士費用敗訴者負担制度導入に抗議する意見書 |
民主法律協会
会長 本多淳亮 |
当協会は、既に2000年11月29日付で貴審議会に対し、「労働裁判改革に関する意見書」を提出し、その中で、貴審議会において導入されようとしている弁護士費用敗訴者負担制度について断固として反対する旨、表明した。この問題については、当協会のみならず、日弁連をはじめ各種団体がこぞって反対の意を表明しているところである。
にもかかわらず、貴審議会は、来たる最終意見書において、この制度の原則導入を明言しようとしている。
しかしながら、この制度は、国民の司法へのアクセスの決定的な障碍となるものであり、ひいては国民の権利救済、紛争解決の道を閉ざすものであって、断じて容認できないものである。
当協会は、改めて、この制度に対する反対の意見表明を行うとともに、貴審議会に対し、この制度の導入を撤回されるよう強く要望する次第である。
- 弁護士費用敗訴者負担制度は裁判所を市民から遠ざける制度である
弁護士費用敗訴者負担制度が、かねてより、「濫訴の防止」をうたい文句にしながら、その実、訴訟抑制、訴訟にかける人的、物的コストの削減を目的として導入がもくろまれてきたことは、つとに知られている。
この制度は、敗訴した場合に相手方の弁護士費用を負担するかもしれないとの心理的強制から、裁判の利用を回避させる効果を有している。一般市民は、敗訴した場合のリスクを前にして、提訴を躊躇せざるをえなくなり、訴訟外での解決を迫られ、裁判を受ける権利が侵害される。これは、「法の支配が社会のすみずみにまで行き渡る社会」づくりをめざすとする貴審議会の理念にも反する結果となる。
これに対し、この制度が司法へのアクセス拡充につながるとし、その理由として、「弁護士費用の負担により権利が目減りすることを防ぐため」を挙げる論者がいるが、まったくの誤りである。
そもそも裁判というものは双方にそれなりの言い分があるのが通常であり、一方が全面的に正しく、他方が全面的に誤っていると簡単に言い切れるものではない。そこでの権利は訴訟を通じて初めて確定されるものである。これを「目減り」などと論ずることがおかしいのである。
- 弁護士費用敗訴者負担制度は不公平な制度である
この制度は、敗訴のリスクを外部化できる体力のある大企業や財政的に余裕のある団体であれば格別、一般市民や中小企業にとっては、大きな負担を強いることになる。特に、こうした大企業と一般市民が係争する場合を考えると、ただでさえ、情報収集能力や経済力などの点で大企業が圧倒的に有利であるのに加え、一般市民が敗訴した場合にこうした大企業などの弁護士費用をも負担させるリスクを負わせられることは、著しく不公平である。両者ともリスクを負うのであるから公平であるというのは、社会的実態を見ない空論である。
このように、この制度は、社会的強者による社会的弱者の権利侵害に対して、訴訟による救済を求めることをためらわせるという致命的な弊害を有しており、裁判を受ける権利を侵害し、裁判所の役割を著しく狭めるものである。
とりわけ、労使間の紛争においては、この制度の弊害は、いっそう顕著となる。労働者は、生活の糧を使用者に依存せざるを得ない立場におかれている。司法による公正な解決を得る手段を断たれるとすれば、いっそう使用者への従属を強要されることになる。例えば、解雇事件においては、労働者は、今でも、全生活をかけてたたかわなければならないのに、敗訴時のリスクをも考慮しなければならないとすると、いっそう苛酷な状況に追い込まれることになる。これでは、「泣き寝入り」をせよと言うに等しいものである。それゆえ、敗訴者負担を原則とするドイツにおいても、解雇事件については例外とされているのである。
最終意見書案では、労働事件については、敗訴者に負担させるべきでないとしているが、そのような訴訟の範囲をどう定めるかについては、検討すべき事項とされており、労働事件が敗訴者負担の例外となる保障はどこにもない。
- 裁判を経験した多くの方が弁護士費用敗訴者負担制度の導入に反対している
貴審議会が中間報告において弁護士費用敗訴者負担制度の導入を表明して以降、さまざまな訴訟の原告団、弁護団、研究会など、裁判を利用したり、関心を有している団体が、この制度の導入に反対する意見を表明している。
例えば、ある医療事故について関心のある団体の会員に対するアンケートにおいては、この制度が導入されたとすると、医療過誤訴訟を提起する際の判断にどのような影響が出るかとの問いに対し、訴訟を提起しにくくなると思うと答えた人が、「多少」と「非常に」を合わせて80パーセントを上回ったとの結果が出た。また、ある市民団体が主催した集会では、裁判当事者である原告や弁護士が次々にマイクをにぎって、この制度が導入されていたならば、私たちの事件を裁判所にうったえ、解決を図ろうという決意はできなかったであろうと述べている。
佐藤会長は、2001年4月6日の審議会の意見交換のまとめの中で、中間報告の「表現ぶり」が悪かったからこの制度がアクセス拡充につながらないと理解されてしまったと述べているが、それは「表現ぶり」の問題ではない。貴審議会は、上記のような市民の切実な声に真摯に耳を傾けるべきである。
- 弁護士費用敗訴者負担制度は権利救済の道を閉ざすものである
日本の労使関係を評して、しばしば「大企業の門前で憲法は止まる」と言われることがある。日本の企業の職場において、労働者の人格や権利がないがしろにされてきたことを表現することばである。
こうした違法状態を是正し、職場に働く適正なルールを確立するため、これまで労働組合や個々の労働者は、その人格と人生をかけてたたかってきた。そして、数多くの労働裁判を通じて、不透明かつあいまいで非法律的な「労使慣行」が支配していた職場に、「整理解雇4要件」、「解雇権濫用の法理」、「就業規則の不利益変更法理」などのルールを確立してきた。ここにおいては、裁判所は、不十分ながらも、その法創造機能を充分に発揮し、権利救済機関としての役割を果たしてきたのである。
これは、労働事件だけにとどまらない。消費者、公害・環境、住民・株主訴訟などなど、社会に生起するさまざまな側面で、裁判所は、さまざまな曲折を経ながらも、被害者の権利救済と社会正義の実現に向けて、一定の積極的な役割を果たしてきたのである。
しかるに、弁護士費用敗訴者負担制度は、市民を裁判所から遠ざけることによって、裁判所から、これらの機能、役割を奪うことになってしまうのである。それは、国民の権利侵害を放置することにもつながる。
よって、当協会は、断固として、弁護士費用敗訴者負担制度の導入に反対するものである。
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