意見書
2000年11月29日
司法制度改革審議会 御中
労働裁判改革に関する意見書

民主法律協会
会長 本多淳亮
はじめに
 当協会は、1956年に結成された、弁護士・研究者・労働組合等を構成員とする団体であり、大阪を中心に、人権と民主主義を守るための活動を幅広く行っているものである。中でも労働事件についての取組は当協会の活動の柱であり、大阪における各種労働事件に弁護団を配置するとともに、リストラ問題・解雇規制問題・不安定雇用労働者問題など、各種の労働者の課題について、研究と実践を行っている。
 こうした活動の中で、当協会は、大阪地裁労働部の判決及び訴訟指揮の動向に大きな関心を持っており、労働部係属事件について調査を行うとともに、時に応じて、裁判改善のための申し入れ等の活動を行ってきた。
 以下の分析と提言は、当協会が継続的に行ってきた調査及び当協会所属弁護士及び労働組合の経験に基づくものであり、労働裁判の「現場」の声として、貴審議会において労働裁判改革を議論するにあたり、ぜひ採り上げていただくよう要望する。

弁護士費用敗訴者負担制度は絶対に許されない

  1. 弁護士費用敗訴者負担制度は司法へのアクセス障害を招く制度
     まず最初に、当協会は、貴審議会が導入を図ろうとしている弁護士費用敗訴者負担制度に対し、大きく警鐘を鳴らすものである。
     貴審議会は、中間報告において、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者に訴訟を利用させやすくするために、弁護士費用の敗訴者負担制度を導入すべきであるとしている。しかし、これは根本的に誤りである。弁護士費用敗訴者負担制度は、多くの国民(庶民)にとって、司法への決定的なアクセス障害となる制度である。
     多くの国民(庶民)において、裁判を提起するということは、一生のうちにそう何度も訪れるものではない。しかも、労働裁判における労働者側(大半は原告)勝訴率は一般の民事訴訟事件における原告勝訴率と比較してかなり低い。労働者は、経済的に圧倒的な力の差のある企業を相手に、「負けるかもしれない、しかしこのまま泣き寝入りはできない」という覚悟を持った上で訴え提起に至るのである(これは、労働事件だけに限られるものではなく、消費者訴訟、公害訴訟なども同様である)。
     そのような場合に、勝てば弁護士費用は相手方の負担となるといっても、逆に負ければ、自分の弁護士費用に加えて相手方の弁護士費用まで負担させられることになるとすれば、庶民はどのような心理状態になるだろうか。相手方に資力があるか否かは不明なことが多いから、勝った場合に相手方から弁護士費用を回収できるかどうかは分からないことが多い。他方、負けた場合に相手方から請求されるのは確実である。こうしたことを考慮に入れて裁判を提起するか否かを判断しなければならないとすれば、裁判提起に不安を感じ、ためらうのが庶民の通常の感覚である。このように、国民、特に労働者を含む庶民にとっては、弁護士費用敗訴者負担制度が司法へのアクセスに決定的な障害となることは火を見るより明らかである。
     こうして法的手段をためらう国民は暴力団に解決を依頼する方が手っ取り早いということになりかねない。社会はアウトロー化が進行し、「法の支配」は空念仏となることだろう。
    (なお、企業が商取引に伴う紛争を司法的に解決しようという場合には、長期的に見ればコストはプラスマイナスゼロとなるので、弁護士費用が自らの負担か敗訴者負担かはあまり関係がない。)
     貴審議会は、政策形成訴訟は例外とする方向も示しているが、およそすべての訴訟は当事者の私的利益を追求するものであると同時に、社会的な意義も有しているものであり、こうした基準は曖昧で恣意的に流れるものと言わざるを得ない。

  2. 弁護士費用の自己負担が司法へのアクセス障害の原因ではない
     そもそも、司法へのアクセスの障害の原因が、弁護士費用を自ら負担すべき現行制度にあるのではない。司法へのアクセス障害は、司法解決のスピードが遅く、水準も低いため、国民が司法に多くを期待していないことに原因がある。すなわち、裁判官の数が少ないために審理に時間がかかり、かつエリートのキャリア裁判官が庶民の生活実感を理解せず、「強者の論理」で裁判をするからである。こうしたキャリア裁判官は、労働事件などにおける事実把握や証拠の偏在の是正にも消極的である。このような本質的問題の解決がなされてはじめて、国民の司法への期待が高まり、アクセス障害がなくなり、「法の支配」が貫徹されることにつながるのである。
     弁護士費用については、法律扶助の拡大等によって十分にカバーできるものである。また、悪質な使用者の人権侵害に対して裁判を提起しなければならないような場合には、損害賠償によりカバーできる(裁判所の認定する慰謝料額が現状はあまりにも低すぎるのが問題であり、是正されるべきである)。
     他方、医療制度のような国民皆保険制度が徹底されていない現状において(権利保護保険自体の是非が議論の対象となりうるが)、弁護士費用を敗訴者の負担とすることは、裁判を受ける権利の侵害というきわめて重大な結果をもたらすことになる。
     当協会は、弁護士費用の敗訴者負担制度には絶対に反対であり、もしどうしてもというのであれば、それは行政訴訟や国家賠償訴訟に限り、片面的敗訴者負担制度(国・自治体や行政機関が敗訴したときにのみ国民が弁護士費用を請求でき、国民が敗訴した場合には国・自治体等は請求できないという制度)として導入を検討すべきである。

大阪地裁民事第5部(労働部)における労働裁判の実態とその問題点

  1. 大阪地方裁判所労働部の構成
     大阪地方裁判所においては、第5民事部に労働事件が集中され、いわゆる「労働部」となっている。労働仮処分は、1999(平成11)年3月まで、保全事件集中部である民事第1部で審理されていたが、1999(平成11)年4月より、労働仮処分も第5民事部において審理されることとなった。
     すなわち、大阪地裁においては、現在、労働事件は、まさに全て地民5部1ヶ部に集中している状況である。
     1998(平成10)年6月以降、大阪地裁第5民事部の裁判長は松本哲泓裁判官がつとめており、その他、2名の右陪席と1名の左陪席から構成されている。2000(平成12)年11月現在、右陪席は松尾嘉倫裁判官と川畑公美裁判官、左陪席は西森みゆき裁判官である。

  2. 訴訟促進主義と杜撰な事実認定
    (1) 松本裁判長の下における訴訟促進主義の徹底
     第5民事部では、裁判長が松本裁判官へ交代した後、合議体での審理・各単独事件(裁判長と右陪席2名が担当)の全てにおいて、松本裁判官の方針として訴訟促進主義が徹底されたことが最大の特徴である。
     訴訟促進を第一とする観点から、法廷における証人及び本人の尋問は極端に制限され、尋問に代わるものとして陳述書が多用されている。また、法廷での尋問の場においても、尋問時間の制限が著しい。
     そのため、当事者が、審理を尽くすために求めた人証までが、不採用・却下される事態が発生している。

    (2) 実質的な反対尋問権をも保障しない証人申請却下
     住友生命ミセス差別事件は、既婚女性に対する差別の是正を求める女性従業員ら12名が原告となっている事件である。会社側は原告の仕事ぶりは昇格に値するものではなかったと主張し、「各原告についての勤務ぶりがどのようなものであったか」が争点となっている。
     このうち原告2名については、原告本人と元上司の尋問が行われたが、その後、他の原告についても会社側から上司の陳述書が多数提出された。そこで、原告側は、残り10名の原告について、原告本人と元上司の尋問を請求した。このうち、元上司の尋問は、提出された陳述書に対する実質的な反対尋問を求めるものであり、反対尋問権保障の観点から当然認められるべきものであったが、裁判所(合議体:松本裁判長・川畑裁判官・西森裁判官)は、原告本人尋問及び元上司の尋問の全てを却下した。
     陳述書のみに依拠した事実認定は、反対尋問による吟味を経ていないという点で問題があり、このような証人申請の却下は極めて不当である。

    (3) 極端な尋問時間制限
     尋問時間制限により、本来人証調べに必要な時間まで削減しようとする訴訟指揮も問題である。
     東大阪市の保母が頸肩腕障害の公務災害申請を却下され、その取消を求めている行政事件(大阪地方裁判所では労災・公務災害申請却下の取消請求事件は労働部で審理されている)では、原告が2名おり、4名の人証を尋問するにあたって、裁判所(合議体:松本裁判長・川畑裁判官・和田裁判官)は、「1日(4.5時間)で全ての証拠調べを行う」旨言明した。しかし、当該事案は多年にわたる就労実態の過重性が争点となっており、膨大な量の事実の存否が激しく争われているのであるから尋問にある程度の時間を要するのは当然であり、あらかじめ時間制限を行うのは失当である。原告側の強い抗議等により、結局は2日間にわたって証拠調べが行われることになったが、十分な尋問時間を確保させるために、当事者が大きな労力を強いられる事態となっている。
     また、あるセクシュアルハラスメント解雇の事件において、担当の松尾裁判官は、「私が法廷を使えるのが2開廷分なので、その範囲内で尋問を行います」とまず言明した。しかし、当該事件は、申請された人証がその時点で、証人・本人を含め7名あり、また、複雑な事実関係が争点となっており、2開廷で全ての人証に対する尋問が終了するような簡明な案件ではなかった。このように、事件の複雑さや必要な証拠調べの内容を考慮することなく、「まず人証調べの時間ありき」の訴訟指揮が不当なことは言うまでもない。

    (4) 杜撰な事実認定
     このような訴訟促進主義の中で、大阪地裁民事5部の処理件数は増加しているが、一方、判決・決定における事実認定の杜撰さが指摘されている。特に、2000(平成12)年に入って以降、事実認定の杜撰な判決が目立つことが、当協会所属弁護士の共通意見で、「証拠に基づいた認定になっていない」「裁判官が記録を読んでいないのではないか」等の批判がある。
     長期勤続の女性従業員が男女差別の是正を求めたシャープライブエレクトロニクス事件(シャープ事件)判決(2000年2月)では、原告の働きぶりが昇格に値するだけのものであったかが一つの争点となった。判決(合議体:松本裁判長・松尾裁判官・和田裁判官)は、原告の働きぶりが極めて悪かったという会社側の主張を、ほとんど忠実に認める認定を行った。この判断の過程では、反対尋問で弾劾される機会のなかった原告の元同僚の陳述書が、そのまま事実認定の資料として用いられた。陳述書による事実認定の弊害が強くあらわれたといえる。この判決は、「陳述書を提出した同僚らは、原告を悪く言う理由がない」という、驚くべき証拠評価により陳述書の信用性を高く評価している。陳述書の作成者らは、現在も会社に勤務しているものであり、そういう立場の人物が、会社に不利な陳述書を書けるはずがない。こうした陳述書に対する警戒心が、当初より裁判所に欠けているのである。
     経営者宅への労働組合の宣伝行動が不法行為が否かが問題となった商大ドライビングスクール事件では、労働者に慰謝料の支払いを命じる不当な判決が出された。この判決は、全体として結論が不当であるのみならず、個々の労働者が被告となっているにも関わらず、個別の労働者の「行為」の具体的な認定がなされないまま、損害賠償(慰謝料の支払い)が命じられた点に問題がある。
     このほか、あらかじめ決めた(直感的な)結論を導くのに都合よい事実を羅列し、障害となる事実に対しては無視するなどして判断過程から欠落させ、その結果、論旨の展開が論理的とはいいがたい例も指摘されているところである。

    (5) 杜撰な事実認定の背景にあるもの
     一方で、労働仮処分の審理が民事1部から民事5部に移管されて以来、裁判官の持ち件数は増加している。松本裁判長への交代後、訴訟促進の強力な推進により、地民5部の本案訴訟の事件数は減少しているが、一方でその減少を埋め合わせる形で仮処分が増加しているものと思われる。加えて、企業の大量解雇による大型事件が複数係属しており、1件あたりにかける裁判所の労力は増大している。しかも、2000年に入ってから、月平均の新受件数が、1997、1998年よりも3〜4件増加している。
     このような裁判官の負担増大は、裁判官が判決を書くことを避けようとする余り、強引な和解がなされ、当事者の不信感を呼ぶ事態すら招いている。
     各裁判官の負担が増加する一方、尋問の場において証人・本人の供述に対する反対尋問により、供述が吟味される機会が不足する事態があいまって、事実認定が杜撰な判決が相次いでいるといえる。
     労働事件は、その労働者の行っていた業務の内容、当該職場でどのように業務が行われていたかを正確に把握しなければ、正確な判断はなしえない性格のものであり、そのためには一定の緻密な審理が要求されるが、現在の大阪地裁民事5部の裁判官にはそのような認識は皆無である。
     こうした判決の事実認定の杜撰さは、個々の裁判官の能力のみに帰せられるものではなく、その根底には、裁判官の圧倒的不足と個々の裁判官の負担増大にも関わらず審理促進のみが優先されることによる審理の形骸化がある。
     松本裁判長は、しばしば「早期解決を優先する」と述べるが、当事者が必要とする審理を尽くさずして真の「解決」はありえない。当事者である労働者らも、「迅速な審理」の価値は尊重しているが、かといって「拙速」を求めるものではないのである。
     裁判所内では、事件の処理件数が裁判官の成績を表す指標となっているが、その指標を良くするために、当事者の利益を犠牲にすることは決して許されない。
     こうした弊害を除くためには、裁判所の人的物的設備を充実して審理を余裕をもって行える環境を整備するとともに、裁判官の評価が処理件数のみによって決定されないシステムが必要である。

  3. 労働者の権利に対する無理解
     松本コートにおいては、2000年に入って以降、労働者の権利に対する理解を欠いた判決が相次いでいる。その一つの原因としては、上記2に述べた事実認定の杜撰さがあるが、それのみでは説明できない、理論的な不当性もみられる。
     その嚆矢となったのは、2000年2月のハクスイテック事件判決(合議体:松本裁判長・川畑裁判官・和田裁判官)である。
     ハクスイテック事件は、年功賃金から能力賃金への移行を図った就業規則変更の効力が争われた事案である。この判決は、「労働生産性を重視し、能力、成果に基づく賃金制度をとる必要性が高くなっているのは明白」として、企業側の主張を一般論においてストレートに取り入れ、労働者を敗訴させた。
     この事件は、就業規則不利益変更の無効確認を求めた事案であるが、本来、就業規則の不利益変更については、それが賃金、退職金などの重要な権利にかかわる場合には「高度の必要性」が要件となることが、最高裁の判例でも述べられている。ところが、ハクスイテック事件判決では、当該要件にそって「高度の必要性」の有無を吟味することなく、賛否両論に分かれる能力主義を一方的に評価・推進する立場に立って就業規則の変更を有効と認めた。
     現在、企業側の「必要性」を重視する判断が東京地裁で整理解雇事案において相次いでいるが、ハクスイテック事件も、「規制緩和・リストラ時代」における「企業の都合」を重視するこうした流れに沿うものである。
     また、2000(平成12)年8月の関西航業事件判決(合議体)においては、下請企業の労働者に対する元請企業の責任が否定された。このケースでは、元請企業が下請企業の労働者の労働条件を決定する実質的権限を持ち、下請企業の労働組合に対する不当労働行為も元請企業が行っていた等の事実があったにも関わらず、「元請企業と下請企業の間に資本関係がない」といった形式的な理由で、元請企業の責任を全面的に否定した。
     かような裁判官の発想・態度は、労働現場の実態と労働者の生活への認識・理解の不足に起因していると考えられ、より、実態に配慮した判断を行いうる裁判制度の実現が求められるところである。

  4. 労働仮処分の審理に関する問題
    (1) 大阪地裁民事5部における労働仮処分の減少
     労働仮処分は、解雇や賃金切り下げ、遠隔地配転等、緊急に救済を要する案件について、賃金仮払い等の仮の救済を行う手続であり、解雇案件等で広く利用されてきた。
     しかし、当協会での調査によれば、現在、労働事件における仮処分案件は明らかに減少している。以下に述べる傾向によって、本来迅速な権利保障を趣旨とするはずの労働仮処分が、利用しにくいものとなっている。

    (2) 1ヶ部集中の弊害
     仲立証券事務所明渡申立事件は、会社側が労働組合に対し、現在組合が争議の拠点として使用している組合事務所の立退きを請求した、明渡断行の仮処分の事案である。この件は、元々松尾裁判官が単独で担当していたため、労働組合側は、事案の重大性から合議事件とすることを要請した。ところが、当初、裁判官は「保全異議も地民5部で担当するので、仮処分を合議にすると、異議審が構成できなくなる」と言って、合議事件とすることを躊躇していた。最終的には、合議に回され、そこで却下決定(組合勝訴)が出されたのであるが、合議事件とすべき重大案件では、なべて同様の問題が発生する。労働事件1ヶ部集中の弊害が現れた事案である。
     本案訴訟が合議事件になる事案であれば、重大事件であるのに「裁判官が重なると困るので、あえて合議にしない」ということにもなりかねない。

    (3) 法廷審尋の否定
     大阪地裁においては、支部(堺・岸和田)を含め、仮処分の審理においても、法廷で証人・本人の尋問を行う慣行が確立され、「大阪方式」と称されていた。これは、仮処分の審理を充実させるために、当事者の要求によって確立された審理方式で、事案の早期解決にも資するものとして評価されていたものであり、民事保全法制定の際の国会審議においてもこれを尊重することが確認されていた。
     ところが、上記(2)の仲立証券事件では、労働組合が法廷審尋の要求を行ったにも関わらず、裁判所はこれに応じなかった。同事件の場合、会社側から起こされた事件という特徴があり(労働者側から起こした事件なら取り下げて本訴を起こし直せるが、その切替の選択ができない事件)、しかも、明渡断行という本訴と同じ結果を招く仮処分だったにも関わらず、法廷審尋はなされなかった。
     現在では、裁判官があまりにも忙しすぎるせいか「法廷審尋を行わない」ことが大阪地裁民事5部の既定の方針となっている。その結果、仮処分の審理において、会社側の提出した陳述書等の書証を反対尋問によって弾劾する機会がなくなった。このため、相当有力な証拠がないかぎり、「仮処分では証人や本人を調べることができない」との考慮から、当協会会員弁護士の中でも、「事実認定が微妙な事件では、仮処分を行わず、最初から本訴を提起する」という方針を取ることが増えつつある。
     しかし、本訴判決まで生活が維持出来る当事者の事件ならまだしも、現実に仮払いの緊急性が高い場合、本案訴訟の結論が出るのを待つことはできない。この場合、法的な手段によって、解雇等の効力を争うこと自体が不可能になる危険性がある。すなわち、法廷審尋の否定は、最も救済を要する事件について、救済の途を狭めることを意味しているのである。

    (4) 労働仮処分の決定内容の問題点
     現在、大阪地裁第5民事部の労働仮処分の決定内容は、労働者側勝訴の場合であっても、以下の共通の問題を含むものとなっている。
    ・仮の地位の保全は、特殊な理由がない限り認められず、不当に解雇された労働者の職場復帰の妨げとなっている。
    ・賃金の仮払いについても、川畑裁判官の場合、「解雇(処分)後決定までの過去分は認めず、将来分の仮払いも必ず減額する」という方針が一貫しており、批判されている。
     そこで認められる金額は、しばしば生活保護レベルあるいはそれ以下という非常識なものである。裁判官はそのような金額で生活ができるとでも思っているのであろうか。あまりにも生活実感に乏しいと言わざるをえない。
     また、従前は、仮払いの負担が、企業に解決を決断させる一つの糸口になっていたのであるが、このように仮払いの金額が減額されては、仮払いの「紛争解決後押し機能」もまた弱まらざるをえない。

    (5) 労働仮処分の問題と労働裁判
     以上述べたとおり、労働仮処分の決定手続と決定内容の双方において、仮処分の利用価値が低まっている。
     これはひとえに裁判官の数が少なすぎることと合せて、裁判官が、労働者の生活実態及び仮処分の現実の紛争解決機能についての理解が乏しいからと言わざるをえない。
     従って、裁判官の大幅な増員、法曹一元とともに労働仮処分をより利用しやすく紛争解決に資するものに、手続・内容とも改革することが必要である。

裁判所の人的設備の整備と審理方式の改革

  1. 労働裁判の問題の原因
     労働裁判の審理の長期化を引き起こしている原因は、第一に、裁判官、書記官、速記官などの人員不足、第二に、事実及び証拠の使用者側への偏在、第三に、被告(ほとんどの場合使用者)の審理への不協力ないし引き延ばしにある。
     冒頭に指摘したような大阪地裁労働部のさまざまな問題点、すなわち、陳述書に頼り切った強引な事実認定や杜撰な理由付けの原因は、こうした労働裁判遅延の原因に遡ることなく、現状の裁判所の乏しい人員体制と使用者側の不当な応訴態度を前提としたまま、いたずらに迅速審理だけをはかろうとしたために出てきた病弊である。
     もはや、小手先の審理改善や個々の裁判官の超人的な奮闘に期待するだけでは解決できないところに至っている。

  2. 人的設備の整備について:裁判所スタッフの充実
     本来、審理の短縮をはかるには、裁判官、書記官、速記官などを抜本的に増員することが大前提である。現状は、まじめな審理をしようとする裁判官には非人間的な過密労働を要求するものであり、結局は杜撰な審理を放置するものでしかない。
     そこで、すみやかに裁判官を増員し、10年間で少なくとも2倍化するべきである。もちろん、裁判官数の増加に伴い、書記官、事務官などのスタッフの増員、そして速記官養成の復活を実行すべきである。
     現在、最高裁は、速記官制度を廃止しようとしているが、これは正確な裁判記録の作成という観点からみて、極めて問題があり、許されない。
     とりわけ、労働事件においては、速記官による速記録は重要である。新民事訴訟法の施行後、集中審理がすすみ、3時間を超す証人尋問もめずらしいものではなくなってきている。ところが、いわゆる要領調書(書記官が尋問内容を聞き取ってその要点を記載して作成する調書)は、1人の書記官が作成するため、どうしても集中力が途切れがちになり、肝心な部分が「要領よく」記録されていないという問題がしばしあった。労働事件においては、争いが激しく、証人尋問における証言の微妙な内容が決定的な立証手段となることが多い。的確な事実認定に基づいた裁判を行うためには、すべての証人尋問・本人尋問で、速記官による速記録による調書化が実現されるべきである。そのためにも、速記官養成を復活し、早急に速記官増員の手だてを講じるべきである。

  3. 「職業裁判官」の官僚司法体制による弊害の除去
     市民常識にそぐわない判断が続出している根底には、独立しているべき裁判官がキャリアシステムのもとでいわゆる「職業裁判官」として育成され、官僚的に組織化されているという矛盾がある。しかもこうしたキャリア裁判官の大半は、社会、特に一般庶民の生活から遊離し、社会的強者の論理にからめとられながら、自らは独立していると思いこんでいるところに二重の悲劇がある。
     こうした官僚司法体制を変革する上で、当面は、裁判官会同における統制、事務総局への人事権の集中などを改めることが求められる。
     さらには、官僚司法体制に代わりうるものとして、法曹一元並びに陪審制、参審制の導入が検討されるべきである。これらの制度は、司法への市民参加をすすめる観点から重要な意義を持っている。とりわけ、労働事件は、国民の大半が勤労者層にあることからして、もっとも市民参加の要求される分野である。
     現在の労働裁判においては、労働者の生活の実情を理解せず、また労働実態を的確に把握しないままに、司法の判断がなされる例が相次いでいる。このことは、結局、「労働者の裁判離れ」を招きかねない。現実に実社会において勤労の経験を持つ労働者が判断を行うことによって、より労働者の労働実態と生活実感に沿った裁判が実現されると期待できる。また、現在、裁判官に対する「評価」は、処理件数の多寡をもって行われることがあり、裁判官に対して、「数をこなす」というプレッシャーを与えるものとなっている。そのために、各事件毎に十分な審理を尽くす要請がおろそかにされ、杜撰な内容の判決を招いている側面がある。1件1件が陪審ないし参審によって判断されることにより、こうした弊害も除去されることが期待できる。
     更に、陪審制・参審制の下で、訴訟指揮等に従事する裁判官についても、労働者の生活の実情をより理解した裁判官という意味で、職業裁判官ではなく、一定の経験を積んだ弁護士の中から選任された法曹一元裁判官とするべきである。
     陪審制による審理にあっては、陪審員を拘束する期間を長期化させないようにしなければならない。とりわけ、労働事件においては、証拠が膨大になることが多く、また、企業が証拠を独占的に所持しているという問題がある。そこで、次に述べるように、訴訟前の準備活動の充実させる制度、証拠偏在を是正するための制度が不可欠である。

  4. 事実及び証拠の使用者側への偏在
     事実及び証拠の偏在の問題は深刻である。
     例えば賃金差別事件では、労働者は賃金格差の存在を立証する必要がある。これは通常、職場の労働者の賃金の全体状況を大量観察的に明らかにすることで行われるが、労働者は、自らの賃金額については知っていても、同僚の賃金額を知りうる立場にはなく、多大な労力をかけて調査を余儀なくされる。使用者が、プライバシーには配慮しつつも、賃金台帳などを提出すれば大幅な時間短縮が可能になるが、使用者がこれに応ずることはほとんどない。
     労働者が格差の立証をした後も、使用者は、当該労働者の査定が低かったとしてその欠点をあれこれ指摘する。これらの事情は査定時の人事考課資料等に表れているのが通常であるが、使用者がこのような資料を積極的に提出することはあまりない。
     解雇事件でも、使用者はしばしば、当該労働者の人格攻撃ともとれる主張を行うが、日常的にそのような評価をしていたことを裏付ける人事考課資料などを提出しようとはしない。
     労災事件でも、使用者が労災事故の際に労働基準監督署に提出する事故発生状況報告書は事案の解明に資するものと思われるが、損害賠償責任の追及を恐れる使用者が提出を拒むため、事案解明が暗礁に乗り上げることもある。
     このように、労働訴訟においては、客観的証拠のかなりの部分が使用者に偏在するにもかかわらず、使用者がこれを秘匿し、文書の存在が明らかとなっても提出しようとせず、証人に主観的内容を証言させたり、後日作成した無責任な陳述書を提出するなどの応訴態度に終始するため、労働者は迂遠な立証を余儀なくされ、そのため審理に長期を要するケースがあまりにも多い。
     よって、審理期間短縮のためには証拠偏在の解消が不可欠であり、具体的には以下の対策が必要である。
    ・文書提出の一般的義務化の徹底
     一般的文書提出義務の例外を定めた民訴法220条4号ハ(内部文書)が拡大解釈されることにより、真実により近い客観的証拠の提出の途を閉ざし、ひいては真実発見を妨げている。
     それどころか、本来は、行政庁の所持する文書についての一般的提出義務が検討されてしかるべきところ、現在でも法務省はその検討をサボタージュし続けているのである。
     訴訟促進と武器対等のためには民訴法220条4号ハは削除されるか、あるいは少なくともきわめて限定的に解釈されるべきである。
     また、文書を所持する当事者が正当な理由なく提出に応じない場合の制裁規定の実効化を図る必要もある。
    ・ディスカバリー制度(証拠開示手続)
     より根本的には、アメリカ合衆国の訴訟制度などを参考に、ディスカバリー制度がもうけられるべきである。

  5. 使用者側の審理非協力・引き延ばしへの対策
     原告である労働者が審理を引き延ばして得るところはない。審理が長期化する原因は、ほとんどの場合、被告である使用者側にある。よって、改革を要する点が多数存するが、さしあたり、以下の点を指摘しておく。
    (1) 解雇事由は労基法上の解雇理由説明書記載の事実しか認めるべきでない
     1998(平成10)年労基法改正により、労働者が請求した場合には解雇理由説明書の交付が義務づけられたところであるが(労基法22条1項)、裁判上、解雇の効力を争われる場合に、使用者側が、新たな解雇理由を主張して紛争が複雑長期化することが多い。これは信義則から見ても許されないというべきであり、端的に、解雇理由の主張は労基法上の解雇理由説明書記載の事実に限ると明示するべきである。
    (2) 差別事件の労使の立証事項の法定
     差別事件において、労働者が丹念な調査を尽くして大量観察的に格差が存在する事実を主張しても、これに対し、被告が認否をしないという対応をすることもある。これもきわめて不当な対応で、このため訴訟は遅延を余儀なくされる。このような場合には、労働者側の主張を真実とみなす規定を設けるべきである。

  6. 簡易労働訴訟手続法の必要性
     1998(平成10)年労基法改正により都道府県労働基準局と労働基準監督署に相談と解決援助の権限が付与されたとはいえ(労基法105条の3)、現実には行革による職員不足、職員の不習熟や使用者の規範意識の欠如などから、必ずしも紛争解決の役に立っていないのが現状である。
     したがって、簡易な個別労使関係事件について簡易迅速な司法的解決ニーズは広範に存する。簡易な事案といっても、労使紛争はそもそも経済的な力関係の格差を前提とするものであるから、そこで求められるのは、出頭強制力のない民事調停でなく、強制権限を背景にし、原則として6か月以内に解決するた簡易な訴訟手続である。対象となる事件は当事者に選択権を与えることで振り分けが可能である。現行の手形小切手訴訟手続(原告の選択、証拠制限、被告の異議申立権)や少額訴訟手続(被告にも選択権、証拠制限、控訴禁止)なども参考にしつつ、簡易迅速に判決に至る手続法が新設されるべきである。

  7. 解雇規制法制定の必要性
     近年「リストラ」と称した、理由らしい理由のない解雇が横行しているが、これが無用な労使紛争を招来している。解雇には本来、正当な理由が必要であることが判例法理として形成されてきたところであるが、本来はいつまでも判例に委ねるのではなく、法文上明記するべきである。このことが無用な労使紛争を減少させることになる。
     このようなことも含めて、抜本的には、労使関係の適正なルールとして、解雇規制法が制定されるべきである。


労働委員会による個別紛争処理制度の創設の必要性


 現在、司法的解決システムとは別に、労使紛争解決のための公的システムとして、労働委員会制度、労働基準監督署、婦人少年室・機会均等調停委員会、自治体における労政相談などが存在している。こうした裁判外紛争解決制度の充実が必要であることはいうまでもないが、中でも、近年増加している個別労使紛争事案について、職場の実態に精通している地方労働委員会に関与権限を与えることは紛争の早期で妥当な解決にとって有用であり、検討に値すると思われる。


労働委員会命令取消訴訟のあり方について

 労働委員会命令取消訴訟については、いわゆる五審制(労働委員会決定の取消しを求める行政訴訟)の問題が指摘されている(・地方労働委員会決定→・中央労働委員会決定(再審査)→・地方裁判所→・高等裁判所→・最高裁判所)。それが紛争を長引かせ、権利救済の空洞化を招いている。
 そこで、さしあたり、以下の改革が必要である。

  1. 中央労働委員会への再審査請求権を労働側に限定する
     労働委員会は労働組合(労働者)の団結権擁護を目的とする行政機関である。そのため労働側にのみ救済申立権が認められている。そもそも不当労働行為制度は、私法上の権利・義務の存否を問題とするわけではなく、侵害された団結権を行政的に救済し、もって労使対等を実現することを目的とするものであるから、中央労働委員会への再審査請求権についても、使用者に対して認める必要はない。救済命令に不服のある使用者は、裁判所に地方労働委員会決定の取消を求める行政訴訟を提起することができるのであるから、それにより使用者側の権利が不当に侵害されることにはならない。

  2. 労働委員会命令の取消訴訟を高等裁判所の管轄とする
     労働委員会命令は、労働現場の事情に通じた労働委員・使用者委員の参与のもとに、公益委員会議を経て出されるものである。従って、その判断の公平性・適正性は、決して法の専門家である裁判官にまさるとも劣るものではない。この点で公正取引委員会の審決と同じレベルの信頼性は確保されている。
     このようにしてなされた判断の適否について、あらためて地方裁判所で、いちからの審理を行うことは無意味であるどころか、迅速かつ実効性のある救済を不可能なものにしてしまう。
     従って、労働委員会の命令についての取消訴訟は高等裁判所の管轄とすることも検討されるべきである。

  3. 実質的証拠法則の採用
     労働委員会命令をめぐる行政訴訟においては、行政機関たる労働委員会の準司法的手続による審判の適否を裁判所が審査する場合に、行政機関の認定事実を立証する実質的な証拠があるときには、裁判所がそれに拘束されるという、実質的証拠法則が採用されるべきである。
     公益委員が、必ずしも法律の専門家というわけではないことから、その判断を不完全なものと考える傾向があるようだが、それは誤りである。労働委員会命令は、裁判官などよりよほど労働現場の事情に通じている労働委員・使用者委員の参与のもとに、公益委員全員の論議を経て出されるものであって、その信頼性は極めて高い。公益委員には弁護士や法学者など法律の専門家が参加している場合も極めて多い。労働委員会の事実認定力より裁判官の認定力の方がすぐれていると考えることはできない。
    もっとも、労働委員会の事実認定を尊重するためには、労働委員会の審理自体が、充分な証拠に基づきなされることが必要である。そこで、労組法22条に定める労働委員会の強制権限(文書提出命令権など)実効化させる工夫は求められる。
     また、労働委員会での審査の際には提出されなかった新証拠については提出を制限する(それを提出できなかった合理的理由のある場合でなければ提出できないとする)ことが必要である。

  4. 裁判所による労働委員会の裁量の尊重
     労働委員会の救済は、具体的妥当性をはかるため広い裁量権が認められている。
     従って、労働委員会命令の適法性を裁判所が判断するにあたっても、労働委員会の裁量をできるかぎり尊重して、明らかに裁量権濫用といえる場合に限り、命令を取消すことができるものとすべきである。労働委員会の法解釈・手続に明白で放置することのできない強度の不当性が認められる場合にのみ、当該命令を取り消すことができるものと解すべきである。


・むすび

 以上、労働裁判の現場から見た労働裁判改革についての意見を述べてきた。すべての改革は、現場の実情を直視することに始まる。このような観点から、本意見書では、庶民である現場の労働者の実感を伝えること、そしてその目から見た現在の裁判の具体的な問題点を明らかにするよう務めたつもりである。
 観念的な議論により拙速な結論を出すことはこの国と社会全体の将来を誤るものである。貴審議会におかれては、約5400万人とされる労働者(家族を含めると全国民の4分の3といわれている)の生活と権利が不当に侵害されることのないよう、慎重なご審議を望むものである。

   
 
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