民主法律時報

片岡先生を偲んで ―― 片岡労働法学の継承と労働者の権利闘争

民法協副会長 豊川 義明

 片岡曻先生が本年(2020年)4月1日ご逝去されました。享年 歳でした。民法協の権利運動を支え、これを激励して戴いた先生に対して、これまでの民法協活動への寄与に対するお礼とともに、片岡先生が私達に残されたものを確認し本文といたします。

片岡先生は京都府出身であり、1948年京都大学法学部卒業後、助教授を経て1962年教授となられました。日本労働法学会代表理事も務められました。1989年定年退官後、龍谷大学法学部教授も務められ、民法協の権利運動の内容と拡がり、その影響力は、片岡先生とともにあったといっても過言ではありません。1970年前後の報知新聞争議事件の支援、国鉄問題の権利調査、自治労連の東大阪・羽曳野両市職労への市による不当労働行為調査、『自治体労働者の権利Q&A』の監修(1992年)、そしてひようご 世紀協会、川重近藤事件への鑑定意見も書いて戴きました。会長の萬井隆令、前田達男、西谷敏、脇田滋、大和田敢太、木下秀雄、名古道功、中島正雄、三井正信の各先生方はもとより、村中孝史京大教授も片岡先生の薫陶を受けられた先生方です。

片岡先生は、民法協創立50周年の創立記念講演(2006年)のなかで「民法協は1956年に設立され、ちょうどその頃から私は研究者として歩き始めまして、皆さんといっしょに実態調査をし、あるいは民法協の権利討論集会やいろんな研究会に参加させていただきました。民法協の半世紀の歴史というのは、私個人の研究者としての歴史とも重なっており、自分自身の研究を振り返ると同時に、民法協の活動の成果を考えてみたいと思い、今日の報告の課題とさせていただいたわけであります。」と述べられています。この時のテーマは、「戦後改革からグローバル資本主義へ」の副題があり、項目としては戦後改革の意識の再検討、高度経済成長と春闘、権利運動の発展、企業中心社会と経済大国への道、グローバル化と資本主義の構造変化とありますように、片岡先生は故岸本英太郎経済学(京大)からの学びもあり、日本の現状分析、世界との連関、資本主義の構造変化といったように視野が広く労働運動の方向を世界の流れから、経済構造の変化のなかから、また労働者の意識構造(社会学的)にも眼をむけられてきました。

先生の講演のなかで、「市場原理主義を絶対視するグローバル化は、人々や労働者をバラバラにして市場に解き放し、自由な競争によって自らの生活と幸福を確保することを求めるに等しいものであり、人間同士の結びつきや社会連帯の持つ意味や価値を無視、もしくは排除するものだ」と喝破されています。私達が、2020年のコロナ禍のなかで国民の生活や命のインフラが、国や自治体、産業界の政策のなかでつぶされてきたのかを確認し、新しい連帯の市民社会をつくらなければならないと考える時、 数年前に片岡先生の指摘されたことの正しさを認識させられます。

先生は、本当に学者のなかの学者であり、関西労働法研究会や民法協での研究会でたくさんのことを私も学ばせて戴きました。また先生は、お弟子さんの報告には厳しい問いを投げかけておられましたが、教え子の皆さんのことを考えておられる心の優しい方でした。

私は先生の『団結と労働契約の研究』(有斐閣1959)を読んで学問体系としての労働法とその解釈について、現在に至る強い関心を持つことができました。先生は、故沼田稲次郎先生の学問からの影響を受けつつ、これをふまえ、労働法学の「一般」理論として広く共有化されることを考えておられたと思います。これは、労働組合が「人間の尊厳に値する生存条件」を獲保することをめざすべきであるとのキーワードにも現れています。

私事にはなりますが、学生時代に広渡清吾君と二人でご自宅を訪問させて戴き、当時の大学民主化問題について意見をお聞きしたことを想い出します。ご著作もお贈り戴き学んできました。

先生が、働く人々の権利読本として『自立と連帯の労働法入門』(法律文化社1997)を著わされた後、1999年には『労働法理論の継承と発展』(同書名、有斐閣2001)の論文のなかで、労働法上の法主体としての労働者につき「労働の場において自己実現を求め、自律的主体であるとともに互いに連帯して、労働条件及び社会的条件の改善のために積極的に働きかける能動的主体である」こと、すなわち労働者は、自律性と相互の連帯性の二つを統合した能動的な主体であるとされています。いずれも労働者、労働組合の連帯活動の不可欠性を提示されたものであり、新たな労働社会と市民社会を作るためにも、労働組合のみならず弁護士も確信としてしっかり受止め、引継いでいかねばならないものと考えています。

先生の永きにわたる労働法学、民主主義法学、そして労働者の権利運動への献身に感謝し、心からご冥福をお祈りいたします。

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