民主法律時報

過労死連絡会シンポジウム報告

弁護士 和田 香

1 シンポジウム『過労死促進法 ~労基法改正を考える』を開催しました
大阪過労死問題連絡会では、2017年11月15日、シンポジウム『過労死促進法 ~労基法改正を考える』を開催しました。

2 基調講演
基調講演は、大阪市立大学名誉教授西谷敏先生に『「働き方改革」と労働時間・過労死問題』と題して政府が進めようとしている労基法改正案の内容の解説、改正案の問題点に始まり、日本の労働時間問題について講演頂きました。

講演は、現行の労基法は酷すぎる、改正が必要である、ということを出発点に、しかし、政府の労基法改正案では過労死さえ防げないことを確認することから始まり、日本の長時間労働を支えるものは何か、それを解決するにはどうしたらよいのかということを話して頂きました。

私が、西谷先生のご指摘でハッとしたのは、本来は人間の自由時間をいかに確保するかということも含めた広い概念である「労働時間」を過労死を基準にして決めようとしていることのおかしさについてです。働き方改革では、残業時間の上限を月100時間などとする労基法改正が盛り込まれており、それは36協定さえ結べば青天井だった残業時間に上限を設けるものとして社会的評価を受けようとしています。これについては、設定された上限では労働時間が長くなり過ぎて過労死を防ぐことができないということは、労働問題に取り組むみなさんにとっては周知のことだと思います。しかし、それは100時間では過労死は防げない、といういわば生命維持の最低ラインから考えた批判であり、じゃあ、何時間なら死なないかという議論になります。それでは、死なない程度であれば最大限働かせてよいという労働時間法制をつくることになってしまいかねません。

西谷先生は、「労働時間」とは、人間の自由時間、すなわち、ゆっくりと物事を考えたり、私的な人付き合いをしたり、自己研鑽などの時間を確保することを含めて考えるべきであるという指摘をされました。

確かに労働時間を考えるとき、本来は人間らしい生活ができる時間を元に上限を設定すべきであり、検討されなければなりません。ところが、現在は、「過労死」させなければよいと言わんばかり(実際は過労死さえ防げない改正案)、「過労死」をしないラインはどこかというせめぎ合いのような議論がなされています。

電通の高橋まつりさんの事件が公表され、それを契機に過労死・過労自殺事件の報道が多くされるようになりました。過労死問題に光が当たることは、国民の問題意識を高める上で重要なことだと思います。しかし、過労死から労働時間法制を考えるのは間違いであり、もっと大きな観点から議論すべきであるということについて西谷先生のお話を聞いて忘れていたことを思い出したような気持ちになりました。

3 労働時間の適正把握がなかったために生じた過労自死事件の報告
シンポジウムの1つのテーマである「労働時間の適正把握」がなされなかったために生じた過労自死事件について、事件を担当した立野嘉英弁護士と当事者の遺族の方から報告を頂きました。

事案は、システム会社でSEとして働いていた方が自死された事件です。会社が遺族に交付した“公式 ”な労働時間は、発病前6か月間の時間外労働時間が20時間30分から85時間30分程度と過労死ラインに満たないものでした。ところが、証拠保全等で入手した記録により実際の時間外労働時間は約131時間30分から170時間程度と、過労死ラインを優に超えたものであったことが判明しました。

適切な労働時間管理がなされなかったために過労死が生じた実例として、被災者やその家族に大きな悲劇をもたらしたことのお話を聞いて、改めて労働時間管理のあり方を“適正 ”にさせることの重要性を感じました。

4 働き方改革法案の働かせ方改悪法案
連絡会の会長である関西大学名誉教授森岡孝二先生からは、働き方改革法案が働かせ方改革法案となっており、廃案しなければならないことについて報告を頂きました。

現在、政府が進めている働き方改革法案は、残業の上限規制として過労死の労災認定基準における残業時間を上限時間に設定しています。このことなどから、今後、法案が法律として成立してしまうと過労死の労災認定や企業補償が困難になること、労働時間の間接規制としての残業代支払い義務も緩和される恐れが高く、反対世論を盛り上げる必要があることについて報告がなされました。

5 関西大学高槻ミューズキャンパスにおける過労の問題(当事者の教職員の方からのご報告)
学校という教育の現場で労基法違反行為、そして是正を求めた教職員への不当な処分が強行されているとの報告がなされました。

学校法人関西大学の初等部、中等部、高等部の教職員について、所定終業時刻が高等部では授業中になるなど、不備のある就業規則が制定されたことを契機とした問題です。

同法人は、その後、教職員の出退勤時刻を適切に把握していない、適切な時間外手当を支払っていなかったなどとして、茨木労働基準監督署から是正勧告を受け、現在は不払いとなっていた時間外勤務手当の支払いについて団体交渉が継続中とのことです。同法人では初中高の15%を超える教員が過労死ラインを超えて働いていることが分かったものの、現在でも労働時間の把握方法に不備があるという報告でした。また、この問題の中心となっていた教諭に自宅待機命令が出されるなど、問題が継続しているということです。

教育機関において、このような法律違反が堂々となされており、是正指導にも応じないということに驚くと共に、使用者側の意識の低さを改めて感じました。

6 討議
以上のような講演・報告を踏まえ、会場からは労働時間に関する意識改革の問題、労働組合のあり方について意見が出されるなどしました。

労基法をよい方向へ改正する必要があること、政府が進める労基法改正では過労死を防ぐことができないどころか、過労死を促進することになりかねないことを再確認するシンポジウムとなりました。

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