民主法律時報

西谷敏著「労働法の基礎構造」を読んで

弁護士 河村  学

 「書評」を引き受けたものの、読んで見るとやはり難しく、クチンスキーが出てきて、ラートブルフが出てくると、正直「辛いなあ」という感じだった。ただ、そこを遮二無二乗り越えて行くと、平たく言えば、「労働法って市民法とそんなに違うものなの?」(2章)、「労働法って民法の特別法なの?」(3章)、「労働法の理念って生存権なの?」(4章)など、根本的な議論が展開されている。その後、「労働法における公法と私法」(5章)という毛色の違う論考を挟んで、西谷先生の自己決定論とそれを下敷きにした「労働契約と労働者意思」(6章)がある。労働者の(自由)意思の問題は、有期労働契約の不更新条項の解釈など労働法の多くの論点に関わり、「労働者」「労働法」観が問われる極めて実践的な問題である。

 ただ、読後感としては7章からが面白い。7章の「『労働者』の統一と分裂」では、有期労働・派遣労働・短時間労働・均等待遇の法政策の視点、管理職や多様な正社員をどう捉えるのか、労働者概念をどう考えるのかなど、表面に現れている基本的問題の考え方が述べられている。非正規労働のうち「実際に労働者自身が真に希望することがありうるのは短時間労働のみ」「日本の法制では、有期労働そのものが制約されないので、労働者の雇用生活の不安定性は解消されない」「労働者派遣という間接雇用の形態自体が労働者にとって有意味ということはない」など明快で、痛快でさえある。
労働者概念については、労組法と労働者保護法とで異なるだけでなく、労働者保護法内部でも異なり、例えば労基法上の各条項においても完全には一致しないとされる(西谷先生としては、指揮命令関係に関わる条項と、労働者の経済的地位に着目した条項に分け、その適用が異なる二種類の労働者として分類する立場を支持するようである)。さらには労働者概念に包摂されない労務提供者(非労働者)についても、「そうした存在を正面からとらえて保護・保障を与えることを考えるべき」とする。労働契約法との関係はあまり触れられていなかったが、賛否いろいろ考えさせる内容だった。

 8章は「労働組合と法」。労働組合の(もっと広く労働法における)個人と集団の問題は西谷先生の自己決定論からも関心の高いテーマであると推察されるが、その到達点が簡潔に示されている。その結論部分は、「個人と集団が『自律にもとづく連帯』の形で結合しなければならない」ということである。労働組合の歴史的成り立ちや法的位置づけ、日本の組合状況なども概観してのこの考察は今後の労働組合運動の方向性を考える上でも重要である。「ユニオン・ショップにもとづく企業別組合に発展の展望を見出すのは容易でない」、「地域ユニオンには、…『連帯』の精神が育ちにくい」など論争的な言及もあり、明示はされていないが一つの方向性を示しているようにも読める。

 9章から11章は労働法の解釈や裁判に関する問題である。学説の実務重視の風潮、利益衡量論の隆盛、労働判例の一貫した方法の欠如など、理論的・法的基礎を欠き、首尾一貫しない法解釈のあり方についての批判と考え方が述べられている。労働者保護規制の貧弱さ(労働法における立法の消極性)を補うという側面もあるが、最近の解釈のあり方として、一方では法律の形式的な解釈を貫き、他方では法律の文言を逸脱した目的論的解釈を行い、いずれも労働者保護を拒否する裁判例が続出している状況は「本当にひどいよな」と思ってしまう(p.283~292)。こうした判例・学説の現状、またこうした実務に振り回されている労働組合や労働弁護士の現状が、先生が本書を書かれた動機なのではないかとも思う。

 元にもどって1章から6章は、こうした労働法をめぐる現状を踏まえて、「労働法の基礎構造を解明し、かつ労働法がいかに変わろうとも守らなければならない基本的な価値と原則を明らかにする」(はしがき)ために設けられた諸章といえる(特に4章と6章)。そう読めば、ラートブルフもまた重要なのかも知れない。

法律文化社 2016年6月発行
A5版354頁 定価4000円+税

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