民主法律時報

「子どもたちに渡してはならない教科書」って? ―戦争を美化し、改憲に誘導する危険な中学校社会科教科書―

子どもと教科書大阪ネット21代表委員 永 石 幸 司
(出版労連大阪地協事務局長)

 「戦争する国」づくりに邁進する安倍政権。国会では「戦争法案」や労働法制改悪の議論が行われている中、教育の場では、今年8月までの期間、中学校教科書の採択が行われています。「歴史修正主義」勢力である「新しい歴史教科書をつくる会」系の中学校歴史・公民教科書(育鵬社・自由社)も今回の採択に付されています。

そんな中、「教育が危ない! 子どもたちの未来が危ない!」として昨年の「安倍『教育再生』NO!」の集会に引き続き、出版労連大阪地協と「子どもと教科書大阪ネット21」とが協力し各団体に賛同を呼びかけ、「5.31大阪教育集会2015 子どもを国や企業の勝手にせんといて!」の集会を2015年5月31日に大阪市内で開催しました。呼びかけ人には広川禎秀大阪市立大学名誉教授、高作正博関西大学教授をはじめ大学の先生を中心に8名の方々、そして賛同団体には民法協や関西MIC、日本ジャーナリスト会議関西支部など10の市民団体・労働組合に名を連ねていただきました。

当日は、大教組・教文部長の末光章浩先生の開会挨拶に始まり、続いて神戸女学院大学の石川康宏教授から「安倍政権は日本を何処へ導く?」という演題で、「ポツダム宣言をつまびらかに読んでいない」安倍首相が「戦後レジュームからの脱却」を宣言し「それを成し遂げるためには憲法改正が不可欠だ」として何をしてきたのかを批判的に解説されました。とくに自民党の改憲案について、天皇、不戦、家族責任、国防軍、国民の権利、靖国・秩序、家族・公務員、内乱鎮圧、道州制、改憲緩和、国民を縛るなどの観点別に問題点の指摘をされ、自民党の改憲案を改めてしっかり読むことや社会科学の基礎をしっかり学ぶことの重要性を指摘されました。

続いて、出版労連の寺川徹副委員長から「育鵬社教科書の問題点と教科書を巡る情勢」の話を具体的かつ分かりやすくしていただきました。教科書への国家統制を強化するための規制を、編集・検定・採択の3段階で行ってきた影響が今回の中学校教科書に政府見解を書かせるなどの形で如実に出てきており、社会科教科書での記述の後退が増えていることを指摘されました。

育鵬社の教科書は改訂を重ねるたびに編集の腕を上げてきており、構成を工夫して問題点を露骨に出さないよう巧みになってきています。しかしながら「戦争に協力する国民」づくりを目指し、天皇中心の歴史観を植え付け、戦争を美化し肯定的に受け止める歴史認識の育成を狙い、国や企業に従順な意識を醸成して文句を言わない国民をつくり、改憲に誘導する意図が明確なのは変わっていません。高校日本史教科書の編集者という立場から数々の記述の問題点を具体的に次のように指摘されました。

・神話をあたかも史実であるかのように扱い、誤解を招くようにしている。
・推古天皇を「中継ぎ役の女性天皇」と書いている。男系男子でないと駄目だという意識が出ている。
・日露戦争をいかにも祖国防衛戦争だったと言わんばかりで、当時戦争に反対した人の記述が全くない。
・アジア太平洋戦争を「自存自衛」のための戦争と明記している。
・戦争の記述のところでは、総じて、植民地支配の実態や、日本軍の行った加害について触れていない。
・日本国憲法のところでは「ほとんど無修正のまま採択されました。」と事実に反することを書いている。押しつけられた憲法だということをすり込むためだろう。
・公民の教科書では安倍さんの写真がなんと15枚もあり、安倍政権の 宣伝パンフレットになっている。ちなみに平成の天皇は8枚。
・憲法の国民主権を学ぶところのタイトルは多くの教科書では「国民主権と私たち」となっているが、この教科書は「国民主権と天皇」。
・しかも最初が「国民としての自覚」という小見出しで、「憲法で保障された権利を行使するには、他人や社会への配慮が大切であり、権利や自由には必ず義務と責任がともなうことを忘れてはなりません」と書いて、主権を学ぶところで「義務と責任がともなう」と強調している。
・「基本的人権の尊重」を学習するページでは「公共の福祉による制限」という小見出しがあって、「憲法は、権利の主張、自由の追求が他人への迷惑や、過剰な私利私欲の追求に陥らないように、また社会の秩序を混乱させたり社会全体の利益を損なわないように戒めています。」と、憲法には書いていないことを書いている。このような誘導形の記述も目立つ。
・側注では「多くの国の憲法では国防の義務を課しています。」と書いて、日本国憲法はそうではないと声高に言いたいようだ。
・「平和主義」を学ぶところの写真が自衛隊である。ここでも「国民に国防の義務がない徹底した平和主義は世界的には異例です。」と書いて、9条が時代遅れだという誘導をしている。

このように日本会議の主張や自民党の改憲案を先取りする記述が少なくありません。なお教科書記述の比較表は次のURLにアップしています。
http://www.suita21.net/

このような教科書は民主的な手続きでは採択されません。そこで彼らはこれまで政治家を使って教育委員会に圧力をかけてきました。今回、地方教育行政法を改悪して、 従来の教育委員長と従来の教育長を一体化した新「教育長」を首長が直接任命できるようにしました。(今年4月施行)。これにより、教育内容や教科書採択への首長への意向がより働きやすくなるシステムとなりました。大阪市の教科書採択地区はこれまで8地区ありましたが、橋下徹市長の下で任命した中原徹教育長(今年3月パワハラ問題で辞任)や橋下市長が公募で選んだ3名を教育委員に送り込み1地区に変更されました(2013年12月)。狙いは「つくる会」系の教科書採択だと言えます。

集会では各地で行われている教科書展示会に行って意見を書いてこようなどの行動提起が、子どもと教科書大阪ネット  事務局長の平井美津子さんから行われました。最後にアピール文を採択し、日本ジャーナリスト会議関西支部代表の清水正文さんの閉会挨拶で締めくくられました。

参加者は、教育や出版、歴史研究関係者、市民、弁護士など62名でした。

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