民主法律時報

ブラジル人整理解雇事件を振り返って

弁護士 弘川 欣絵

新61期の弁護士を中心として取り組んだ日系ブラジル人整理解雇事件がようやく解決を見ましたので、会員の皆さまにご報告させていただきます。

  1. 事件の経緯 事件の発端は、2008年末のリーマンショックが吹き荒れる中、長浜キヤノンがトナーカートリッジの製造を減らすことを決定し、小西産業との請負契約を解除したことに始まります。これにより、小西産業は、長浜キヤノンで働くブラジル人労働者を269名解雇しました。その内の8名が、整理解雇の無効を訴えたという事件です。
     私たちが、この外国人の大型(?)労働事件を引き受けることになったのは、私たちが、全国の新61期弁護士約40名で構成する「在日ブラジル人等の不就学児童をなくす若手弁護士の会」(通称「若弁会」)の関西チームのメンバーだったからです。派遣切りによりブラジル人学校に行けなくなってしまった子ども達の実情を調査していくにつれ、親たちの労働問題に取り組む必要性を痛感していた矢先に、この話を聞いたのでした。
  2. 労働審判 労働審判を申し立てる前に、既に、労働組合が何度も団体交渉を行っていましたが、小西産業は一切、整理解雇の必要性に関する決算書等の資料を開示されることはありませんでした。労働審判期日においても、「リーマンショックにより波及した世界的な金融危機」であり、「全従業員の80%を超える1300名もの従業員を解雇」したのだから、人員削減の必要性は公知の事実であり、客観的な資料を開示する必要はないという主張に終始する有様でした。
     その結果、労働者の地位を認める審判を得ることができました。
     しかし、小西産業が異議を申し立てたため、事件は本訴に移行することになりました。
  3. 本訴 事件は長期戦の様を呈し、原告たちの疲労は大きくなっていきました。団交・審判・訴訟の打ち合わせは頻繁に行われ、通訳を介するために、打ち合わせの時間は通常の3倍はかかりました。労働審判の際は、長浜で打ち合わせをやっていたので、その度に、丸一日かかりました。本訴になって、打ち合わせも裁判も大津になったので、近くなって喜んだぐらいでした。
     私たち弁護団も、打ち合わせを効率的に行うために、通訳人を複数確保するだけではなく、アンケートや説明事項について事前にポルトガル語で翻訳したものを配るなど、その準備にかなりの労力を費やすことになりました。
     小西産業は、「リーマンショック」を楯に、整理解雇が有効であると主張してきたのですが、本訴の証人尋問により、リーマンショックに関わらず、請負先との契約が終了する際には、いつも、従業員に対し、解雇予告通知書を手渡していたことが判明しました。
     これにより、今回はたまたまリーマンショックと重なっていたが、従来から、請負契約が終了する度に、何ら解雇回避努力もせずに、従業員の解雇をルーティーンで行っていたという実態が浮かび上がってきたのです。
     こうして訴訟は進み、最終的に、勝訴的和解を成立させることができました。
  4. 事件を振り返って 本件は、ブラジル人の労働事件ということで、若弁会の趣旨にもぴったり合ったため、一も二もなく引き受けたのですが、いざ、事件に取り組むと、思った以上に大変なものでした。
     特に、原告たちと日本語が全く通じないということにはいろんな意味で苦労をしました。手間がかかるということもありましたが、私たちとの間で、日本社会や日本の制度についてのコンセンサスが得られず、通訳を介しても、なかなか信頼関係を構築していくことはできなかったように思います。
     原告たちは、当初、「日本には労働者のための法律が無い」と断言していて、私はその言葉に衝撃を受けたことを覚えています。ブラジル人たちは、日本語が読めず、当然六法を読むことはできません。そして、日本社会で、日本人のコミュニティと接点はほとんどない現状の中で、小西産業が、日本人との唯一の接点であり、日本における最大のコミュニティでした。その小西産業に裏切られたのですから、日本社会に対する不信感は相当なものだったのではないかと思います。ですから、原告たちにとって、日本社会は、まさに「無法地帯」だったのだと思います。
     和解が成立したあと、原告の1人が、「ブラジルに帰国しても、日本で権利を守る法律があり、守ってくれる人がいたことを伝える」と言ってくれました。日本社会において自分たちの尊厳を勝ち取ったことは、原告たちにとって、何よりの戦利品になったのではないかと思います。私たちも、「日本も捨てたものではない、日本に来て良かった。」と少しでも思って貰えたことが、本当に嬉しかったです。
     小西産業だけでなく、外国人を雇用する多くの会社が、「出稼ぎ(外国人)労働者は解雇してもよい、賃金を十分に支払わなくても大丈夫」という感覚をもって、外国人労働者たちを働かせているのが現実です。今回の勝利が、少しでも、日本における外国人労働者の権利保障につながればと思います
     弁護士になって4ヶ月で、新人同期だけで事件に取り組むことになり、不安も多々ありましたが、事件を通して多くのことを学びました。そして、諸先輩方から多くの温かい助言や励ましをいただきました。会員の皆さまには大変感謝しています。どうもありがとうございました。

(弁護団メンバー:喜田崇之、團野彩子、野澤佳弘、弘川欣絵、牧亮太、和田壮史)

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