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賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する意見書

2018年7月13日
民 主 法 律 協 会
会長 萬井 隆令

 

第1 はじめに

1 民法の消滅時効の改正を契機とした労基法の改正の検討
民法は、一般債権の消滅時効期間を10年とし、使用人の給料に係る債権等につき短期消滅時効期間を定めていたが、今般、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)で、消滅時効期間を統一し、短期消滅時効を廃止することになった。
これにともない、賃金等の請求権の消滅時効の特則を定めている労基法115条も、改正の要否等を検討することとなった。

2 検討会の開催状況
厚生労働省は、「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」(岩村正彦座長)を設置した。平成29年12月26日に第1回の検討会を開いて以降、平成30年6月26日の第5回検討会まで開催し、法曹関係者からのヒアリング、外国法制についての有識者からのヒアリング、労使団体に対するヒアリングを行った。
今後、平成30年夏を目処に取りまとめを行った上、改正民法の施行に合わせて労基法を改正し、平成32年4月1日に施行することを検討している。

 以上の状況を踏まえて、民主法律協会として、労働者の保護及び在るべき労働法制の観点から、以下のとおり意見を表明する。

第2 意見の趣旨

労基法115条を廃止し、賃金等の消滅時効は、改正民法に合わせるべきである。
ただし、有給休暇の請求権は、消滅時効期間を延長しても実際に取得できなければ、制度趣旨を実現できないため、別途、有給休暇を取得しやすくする制度を作ることが必要である。

第3 意見の理由

1 賃金請求権の消滅時効期間期間について
改正前の民法174条1号は、「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」についての消滅時効期間を1年と定める。労働者にとって重要な賃金等の請求権の消滅時効が1年ではその保護に欠ける。一方で、一般債権の消滅時効期間である10年(現行民法167条1項)とするのでは使用者には酷に過ぎ、取引の安全に及ぼす影響も少なくない。そこで、労基法115条は、賃金等の請求権の消滅時効期間を2年とした。

しかし、今回の民法改正で短期消滅時効の制度を廃止し、賃金債権も一般債権とし、消滅時効期間も、権利を行使することができることを知ったときから5年(主観的消滅時効)、権利を行使することができる時から10年(客観的消滅時効)となった。現行の労基法を維持すれば、むしろ労働者保護のため消滅時効期間を長くした労基法の趣旨に反し、一般債権より賃金債権の時効期間が短くなる。

民法改正の際の第74回法制審議会でも、「賃金債権について、現在の民法では短期消滅時効1年だと、これを労働者保護の見地から特別法で2年に延ばしているのだとすれば、原則、民法が5年、10年という乙案に変わったときに、果たして労働基準法という基本的に労働者保護のための法体系において、特別法で短くするということができるのか、それは基本的にはできない」という意見が出ていた。労働者保護を目的とする法律が民法の規定より労働者にとって不利になることは基本的にあってはならない。

そもそも現行民法の短期消滅時効制度自体も、「これらの債権者にとっては、少額の債権につい煩瑣な裁判手続を利用することは、極めて困難であるだけでなく、これらの債権者中には資力が乏しいため、現在のように多額の出費を要する裁判手続に訴えることの不可能な者も少なくない。現在の訴訟手続は、実際上、多くの者から権利保護の機会を奪っている」(吾妻榮 新訂民法総則)と批判されていた。

加えて、現行の2年の消滅時効期間により、実際に不都合が生じている例もある。たとえば、長時間労働でうつ病などの精神疾患を発症した労働者が、多額の未払の残業代請求権を有するにもかかわらず、残業代を請求するための作業が精神疾患の悪化につながることも多いため、2年以内に残業代の裁判上の請求を行うことができず、結果として多額の残業代をもらえないことがままある。このような現状は、精神疾患を発症させるほどの長時間の残業を強いられていた労働者から未払残業代を請求する機会を奪うものであり、著しく正義に悖り、違法な残業を強いていた使用者の責任を不当に免除する結果になっている。

したがって、賃金等の消滅時効期間は、労使関係において弱い立場にある労働者の保護を念頭におかなければならない。民法が改正されたのに、賃金の消滅時効を2年のままとすることは、労働者の保護に悖り許容できない。賃金等の消滅時効も、改正民法に合わせるべきである。

2 年休請求権の消滅時効期間について
年休請求権の消滅時効期間も、「この法律の規定による…その他の請求権」として、労基法115条で2年と解されている(昭和22年12月15日基発501号)。
そのため、年休請求権の消滅時効も、賃金同様、民法改正に伴い変更が必要となるか否かが検討されている。

そもそも、年休は、本来、その年度内に全て取得すべきものであり、政府も、平成32年までに年休の取得率を70%以上にするという数値目標を掲げている(内閣府・仕事と生活の調和推進官民トップ会議「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」「仕事と生活の調和推進のための行動指針」)。2018年6月29日成立のいわゆる働き方改革一括法でも、年休の取得促進のため、年10日以上の年休が付与される労働者について、5日間の年休取得を義務付けるものとされた。このように、年休をできる限り年度内に取得させる方向に進んでいる。

しかし、年休請求権の消滅時効期間を5年に延長するだけでは、年休の取得率向上につながらない。
労働政策研究・研修機構の「年次有給休暇の取得に関する調査」(2011年)によれば、正社員、非正社員ともに、年休を取り残す理由の上位として、「病気や急な用事のために残しておく必要があるから」「休むと職場の他の人に迷惑になるから」「仕事量が多すぎて休んでいる余裕がないから」「休みの間仕事を引き継いでくれる人がいないから」「職場の周囲の人がとらないので年休が取りにくいから」「上司がいい顔しないから」が挙げられている。これらの理由が年休の取得を労働者に思いとどまらせているのであれば、単に消滅時効期間を長くしても、取得率は向上しない。

したがって、年休を年度内に取得しきることができる制度設計や職場意識の改革も合わせて行うことが不可欠である。具体的な方法としては、使用者の年休付与義務をより強化することが必要である。

加えて、前記調査で1位に挙げられている「病気や急な用事のために残しておく必要があるから」年休が取れないとする現状への対処が緊急に必要であり、病休の場合に賃金を保障する制度や、介護や子の急病への対応など、やむを得ない急な用事で休む場合にも同様に賃金が保障される制度が望まれる。

3 経過措置について
賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会では、賃金等の消滅時効期間が改正された場合、施行日前に締結した労働契約に基づく賃金について、施行日後も改正前の消滅時効期間を適用する可能性が示唆されている。

しかし、このような扱いは、到底、適当でない。労働契約の締結時期が異なるだけで、同じ職場で同じ仕事をしている労働者の間で、請求できる未払賃金の期間が異なるのは明らかに不当である。

したがって、労基法改正により消滅時効期間が延長された場合、労働契約の締結時期ではなく、個々の賃金請求権の発生の原因たる労働の提供が改正労基法の施行後かどうかで区別し、改正法施行後の労働の対価となる賃金は、当然に改正後労基法の適用を受けることとすべきである。

以上

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