民主法律時報

2017年4月号

デルタ航空解雇(雇止め)事件 勝利判決―多国籍企業による身勝手なリストラ解雇との闘い

弁護士 鎌田 幸夫

1 はじめに

アメリカのアトランタに本社を置く世界有数の航空会社であるデルタ航空が空前の利益を上げながら、国際競争力の向上を図るとして原告ら客室乗務員(契約社員)を解雇したため、地位確認と賃金等の支払いを求めた事案で、本年3月6日、大阪地裁民事5部で勝訴しました。

2 事案の概要

原告の女性は、2005年4月に雇用期間を1年とする契約社員(IFSRと呼ばれていた。関西空港を拠点)として、ノースウエスト航空に採用され、その後、2008年にデルタ航空との合併に伴い同社に移行し、その後契約更新され客室乗務員として継続して就労してきました。

ところが、会社は、2014年7月、原告が当時乗務していたミクロネシア路線(ホノルル―成田、名古屋、大阪、福岡を結ぶ路線)の機内サービスを簡素化(調理を要するホットミールから調理を要しないコールドミールに変更)するため1便につき1名の客室乗務員を減員する、拠点を中部国際空港・関西空港を閉鎖して成田空港のみとする、そのため契約社員 名の希望退職を募集する、と通告してきました。最終的に15名が応募し、継続雇用を希望した者のうち入社日が若い5名(原告を含む)が契約期間途中に解雇されました。

原告は、2015(平成27)年1月23日、大阪地裁に提訴しました。なお、原告以外にも2名が東京地裁、福岡地裁で提訴し係属中です。

3 判決の意義

今回の判決の意義は、原告が、会社の身勝手なリストラ手法に憤り、大阪ではただ一人、解雇撤回と職場復帰を求めて、アメリカ有数の多国籍企業相手に訴訟を起こし、ほぼ完全勝利したことにあります。

会社は、訴訟において契約社員のことを「雇用の調整弁」と呼び、「調整弁が錆び付いて働かなくなるのは困る」という趣旨の露骨な主張も展開しましたが、多国籍企業であってもわが国では、日本の労働法や判例法理が適用され、身勝手な解雇は許されないことを明確にしたことは重要です。

4 本件の主たる争点と判決の内容と評価

(1) 主たる争点
本件の主たる争点は、①本件期間途中の解雇は有効か(労契法17条の「やむを得ない事由」があるか)、②2015(平成 )年3月末での雇止めは有効か(労契法 条1号ないし2号に該当するか、雇止めに客観的合理的・社会通念上相当な理由があるか)です。

(2) 判決の内容
判決は、争点①について、期間満了前に解雇しなければならない「やむを得ない事由」はなかったとして、解雇は無効であるとしました。
争点②についても、雇止めも無効と判断しました。

まず、9年間雇用契約が更新され継続してきたこと、契約書に更新があり得ると明記していること、IFSRがデルタ社で継続的な役割を果たしていたこと、これまで大半のIFSRが契約更新されてきたこと等から、原告には契約更新について合理的期待がある、としました。

そのうえで、人員削減の必要性について、会社は多額の収益を上げるなど業績は好調に推移し、平成26年には過去最大のプロフィットシェア(賞与の一部)を支払い、米国で過去最大数の新規採用をするなど、人件費を削減しなければ経営状況が悪化するという事情はなく、またサービスの簡素化に伴い人員を削減することに高度の必要性は見出しがたいと判断しました。また、解雇回避努力については、本件雇止めの時点で15名が希望退職に応じていたことから人件費を維持したまま雇止めを回避することや、他の路線に乗務させることも可能であったとして雇止め回避のための十分な努力をしていないと判断しました。

結局、人員削減の必要性は低く、十分な雇止め努力をしていないとして、雇止めを無効と判断したのです。

(3) 判決の評価
今回の判決は、期間途中解雇、および雇止めについて、オーソドックスな判断手法で、解雇を無効と導いています。デルタ航空が空前の利益を出していたこと、及びサービスの簡素化の必要性、緊急性に乏しかったことから解雇回避努力を尽くすことを厳格に求めた点は評価できます。もっとも、「人選基準が不合理とは認められない」とか、「手続きについて説明は不十分さはうかがわれるものの相応の手続きは実施していた」とわざわざ判示したのは疑問が残ります。今後も、整理解雇の法理の後退を許さない闘いが重要です。

5 最後に

会社は、本件解雇後、残った契約社員を正社員に登用しました。
原告は、控訴審において、解雇されなかった契約社員と同様の条件で正社員として職場復帰することを目指して闘いますので、ご声援をよろしくお願いします。

   (担当は、鎌田幸夫、谷真介)

西濃運輸事件 大阪地裁で和解―長時間労働に「事故申告強制」「土下座・草むしり強要」等のパワハラで重度うつ病

弁護士 谷 真介

1 事案の概要

原告の男性は、平成18年に大手運送会社「西濃運輸」に中途入社した長距離のトラック運転手であった。昼すぎに出勤し、積み込みをした上で夜に出発、高速道路で夜通し関東まで走行して朝に到着して、荷降ろし。業務終了後、関東の支店で若干の仮眠をとって、またその日の昼すぎから積み込みを開始し、夜に出発、高速道路で夜通し大阪まで走行して戻り、朝に到着して荷下ろし。このような大阪―関東の運送を4日(2往復)続けてようやく1日休みという、過酷な業務に長年従事してきた。しかも高速道路での運転であり、事故を起こすと死に至ることから緊張を強いられる。いわゆる改善基準告示(一日の拘束時間が最大16時間)も全く守られておらず、月の平均時間外労働は100~120時間、多いときで190時間にも及んだ。

そのような過酷な業務を行う中、信じがたい出来事が原告を襲った。平成23年6月(当時原告は40代半ば)、原告が高速道路を関東に向かって走行中、後方を走行する車両に煽られ、無視をしていると、しばらくして通報があったとして警察に止められ、原告がトラックを降りると先ほどの煽っていた車両の運転手が「西濃運輸のトラックに当て逃げをされた」と主張しているというのである。原告は警察に「当て逃げなどしていない」と説明をしているところに、上司から電話があり、「相手車両が西濃運輸の得意先だから事故を認めろ」と強要された。原告は耳を疑い、上司に事故など起こしていないと何度も説明したが、「それなら会社を辞めろ」と取り付く島がなかった。仕方なく、原告は警察に「事故を起こした」と、虚偽の申告をすることになった。

その後、原告が大阪の支店に戻ると、事故を起こしたということで始末書を書かされ、上司に土下座をして謝らされ、「反省出勤」として3日間炎天下で草むしりを無給でさせられた。さらに相手方への弁償金を支払えと迫られ、さらに「草むしりで休んでいたから」との理由で通常より過密なスケジュールでの就労を強いられるようになった。1か月間死ぬ思いで頑張ったが、ある日心身の疲労でフラフラになって大阪の支店に戻ったとき、上司から「何をやってたんや!」、「そんなことだから事故を起こすんや!」と叱責され、原告はついに緊張の糸が切れた。帰りに病院を受診したところ重度のうつ病と診断され、その後、長期休職状態となった。

上記事件から丸1年後の平成24年6月に長時間労働と「上司とのトラブル」を理由に労災認定されたが、2年半後の平成26年11月末に症状固定したとして休業補償給付を打ち切られた。うつ病は重度のまま固定化していたため、復職の目処は立たず、結局、平成26年末には退職に追い込まれた。現在、上記事件から5年以上経っているが、調子の良いときは外出ができるものの、ほとんどが家で臥床する生活を強いられている。

2 提訴と訴訟の進行

平成26年6月、原告は大阪地裁に対し、上司2名と会社を被告として、パワハラと長時間労働の責任を明らかにすべく約6000万円の損害賠償請求訴訟を提訴した。構成は上司2名のパワハラの不法行為と会社の使用者責任、また会社の長時間労働についての安全配慮義務違反、パワハラについての職場環境配慮義務違反の責任である。

会社は、長時間労働の事実についてはさほど争わず、パワハラについては原告は当て逃げをした、原告の言い分を信じなかった上司の対応に問題はないとして争ってきた。原告、上司2名、当て逃げ事故をしたと主張した車両運転手を尋問した上で、裁判所が上司と会社に責任があるとの心証を開示した。

3 悩ましかった点(精神障害と症状固定、労災の後遺障害等級と裁判での主張)

判決を得るかどうかで法的に悩ましかったのは、うつ病の症状固定と後遺障害等級、裁判での主張との関係である。厚労省の通達によれば、精神障害等の非器質性疾患に関する後遺障害等級認定は、「原則として」9級、12 級、14級とされている。これはうつ病等の精神障害が基本的に治療をすれば寛解するもので、重度に固定化するものではない、という理解に立ったものと思われる。この原告の場合、発症後約2年半で労基署では症状固定とされ、療養補償・休業補償が打ち切られた。原告が障害補償給付を申請し、後遺障害等級に関してはこの件は「原則」に当てはまらない事例であり、3級か5級、また少なくとも7級とすべきとの弁護士意見書を提出したところ、労基署は3級相当(後に5級相当に変更)との判断で本省に伺いを立ててくれた(後に労基署の記録の個人情報開示請求や文書送付嘱託で判明した)。しかし、本省にいったまま1年以上そのまま棚上げにされ、結局、1年数か月後に出された本省の回答は「そもそも症状固定の判断が誤っている」という驚くべきものであった。結局、労基署の療養補償・休業補償の打ち切り処分が自庁取り消しとなり、療養補償・休業補償が打ち切り時に遡って復活するという異例の形となった(裁判での尋問が終わったころに、そのような事態となってしまった)。

原告としては、労基署の判断と裁判での判断を一致させる必要はなく、症状固定しており後遺障害等級3級または5級相当として後遺障害を判断すべきと主張を構成したが、裁判所はどうも「症状固定していないのではないか」と考えていたようであった。極めて悪質な事件であったため、弁護士としては判決をもらいたい気持ちもあったが、結局、現在も重度のうつ病で苦しむ原告のためには一回的解決のために内容が良ければ和解した方が良いと考えるに至り、和解協議に入ることになった。

そして、提訴から2年半が経過した平成29年2月12日、上司2名と西濃運輸がパワハラと長時間労働によって重度のうつ病を負わせたことについて責任を認めて原告に対し真摯に謝罪し、解決金2600万円を支払うという内容で和解が成立した(口外禁止条項はなし)。

4 最後に

私がいうまでもなくご承知のとおり、運送業界では信じがたい長時間労働が蔓延し、営利優先で労働条件の悪質さから生じる職場環境の悪化、モラルの破壊が著しい。現在、政府「働き方改革」の目玉として、繁忙期月100時間という「働かせ改革」ともいえる内容で法改正が検討されているが、運輸業は例外(規制なし)として規制を見送り(5年後に見直す)との報道もなされている。
こうした明らかに危険な業界こそ、労働者のかけがえのない命と健康が守られる実効性のある規制が求められる。

歴史に見る「共謀罪」による非道な弾圧―大逆事件と今日の共謀罪を許さぬたたかい―

勤労協理事・弁護士 橋本 敦

1 はじめに

今、国民の思想・良心の自由と権利をまもる重大なたたかいが大きく高まり広がっている。安倍内閣の「共謀罪」に反対するたたかいである。

安倍内閣は国民の反対をかわそうとして、「共謀罪」を「テロ等準備罪」などと名前を変えて強行しようとしているが、「共謀罪」なるものは、「市民が話し合い、相談し、計画し、準備するだけで、犯罪の実行がないのに処罰する、まさに思想・言論の取締法であり、かつての治安維持法の再来である」というべき重大な悪法であり、名前を変えても危険なその本質は変わらない。

今、重大な共謀罪反対のたたかいをすすめる上で、明治の時代・幸徳秋水ら日本の社会主義者に対する国家権力による重大な弾圧事件であった大逆事件を振り返って、その大逆事件なるものが、当時の政権によって作り上げられた「共謀罪」であったと言う歴史の教訓を明らかにすることが重要である。

この「大逆事件」なるものは「共謀罪」のまさしく歴史上第1号事件と言うべきものであった。
この大逆罪をつくりあげた法律は旧刑法第73条であったが、それは「天皇・皇大后・皇后又ハ皇太孫ニ対シ危害ヲ加エ又ハ加エントシタル者ハ死刑ニ処ス」と定めていた。

つまりこの刑法第73条は、皇族に危害を加える実行行為の以前でも、そのための協議や計画の相談などの準備的行為をとらえて、これを犯罪として死刑にするというのであった。犯罪の実行や着手がないのに事前の準備や協議をしただけでこれを犯罪として処罰するというのは、まさに今の共謀罪と同じである。

その意味で、幸徳秋水らを無実の罪で死刑にして弾圧した明治の大逆事件なるものは、まさに「共謀罪」の歴史上第1号事件であったと言える。ここに重大な歴史の教訓があることを我々は認識する必要がある。

2 大逆事件の歴史的教訓を今に生かして「共謀罪」の暴挙を許さぬために

今日の「共謀罪」の明治版というべき大逆事件によって、今我々が強く反対している「共謀罪」の危険かつ不当な本質を明らかにすることができる。

大逆事件に適用された前述の明治4年制定の旧刑法の第1章「皇室に対する罪」の裁判は当時の「裁判所構成法」により「第一審ニシテ終審トスル」と定められていた。

驚くことに、これによって、大逆事件は不当にも地裁・高裁での裁判はなく、大審院だけのまさに一発裁判によって幸徳らは死刑にされたのであった。これは、近代裁判の原則も被告の人権も無視した許すべからざるものであったことは言うまでもない。そして、さらに決定的に重大な法的問題は、前述の「刑法第 条」が天皇や皇族に対し、「危害ヲ加へ又ハ加エントシタル者ハ死刑ニ処ス」と定め、これによって実際に危害を加える犯行に及んだ場合でなく、それ以前の「加エントシタル者」として、犯罪実行以前の準備や協議が死刑とされていることである。

これによって、幸徳秋水らは、なんらの犯罪の実行行為はしていないのに、天皇に危害を加えることをたくらんだとデッチ上げられて、まさしく今に言う「共謀罪」によって弾圧され死刑にされたのであった。

今日の「共謀罪」を許さぬ我々のたたかいで、この大逆事件の歴史的教訓を踏まえることの意義は大きい。

3 大逆事件の歴史的検証

ここであらためて大逆事件の全体状況を見ておきたい。私も大変親しかった東京都立大学の塩田庄兵衛教授はその著「弾圧の歴史」(労働旬報社)で大逆事件について次のように論述されている。

「赤旗事件にあらわれたような不当きわまる弾圧、言論や活動の自由にたいする徹底的な圧迫に強く反発した数名のアナーキスト(無政府主義者)が、爆弾を製造して明治天皇暗殺を計画した事実をスパイした権力者は、この実体のはっきりしないわずかばかりのパン種を、社会主義運動全体に対する大弾圧にまでふくらますという陰謀をめぐらしました。全国で数百名の社会主義者・無政府主義者、またその同情者が検挙され、そのうち二六人が選び出されて、「大逆罪」すなわち皇室危害罪の容疑で起訴されました。この裁判は、当時の大審院(いまの最高裁判所にあたる)にいきなり起訴して、一回だけの審理で最終的結論を出してしまう一発裁判でした。被告側が請求した証人は一人も認めず、新聞記者も一般人の傍聴も認めない非公開の暗黒裁判であり、そして公判の開廷から判決まで一ヶ月あまりという、超スピードの裁判でした。一九一一年(明治四四年)一月一八日、判決が出されました。」「そして幸徳秋水や菅野須賀子をはじめ一二名の被告の死刑は、判決から一週間もたたない一月二四日から二五日にかけて執行されました。」「これはいわゆる「権力犯罪」の典型であります。それを仕組んだ真犯人は、当時の内閣総理大臣陸軍大将桂太郎、それを背後からあやつっていた陸軍元帥元老山県有朋、その手先になってきびしい論告求刑を行った主任検事平沼騏一郎(のちの総理大臣)といった人たちです。かれらこそは、権力犯罪の真犯人として責任を問われるべきであります。」

そして、この事実は、当時政府閣僚であった原敬が自らの「原敬日記」の中で、次のように明記していることでも明白である。
「今回の大不敬罪のごときもとより天地に容るべからざるも、実は官僚が之を産出せりと云うも弁解の余地なかるべしと思う。」

4 大逆事件(明治 年)死刑執行100年に当たっての日本弁護士連合会会長談話と今日の共謀罪のたたかい

大逆事件により幸徳秋水らを死刑に処して100年になるにあたり、日本弁護士連合会はこの大逆事件をかえりみて、会長談話を発表し、その歴史の教訓を今日の自由と民主主義をまもる国民的たたかいに生かすことを次のように広く国民に訴えた。

「大逆事件死刑執行100年の慰霊祭に当たっての会長談話

幸徳秋水らが逮捕、起訴された1910年(明治 年)8月には韓国を併合するなど絶対主義的天皇制の下帝国主義的政策が推し進められ、他方において、社会主義、無政府主義者など政府に批判的な思想を持つ人物への大弾圧が行われた。そのような政治情勢下で発生した大逆事件は、社会主義者、さらには自由・平等・博愛といった人権思想を根絶するために当時の政府が主導して捏造した事件であるといわれている。―中略―政府による思想・言論の弾圧は、思想及び良心の自由、表現(言論)の自由を著しく侵害する行為であることはもちろん、民主主義を抹殺する行為である。しかも、裁判は、異常な審理により実質的な適正手続の保障なしに、死刑判決を言い渡して死刑執行がなされたことは、司法の自殺行為にも等しい。大罪人の汚名を着せられ、冤罪により処刑された犠牲者の無念を思うと、悲しみとともに強い怒りがこみ上げてくる。
当連合会は、大逆事件を振り返り、その重い歴史的教訓をしっかり胸に刻むとともに、戦後日本国憲法により制定された思想及び良心の自由、表現(言論)の自由が民主主義社会の根本を支える極めて重要な基本的人権であることを改めて確認し、思想及び良心の自由や、表現(言論)の自由を制約しようとする社会の動きや司法権を含む国家権力の行使を十分監視し続け、今後ともこれらの基本的人権を擁護するために全力で取り組む所存である。また、政府に対し、思想・言論弾圧の被害者である大逆事件の犠牲者の名誉回復の措置が早急に講じられるよう求めるものである。

2011年(平成 年)9月7日 日本弁護士連合会 会長 宇都宮 健児」

まさに日弁連は右のとおり、今日の共謀罪反対の我々のたたかいを強く支持しているのである。

以上のとおり、共謀罪を許さぬ我々のたたかいは大逆事件の歴史的教訓を踏まえて、二度と過ちの歴史を繰り返さぬよう、今日の日本の民主主義と憲法及び国民の自由と権利を守る重大な歴史的正義のたたかいである。

マイグラント研究会設立10周年にあたって

マイグラント研究会代表・弁護士 田中 俊

1 はじめに
この3月でマイグラント研究会(俗称「マイグラ研」)が結成10周年を迎えた。創設に関わってきた者として創設期を振り返り、今後の抱負を述べたい。

2 結成前夜

マイグラント研究会は、2007年2月、雄琴温泉の琵琶湖グランドホテルで行われた権利討論集会の分科会(外国人労働者問題)に参加した弁護士達を中心に結成された。民法協の権利討論集会の過去の歴史を紐解いても、おそらく、外国人労働者問題をテーマに議論がなされたのは、この時が初めてだったと思う。

当時、法務省は、第3次出入国管理基本計画を策定し、人口減少時代に対応すべく、専門的、技術的分野に限定はしていたものの、①外国人労働者の受入の推進、②留学生、就学生の適正な受入、③研修・技能実習生制度の適正化といったことを課題に挙げていた。とりわけ、研修生・技能実習生の失踪、不法残留が話題になり、雇用主が研修生・技能実習生のパスポートを取り上げて逃げられないようにした上で過酷な労働環境の中で長時間働かせる一方、研修生手当・賃金が全額支払われないこと等が社会問題化していた時期であった。他団体である労働者弁護団の中には外国人問題を扱う部会があったのにかかわらず、民法協には、外国人の労働問題を扱う部会は存在せず、また、民法協に加盟している労働組合も労働運動において外国人労働問題をきちんと位置付けているとは言い難く外国人労働者への支援は十分ではなかった。これは、低賃金の外国人労働者の増加は日本人労働者の労働の場を奪うのではないかという誤った考え方やとても外国人にまでは手が回らないといった事情があったのかもしれない。

また、個人的には、当時、民法協で岩城穣事務局長のもとで事務局次長を務めていたが、自分に何ができるだろうと考えていた時期でもあった。
そんな折、2007年権利討論集会の第5分科会で外国人問題が話し合われたのである。RINK(すべての外国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク)の代表理事である丹羽雅雄弁護士、RINK事務局長の早崎直美さん、首都圏移住労働者ユニオンの川崎俊二さん、外国人の労働者問題を研究されてきた労働法学者である村下博教授(大阪経済法科大学)らが参加し、労働組合、RINKからの報告、村下教授、丹羽弁護士の基調報告が行われ、その後、パネルディスカッションが行われた。

参加者は、20名もいなかったように記憶しているが、弁護士では、大江橋法律事務所の茂木鉄平、労働者弁護団に所属している大橋さゆり、現在のマイグラ研事務局長の四方久寛、大阪弁護士会人権擁護委員会国際人権部会の部会長である原啓一郎、在日コリアンのいじめを許さない若手弁護士の会から國本依伸、中森俊久ら党派を超えた幅広い人が参加した。ただし、労働組合からの参加は残念ながら少なかった。
ともあれ、マイグラント研究会は、RINKや労働者弁護団からの協力も受けて、2007年の権利討論集会の第5分科会を企画したメンバーを中心に結成された。

3 マイグラント研究会結成

2007年3月 日、マイグラント研究会の第1回例会が、私の事務所にて開かれた。参加者は、村下教授、中森、原、四方、田中の5名。まず、会の名前と基本方針を決めた。会の名称は、マイグラント研究会、マイグラント=Migrantとは、移住者、移住労働者のことである。外国人の労働問題に特化し、在留資格の問題は基本的に扱わないということで、この名前に決まった。略してマイグラ研というのも呼びやすい。会の基本方針としては、①移住労働者に関わる具体的事件を扱うこと、②移住労働者問題での研究活動を行うこと、③相談活動を行うこと、また、党派の枠にこだわらず関連諸団体とも連携して活動を行うことが確認された。
そして、体制として、言い出しっぺの田中俊が代表、四方久寛が事務局長、村下教授が会の顧問に就任することが決まった。

4 その後のマイグラント研究会

その後のマイグラ研は順調に活動している。弁護士、学者、大学院生、労働組合員、一般市民、マスコミ関係者らが参加して活動するようになった。活動内容は、民法協 周年記念誌の中で四方事務局長の「マイグラント研究会の活動」に詳しい報告が記載されているので、四方君の論稿に譲る。四方事務局長が進行役で行われる、月に一度の例会(民法協事務所で)では、事件報告、在留資格等外国人事件処理に不可欠な知識の勉強会が行われている。現在、マイグラ研には、名古屋にも相談窓口があり、いろんな方面から相談が来ており、中堅、若手弁護士が事件を処理している。事務局もできた。外国語に対応する通訳人も確保できる体制をとっている。順風満帆である。ここまで、順調にマイグラ研が発展できた要因として、四方事務局長の存在は大きい。彼のマイグラ研にかける情熱と活躍がなければ、現在のマイグラ研はありえなかった。最大の功労者であろう。

ただ惜しむらくは、マイグラ研の立ち上げに深く関わり、理論的にもいろんな視点から助言してくださった、もう一人の功労者である村下教授が、2009年4月19日に急逝されたことである。村下教授の逝去によりマイグラ研は理論的支柱を失うことになった。マイグラ研結成後わずか2年のことであった。マイグラ研にとっては大きな痛手であった。村下教授は、亡くなる直前に、「外国人労働者受け入れ試論(二・完)」(大阪経済法科大学論集第 号・2007年3月)「「研修」制度の廃止を提言する―チープレイバーの悪用たる「研修」制度―」(大阪経済法科大学論集第 号・2008年3月)等の遺稿を残された。村下教授自身言っておられたが、彼は労働法学者の中では主流でなく異端児的存在であった。サダム・フセンイン似の精悍な風貌で、豪放磊落、その反面、我々歳下の弁護士らには、やさしさと思いやりがある魅力的な方だった。村下教授には、現在の盛況なマイグラ研の活動を是非見ていただきたかった。

5 今後のマイグラント研究会

個々の事件処理が活発に行われているのは良いことだが、外国人問題、外国人の労働問題について、会として政策を提言する段階までには未だ至っていないように思える。これは、村下教授が急逝されたことにも起因するが、今後、理論的にリードする研究者、弁護士の存在が期待される。

また、最近は、一般市民の参加が減ってきたように思う、事件処理中心になり、研究会の中味も実践的専門的なものが多く、一般市民が参加しにくくなっているような気がする。市民参加型の研究会にする必要がある。また、組合員の参加が少ない状況は大きくは変わっていないことも問題である。その後も何度か権利討論集会の分科会をマイグラ研が主宰して外国人労働問題を扱ったが、労働組合からの参加者は多くはなかった。

今後も日本在住の外国人は増えて行くであろうし、労働だけでなく、社会保障、家族関係、教育いろんな分野で外国人の問題が増えていくことは間違いない。そんな状況下で、外国人が依然として管理の対象としてしか扱われていないことは最大の問題である、外国人を日本人同様、人権の享有主体として捉え、労働をはじめ様々な分野で外国人の権利を保障する外国人基本法の制定が望まれるところである。そのような中で、マイグラ研の存在意義と役割は、ますます大きくなっていくことは間違いない。さらなる発展めざして頑張りたい。

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マイグラント研究会事務局長・弁護士 四方 久寛

 マイグラント研究会は、2007年3月の設立以来、外国人労働者問題の研究と、外国人労働者の法的支援の活動を続けてきましたが、この3月で設立10周年を迎えました。

研究会発足当初は、研究会のメンバー自身が外国人労働者がどのような問題を抱えているかあまり理解できておらず、一から勉強するところからスタートしましたが、その後、活動を通じて問題への理解を深めるとともに、外国人労働者への支援体制を整えてきました。

現在では、大阪と名古屋に常設の電話相談窓口を設置しており、相談電話があれば、相談者の連絡先を確認して通訳人から折り返す方法で、日本語の他、中国語、ポルトガル語、スペイン語、ベトナム語、タガログ語、英語に対応できるようになっています。

普段の活動に参加するメンバーの数も最近2年間で急速に増え、研究会の運営にあたる事務局体制も整えました。メンバーは、民法協の枠を超えて広がり(むしろ非会員が多数)、さまざまな弁護士、労働組合関係者、外国人支援団体との協力が進んでいます。

3月13日に行われた定例研究会では、設立10周年を記念して、関西華文時報の発行責任者の黒瀬道子氏をお招きして、在日中国人社会の現状についてご講演をいただきました。関西華文時報は、在日中国人コミュニティ向けに発行されている新聞(中国語と日本語が併用されています)で、マイグラント研究会設立後間もない頃から、研究会の法律解説記事を掲載していただいたり、電話相談活動の広報にご協力いただいたりしてきました。

講演では、日常的に中国人の方々と接している黒瀬氏のご経験に基づき、在日中国人の来日の動機が日本で定住することから日本に基盤を置きながら自由に往来することに変化していることや、在日中国人のコミュニティが同郷団体などからSNSを介したものなどへ多様化していること、中国人の方々とうまくコミュニケーションをとる方法などについてお話しいただきました。

一時ほどの勢いではないにせよ、依然として増加傾向にある中国人労働者とどのように接していくべきかを考えるうえで、黒瀬氏の講演は非常に示唆に富んだものでした。

日本の外国人労働者を取り巻く環境は、今、目まぐるしく変化しつつあります。

制度面では、国家戦略特区への外国人家事支援人材の受入れ、技能実習法の制定、介護分野への技能実習生の受け入れ、建設分野への外国人労働者の受け入れ拡大など、かつてない勢いで、外国人労働者の受け入れが広がっています。また、外国人労働者の出身国をみると、これまで多数を占めていた中国からの労働者の増加が鈍化し、ブラジルからの労働者が減少に転じ、他方、フィリピン、ベトナムからの労働者が急速に増加しています。

研究会では、こうした変化に対応するべく、今後も、外国人労働者をめぐる問題や政策の研究、在日外国人コミュニティとの交流、外国人労働者向け法律相談といった活動をさらに活発に行っていきたいと考えています。
民法協会員の弁護士、労働組合関係者の皆様にも、研究会の活動に積極的にご参加いただければ幸いです。

(追記)
マイグラント研究会の定例研究会は、概ね毎月第2月曜日午後7時から、民法協事務所にて行っております。2017年4月以降は、毎回、研究会メンバーの報告の他、研究者をお招きして、それぞれが研究しておられる外国人労働者についてご報告をいただくことになっています。民法協会員の皆様も、ぜひご参加ください。

全港湾阪神支部の職場及び団交見学の報告

弁護士 片山 直弥

1 はじめに

先日、新人学習ツアーとして全日本港湾労働組合(以下「全港湾」という)阪神支部の「職場」及び「団交」を見学させて頂きました。
以下、簡単ではありますが、見学の内容を報告させて頂きます。

2 職場見学について

2017年3月1日、株式会社大運の舞洲事業所における倉庫周りの作業を見学させて頂きました。
株式会社大運は、海運貨物取扱業を中心に海上コンテナ輸送・通関・倉庫業などを行う企業です(同社ホームページ参照)。
私は、この職場見学を通して、荷物を安全に届けるための作業に内在する危険性を垣間見ることができ、ひいては、団交の重要性も感じることができました。

抽象的な話では退屈かと思いますので、具体例を挙げたいと思います。
倉庫周りでは、コンテナへの荷物の積み降ろしの作業が行われます。ちなみに、コンテナは、「屋根のあるもの」と「屋根のないもの」とに分かれます。屋根のないコンテナの重量は、それのみで5トンです(なお、屋根のないコンテナの画像は、インターネットで「フラット・ラック・コンテナ」と検索すれば簡単に見ることができます)。

この屋根のないコンテナは、単に荷物を積むだけではいけません。なぜなら、ガタつき、荷物が痛んでしまうからです。荷物のガタつきを抑えるためには、木枠で固定する必要があります。この木枠は、チェーンソーや釘打ち機を用いて作りますので、労働者にはケガの危険が伴うことになります。
また、屋根のないコンテナは、バランスを考えて積まなければ重機での移動の際に転覆してしまうおそれがあります。すなわち、重機での移動には、転覆したコンテナの下敷きになる危険や重機に轢かれる危険が伴うことになります。
さらに、倉庫周りという屋外の作業ですので、特に夏場は熱中症の危険が伴うことになります。

以上のように、荷物を安全に送るための作業には、さまざまな危険が内在しています。「荷物の安全」と「労働者の安全」のどちらを重視すべきか、は改めて問うまでもありません。しかし、残念なことに、使用者は、ややもすれば労働者が「機械」や「駒」であるかのように考えがちです。使用者に対し、労働者が血の通った「人間」であることをしっかり認識させるためにも、また、労働環境の改善を求めるためにも、団交が重要であることを改めて感じました。

3 団交見学について

その後日(=3月28日)、団交(春闘統一集団交渉)を見学させて頂きました。
全港湾は、港湾産業で働く人及び港湾に関連する事業で働く人を中心に2万名が結集した「全国単一組織」という組織形態をとる労働組合です(同組合ホームページ参照)。他に多く見られる「企業別組合」と異なり、交渉力が相対的に強い、企業の枠を超えた労働条件の基盤を設定できる、という長所があります。また、全国レベルの労働組合において短所となりがちな柔軟性・機動性の欠如については、企業別に分会を置くことで対応しています。このように、全港湾は、非常に優れた形態であると思います。

私は、この団交見学を通して、全員で勝つために一人ひとりが全力を尽くす精神に触れることができました。

団交は、ホテルの宴会場において行われました。
所狭しと並べられた席に、組合側と経営側が向かい合って座りました。
そのような状況で、まず、全港湾統一要求(賃金等)に対する回答等が発表されました。
また、回答は賃金に関するものしかなされませんでしたが、いわゆる2018年問題(=労働契約法18条による無期転換を避けるために行う雇止めの問題)や介護休業時の賃金に関する意見交換等もなされました。組合員の中には雇止めや介護休業に直接関係のない方もいらっしゃることでしょう。他の組合員の問題を我が事として捉え、組合全体でたたかう。このような姿勢に感動すら覚えました。

初めて団交を見学した私の目からは、活発な議論がなされているように見えました。しかし、最近は、賃金等の額に関する回答しかなされず、個別事項について実のある集団交渉がなされなくなってきているようです。
加えて、使用者側から、「産業別組合との労使協定は独占禁止法に抵触する」として集団交渉自体をなくそうとする意見も出ているようですが、上記2でも述べましたように、労働者が血の通った「人間」であることをしっかり認識させる場として団交は必要不可欠です。
今後も集団交渉の場を持ち続けて頂きたい、また、2017年春闘においても粘り強く交渉を続けて前年以上の成果を勝ちとって頂きたいと思います。

4 さいごに

以上のように、このたび、新人学習ツアーということで、「職場」及び「団交」の見学をさせて頂きました。また、その中で、通常の弁護士業務ではなかなか見ることのできない場面に立ち会わせて頂けました。
最後になりましたが、本企画についてご協力を賜りました全港湾阪神支部の皆様には、このような貴重な機会を頂戴しましたことを厚くお礼申し上げます。

労働相談懇談会で労働基準監督署業務を学習

おおさか労働相談センター 長岡 佳代子

2017年3月3日(金)午後6時30分から労働相談懇談会を開催、8単産、10地域、4団体から35名が参加。労働相談センターの川辺所長による挨拶、西川大史弁護士の労働情勢報告、全労働大阪基準支部副委員長の高松さんによる学習を行いました。

高松さんは「労働基準監督機関は労働基準関係法令の実行を確保することを目指し、1人でも労働者を使用する事業所を対象にしている。監督機関の体制は厚生労働省、47都道府県労働局、321労働基準監督署。労働基準監督署は『個別事業所に対し監督を行い、違反を是正指導する』『司法警察員として重大・悪質な違反の事案を送検する』『労働者からの申告の受付』『就業規則、 協定など労使協定の受理・指導』を行っている」「すべては法違反があるかないかで決まり、その条件は監督官が事実を確認できるかどうかにある。法違反がある場合、主眼は是正勧告等の行政指導であり、重大・悪質な場合は司法処分(送検)を行う」などと話されました。

その後質問にも答えていただきました。一部紹介すると、 労働組合が団交で是正を求めても企業側が応じない場合、労基署の申告で対応をしてくれるのか?「労働者本人しか申告できない。団交中に立ち入っても良い結果が得られず経過を見守ることが多い」、 立ち入り調査は事前通告をするのか?「基本は抜き打ちだが、労働者の申告は事前に通告することもある」「深夜労働の場合、夜間臨検も行う」「事業所が書類などを拒んだ場合、令状を取って調査を行う」、 申告手続きを行い対応までどの程度の時間がかかるか?「初動は請求をきちんと行っているかどうか、手続きをとるとすぐに動く。まず社長に会う。大手はすぐに是正する。お金があるのに払わない場合は地道に指導し、説明し理解するように訴える。悪質な場合は送検する」など答えていただきました。

平成29年厚生労働省「労働基準監督行政について」によると平成28年の監督官数は3241名、指導対象となる事業所数は428万事業所、労働者数は5209万人です。監督業務の実施状況は428万事業所のうち「定期監督」「申告」を合わせて約16万事業所で、高松さんも「監督官が不足をしており、増やして欲しい」と訴えておられました。

日々の相談活動では法違反が蔓延しています。ほとんどの人が泣き寝入りをしています。
高松さんは長時間労働に対し「日々の労働時間の記録をすること、何の残業をしたか詳しく書くこと」と言われていました。私自身は相談者に労働時間の把握は伝えていましたが、仕事内容を残すようには伝えていなかったので、これからは伝えようと思いました。学習会参加者からは「現場の労働者に話を聞かせたい」という感想が出されました。

「同一労働同一賃金ガイドライン案」学習会を開きました

弁護士 井上 耕史

2017年3月21日、エル・おおさかにて、中村和雄弁護士(均等待遇研究会責任者)を講師に迎えて、民法協学習会「真の均等待遇実現を目指して『同一労働同一賃金ガイドライン案』にどう対応するか」を開催しました。安倍「働き方改革」によるプロパガンダを垂れ流す報道が氾濫するなかで、このガイドライン案をどう評価し、どう労働運動・争議の現場で活用するのか、多くのことを学びました。

例えば、
・ 今回発表された「同一労働同一賃金ガイドライン案」は、「同一(価値)労働同一賃金」の解釈基準ではなく、現行労働契約法 条及びパート法8条の解釈基準に過ぎない。その内容も基本給、賞与、退職金については何も言っていないに等しい。他方、手当については基本的に平等にする方向性を示しており、今すぐ裁判や団体交渉でも活用できる面がある。

・ 「同一(価値)労働同一賃金」原則の下では、職務内容が同一または同等であることと格差の存在を労働者が主張立証すれば、使用者が格差の合理性を主張立証しなければならない。法制化は、不合理性の主張立証責任が労働者側に負わされている現状を転換させることになる。

・ 「同一(価値)労働同一賃金」の法制化に対する反応は業界によって違う。サービス業では既に格差が小さくなっており、「何を今さら」という反応。これに対し、製造業では、正規非正規の格差が大きく、使用者のみならず労働者の中にも反対がある。

・ 真の「同一(価値)労働同一賃金」を確立していくためには、教育費・社会保障費などこれまで正社員賃金に組み込まれていたものを国・自治体が負担する仕組みへ転換することとセットで取り組むことが必要である。

この学習会を受けて、民法協としてどう取り組んでいくかですが、まずは現状の格差改善にある程度役立つ面を活かして事件化と経験交流を進めたいところです。その上で現行法の限界と不備を明らかにし、まともな法改正への世論喚起につなげることが必要です。私見では、現行法ではそもそも格差そのもの(正規非正規の基本給の決定方法など)も開示されていない中で、困難な裁判を強いられている状況があり、改善するための使用者の説明責任の明確化は急務ではないかと考えています。また、教育費・社会保障費の負担問題とセットでの取組みについても問題提起を進めたいところです。

緊急集会 働き方改革の真偽を問う ~やりがい搾取企業ともぐり残業~

NPO法人働き方ASU-NET理事 北出 茂

2017年3月22日に、エル・おおさかで、過労死をさせない残業規制を求める緊急集会「働き方改革の真偽を問う~やりがい搾取企業ともぐり残業~」が「NPO法人働き方ASU-NET」と「民主法律協会」の共催で実施されました。

『電通事件』(旬報社)の著者である北健一さんの講演会が行われました。

電通では1991年に入社1年目の男性が過労自死しています。2015年12月25日のクリスマス。高橋まつりさんが過労自死しました。同じ会社でまた新入社員が過労死をしたわけです。
高橋まつりさんは死の直前、母に遺書を残していました。
「大好きで大切なお母さん、さようなら。ありがとう。人生も仕事もすべてがつらいです。お母さん、自分を責めないでね。最高のお母さんだから。」
2016年9月30日 三田労基署、高橋さんの自死を労災認定。
そして、「過労死等防止対策白書」公表と同じ日に「電通女性社員の過労死労災認定」が公表されました。高橋さんのご遺族が、名前と顔(写真)を公表された勇気に敬意を表します。

ところが、期を同じくして、「働き方改革実現会議」が開始されます。アベノミクスの失敗を隠すために、出てきた「生産性改善の切り札」です。
そもそも、2006年に第1次安倍内閣がWE(ホワイトカラーエクゼンプション)の導入を図ろうとしたように、「残業代ゼロ法案」とセットになっており、嘘で固められた「働き方改革」の検討といえます。
このことに抗議する緊急集会であるため、後半の発言、リレートークも “過労死ラインと同じ上限の残業規制 ”に異を唱える発言が相次ぎました。

とりわけ、労働時間規制が「最初から過労死ライン」となっていることに「遺族は怒り狂っている」(全国過労死を考える家族の会代表の寺西笑子さん)という発言が胸にしみました。
産業力、経済成長戦略が重視される一方で、人権的な視点が全く欠け落ちています。一体、誰のための何のための改革か。
働き方改革の名で、命にかかわることに、最悪の合意がなされてしまっているわけです。
政府主導で、過労死ラインを合法化するものであり、「過労死ラインの残業を政府が公認する、放任する、ということに他ならない」(大阪過労死問題連絡会会長の森岡孝二さん)という指摘もありました。
裁量労働制、長時間労働については、損保業界における現場の事例の紹介や「一言で100時間というが、 時までが法定労働時間だとすると、 時まで」(1日5時間×月 日)という具体的な指摘もなされました(裁量労働制に詳しい松浦章さん)。

成果主義は長時間労働を招きやすく、時間外が月 時間を超えると健康障害リスクが増加します。これは医学的知見です。
世紀にもなって、死ぬぎりぎりまで働かせていい、というようなルール作りをすること自体がおかしいのです。
他方で、長く働くことがよいことだと思っている人がまだまだ多いのではないかとも思います。
私たちは、「過労死防止法」の理念に則り、社会全体で長時間労働をなくすことの意識改革をこれからも求め続けます。