「アメリカ労働運動の新潮流とサンダース現象」 伊藤大一准教授講演を聴く

2017年03月01日

弁護士 小林 保夫

アメリカの労働運動は、これからトランプ主義とどうたたかっていくのか。
バーニー・サンダースの「われらの革命」は、アメリカの国民と労働運動をどこへ導くか。
2017年1月25日、エル・おおさかで、伊藤大一大阪経済大学准教授の表題の講演を聴いた。同准教授は、大統領選挙までの1年間を家族とともにアメリカに滞在して、大統領選挙やアメリカの社会の動向をつぶさに体験し、講演はその体験と調査の結果を踏まえたものであった。

民主党の候補者争いをめぐるヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースのつばぜり合い、引き続く大統領選挙におけるクリントンとトランプのむしろ下品な罵りあいに近い舌戦、私たちのおおかたの予想を裏切るドナルド・トランプ新大統領の誕生と、このような「大番狂わせ」をもたらした社会背景、そのなかでアメリカ労働運動はどんな現状にあり、「サンダース現象」や大統領選挙にどのように関わったのか、などに対する強い関心からか、民法協の会員にとどまらない多くの聴衆を集めた。
日頃出不精の私もそのひとりであった。
もともと、私は、アメリカの政治・社会、労働運動の動向などに対する知識や理解に乏しく、その意味で伊藤准教授の講演を紹介し、感想を述べるには適さないのであるが、自己流の理解であることを承知の上で、私自身の若干の渉猟も踏まえて、聴講記をお届けすることとした次第である。

1 講演の骨子
伊藤准教授の講演の骨子は、同准教授のレジメによれば以下のとおりであった。
Ⅰ 2016年アメリカ大統領選挙をどう見るか?
Ⅱ 没落する中間層―所得再配分の失敗
Ⅲ アメリカ労働運動の現状
Ⅳ アメリカ労働運動の新潮流
Ⅴ サンダース現象の背後にあるもの
Ⅵ FF をはじめとする運動
Ⅶ 労働組合活性化の条件
Ⅷ 日本の労働運動への視座

2 大統領選挙の勝敗を分けたもの
選挙戦の結果が明らかになった現在では、多くの論者がほとんど一致して指摘するところであるが、伊藤准教授も、レーガン、オバマ、さらにはその本流の候補者であるヒラリー・クリントンと続く民主党の新自由主義・グローバル化路線に対して、「没落した白人労働者」、「没落するのではないかと怯える白人労働者層」が離反した結果、ミシガン州、ペンシルバニア州、ウイスコンシン州という伝統的に民主党の地盤で、僅差ではあるが勝利し、トランプが大統領を射止めることとなったという。
そして、新自由主義路線に対抗する道は、バーニー・サンダースに代表される社会民主主義路線とトランプが推し進めるネオ・ナショナリズム?(伊藤准教授は?をつけている)、排外主義的路線という、いずれもエスタブリッシュメント、ニューヨークに背を向ける対立する左右のふたつの道であるという。

3 アメリカの労働運動は、現在どんな状況にあるか
(1) アメリカの労働運動の衰退状況
アメリカの労働組合の組織率は、全体で11%、民間部門は6%という現状にあり、長期衰退傾向は変わらない。その原因は、現在、在籍している組合員に対するサービス提供を重視するビジネス・ユニオニズム(正社員主義組合)と労働組合を組織することを非常に困難にしているアメリカ労働法の不備にあるという。

(2) アメリカ労働運動の新潮流
アメリカの労働運動は、1980年代に始まり、1995年のAFL―CIOにおける社会運動的労働運動(「社会運動ユニオニズム」とも―筆者)と訳される“Social Movement Unionism:SMU ”への転換によって、新しい潮流の出現を見ることとなった。
SMUは、従来の組合員の賃金の引上げと苦情処理に活動を限定するビジネス・ユニオニズムに対して、労働組合の目的を、組織維持でなく、「社会正義の実現」とそのための組織の拡大におく運動である。
この運動は、組織化の対象を従来顧みられなかった女性、マイノリティ、低賃金労働者などに拡大し、そのために企業だけでなく、NGO、地域コミュニティ、宗教コミュニティとの連帯を重視する。
その代表的な取り組みは、農業労働組合(UFW)の運動、「ジャニターに正義を」をかかげるビル清掃労働者の組織化、訪問介護ヘルパーの組織化、ホテル・レストラン従業員国際組合(HERE)、“FF15”(Fight for $15)をかかげるファストフード労働者の最低賃金獲得要求などの運動である。
そして、これらの運動が採用する戦術は、マスコミなどの耳目を集めることを目的とする直接行動主義(disrupt戦術―妨害・混乱戦術)である。なお「どぶ板活動」も忘れないという。
“FF15”を掲げる最低賃金要求のたたかいは、過大な生活負担に苦しむ労働者・国民の切実な要求として多くの支持を得、全米各都市においてニューヨークにおける「オキュパイ運動(「ウオール街を占拠せよ」)」などのスローガンとして活発な運動が繰り広げられ、実際、多くの州・都市において実現を見つつあり、例えば、カリフォルニア州では、2016年に州全体の最低賃金を数年かけて15ドルに引き上げることを決定している。

(3) その背景にあるもの
このような運動の背景は、アメリカの労働者、国民の窮乏である。
例えば、高額な家賃(サン・フランシスコでは、1LDKで月額3500ドル(約35万円)、過大な医療保険代・医療費(マイケル・ムーアの医療ドキュメンタリー映画「シッコ」を観られたい)、大学における過大な学費(ニューヨーク州立大学の州外の学生の年間学費約180万円、スタンフォード大学の年間学費約480万円)は、一般の労働者、国民にとって耐えられない負担である(125円/$)。

4 「サンダース現象」
自称「民主社会主義者」バーニー・サンダースは、社会正義の実現、1%の富裕層に対する99%の国民のための政治改革を訴え、大統領選挙における公約として、富裕層への増税、大企業の課税逃れの取り締まり強化、国民皆保険制度、公立大学の授業料無償化などを挙げた。
社会正義の実現と国民・労働者の生活要求をかかげるサンダースの訴えは、広く少額の選挙資金に頼る選挙戦術とあいまって、多くの労働者、国民、とりわけ若者の支持を得、「サンダース現象」と呼ばれる熱狂的な状況を生んだ(なおこのようなサンダースの政治思想や政策については『バーニー・サンダース自伝』、萩原伸次郎「2016年米国大統領選挙と経済社会―『サンダース旋風』の歴史的意義はなにか」(前衛2016年9月号)を参照されたい―筆者)。
このようなサンダースの改革の提起は、まさにSMUの路線と合致するものであった。

5 おわりに
伊藤准教授のレジメには、さらに、労働組合活性化の条件、日本の労働運動への視座という項目を挙げており、これらも興味深いものではあるが、講演自体はほぼ以上で終わった。
サンダースは、ヒラリー・クリントンと接戦を演じ、しかしこのたびは敗れた。そのヒラリー・クリントンは、トランプと接戦を演じ、敗れた。
しかし、さしあたり「没落した白人労働者」、「没落するのではないかと怯える白人労働者層」、「アメリカ第一」のスローガンに幻想を抱く大衆に支持されたトランプにも未来があるとは思われない。トランプもまた、結局客観的にはアメリカの1%の富裕層・エスタブリッシュメントに支えられ、その1%の利益を代弁する存在に過ぎないと思われるからである。
ともに、社会正義の実現を目指すアメリカ労働運動とサンダースの政治革命の今後にこそアメリカの未来があると期待したい。