民主法律時報

大阪市交通局地下鉄運転士 分限処分差止・ひげを剃って乗務する義務の不存在確認等請求事件の提訴報告

弁護士 井上 将宏

1 はじめに

平成28年3月9日、大阪市交通局の地下鉄運転士2名(以下、「原告ら」という)が、大阪市(以下、「被告」という)を相手に、ひげを剃って乗務する職務上の義務がないことの確認及び分限処分の差止等を求めて、大阪地方裁判所に提訴しました。
以下では、本件事案の概要と本件訴訟の意義について簡単にご報告いたします。

2 本件事案の概要

平成24年4月、被告において「大阪市職員基本条例」(以下、「本件条例」という)が施行されました。

これを受けて、大阪市交通局では「高速鉄道乗務員執務要領」が改正されるとともに、同局運輸部においては「職員の身だしなみ基準」(以下、「本件基準」という)が制定されることとなりました。本件基準においては、特に男性職員の「顔・髭」の項目において、「髭は伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」と規定されています。そして、本件基準に違反した職員に対しては、上司から指導が行われ、それでも改善が見られない場合には人事考課に反映されることになりました。ちなみに、人事評価において2年連続最低評価区分(5段階中の第5区分)との判定を受けた場合、本件条例34条1項1号に該当することとなり、降任又は免職の分限処分を受ける可能性が生じます。実際に、被告は、平成27年9月30日付で、2年連続して最低評価区分との判定を受けた職員2名を免職処分としています。

本件基準の制定以降、原告らのうち1人の男性運転士は、ひげを生やして乗務したことを理由に人事評価を低評価とされるようになり、右評価に基づく低額の賞与しか支給されないという不利益を被りました。また、本件提訴時点で、既にひげを理由に2年連続して最低評価区分とされていたことから、降任又は免職の分限処分を受ける可能性も存在していました。もう1人の男性運転士も、ひげを生やして乗務したことを理由に人事評価を低評価(第4区分)とされ、低額の賞与しか支給されないという不利益を被りました。

運転士として何ら問題なく職務に従事している以上、人事評価において低評価とされる理由は存在しないことから、原告らは、本件基準の違憲・違法を主張して、①上記分限処分差止、②ひげを剃って乗務する職務上の義務の不存在確認及び③差額賞与の支払等を求める訴訟を提起しました。

3 大阪弁護士会による勧告

本件提訴に先立つ平成28年1月15日、大阪弁護士会は、大阪市交通局に対し、本件基準は、職員のひげについて、整えられたひげかどうかにかかわらず一般的に禁止し、違反した場合に人事評価上マイナス評価を行う点で、ひげを生やすという本来個人の自由に属する事項について正当な理由なく制限を課すものであり人権侵害に該当するとして、人事考課においてひげを生やしていることをマイナス評価の要素とすることを中止するよう勧告しました。

本件訴訟において、上記勧告がどの様に考慮されるのか注目すべきところであります。

4 本件訴訟の意義

ひげを生やすことは本来的に個人の自由に属する事柄であり、右自由の制約が許されるのは、制約が必要かつ合理的な場合に限られます。この大前提は、とかく「ひげを生やす自由」のような、多くの人にとってはある意味「どうでもいい自由」(換言すれば、多くの人にとって重要性を認識しがたい自由)が問題とされる場合、いとも簡単に覆されます。「ひげくらい剃れよ」、「ひげを生やさなければならない理由を説明せよ」等と非難する声がちらほら聞こえてくるのも、前提を誤った価値観が根底に根付いているからでしょう。

しかし、だからこそ、本件訴訟には闘う意味があると思うのです。多くの人が何とも思わないからという理由で、何となく私生活上の自由の制限が正当化されてはならないのです。

少なくとも、乗客との接触の機会がごく僅かしかない地下鉄運転士にとって、ひげを剃ることが業務遂行上必要であるとの理由を見出すことはできません。そうである以上、ひげを剃らずに職務に従事したことをもって、人事評価を低評価とし、低額の賞与しか支給しないという扱いは不合理でしかありません。本件訴訟を通じて、この当たり前のことをしっかりと主張していくことが何より重要と考えます。

(弁護団は、村田浩治、谷真介及び当職。)

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