民主法律時報

芳香族アミン類による膀胱がんの多発問題を受けて

化学一般関西地方本部 特別執行委員 堀谷 昌彦

「職場で膀胱がんが多発している」という訴えから始まった

2015年9月化学一般関西地方本部の合同支部(一人で加盟している組合員によって構成されている)の定期大会で組合員Aさんから「職場で昨年から膀胱がんが多発しているので、何とかして欲しい」と訴えがあり、それを受けて職場の労働環境や取り扱い物質、発がん者の取り扱い履歴などの調査に入った。発がん者はすべてオルトトルイジンを含む芳香族アミンを原料としてアセトアセチル化反応を行った生成物を乾燥後収袋する作業に従事していた。その職場環境はガスと粉じんが蔓延し劣悪極まりないものであった。

芳香族アミンは主として膀胱がんを引き起こす化学物質として古くから知られており、オルトトルイジンについては動物実験だけではなく人に対する発がん性の証拠があるとして、IARC(国際がん研究機構)ではグループ1(人に対して発がん性がある)に分類されている。当該工場の従業員約40名のうち当該作業をしているのは10名程度であるが、2014年に1名、2015年に3名と4名もの膀胱がんが発症しており、大変な発症率である。私たちは翌10月福井県に出向き、Aさんの他発症者を招いて芳香族アミンの発がん性について報告するとともに会社が対応すべき暴露防止策やSDS(セーフティデータシート)の整備、発がん物質を取り扱った労働者に対し早期発見をするための特殊健康診断や術後の補償を取り決めた協約の紹介などについての学習会を実施した。参加者からは、これまでの働いてきた労働環境の実態が報告され、4年前まではSDSが整備されていなかったこと、職場に設置されたSDSには動物実験で発がん性が確認されたと記載があり、当該作業者が不安になり作業環境改善を申し入れたが対応してもらえなかったこと、それより以前にはTシャツ姿で粉じんまみれで作業していたことなどが報告され、労働組合を通し職場改善を実施していくことを確認した。

しかし11月に入るとAさんまでもが血尿が確認され、膀胱がんを罹患していることが判明し12月に腫瘍の摘出手術を受けることとなった。会社は操業を止めなかったが、ようやく12月3日労働基準局へ膀胱がんの多発について相談をした。

それ以降の経過を簡単に列挙する。
12月7日福井労働基準監督署が抜き打ちによる立ち入り調査を実施した。
12月14日Aさん他3名が労災申請の用紙を会社に提出し会社に証明を求めた。工場長は「署名捺印する」と返答があった。
12月15日と16日労働局と産業労働安全衛生研究所による現地調査があった。
12月17日Aさんらが会社に提出した労災申請用紙を求めると「証明はできない」とし証明拒否理由書を渡された。
12月18日厚生労働省が「芳香族アミンによる健康障害の防止対策について関係業界に要請しました」と報道発表した。
12月21日福井労働基準監督署と労働基準局に訪問し、職場改善の指導と原因特定についての要請をした。夕方県庁記者室にて記者会見を実施した。
12月22日当該工場へ訪問し今後の進め方などについて意見交換をした。これより当該事業場は操業を停止し現在に至っている。

化学物質の法規制における問題点

発がん物質の取り扱いに関しては、主として特定化学物質障害予防規則(以下、特化則と称す)で規制がかけられている。本事案に関わる化学物質であるオルトトルイジンについてはIARCではグループ1に分類されているにも関わらず、日本においては特化則に指定されておらず、従って製造する際の労働安全衛生対策はそれを取り扱う事業場の力量に委ねられてしまっている。

厚生労働省においては当該化学物質の危険性については把握していたが、曝露の評価が小さかったため、総合リスクは小さいとの検討会報告書を受け、規制対象から外している。過去に印刷業界で発生した胆管がんの多発問題があるが、危険性が明確でない化学物質の取り扱いの中で胆管がんが多発したのに対し、本事案は危険性が明確である化学物質の取り扱いの中で膀胱がんが多発した点に注目できる。即ち、曝露の評価が現場の実態を正確に反映していなかったことになる。更に、この事案はオルトトルイジンが原因物質と特定されたわけではなく、発がん者はオルトトルイジンを含む芳香族アミンと特にその誘導体に大量に暴露されてきたという事実が大変重要と考えている。

オルトトルイジンだけを特化則に指定して幕引きをするのであれば、また違う芳香族アミン及びその誘導体に大量暴露された労働者に膀胱がんが多発するなどということが再発しかねない。
本事案は芳香族アミンが引き起こすがん原性を包括的に捉えて法対応していく必要がある点を強調しておきたい。

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