民主法律時報

2015年4月号

JMIUビクターサービス支部損害賠償請求・継続雇用拒否事件――「一括和解」解決の報告

弁護士 鎌 田 幸 夫

 
 2月20日、JMIUビクターサービス支部・ビクターアフターサービス分会損害賠償請求事件(①事件)と、同支部の継続雇用事件(②事件)が、併合のうえ大阪地裁労働部(中垣内裁判長)で和解解決した。同じビクターサービス支部の争議として一括解決した事案として、その経過と和解の意義を述べたい。

2 事案の概要

(1) ビクターアフターサービス分会・損害賠償請求事件(①事件)の経過
 日本ビクターの100%子会社であるビクターサービスエンジニアリング株式会社(会社という)と「業務委託契約」を締結した代行店労働者が、分会を結成し、2005年1月31日、団体交渉を申し入れたところ拒否されたので、不当労働行為救済申し立てを行い、府労委(2006年11月17日)、中労委(2008年3月25日)で労組法上の労働者性が認められ勝利命令を得たが、東京地裁で労働者性が否定され救済命令が取消され(2009年8月6日)、東京高裁でも控訴が棄却された(2010年8月26日)。最高裁で、INAXメンテナンス事件、新国立劇場事件に続き労働者性が認められ、原判決破棄・差戻しの勝訴判決を得て(2012年2月21日)、差戻し審も勝訴し(2013年1月23日)、会社の上告が棄却され(2014年2月20日)勝訴が確定した。9年に及ぶ長い闘いであった。
 今回和解した損害賠償請求事件は、東京地裁、高裁で労働者性が否定されるという厳しい情勢のもと、2011年4月 日、分会員2名が組合活動を嫌悪して受注件数が減らされ損害を被ったとして提訴したものである。団体交渉を求めるのみでは経済的な損害を回復できないこと、東京のみならず大阪で裁判闘争を展開することで運動を広げることが目的であった。提訴後、他の代行店との対比において収入に格差があることを立証するために会社の保有資料の文書提出命令を行い、裁判所の勧告で会社から提出された資料を分析し、比較対象を分会を脱会した従業員として格差を主張した。主張整理が終わり、立証に入る段階であった。

(2) ビクターサービス支部継続雇用拒否事件(②事件)の経過
 会社には、統一労組とVES労組があったが、統一労組は、2004年に大規模なリストラと闘うために、JMIUに加盟し、ビクターサービス支部となった。支部は、前述した代行店の分会結成を支援し、労働者性を認めさせる労働委員会、裁判闘争を全面的に支援した。会社は、JMIUの活動を嫌悪する言動を繰り返し、組合活動に制約を加えたり、残業を拒否したりする不当労働行為を繰り返した。
 他方、会社が2001年4月に導入した継続雇用制度では意欲があり健康であれば継続雇用される制度であったが、2007年4月の制度改定で「直近2回の業績ランクとも標準を上回っている者」との要件が付け加わった。会社は、この要件で支部の役員経験者らの継続雇用を拒否した。
 2013年6月28日、執行委員長であった新垣内さんが、継続雇用拒否は不当労働行為として府労委に救済申し立てをした。2014年12月26日結審し、2015年6月にも命令が出される予定であった。また、2014年12月、地位確認と損害賠償請求の本訴を提起した。この継続雇用拒否事件の提訴は、①の分会の損害賠償事件の闘いを側面援助するという意味合いもあった。
 裁判では、不当労働行為の他に、会社と他労組が2007年4月改定の継続雇用規程について労使協定を締結しているが、他労組が高年法9条2項が求める過半数組合でなく、協定は効力を有しないこと、2007年改定の規程は、従前の就業規則の不利益変更であり合理性がないという主張も追加した。裁判の経過は、総論の主張整理がほぼ終了した段階であった。

3 和解の経過と意義

 ②事件(継続雇用拒否事件)の府労委から今年1月和解の打診があった。会社側の意向も聞くなかで、①事件(分会の団交要求、損害賠償請求事件)も含めた全体解決の機運が生じた。組合側としても、両事件とも会社によるJMIUの活動を嫌悪した不当労働行為であり、根っこは同じであり、一括解決には異存はなかった。そこで、①事件と②事件の双方が係属している中垣内裁判長に裁判所における和解期日の指定を申し入れ、2月20日両事件を併合のうえ一括して和解が成立した(府労委は取り下げ)。
 会社と組合は同じであるが、別事件であり、別々の裁判・労働委員会で争われ、それぞれに困難な争点を抱えた事件について、これ以上の争議の長期化を避けて、和解で一挙に解決できたことは、大きな意義があったものといえる。

4 和解の要因(裁判と労働員会を併用するメリット)

(1)  今回、和解解決ができた要因は何か。まず、直接の契機としては、②事件で継続雇用拒否の労働委員会の尋問で会社側証人を追い詰め、一定有利に展開していたこと、より根本的には、①事件で、代行店の労働者性に関する長期にわたる労働委員会闘争、最高裁での勝訴判決、そして継続的で広範な運動によって会社側が相当追い詰められていたことが要因であろう。

(2) また、裁判と労働委員会を両方とも提訴して、維持していくというのは正直労力が大変ではあるが、争議解決という点でみれば、今回、継続雇用拒否事件の労働委員会での和解勧告を契機に争議の全面解決につながったように解決のチャンネルが広がるというメリットがある。裁判と労働委員会双方を闘うことによる長期化のリスクと労力の大きさは、労働組合側だけでなく、会社にとっても同様なのであり、そのことが会社側にも早期の全面解決のモチベーションを持たせることになりうるのではないか 。その際、会社を追い詰める粘り強い運動が持続されていることが必要であることはもちろんである。

5 最後に

 分会員2名の方、そして新垣内さん、吉田さんら支部役員らには9年間の闘いは本当に長く苦しかったであろうと思う。その闘いの成果は、「偽装」委託契約で働く全国の労働者を励ます画期的な最高裁判決と今回の争議の一括和解となって結実した。これまでの闘いに心から敬意を表し、お疲れ様といいたい。

(弁護団は、①事件が豊川義明、城塚健之、篠原俊一、河村学、藤原航、鎌田幸夫、②事件が谷真介、西川大史、鎌田幸夫)

津田電気計器事件――全組合員についての全面勝利解決争議終結のご報告

弁護士 谷  真 介

 津田電気計器継続雇用拒否事件について、岡田茂書記長に関する事件が平成24年11月27日の最高裁判決で勝利したのは、皆さんのご記憶にもまだ新しいところだと思います(賞与請求等が残り、岡田さんについては平成25年12月に最終解決しました)。同社では、岡田さんだけでなく、その後同様に継続雇用を拒否された残り二人の組合員(植田修平元委員長が平成21年11月に、中田義直現委員長が平成23年5月に継続雇用拒否)が、裁判・労働委員会で激しく争っていました。なお会社は、組合を脱退した非組合員については基本的に継続雇用をしており、不当労働行為の側面が非常に強い事案でした。平成25年4月に高年法が改正され選別雇用が原則的にできなくなりましたが、それよりも前の事案ということになります。
 平成27年2月23日、大阪地裁で二人についての和解が成立し、長年闘ってきた津田電気争議が最終解決・争議終結に至りました(なお、和解条項には口外禁止条項が付されていますが、法律家団体のニュースで和解報告をすることは許されています)。

 岡田さんの事案では、継続雇用査定でマイナス6点を付されており、その査定が不当であることを争って裁判でこれを覆し(地裁ではプラス5点、高裁ではプラス1点と判断)、会社の継続雇用拒否が濫用であると判断されたのですが、植田さんは何とマイナス80点を超えるマイナスが付されていました。私たちは裁判での査定を争う厳しさを痛感していたこともあり、団交拒否問題も含めて労働委員会の救済申立で争う方針をとりました。他方、中田さんは、2年前はプラス8点の査定だったのが、直近1年でマイナス15点と急激に査定を落とされて継続雇用を拒否されました。中田さんについては労働委員会と裁判の両方で争う方針をとり、未払時間外手当問題もあったので、これも別途提訴しました。

 平成25年2月、府労委は、植田さんと中田さんの継続雇用拒否を支配介入、不利益取り扱いの不当労働行為であるとし、二人を継続雇用したものとして扱うこととバックペイを命じる画期的な命令を下しました(詳細は民主法律時報2013年3月号・中村里香弁護士報告参照)。注目すべきは、府労委が、過去より労使が激しく争ってきた労使関係の下では差別が起こりやすい状況にあるとして、継続雇用された非組合員との間で植田さんや中田さんが低査定を付されるべきことを使用者が疎明していないという理由で、各査定項目における低査定をことごとく(特に植田さんについてはマイナス80点超の査定を)覆したことです。
 その後、中労委と中田さんの裁判では、継続雇用査定の各項目について細部の事実関係に立ち入って争う「泥沼」の闘いとなりました。こちらが100頁の準備書面を出せば、相手も100頁の準備書面を出す、という応酬となり、双方ともに疲弊していきました。ただその間、当事者や組合は、地域を中心に結成された支援共闘会議での多大な支援も受け、裁判や中労委の主張面での闘いだけでなく、社前・駅頭での街宣や取引先への要請等、運動の山場と位置づけてあらゆる行動を重ね、会社を追い込みました。
 会社は和解を頑なに拒否していましたが、上記のような継続的運動に加え、平成27年1月23日に行われた中田さんの事件での裁判所での証人尋問を経て、裁判官が中田さんは継続雇用基準を満たしているとの心証を開示したことをきっかけに、到底無理と思っていた和解協議が進み、2月に予定されていた中労委の尋問の直前に、地裁において、中田さんの別事件や植田さんの継続雇用問題も含めた一括和解が成立しました(中労委については会社の再審査申立が取り下げられ、前記府労委命令が確定しました)。詳細はここで述べることができませんが、全面勝利解決と評価できる内容です。

 平成25年4月に高年法が改正されましたが、それまで多数争われてきた継続雇用に関する争いの中でも、本件のように査定が争点となる事件は中々争うのが困難なのが実情だと思います。津田電気争議は、岡田さんの事件で華々しく最高裁で勝利した後、驚くほどに厳しい査定を付されていた他の組合員らについても決して諦めることなく、当事者、組合、支援組織、弁護団が一体となって、労働委員会と裁判の双方をうまく活用しながら運動を展開し、最終解決を勝ち取ることができました。この経験をここで終わらせることなく、ぜひ次の世代に伝えていきたいと思います。

(弁護団は鎌田幸夫、谷真介、中村里香)

東大阪市・学童保育指導員解雇事件で勝訴判決

弁護士 原 野 早知子

1 事件・紛争の経過

 本件は、東大阪市楠根小の学童保育クラブで長年勤務していた学童保育指導員越智康純さん・中山洋美さんの2名が、解雇(雇止め)された事件である。
 東大阪市の学童保育は元々市の直営事業だったが、平成元年度から、「分割民営化」され、小学校区毎に地域の役職者等で構成する「地域運営委員会」が運営主体となった。指導員は、市の直営時代は東大阪市の非常勤職員だったものが、民営化後は各委員会と契約して勤務することとなった。
 指導員らは、市直営時代から東大阪市ちびっ子クラブ指導員労働組合(ちびっ子労組)に加入しており、「分割民営化」に際しては、東大阪市に対し、不当労働行為救済申立てを行い、雇用の継続を確保するなど、組合運動を続けてきた。
 楠根の地域運営委員会は、平成26年3月、指導員の勤務条件の不利益変更を一方的に通告した。ちびっ子労組と東大阪市職労は、運営委員会に団体交渉を申し入れた。ところが、運営委員会は「指導員は労働者ではなく『有償ボランティア』である」として団体交渉を拒否し、勤務条件の不利益変更に異議を唱えた越智・中山2名を年度末に雇止めしたのである。
 ちびっ子労組が、平成26年3月、大阪府労委に団交拒否についての不当労働行為救済申立てを先行して行っており、これを追う形で、平成26年5月、大阪地裁に原告2名の地位確認・賃金支払を求める本訴を提起した。府労委・本訴の双方で、運営委員会側は、「指導員は『有償ボランティア』(有償の委任)であり、労働者ではない」と主張し、両手続で、学童保育指導員の労働者性が唯一の争点となった。(府労委では平成27年1月に最終陳述を行って終結している。)

2 完勝の勝訴判決

 平成27年3月13日、大阪地裁第5民事部(中島崇裁判官)は、越智・中山両名について、運営委員会に対する労働契約上の地位を確認し、運営委員会に雇止め後の賃金全額の支払を命じる判決を言い渡した。「訴訟費用は被告の負担とする」で結ばれる、十割の完勝だった。
判決は、以下の各点を指摘し、学童保育指導員の労契法(労基法)上の労働者性を認めている。
(1) 業務上の指揮監督関係について
 ①運営委員会の「規約」上、指導員の職務に「その他運営委員会より命じられたこと」が含まれるなど、指導員の職務を運営委員会が指揮監督する定めとなっていること、②市直営時代に、指導員の勤務場所・勤務時間・指導方法が市の規程・要領で詳細に定められ、労使交渉や不当労働行為救済申立ての際にも、東大阪市が労働契約を前提とする合意・答弁をしており、指導員は市と労働契約を締結していたところ、「民営化」に際し契約関係について特段の変更が加えられていないこと、③事業運営のためには、業務従事時間や指導方法を指導員間で調整する必要があり、運営委員会が各指導員に指揮監督権限を有するのでなければ、事業運営が困難であることを認定し、更に、指導員に諾否の自由がないこと・時間的場所的拘束性・代替性の不存在を認定して、指揮監督関係の存在を認めた。
(2) 報酬の労務対償性
 指導員は、1時間当たり1000円の単価で、業務従事時間を掛けて報酬が定められていることをもって報酬の労務対償性を認めた。
(3) 労働者性に係るその他の事情
 ①原告らを含む指導員が雇用保険に加入し、②所得税が源泉徴収されていること、③雇止めの際の離職票に「解雇」と記載されていること、④勤務条件不利益変更の際、運営委員会の委員長が「運営委員会は、会社で言うと経営者、指導員は従業員。経営者の方針に従うのが従業員で、受け入れられなければ退職ということになる」旨発言したことなどを認定し、労働者性を補強する事情とした。
 判示は、証拠に基づいて事実関係を詳細に認定し、「有償ボランティア」という趣旨の不明な名称にとらわれず、実態に即して労働者性を認定したものと評価できる。東大阪市直営時代の契約が労働契約であることを認定し、それを根拠に「民営化」後の労働者性をも認定したことが特徴的である。

3 判決の意義と今後の闘い

 原告の越智・中山両氏は、長年働き続けた職場を理不尽に奪われ、正当な解決手段である団体交渉すら拒否され、1年間にわたり経済的にも精神的にも甚大な苦痛を受けてきた。まず、当事者の救済として意義が大きい。
 また、学童保育指導員について、あるいは「有償ボランティア」の名称による契約について、労働者性が争点となった事案はなく、労働者性(労契法・労基法)に係る先例としても価値のある判決である。
 判決は控訴なく確定し、越智・中山両氏は4月2日から職場復帰した。現在、最終解決に向けて交渉中である。
 本件は、民法協会員から、大変大きな支援をいただいてきた。判決日には法廷にあふれるほど沢山の方が駆けつけ、勝訴の喜びを共にした。篤く御礼申し上げ、最後までの支援をお願いする次第である。

(弁護団は、城塚健之・原野早知子・谷真介・藤井恭子)

障害者に対する勤務配慮を求めた訴訟で全面勝利和解 ―― 阪神バス事件

弁護士 立 野 嘉 英

 これまで何度か民法協ニュースでもご報告していた阪神バス事件が、平成27年2月25日、大阪高裁で全面勝利の内容で和解が成立しましたので、ご報告致します。

2 事案の概要

 Aさん(43歳)は、1992年に阪神電鉄に入社し、バス事業部門で一貫して勤務してきたベテランのバス運転手です。ところが、1997年に受けた「腰椎椎間板ヘルニア」という病気の手術の後遺症で、神経障害による「排尿・排便異常」の身体障害が残りました。この障害は、排尿や排便を自分の意思でコントロールすることができず、下剤を服用するなどして数時間をかけて強制的に排便をすることなどが必要なものでした。
 当時阪神電鉄には「勤務配慮」という制度があり、Aさんはこの制度を利用して会社と話し合いを行い、①バス乗務のシフトは午後の比較的遅い時間からとする、②時間外労働は避ける、③前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔を14時間、最短でも12時間以上空けることとする、という「勤務配慮」を受けてきたのです(原告側主張)。Aさんは、このような勤務時間に関する配慮を受けることによって、毎日決まった時間に下剤を服用して、朝早く起きて数時間かけて排便をしてから何とか勤務できるようになったわけです。
 そんな中、2009年、会社編成があり、阪神電鉄のバス事業部門は分社化され(会社分割)、以前からあった阪神電鉄と同じグループ会社の阪神バス会社に統合されることになりました。
 ところが、その際、会社と労働組合が分社化に当たって定めた合意書には、以前からAさんに適用されてきた「勤務配慮」制度について、「勤務配慮は原則として認めない」と記載されてしまったのです。
 Aさんは2009年4月に阪神バスに移籍しましたが、それでも勤務配慮はしばらく続けられていました。
 しかし、阪神バスから、2011年1月「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」と一方的に通告され、実行されることになってしまいました。
 その結果、Aさんは勤務時間に合わせた排便コントロールが全くできなくなり、当日欠勤が一気に増えてしまったのです。
 そこで、Aさんは、「勤務配慮」を受けない通常の勤務シフトでの勤務する義務のないことの確認を求める裁判を起こしました。なお、緊急性があったので、本裁判の前に、仮処分の裁判も起こしました。

3 裁判で主に争われた点

 この訴訟で争われた問題点はとても多いのですが、特にポイントとなったものとしては、(Ⅰ)そもそも、Aさんが受けていた勤務配慮は阪神電鉄との間で労働条件として合意されたものか、(Ⅱ)阪神電鉄との間で合意されたものとして、それが阪神バスに引き継がれるのか、(Ⅲ)Aさんが受けていた勤務配慮を打ち切ることは障害に基づく差別に該当するのではないか、という3点です。
 特に、Ⅲの障害に基づく差別ではないかという点は、重要です。2006年の国連総会で、身体や精神に長期的な障害がある人への差別撤廃、これらの人の社会参加促進のため、「障害者権利条約」が採択され、日本も2014年1月20日に批准しています。
 そして、同条約では、障害者に対する差別として①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3つの類型を禁止しています。③の合理的配慮とは、「障がいのある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、不釣り合いな又は過度な負担を課さないもの」と定義されています。つまり、障害を持つ人に対して必要な調整であって、過度な負担になるようなものでなければ、それは合理的な配慮であり、そのような配慮がないこと自体が差別に該当するとしているのです。
 本件でも、Aさんの勤務シフトに関する「勤務配慮」は、まさに障害者権利条約の「合理的配慮」にあたるものであり、これを一方的に打ち切ることは、障害者権利条約が禁止している障害者に対する差別に該当しており、ひいては法律的に公序良俗違反ないし信義則違反として無効であると主張しました。

3 一審の判断

(1) 争点Ⅰ(Aさんが受けていた勤務配慮は阪神電鉄との間で労働条件として合意されたものか)について
 これについて、本裁判の一審は、①出勤時刻が午後0時以降となる勤務を担当させる②原則として時間外勤務とならない勤務を担当させる、という勤務配慮が労働条件として黙示的に合意されていたと認めました。
 そして、温情的な措置に過ぎないという会社の主張については、約6年という長期間に亘って勤務配慮が行われてきたことや、各種資料でも労働条件の一つとして取り扱われているとして、採用しませんでした。

(2) 争点Ⅱについて
 この点は、阪神バスが阪神電鉄とは一応別会社なので、阪神バスに移籍することを同意したのであれば、阪神バスの労働条件に従うことを同意したのではないかということが争点になりました。
 ですが、会社分割という形で分社化するにあたって、労働契約承継法という法律が適用されます。この法律では、会社は、会社分割で社員が移籍するときには、労働条件もそっくりそのまま引き継がれるのが原則で、仮に変更するときにはよくその社員と話し合いをして意見を聴きなさい、そうでないと変更は認めませんよと定められているのです。
本件では、阪神バスは、Aさんから阪神電鉄を退社して阪神バスに移籍するという同意を取っているときには、新たな阪神バスとの契約だから労働契約承継法は関係ないはずだと主張しました。
 しかし、裁判所は、会社の主張は認めず、労働契約承継法という法律で、労働条件に変更がないことが原則なのに、そのような選択肢をAさんに与えず、また説明もなかったのだから、Aさんの利益を一方的に奪う手続きを取ったものであるとし、そのような前提の新たな契約は公序良俗に反して無効だと判断しました。そして、労働契約承継法によって、Aさんは阪神バスに移籍するとしたのです。
 また、同意書は、労働条件の不利益変更についての同意とみることができたとして、上記と同じ理由で、公序良俗に反して無効としました。

(3) 争点Ⅲについて
 本裁判の裁判所は、争点ⅡでAさん勝訴の結論が導けるので、残念ながら、この点を明確に判断しませんでした。
 ですが、本裁判に先立って行われた仮処分の裁判では、この点について明確に判断されています。
 すなわち、「障害者に対し、必要な勤務配慮を行わないことは、法の下の平等(憲法14条)の趣旨に反するものとして公序良俗(民法90条)ないし信義則(同法1条2項)に反する場合があり得ると解される。」とし、「勤務配慮を行わないことが公序良俗又は信義則に反するか否かについては、①勤務配慮を行う必要性及び相当性と、②これを行うことによる債務者(注:会社)に対する負担の程度とを総合的に考慮して判断をする」として、まさに障害者権利条約にいう合理的配慮とほとんど同じ考え方を示し、Aさんに勤務配慮を行うことが必要かつ相当で、また阪神バスにも過度な負担にはならないので、そのような勤務配慮を行わないことは公序良俗ないし信義則に反すると明確に判断したのです。

4 本和解の内容

 大阪高裁で成立した和解内容は、若干の修正はあるものの、ほぼ原告側の請求の趣旨どおりの勤務条件を確認するものである上、今後の勤務配慮の内容について見直す場合の手続や誠実な協議の確認を入れたことでも、Aさんの今後の勤務にとって請求の趣旨を超えた大きなメリットがあるものと思います。

5 意義

 本裁判の判決では判断が示されませんでしたが、仮処分决定では、障害者権利条約の「合理的配慮」と同じ考え方で、勤務配慮をしないことが信義則ないし公序良俗違反と判断されたことは、今後、障害者の雇用の場における人権として大変重要な意義があると思います。改正障害者雇用促進法が平成28年4月1日から施行される予定であり、同法には障害者に対する差別禁止と共に合理的配慮の提供義務が規定されています。裁判所が、合理的配慮の提供義務と同じ考え方で、信義則違反を認めたことは、合理的配慮の民事上の権利性へつながるものとして、極めて重要であると考えます。また、改正障害者雇用促進法では、障害者の定義に「精神障害者」も明記されています。職場におけるメンタルヘルス患者も急増している昨今、合理的配慮の提供義務の考え方が及ぶ射程(対象者)はかなり広いことにも、労働者を支援する立場としては注意しておく必要があると思います。

(弁護団は、岩城穣、中西基、当職)

「人質事件から考える」――大阪弁護士9条の会・緊急学習会

弁護士 愛 須 勝 也

1 ムスリムの方もゲスト参加

大阪弁護士9条の会では、2015年3月6日、ジャーナリストの西谷文和さんを講師に「人質事件から考える」というテーマで、緊急学習会を開催した。当日は、シリア難民のユーセフさんもゲストで参加してくれ、西谷さんと一緒にシリアの情勢をお話ししていただいた。
ユーセフさんは、シリアのアレッポ出身。アレッポには世界遺産がたくさんあり、ユーセフさんは、そこの国立博物館の館長を務めていた著名な考古学者であるが、内戦から逃れて2年前に日本に来たという。シリアは、世界で一番難民(主にパレスチナ難民)を受け入れてきた国で、シリア第2の都市であるアレッポでは、100年前にアルメニア人が入ってきて、もともと居たクルド人、スンニ派、キリスト教等、多民族、多宗教が混在していたが、お互いに信頼関係があり、紛争もなかったという。
そんなシリアが内戦後、どうなったか。シリアは元々、教育が行き届いて、平和な国だったが、内戦後、アルカイダ、イスラム国などが外国から入り込み、深刻な貧困になった。生活状況は最も危険的な状況で、食料がないし、質も悪い。学校も破壊され、軍の拠点になっている。病院も破壊されている。しかし、人々は内戦に賛成している訳ではない。イスラム国は、コーランを曲解していると考えているし、内戦は早く終わってほしいと思っている。ほとんどのイスラム教徒は、イスラム国を受け入れがたい。支配下に入った人々は仕方なく従っているだけであるという。

2 解決のための方策

では、この状況を解決するためにはどうしたらいいのか。西谷さんは、シリアだけでこの紛争をストップすることは出来ない。国連等の支援が必要だという。紛争の原因は、イラン、アメリカ、トルコ、ロシアなどの周辺国から武器が入ってくること。石油利権も暗躍している。
西谷さん曰く、イスラム国は一つの結果でしかない。空襲すればするほどイスラム国に兵士が入っていく。被害が出れば出るほどイスラム国を支持する人が増える。どうすればよいか。西谷さんは、人々をしっかり教育すること、思想的なところでテロは許さないという方針でたたかうべきだという。ヨーロッパ、アメリカではイスラム教徒への差別がある。その差別が若者をイスラム国に追いやっている。
日本国内の世論は、今のままでは、「イスラム国は怖い、空爆は生ぬるい、9条甘すぎる。」ということになってしまう。戦争したい人や、テロとのたたかいをずっと続けたい人は、イスラム国を口実に戦争が出来る。メディアはイスラム国の生まれた原因を報道しない。9・11が起きて人々はビンラディンを知ることになるが、彼が元々、アメリカとつるんでいたことをメデイアは報道しない。人々の頭に刷り混みがなされている。

3 人質殺害事件

後藤さん救出の件で、交換条件に出されたルシャウイ死刑囚によるホテルでの自爆テロでは 人もの人が犠牲になり、ヨルダン人にとっても、イラクの難民にとってもやっかいな人であった。当初、後藤さん解放の合意が出来たが、ヨルダン人パイロットの解放が優先だという反対デモが起きた。ヨルダンの6割はパレスチナ難民。アメリカに追随する国王に反発している。日本政府は、なぜ、トルコではなく、ヨルダンに対策本部を置いたのか。西谷さんは、後藤さんは絶対に救えたはずだと強調。メデイアを使っての刷り込みが、あまりにも残忍な結論となってしまった。

4 空爆では絶対に解決しない

今の事態はアメリカが蒔いた種。無政府状態にして国、町を潰す。そして、石油を奪う。4年間も内戦が続いているで、人々の人心も荒れている。イスラム国へ人質を誘拐して転売するようなこともあるという。シリアには武器があふれている。すべての原因はイラク戦争。武器と石油。ロシアやアメリカなどの周辺国が武器と金の支援をやめることが重要。武器の流れを絶つこと。
最後に、西谷さんが強調された点。日本だけが平和的貢献ができる国。和平協定などを東京や大阪で開催できる。パリではできない。ドイツもクルドに武器を提供している。今なら東京で和平協定が出来る。それこそ、「積極的平和主義」ではないか。9条を使った平和主義、その方向に切り替えることが大事。宗教戦争で仕方がないという見方がマスコミを通じて流される。しかし、実際には、宗教を利用しているだけ。実は人々はそうではない。仲良く暮らしてきた。
マスコミの垂れ流す報道だけではなく、実際の現場の状況や、問題の背景や原因を深く追求していくジャーナリストの役割を再認識するとともに、憲法9条の精神こそ唯一の紛争解決の道だと確信した。ユーセフさんには懇親会にも参加していただき(もちろん、お酒はNG)、貴重な話を聞くことができた。

過労死防止大阪センター結成総会について

弁護士 須 井 康 雄

 2015年3月13日、エル・おおさかで過労死防止大阪センター結成総会が開かれた。100名を超える方が参加した。
 これに先立つ2014年11月16日、過労死等防止対策推進法が施行されている。同法では、過労死に関する調査研究を行い、その成果を過労死防止のための取組に生かし、過労死を防止すること、このために、国、自治体、事業主その他の関係者が相互に密接に連携すべきことが求められている。
 そこで、大阪において、これらの取組を行う受け皿となり、国、自治体、事業主、市民の連携の要となる団体として、過労死防止大阪センターが結成された。

 当日は、大阪労働局の方から過労死等防止対策の取組等のご報告を受けたのち、精神科医でもある粥川裕平名古屋工業大学名誉教授から、メンタルヘルスのご講演をいただいた。スライドを多用した軽妙な語り口で、過労死等の機序、防止策等の説明があった。特に印象に残ったのは、「食う寝る遊ぶができない者は働くべからず」という話だった。うつ病から回復する場合、まず、食欲や性欲、睡眠欲など基本的な欲求から回復してくるとのことである。うつ病で休職する社員が遊びに行っていたなどと使用者が聞けば、ずる休みではないか、怠けているなどと思われてしまうが、正しくは回復に向かっていると評価すべきであって、科学的知見に基づいた物の見方の重要性を考えさせられる話だった。
 その後、過労死問題に取り組まれてきた労働組合の方やご遺族の方のリレートークがあった。そこでは、これまでの活動の内容や学校教育、労働局をはじめとした行政機関との連携の重要性などが語られた。

 最後に過労死防止大阪センターの規約等が読み上げられ、同センターが正式に設立された。同センターは、NPO法人ASU―NET内(電話06―6809―4926)に置かれる。同センターには、労働組合の枠を超えて、人が集まっている。加盟は個人単位である。会費が年間1口2000円(学生、院生は1000円)、1口以上である。
 過労死等防止対策推進法の施行を受け、大阪でのさまざまな調査研究、知識の普及を同センターが担っていくことになる。国の予算や行政のマンパワーを活用したこれまでにない取組が可能になる。ぜひ多くの方に加入していただき、過労死をなくす活動の一端を担っていただきたい。

KBS京都見学ツアーに参加しました!

弁護士 諸 富  健

 初めて私の名前を目にする方も多いかと思いますが、京都で弁護士をしております。修習生になる前から派遣労働研究会に顔を出させていただいており、ほぼ毎年、権利討論集会にも参加しています。このたび、派遣研の新人歓迎企画でKBS京都見学ツアーが組まれることを知り、喜び勇んで参加申込みしたところ、原稿を書く羽目に…。

前置きはそのぐらいにして、2015年3月16日(月)午後3時からKBS京都見学ツアー開始。京都からは私を含めて4名の弁護士が参加し、参加者は総勢20名以上になりました。案内していただいたKBS京都労組の長岡さんが「開かれた放送局」とおっしゃったとおり、1時間ほどかけて、放送局の中をくまなく見せていただきました。TVやラジオのスタジオはもちろんのこと、実際に字幕スーパーや映像の編集作業をしている最中の部屋までご案内いただき、放送現場で労働者のみなさんがどれほど大変なお仕事をされているか肌で感じることができました。

見学後は会議室に移動し、KBS京都労組書記長の古住さんから組合が取り組んでこられた格差是正の闘いの歴史についてお話しいただきました。古住さんのお話は、私にとって驚きの連続でした。KBS京都が経営危機に陥ったときに組合を中心として労働者が会社更生法の適用を申請し、正規非正規関係なくKBS京都の放送会館内で働く労働者全てに組合加入を呼びかける、KBS京都が派遣労働者を雇い入れるかどうかについて事前に組合と協議しその都度個別に覚書を交わすよう協定書を締結する、派遣労働者の直用化や非正規の正規化を次々と実現している、などなど。労働組合は本来これほどすごい力を持っているのだと、改めて認識することができました。直用を勝ち取った派遣労働者が一言発言されたのですが、「組合から絶対に守ってやるという言葉をもらい、背中を押されて組合に加入した。組合に入って本当に良かった。」という言葉がとても印象的でした。その後の質疑応答、場所を変えての懇親会も大変盛り上がり、話は尽きませんでした。

非正規の組織化が重要であることについて一般論として反対する人はあまりいないと思いますが、正規と非正規との間に大きなカベがあるのも事実。そのカベを突破する本気の取組みを実践できているかどうかが問われているのではないでしょうか。今回のツアーは、そんなことをつらつら考えさせられる貴重な機会となりました。また機会がありましたら、民法協のイベントに参加させていただきたいと思いますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。