民主法律時報

2014年1月号

<新年のご挨拶>  闘いかつ学び、学びかつ闘う  「倍返し 心に刻む 有権者」  

会長 萬 井 隆 令

 2013年はまことに慌ただしく、またキナ臭さが募った年でした。安倍内閣は消費税を8%に上げる、TPP交渉に参加する、原発再稼働を進める、秘密保護法を強行する(「何が秘密か、それは秘密です」では悪い冗談にもなりません)、韓国軍に銃弾を提供し、「積極的平和主義」の名でアメリカ軍海兵隊のような部隊と装備を整えるべく、中期防衛力整備計画には総額 兆円もつぎ込んで、水陸両用戦車、F 戦闘機、無人偵察機などを新規に導入する等々。その仕上げに、沖縄・辺野古に基地受入れを押し付ける一方、安倍首相は年末 日、靖国神社に参拝しました。「誓い」で「御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し……」等と言いますが、国際、国内政治全体を見渡すこともなく、当日は政権交代1年目だといった、周辺の人達だけの位置づけでコトを進める政府に危なっかしさを感じざるを得ません。
 他方で、国民の生活を守るという国の存在意義はどこかへ放り去られようとしています。年金の減額、 歳以上の高齢者の医療費窓口負担を1割から2割へ、介護保険の利用者負担増など、目白押しです。

 数年前から、海外では民主化デモが圧政を倒す例が見られます。毎週金曜日の首相官邸前での反原発行動など、久々に、日本でもそういう意思表示の兆しがみえます。
 今年は、年明け早々から、名護市長、東京都知事、京都府知事、年末には沖縄県知事と、地方自治体ですが国の行方を問うことも意味する、重要な選挙が相次ぎ行なわれます。さすがに秘密保護法の強行以降、支持率は下がってきましたが、まだ半数近くの人が支持していることも事実です。しかし、安倍内閣が選挙によって誕生したのなら、選挙によって退陣に追い込むこともできるわけです。アベノミクスとかいってマスコミは人気をあおり、確かに一部の企業は好況を迎えているようですが、株も持たない国民にとって何一つ良いことはなかったことが感じられ始めています。国民が主権者であり、選挙では有権者です。「倍返し 心に刻む 有権者」(小川仙太郎)の意気を示したいものです。

 労働法制の面では、2012年に行われた注目すべき労働契約法および派遣法の改正を、すべて覆す雇用法制改革が進められようとしています。
 12年改正で、派遣法は偽装請負や派遣対象業務以外の派遣など違法派遣を行った場合、「その時点において」派遣先は当該労働者に「労働契約の申込みをしたものとみなす」と規定し(40条の6第1項)、違法派遣の場合、派遣先による直接雇用という形で立法的に問題解決を図りました。これまで日本にはなかったシステムであり、画期的です。また、労働契約法19条は労働者の意思で有期契約を更新させ、18条は5年を超えて有期で働いてきた労働者の意思で無期雇用に転換させることを権利として保障しました。
 これまで、派遣や有期雇用という形で働く非正規労働者を正規化しようとしても、使用者が抵抗する場合には裁判所の判決に期待する以外にありませんでした。今回、法律という確固たるもので正規労働者化を使用者に強制する道を創りだしたわけで、非正規労働者の正規化の運動に大きな支えを提供するものです。
 ところが、派遣法は施行されて半年も経たない、労働契約法に至ってはまだ一部しか施行もされない昨春から、安倍首相は「世界で企業が一番活動しやすい国を目指す」とうそぶいて、雇用政策の基本方針をそれに沿ったものにすることを企んでいます。「成熟産業から成長産業へ『失業なき円滑な労働移動』を図る。このため、雇用支援施策に関して、行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策シフトを具体化する」といい、労働者派遣のほぼ全面自由化・恒久化、労働条件が低く解雇しやすい「限定正社員」制度や労働時間制を適用除外するホワイトカラー・エグゼンプション制の導入などです。14年度概算要求によれば、雇用維持(解雇を防ぐため)の雇用調整助成金は13年度比53.6%に減らし、逆に、労働者の転職に要した費用を助成する労働移動支援助成金は150倍にも増やす、対象を大企業にも広げ、支給時期も①支援委託と②再就職実現の2段階にする。金の面からすでに施策は実行されようとしています。たしかに企業は活動し易くなるとしても、それに反比例して、労働者は今まで以上に緩んだ雇用ルールの下で働き、暮らすことを強いられることになります。
 「権利の上に眠るものは権利を失う」といいます。サービス残業、名ばかり管理職といった問題は以前から問題視されながら、まだ多い。法律があり、解釈論が確立していても、それだけでは労働者の権利は実現しない。「権利のための闘争」があって初めて労働者や国民の権利は実現するものです。
 規制緩和に向けた立法化の企みを学び、早く効果的に反撃せねばなりませんが、現にあり、利用できる規定を活用して実質的な権利の実現・拡大を図ることが、悪法反対の確実な力にもなっていくと思います。規制緩和の提案の内容も確定しているわけではないし、提案理由も分かり難い。事実の正確な把握に基づくものではない提案もあり、誤魔化しもあれば嘘もあり、弱点だらけです。提案を受け止める視点を確立し、労働組合としての反対運動を進めながら、その中で、さらに提案の問題点をより的確に把握する、「闘いかつ学び、学びかつ闘う」。民法協の出番です。

2014年という一年にどう挑むか?

事務局長・弁護士 中 西   基

1 はじめに
 今年は国政選挙がない年です。来年もです。衆院の解散がなければ、2016年7月まで国政選挙はありません。この2年間を安倍政権は最大限に活用して、有権者に不人気な政策、市民生活に不利益・ダメージを与える政策を、繰り出してくると思われます。さっそく、通常国会では、労働法の規制緩和が具体的に議論され、4月には消費税アップが待っています。他方では、秘密保護法の制定や国家安全保障戦略の策定によって解釈改憲が着々と進められています。
このような2014年という一年に民法協としてどう挑むのかを考えるにあたって、あらためて安倍政権の狙いを分析してみたいと思います。

2 労働法規制緩和と「積極的平和主義」の狙い
 安倍政権が緩和しようとしている労働法規制は、①解雇規制、②有期労働規制、③労働者派遣規制、④労働時間規制の4つです。これら規制緩和に加えて、労働移動支援助成金の大幅拡充により、「雇用維持型から労働移動支援型へ」と政策を転換しようとしています。これら政策の狙いは、昨年6月に閣議決定された「新たな成長戦略~『日本再興戦略-Japan is BACK-』」で端的に示されているように、「経済成長」です。そのために、日本を「世界で一番ビジネスがしやすい国」にするべく労働法の規制を緩和し、成長産業への労働力移動を促進するというのです。
 成長戦略と並ぶ安倍政権のもう一つの特徴的な政策は「積極的平和主義」です。秘密保護法強行採決、国家安全保障会議の創設、愛国心を明記した国家安全保障戦略と武器輸出三原則を変更する新たな防衛大綱の決定、辺野古埋め立て容認、そして靖国参拝と、軍国主義への道をひた走っているように見えます。これらの狙いについては安倍晋三という人物のキャラクターに依るところも大きいと思いますが、それだけではないと思います。武器輸出三原則の変更については、この先 年間で実質的な成長を見込める産業が軍需産業くらいしかないことの現れでしょうし、中国や北朝鮮の軍事的脅威を喧伝しつつ愛国心やナショナリズムを高揚させようとするのは、国内政策で十分な成果を上げられないことを見越して、大衆の不満を逸らすための人気取りという側面が多分にあると考えられます。

3 「経済成長」は答えなのか?
 結局、安倍政権が依拠しているのは「経済成長」に尽きると言えます。戦後の焼け野原から世界第2位の経済大国となった日本の繁栄を支えてきたのは「経済成長」でした。今は長い不況に陥っているけれども、再び、かつてのような経済成長を取り戻せば、日本は再び復活するんだ。わたしたちの中にあるそういった心情・感覚に訴えて政権の求心力を維持しようとするのが安倍政権の狙いに他なりません。
 では、「経済成長」はこれからも可能なのでしょうか? すでにヨーロッパでは経済成長の終わりが公の場で議論されるようになっていますが、日本では「経済成長」それ自体に対する批判については十分ではないように思えます。
経済成長の終わりを論じる論者は、地球上の資源に限りがある以上、それに依拠した経済成長が無限に続くはずはなく、天然資源の枯渇や環境破壊は必然的に経済成長に終わりをもたらすと主張します。また、物理的限界に加えて、欲望の限界を論じる論者もいます。経済成長は、技術革新による生産性の向上→コスト削減による利益拡大→設備投資によるさらなる技術革新というサイクルによって生まれますが、その前提として、革新的な技術で開発された商品を買いたいという人間の欲望が必要です。戦後の焼け野原で何もなかった時代には欲望が満ちあふれていましたが、現在では、逆にモノが満ちあふれており、「商品を購入することへの欲望が失われた状態」(内田樹)になり、「貨幣で貨幣を買う」しかない事態に陥っている。これでは、経済成長は望めないと。
 もっとも、いずれの論者も、経済成長が終わった後の社会の姿をはっきりと示してはいません。民主党政権は、(少なくとも当初の段階では、)成長よりも分配を重視する方向で経済成長至上主義からの脱却を目指しましたが、結局、途中で迷走、頓挫しました。橋下・維新の会がその答えではなかったことも明らかになりつつあります。
 しかし、だからといって、「経済成長」のみに答えを求めていては、安倍政権に対抗することはできないのではないでしょうか。経済成長の終わりが近いか遠いかはともかく、少なくとも、かつてのような高度経済成長が望めないことははっきりしていますし、環境に優しい持続可能な社会が望ましいことも明らかでしょう。いま、わたしたちに問われているのは、「経済成長」に代替するあらたな社会への展望を提示できるかどうかなのだと思います。
 安倍政権に対抗するためには、「経済成長」は目的ではなく、みんなが幸せに生きてゆけることこそが目的であって、「経済成長」はそのための1つの手段にしかすぎないことを強調する必要があります。労働法の規制は、労働者とその家族が幸せに生きていくための規制であり、目先の経済成長のために労働法規制を緩和することは目的と手段を取り違えており、本末転倒というほかありません。

4 日本国憲法の平和と積極的平和主義」との違い
 安倍政権の「積極的平和主義」は、他国を軍事力によって制圧することで日本(やアメリカ)の平和を確保しようという発想であり、それはわたしたちの願う平和や幸せではありません。ましてや、「経済成長」のために軍備を増強して、戦争を始めることなど、目的も誤っていれば手段も誤っています。
 戦争のない状態、すなわち、戦争の被害者にも加害者にもならずに生きていくことこそがわたしたちの願いであり、日本国憲法は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」と宣言しています。その意味をあらためて確認することが大切ではないでしょうか。

違憲判決――公務員災害遺族補償給付の男女格差訴訟

弁護士 下 川 和 男

1 はじめに
 平成25年11月25日午後1時15分、大阪地裁809号法廷において、公務災害遺族補償給付の男女格差訴訟で、憲法 条1項違反を理由とする取消判決があったので、簡単に報告する。

2 何が問題となっているか
 地公災法32条1項本文は、遺族補償年金の受給権者として「配偶者」と定めている。しかし同項ただし書において、受給権者が妻である場合(夫が死亡した場合)には特段の制限はないが、夫が受給権者となった場合(妻が死亡した場合)には、年齢制限を設けている(ただし書では60歳以上、附則において当分の間55歳以上としている)。
明らかな、男女の差別的取扱を行っている。
 同様の差別的取扱は、労災の遺族補償年金のほか、通常の社会保障年金の制度にも存在している。

3 事実経過
 原告の妻は、大阪府下の中学校の社会科教員として勤務していたが、平成10年10月18日、自殺をした。その当時、原告は51歳であった。
 原告は苦労の末に、妻の死亡が公務上の災害であることが認められた。
そして、原告は、地方公務員災害補償基金大阪府支部長に対して、遺族補償年金などの支給請求を行った。同支部長は、当然のように不支給決定をした。支部審査会も同様であった。原告は、地方公務員災害補償基金に再審査請求を行う一方、審査会の結論をまたずに、大阪地裁に遺族補償年金の受給について、夫のみに年齢制限があるのは性別による差別を禁止した日本国憲法第 条1項に違反して無効であり、不支給決定は取り消されるべきだとして、平成23年10月29日、本件訴訟を提起した。

4 判決内容
 ① 地方公務員の災害補償制度は、一種の損害賠償制度であり、純然たる社会保障制度とは一線を画するものである。そのような性質を有する遺族補償年金制度につき具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府の合理的な裁量に委ねられており、本件差別的取扱が、立法府に与えられた裁量権を考慮しても、そのような差別的取扱をすることに合理的根拠が認められない場合には、当該差別的取扱は、合理的な理由のない差別として憲法14条1項に違反する。
 と判示する。その上で、
 ② 地公災法の立法当時、遺族補償年金の受給権者の範囲を画するに当たって採用された本件区別は、女性が男性と同様に就業することが相当困難であるため一般的な家庭モデルが専業主婦世帯であった立法当時には、一定の合理性を有していたといえるものの、女性の社会進出が進み、男性と比べれば依然不利な状況にあるとはいうものの、相応の就業の機会を得ることができるようになった結果、専業主婦世帯の数と共働き世帯の数が逆転し、共働き世帯が一般的な家庭モデルとなっている今日においては、配偶者の性別において受給権の有無を分けるような差別的取扱はもはや立法目的との間に合理的関連性を有しないというべきであり、原告のその余の主張について判断するまでもなく、遺族補償年金の第一順位の受給権者である配偶者のうち、夫についてのみ60歳以上(当分の間55歳以上)との本件年齢要件を定める地公災法32条1項1号ただし書及び同法附則7条の2第2項の規定は、憲法14条1項に違反する不合理な差別的取扱いとして違憲・無効であるといわざるを得ない。そうすると、地公災法32条1項ただし書1号及び同法附則7条の2第2項を根拠としてなされた、原告に対する遺族補償年金の不支給処分は、違法な処分であるから取り消すべきであり、原告が遺族補償年金の受給権者に該当しないとしてなされた、原告に対する遺族特別支給金、遺族特別援護金及び遺族特別給付金の各不支給処分も、いずれも違法なものとして取消しを免れない。
 として遺族補償年金不支給決定を取り消した。

4 控訴審へ
 判決は、地公災法制定後の社会情勢の変化について、国民の意識、専業主婦世帯から共働き世帯へと変化していることなど提出された証拠から詳細かつ具体的に認定を行っており、現時点においては、夫のみに年齢制限を設ける現行規定には、合理的な理由はないとして憲法14条1項に違反するとして無効であることを高らかに宣言した。大きく評価したい。
 国側は控訴した。次は、大阪高裁である。
なお、弁護団は、当職の外、松丸正弁護士、成見暁子弁護士。そして大阪市立大学木下秀雄教授、早稲田大学西原博史教授にご協力頂いた。

泉南アスベスト国賠2陣訴訟大阪高裁判決――三度国の責任を断罪

弁護士 鎌 田 幸 夫

1  勝訴判決の言い渡し
 平成25年12月25日、大阪高裁13民事部(山下郁夫裁判長)は、泉南アスベスト国賠2陣訴訟(一審原告58人、被害者33人)控訴審で、国に対して総額3億4474万円の支払いを命じる一審原告勝訴の判決を言い渡した。
 大法廷で裁判長の判決主文、そして骨子の読み上げを聞きながら、国の責任が長期かつ幅広く認められていることがわかるにつれ、被害者ら(裁判中になくなった人も含めて)の声が裁判官の心に届いたという思いと、1陣訴訟提訴後7年半の長い闘い、特に、2年半前の1陣訴訟高裁での衝撃的な逆転敗訴とそれからの苦しい闘いが脳裏をよぎり、感極まって落涙してしまった。
 ここでは、判決の位置づけ、概要と意義、判決内容で特に注目すべき点、現在の運動について簡単に報告したい。

2 2陣訴訟高裁判決の位置づけ
 泉南国賠訴訟は、1陣訴訟(被害者26名)が平成22年5月、大阪地裁(小西義博裁判長)で国の責任を初めて認める画期的判決が言い渡されたが、同22年8月、大阪高裁(三浦潤裁判長)で逆転敗訴判決が言い渡された(最高裁に係属中)。 同24年3月、2陣訴訟で大阪地裁(小野憲一裁判長)で再び国の責任を認める判決が言い渡された。そして、2陣訴訟高裁判決(「本判決」という)は、1陣訴訟提訴後7年半にわたる当事者の死力を尽くした主張・立証と、1陣地裁・同高裁・2陣地裁の3度の判決を踏まえて、最後の事実審として言い渡されたものであり、その判断は極めて重いものである。

3 2陣訴訟高裁判決の概要と意義

(1) 概要
 本判決は、①国は、昭和33年5月には局所排気装置の設置を義務付けるべきであった、②昭和49年9月までには日本産業衛生学会の勧告値(1立法センチメートル当たり2本)を抑制濃度とする特化則に基づく告示の改正を行うべきであった、③昭和47年9月には特化則を改正して防じんマスクを使用させることを義務づけるべきであった、④昭和 年の時点で防じんマスクの使用徹底を図る補助手段として使用者に特別安全教育の実施を義務づけるべきであったとして、国の規制権限不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法であるとし、国の責任を認めた。

(2) 意義

 第1に、泉南アスベスト被害について、1陣、2陣訴訟の各大阪地裁判決に続いて、三度、国の規制権限不行使の責任を明確に認めたことである。また、高等裁判所として、初めてアスベスト被害について国の責任を認めたことである。
 第2に、国が依拠した1陣高裁判決を厳しく批判し、否定したことである。1陣高裁判決は、生命健康よりも産業、工業発展を優先させ、広範な行政裁量を認めて国の責任を免責した。長年にわたる公害、労災闘争なかで築きあげてきた成果や司法判断の流れに逆行する不当判決であった。国は、2陣控訴審で1陣高裁判決を最大の拠り所として主張を展開したが、本判決は国の主張をことごとく排斥しており、1陣高裁判決を明確に否定したものといえる。当然、本判決は、係属中の1陣最高裁の行方にも大きな影響を及ぼすものであり、泉南アスベスト被害について国の責任を認める司法判断の大きな流れは固まったものといってよい。
 第3に、長期間かつ全般的にわたる国の規制権限の不行使の違法と、国の重大な責任を認めたことである。国の責任期間を昭和33年から平成7年まで長期間にわたって認め、また、国の規制権限不行使の違法事由を粉じん発生抑制措置(局所排気装置設置)義務付け、濃度規制の強化、ばく露防止措置(防じんマスクの使用)義務付け、安全教育実施など基本的な粉じん対策全般にわたって認めた。本判決は、2陣地裁判決が、国の責任期間を昭和35年から同46年までに限定し、違法事由を局所排気装置設置義務付け違反しか認めなかったことと比べて、責任の期間、違法事由とも大きく拡大させた。国の不作為の違法が、これまでの判決のなかで最も厳しく指弾された。ことに、1970年代から1980年代にかけてわが国にアスベストが大量に輸入され、広く使用されていた頃の違法性が認められたのは、全国6地裁で係属中の建設アスベスト訴訟にも影響を及ぼし、励ますものである。
 第4に、国の重大な責任を認めたことである。 国の責任について、使用者の安全配慮義務とは別個独立であり、被害者に対する直接の責任であると指摘し、国の責任期間、規制権限不行使の内容、義務違反の程度など重大であるとして、責任範囲を全損害の2分の1を限度とし、 基準慰謝料額も、筑豊じん肺訴訟の基準から各疾病において100万円増額し、しかも、慰謝料の減額事由を一切認めなかった。本判決は、2陣訴訟地裁判決が、責任の範囲を3分の1とし、労災受給や喫煙などを減額事由としたことに比べて、国の責任をより重大なものと認めたものである。
 第5に、石綿原料を搬入していた運送業者の従業員も損害賠償の保護範囲に含まれるとしたことである。
本判決によって、石綿工場の労働者だけでなく、石綿工場に滞在して石綿粉じんばく露して健康被害を被った者も保護の対象となり、国賠法上の救済対象が広がった。

4 本判決の注目すべき内容

(1) 国の規制権限行使のあり方とその具体的な適用
 本判決は、石綿による健康被害の防止のための国の規制権限行使のあり方と不行使の違法性判断基準について、筑豊じん肺最高裁判決(平成16 ・4・27)に沿って「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものにすべく、適時にかつ適切に行使すべき」とした。そして、 規制権限行使の時期や態様等については労働大臣の高度に専門的な裁量であるとしたクロロキン最高裁判決(平成7・6・23)は、医薬品の有用性と副作用の比較衡量が必要な事案であり、本件の石綿粉じんから健康被害を防止するための労働安全行政の場面には妥当しないことを明確に指摘した。1陣高裁判決は、クロロキン事件最高裁判決と同様の判断基準によって広い行政裁量を認めて国を免責したが、その誤りは明白である。
 また、本判決の特徴は、具体的な規制権限の行使すべき時期を、①局所排気装置設置義務づけについて医学的知見、技術的基盤が確立した昭和33年であるとし(じん肺法の成立時期とする2陣地裁判決や筑豊じん肺最高裁判決の認定時期より2年早い)、また、②肺がん中皮腫は発症の危険性が明らかになった昭和47年以降は、さらなる厳格な規制が必要であるとして石綿粉じんの濃度規制の強化について、学会の新たな勧告がなされてから6ヶ月後の昭和49年9月までには改正を行うべきであったとしている。技術の進歩や医学的知見に適合するよう、国の「適時かつ適切な規制権限の行使」を厳しく求めたものといえる。石綿のみならず、今後も新たな有害物質によって健康被害が生じる危険があることを考えると、国の過去の怠慢を厳しく指摘するとともに、今後の労働安全行政のあり方の見直しを迫るものである。

(2) 規制権限を行使する際に石綿の社会的有用性を考慮してはならないこと
 本判決は、「石綿製品が当時いかに有用であり、必要な製品であったとしても、そのために製造過程で発生する有害な石綿粉じんによる労働者の健康被害の発生を容認してよいとはいえないことは明らかである」「石綿製品の社会的有用性を考慮して規制の要否や程度、時期等を決定するなどということは、旧労基法や安衛法の委任の趣旨に背く」と明確に判示した。1陣高裁判決は、厳格な規制は工業技術や産業社会の発展を阻害するとして、工業製品の社会的必要性及び工業的有用性も考慮して、規制するかどうかを決定すべきであると判断し、生命健康を軽視し、産業を優先するものであると世論の強い批判を浴びたが、本判決も、1陣高裁判決を厳しく批判するものである。

(3) 公害、労災防止の技術の考え方
 本判決は、規制権限を行使する(対策を義務づける)前提としての工学的知見について「技術的基盤が形成されるということと、それが十分な性能をもって利用されていることとは別の事柄」であるとし、局所排気装置設置のように利潤に結びつかずコスト負担を伴う場合「法規制によって義務付けられない限り、当該設備が広く普及することはなく、むしろ規制に基づいて設置が進むことによって市場が形成され、その過程で具体的な市場の要求に応える形で技術が一層発展していく」とした。この判示は、健康被害が発生している以上、たとえ不完全でもその時代にある技術で規制し、被害の発生を食い止めること、そして、規制することによって技術が普及し、進展していくという公害、労災防止の技術の基本に則った判断である。1陣高裁判決は、効果的な局所排気装置が社会に相当普及していないと義務づけることはできないと判示したが、本判決は、規制の前提として「十分な性能を有する局所排気装置があまねく普及していることを要するのであれば、それこそ規制の必要性がなくなってしまう。むしろ規制によって普及させることこそが重要である」と、一蹴した。

(4) 規制措置の実効性も考慮すべきこと
 本判決は、国が、粉じん対策について既に規制措置を講じている場合は、違法性判断に当たっては、当該措置の実効性(十分な効果をあげたか)も考慮すべきであるとし、任意の行政指導では局所排気装置は普及せず、また、防じんマスク備付けの義務付けもマスクの息苦しさや作業への支障のため、着用が進まなかったとした。そして、肺がん中皮腫の危険性が明らかになった時期以降は、新たに防じんマスクを使用させることと、安全教育実施の義務付けを行わなかったことが違法となると判断した。被害の発生はマスクを着用しなかった労働者の自己責任であると切って捨てた1陣高裁判決と対照的である。
 本判決は、国が、抽象的な規制や一片の通達を出して事足れりとするのではなく、採った措置が労働現場で健康被害を防止する効果を上げているかどうかを絶えず検証して、効果があがっていなければ、新たな規制を行うべきであるとするものであって、労働安全行政のあり方の見直しを迫るものである。

(5) 国賠法上の保護対象を拡大したこと
 本判決は、石綿工場の労働者ではない石綿原料の運送業者の従業員が国賠法上の保護対象となるかについて、「人の生命、身体、健康というものは、行政活動において常に尊重されるべき」であるから、安易に取消訴訟における反射的利益論を持ち出すのは妥当でなく、当該法令(旧労基法等)の直接的な保護対象のみに拘泥することなく、その趣旨、目的に照らして、慎重に保護範囲を決するべきであるとし、「石綿工場の労働者のほか、職務上、石綿工場に一定期間滞在することが必要であることにより工場の粉じん被害を受ける可能性のある者も損害賠償における保護範囲に含まれる」とした。 この判示は、国賠法上の保護対象の範囲を拡大するものであり、1陣訴訟の労働者の家族や近隣農作業者、建設アスベスト訴訟における一人親方の保護対象にも影響を及ぼすものである。

5 上告断念を求める運動
 原告、弁護団、勝たせる会は、12月25日の判決当日から、東京の厚労省前でも大阪と同時並行で集会を開き、厚労大臣に面談を申し入れ、12月27日まで厚労省前、官邸前で全面解決の要請行動を続けた。そして、野党全会派の与党議員の厚労大臣への申し入れ、早期解決アピールに賛同の国会議員が117名に上り、地元市長、議長のメッセージ、マスコミの社説なども全面解決を求めた。原告団は年が明けても上京して要請行動を行ったが、国は、上告期限前日の1月7日、「1陣高裁判決との開きがありすぎる」という理由で上告した。これは、政治の役割を完全に放棄するもので、極めて不当なものである。原告団は、国の不当な上告に抗議をしつつ、自らも上告した。闘いの舞台は1陣・2陣とも最高裁に移ったが、今後も国には速やかな全面解決を求めていく。引き続きのご支援をお願いしたい。

株式会社シマノ 労災事故被害の契約社員雇い止めに対し提訴しました

弁護士 南 部 秀一郎

 株式会社シマノは、堺市に本社工場を置くアウトドアスポーツ用品メーカーです。自転車部品、釣具等の製造を行っており、特に、高級自動車部品の製造については、世界トップメーカーです。堺市、下関市だけでなく、ヨーロッパ、アジア各国に工場を持っています。
 Tさんは、株式会社シマノの本社工場で、主力の高級自動車部品を製造するプレス機の操作を主に担当してきました。当初は派遣社員として、平成21年1月からは、期間1年の契約社員として、契約更新を繰り返しながら働いていました。シマノ本社工場は、正社員、契約社員、派遣社員が同じ職場で混在して作業を行っています。契約社員であっても、長期間勤続を前提とした有給休暇制度などをもっていて、Tさんは契約が毎年更新されていく期待を持っていました。
 そんなTさんに不幸が訪れたのは平成23年3月1日です。故障中のスライドコンベアから、部品を取り出すよう上司の指示を受けたTさんが作業を行っていると、その右手に材料缶のふたが落下。Tさんは、右手の中指・人差し指を骨折する重傷を負いました。しかし、株式会社シマノは、骨折の痛みで安静が必要なTさんに、治療を行う病院にまで社員が押しかけ、事故翌日から出社することを強要しようとしました。シマノは労災事故が多いことから、実際の事故よりも軽い「不休労災」として偽装をするためのようです。Tさんは、労災事故の補償と、労災事故後に出社を強要するような会社の体質改善を求めて、平成24年5月17日に、損害賠償請求訴訟を提起しました。
 Tさんは、優秀な社員で、労災事故以前は会社のボーナスの査定で最高のS評価を獲得したこともありました。また、労災があった平成23年度も、事故で右手が使えない状況でも、5段階の真ん中であるB評価を得ていました。しかし、提訴後の平成24年度になり、怪我の回復とともに、仕事の能率が回復した状況で、5段階の下から2番目のC評価に不当に評価を下げられました。そして、平成24年10月下旬に、成績が低いことを理由に、平成25年度の契約を更新しないことを通告されます。Tさんは、全国一般労働組合に加盟し、株式会社シマノと団体交渉を行いましたが、雇い止めは撤回されませんでした。その間、会社は損害賠償請求の訴訟で、大きく事実関係の主張内容を変え、訴訟は長期化しました。そして、平成25年12月27日、Tさんは雇い止めの不当を訴え、地位確認と賃金の支払いを求める訴訟を、大阪地裁堺支部に提起しました。
 Tさんの雇い止めは、Tさんの勤務成績につき、会社が労災があっても評価していたこと、労災事件の提訴後評価を下げられたことから、労災事件提訴の報復的なものです。Tさんは、不当な雇い止めから職場に戻れるよう裁判を闘っていきます。どうぞ、ご支援をお願いいたします。
 なお、本事件の弁護団は、労災事件提訴から担当している山﨑国満、南部秀一郎と、新たに加わった井上耕史です。

「ブラック企業対策! 労働判例ゼミ」に参加して

第67期司法修習生 安 原 邦 博

 2013年12月11日(水)、「ブラック企業対策! 労働判例ゼミ」に参加させて頂いた。参加の理由は、本ゼミの目的の一つに、労働判例の研究・分析を通じた個々(特に若手)のスキルアップがあるようで、未だ司法修習(弁護士等になるための1年間の研修)に入って2週間しか経っていない未熟者でも、労働弁護士を目指している私としては、この絶好の機会を逃すわけにはいかなかったからである。
 さて、第1回目の今回は、「固定残業代制度」がテーマであった。
 ブラック企業の厄介なところは、意図的に、違法すれすれもしくは脱法的、又は、油断していると適法に見えなくもない違法な手口を駆使することにある。それ故、ブラック企業対策には、これまでの労働判例の到達点(違法・適法の分水嶺)を解明することが有用である。そのために今回は、「固定残業代制度」に関わる過去の裁判例(違法と判断したもの、適法と判断したものの判例群)を研究・分析し、同制度に関わる判例の到達点を解明することが試みられた。
まず、中西基弁護士から、「固定残業代制度」に関わる法的論点が紹介された。そして、原野早知子弁護士から高知県観光事件(最判平6・6・13)について、南部秀一郎弁護士から「労働関係訴訟の実務」第7講「固定残業代と割増賃金請求」についての報告がなされた。同講は、その執筆者が考える、「固定残業代制度」に関わる判例の到達点を紹介しているところ、この本は、どうやら労働事件を扱う裁判官のバイブルらしい。したがって、これをちゃんと理解することが、ブラック企業と闘うときの裁判対策等に極めて有用なのであろう。
 各報告の後には、参加者全員での質疑応答があった(ところで、参加者は20名を超えていたとのことであり、その構成は、労働組合関係者、学者、実務法律家など多種多様で、ゼミが始まってからも続々と人が増えていく盛況ぶりであった。)。ゼミの会場には豊富な配布資料があり、弁護士からの報告もわかり易かったのであるが、やはり未熟者である私としては、基礎的な疑問にも快く回答いただけることが大変助かった。また、労働組合関係者が話して下さる具体的事例も、現在進行形のブラック企業の内実を知るのに有益で、大変勉強になった。
 本ゼミは、第2回目を1月21日、第3回目を2月26日(ともに18時30分開始@民法協)に予定している。このような貴重な学習機会は他にないので、次は、他の司法修習生も誘って一緒にお邪魔させて頂きたい。

民法協・労働法研究会――「ジョブ型正社員」「限定正社員」の導入で解雇法理は変わるのか?

弁護士 野 条 健 人

 限定正社員制度の導入目的は、間違いなく解雇規制法理の緩和にある。
 第二次安倍内閣が限定正社員制度を推奨する理由は、「多様な働き方の実現」というものらしい。しかしながら、これは本制度を容易に導入するための建前にすぎない。仮に、「多様な働き方の実現」を実現するのであれば、正社員を二分化し、序列化を招く限定正社員制度を導入しなくとも、現在の正社員制度の充実をもって達成されるからである。
むしろ、「限定正社員」制度を導入する意図は、菅野先生の報告にあったように、「ワークライフバランス」という旗印のもと、無限定正社員とは異なる解雇法理が適用される正社員を導入する点にある。
 このように、解雇規制法理の緩和を主眼とする「限定正社員制度」によって、解雇規制法理の枠組みが変容するのか。本問題をいかなる視点で考察すべきかに関して、米津先生から話をいただいた。
 米津先生は、「仮に」限定正社員制度が導入されたとしても、①解雇規制法理自体が「緩和」されることはないが、②解雇の相当性判断の考慮要素として、労働契約の内容、就労実態には反映されるということを、スカンジナビア航空事件やワキタ事件等、具体的事案に即して指摘され、非常に実務に直結する話を伺えた。
もっとも、先生は、現政府が「限定正社員=解雇しやすいもの」というイメージが形成されることに警鐘を鳴らしていた。「限定正社員」の定義が明確に定められないまま、このようなイメージが先行すれば、裁判所も従来の規範とは異なる裁判規範を定立する恐れがある。そのようなイメージが形成されないように、絶え間なく集会やデモを通じて運動を展開することが重要であると感じた。
 労働組合の方の報告によれば、労働現場では、「仮に」ではなく「既に」限定正社員制度が導入されており、労働条件や社会保障における正社員との差別化が現実に生じている。
 現政府の「限定正社員制度」の導入は、通過点にすぎない。限定正社員制度の導入により、これを突破口として、正社員制度の二分化を図り、最終的には、正社員全体の解雇規制緩和にあると強く考えるに至った。
労働者と労働弁護士がともに必死に取り組んだ結果、形成された解雇規制法理を崩されないためにも、改めて市民、労働組合の方々と連帯して闘っていく一躍を担えるように、日々邁進していきたい。

 

河上肇の時代変革の熱い思いを今に

弁護士 橋 本   敦

1 河上肇の時代変革への熱い思いを今に
 私は、毎年、京都の秋深まる一日、銀閣寺から南禅寺に至る「哲学の道」を歩いて、その途中にある法然院を訪ね、私が敬愛してやまない河上肇と妻たみさんのお墓に詣る。
 そして、新年を迎えて、私は、河上肇がその「自叙伝」に書きとめている次の言葉を思い出して胸が熱くなる。
 「眼の前にはいかなる黒雲が渦を巻いていようとも、全人類の上によりよき世界が一年、早足で近づきつつあることには、寸毫の疑いもない。私は牢獄のうちに繋がれていながらも、この偉大なる新社会の近づいてくる足音を刻々と聞くことができる。・・・・・
 私はもう六十に近い老人だが、しかし、もし幸いにも天が私に、私の祖母や父や母やの長寿を恵んでくれるならば、私は、私の最も愛するこの日本に、私の愛する娘たちや孫たちの住んでいるこの日本の社会に、私が涙をこぼして喜ぶであろうような変化が到来する日を、生きた眼で見ることができるであろう。」
 新しい社会へのなんという熱い思いであろうか。「貧乏物語」を書いて時代変革の展望と勇気を我々に教え、自ら権力の弾圧の苦難に耐えたさすが河上肇ならではの熱い思いがここには溢れている。
 そして、1月30日、その河上肇が此の世を去った日が今年も来る。
 我々も、河上肇に続いて新しい日本への変革の思いを今年も熱くしよう。

2 今に生かしたい幸徳秋水の平和への熱い思い
 そしてもう一人、毎年1月になれば、私は幸徳秋水への思いを熱くする。
 その幸徳秋水が大逆事件の無実の罪で死刑に処せられたのは、1911年(明治 年)1月の24日であった。
 その幸徳秋水は、日本が日露戦争へと向かう厳しい情勢に立ち向かって、1901年(明治34年)5月18日に、片山潜・安部磯雄らとともに熱烈な「軍備全廃綱領」をかかげて社会民主党を結成した。その綱領は、戦争反対と軍備廃止という平和への熱い信条を次のように宣言した。
 「戦争は素より、これ野蛮の遺風にして、明らかに文明主義と反対す。もし軍備を拡張して一朝外国と衝突するあらんか、その結果や実に恐るべきものあり。(中略)もし不幸にして敗戦の国とならんか、その惨状はもとより多言を要するまでもなし。兵は凶器なりとは古人も已にこれを言えり。今日のごとく万国その利害の関係を密にせるに当り、一朝剣戟を交え弾丸を飛ばすことあらば、その害の大なるは得て計るべからず。ここにおいて我党は軍備を縮小して漸次全滅に至らんことを期するなり。」
 今から百年も前、富国強兵・軍備拡張を急ぐ天皇専制の時代に、この流れに抗して、これはなんと勇気のある反戦平和の訴えであろうか。
 ところが、明治政府は、この戦争廃絶の平和綱領に激怒し、治安警察法により社会民主党を、結成したその日に解散させた。
 まさに、この軍備全廃宣言発表の日が、社会民主党の最後の日であった。斯くして「恒久平和」を宣言した社会民主党は、ただ一日の存在をも許されなかったのであった。
 しかし、幸徳秋水らは、これに屈せず、「平民新聞」を発行して、戦争反対・平和のたたかいを進めた。幸徳秋水はその「平民新聞」で、次のように断固として戦争反対を訴えている。
 「不忠と呼びたければ呼べ。国賊と呼びたければ呼べ。もし戦争を謳歌せず、軍人にペコペコしないことを不忠というのであれば、われわれはよろこんで不忠となろう。もし戦争の悲惨、愚劣、損失を直言するものを国賊というのであれば、われわれはよろこんで国賊となろう。」
 なんという熱い信念であろうか。
 今、まさに厳しい激動の時代に新年を迎えるにあたり、世紀を越えて、この幸徳秋水らの平和への熱い思いをわが胸によみがえらせよう。
 そして、今迎えた新しい年も、平和という世界的正義の実現のために力一杯頑張ると決意を新たにしよう。