民主法律時報

2013年11月号

「仕事が見つからなければ、餓死しかないの?」 岸和田生活保護訴訟完全勝利!

弁護士 下迫田 浩 司

1 仕事が見つからない。所持金数百円。それなのに……
 朝ごはんは、10円でたくさん買えるパンの耳だけ。昼と夜は100円ショップの小麦粉とキャベツだけのお好み焼き。風呂に入れず水のシャワー。風邪をひいても、病院代も薬代もない。派遣切りに遭ってから、3日に1回はハローワークに通って仕事を探したし、求人広告にも応募したけれども、中学卒で自動車運転免許もないので、就職が決まらない。ついに所持金が数百円になってしまった。……このような状況にもかかわらず、岸和田市は、「もっと頑張れば、仕事が見つかるはずだ。だから生活保護は受けさせない。」と、生活保護申請を却下しました。
 まさに「仕事が見つからなければ、餓死するしかない。」と言われたようなものです。この岸和田市の却下処分に対して、いくらなんでもこれはおかしいとして、2009年11月10日に大阪地方裁判所に訴えを提起したのが、岸和田生活保護訴訟です。「裁判嫌い」を公言していた大生連の大口耕吉朗事務局長(現会長)も、「これは裁判しかない!」と立ち上がりました。

2 大阪地裁で完全勝利判決!
 ほぼまる4年の審理の末、2013年10月31日、大阪地方裁判所第7民事部(裁判長裁判官田中健治、裁判官尾河吉久、裁判官木村朱子)は、生活保護却下処分を取り消し、慰謝料等の損害賠償68万3709円の支払を岸和田市に対して命じる判決をしました。
 判決は、生活保護法4条1項の稼働能力活用要件につき、①稼働能力があるか否か、②その具体的な稼働能力を前提として、その能力を活用する意思があるか否か、③実際に稼働能力を活用する就労の場を得ることができるか否か、によって判断するという従来の枠組みを踏襲しながらも、各要素を見ていく際、一般人を基準にするのではなく、申請者の年齢・健康状態・生活歴・学歴・職歴・資格・困窮の程度などを勘案して、申請者個人を基準に判断することを明言した点が画期的です。
 また、原告が最初に生活保護の窓口に行ったとき申請書を書かせてもらえずにカウンター越しに追い返されたことについて、判決は、「被告職員が原告夫婦の保護の開始申請の意思の有無を把握するために適切な聞き取り等を行っていれば、原告は保護の開始申請をすることができたはずであって、かかる被告職員の対応は原告の申請権を侵害するものであると認められ、職務上求められる義務を怠った国家賠償法上違法なものであり、この点につき少なくとも過失があると認められる」として、国家賠償請求を認めた点も素晴らしいです。

3 岸和田市が控訴せず、確定!
 判決以来、連日控訴しないように要請行動を行っていたところ、控訴期限ギリギリの11月14日、岸和田市は控訴しない旨を発表しました。
 野口聖岸和田市長は、「本市敗訴の判決があった生活保護却下処分取消等請求訴訟について、判決内容を精査し、厚生労働省等の関係機関と協議を行い、総合的に判断した結果、控訴を行わないこととしました。なお、今回の地裁判決を踏まえ、今後とも、生活保護制度の適正な事務執行に努めてまいります。」とコメントしました。
 細かい話ですが、岸和田市が「控訴断念」という言葉を一度も使わなかったことは良いことだと思います。しばしば「控訴断念」という言葉が使われますが、「断念」というと、「本当は控訴したかったのに諸事情によりやむなく断念した」というニュアンスがあるからです。これに対し、「控訴を行わない」というと、「判決内容が適正妥当だと判断したので控訴しない」というニュアンスもあり、より適切だと思います。
 いずれにせよ、岸和田市が控訴しなかったことにより、本判決は確定しました。この確定判決を今後の運動に生かしていきたいと思います。

(弁護団は、尾藤廣喜、半田みどり、普門大輔、谷真介、東奈央、下迫田浩司)

原発ゼロの会・大阪 発足2周年記念のつどい

弁護士 西 念 京 祐

 2013年10月20日、エルおおさか大ホールにて、原発ゼロの会大阪発足2周年記念のつどいが開催された。
各種世論調査では国民の大多数が脱原発の考えを持っていることが示され続けている。にもかかわらず、時の政権はこの明確な民意とは明らかに逆方向を向いた原発輸出推進に力を注いでいるし、それでも高い支持率を誇っているというねじれがある。こちらのねじれこそ、直ちに解消されなければならない。
つどいの前半を盛り上げたのは、各地区のゼロの会や職場単位等の草の根で脱原発に取り組むグループによる1分間スピーチ20連発だった。次々に登壇するグループが、工夫を凝らしたパフォーマンスを競い合い、脱原発の思いを声にして表現してきた取り組みを紹介し合った。周年行事において、同じ思いを持つ仲間の奮闘ぶりを実感できることは、次の1年の取り組みに向けた勇気を与える。
この20発の後、僕も9月17日に大阪地方裁判所に提訴した原発賠償関西訴訟の支援をお願いする訴えをした。全く工夫に欠けた訴えだったが、福島第一原子力発電所事故により関西に避難してきた被災者らの苦しみやその救済の必要性、加えて、国賠訴訟によって国の推し進めてきた原子力政策が国民を守るものであったかという点についての司法判断を求め、国の有責性が認められることを契機に、真に実効性を持つ様々な被災者支援政策を実現させることを目的としているとの説明に、参加者には熱心に耳を傾けて頂いた。
その後は、桂歌之助さんの洒脱でおもろい落語の後、大島賢一立命館大学国際関係学部教授による「原発のコスト問題と日本社会のあり方」と題する記念講演。原発のコストには〈発電コスト〉として発電に直接要するコストの他に使用済み燃料処分等のバックエンドコストがあること。更には、〈社会的コスト〉として立地対策費等の政策コストと損害賠償等の莫大な事故コストがあること。このうち発電に要するコストだけをもって原発は(電気料金が)安いと言われているが、これらのコストを理解すれば、「脱原発したほうが長期的にお得」であることは明らかと強調された。大変、わかりやすく論旨明快な講演だった。
主催運営には大変な苦労があったものと思われるが、大変意義のある集会を開催頂いたことに感謝したい。

大阪憲法会議・共同センター「2013年 秋の憲法学習講座」――渡辺治氏講演に280名の参加で開催

弁護士 原 野 早知子

 10月29日午後6時30分から、大阪府教育会館にて、大阪憲法会議・共同センター主催の「2013年 秋の憲法学習講座」が開催された。国家安全保障会議(NSC)設置法案・特定秘密保護法案が国会で審議入りし、緊迫する情勢の中、280名を超える参加者があった。

 メイン講演は渡辺治一橋大学名誉教授で、縦横無尽に安倍政権の改憲戦略を語った。内容は極めて興味深く、機会を捉えて直接聞くことを勧めたいが、あらましは次のようなものである。
 戦後改憲の波は日本国憲法成立直後から開始されたが(第一の波)、  年安保闘争で挫折した。自民党政権は明文改憲を一旦諦め「解釈」で「自衛隊合憲」を試みるが、訴訟を含む国会内外の運動で自衛隊は「解釈」上、数々の縛りをかけられた。最たるものが集団的自衛権行使禁止である。
 冷戦終了後の90年代から、米国は「共に血を流せ」と日本に要求し、多国籍企業の海外での権益保護の要求も強まり、改憲の「第二の波」が開始された。順次、立法がなされイラクに自衛隊が「派遣」されたが、従来の9条「解釈」の縛りにより「海外派兵(海外での武力行使)」は実現していない。解釈で米国と財界の要求に応える限界が明らかになり、再度改憲策動が開始された。しかし、9条の会が全国的に広がり、第1次安倍政権は改憲を阻まれた。
 現在(第2次安倍政権)の改憲策動では、解釈改憲(立法改憲含む)を先行させ、最終的に9条の明文改憲を行い、「戦争できる国づくり」を完成させようとしている。解釈改憲の動きとしては、内閣法制局長官を更迭し、60年代以来積み上げた「解釈」すらチャラにするほか、NSC法案・特定秘密保護法案・国家安全保障基本法案を立て続けに成立させようとしている。

 では、改憲を阻む運動をどう作るのか。
 渡辺氏は「9条改悪の一点で良心的な保守の人々とも共同を」と提唱している。野中広務・古賀誠・河野洋平ら自民党の領袖が、反戦への強い思いから赤旗で発信していることなどを重視し、戦略的共同の必要を説く。全く同感だが、具体的にいかに「良心的保守層」と繋がるかが私たちの運動の課題だろう。
 渡辺氏は「『安保のように闘おう』とはもう言えない」とも述べた。安保闘争時(社・共が国会の3分の1を超える議席を有し共闘)とは、国会の勢力図が異なるからだという。
 一方、渡辺氏は「第一の改憲の波」を解説しながら、「安保闘争がどのように改憲勢力を挫折させたか」を克明に説明した。私(1970年生)の世代以下は、「自分が動いて政治が変わる」経験に欠け、実感に乏しい。渡辺氏の講演は「現実に運動の力で権力の暴走・策動を食い止められる」ことを事実によって示すものだった。「安保のように闘う」ことはできなくとも、安保闘争の経験は重要な歴史的教訓である。
 特定秘密保護法案に対し、急速に反対世論が高まっている。「自分が動けば流れを変える何かの力になる」という小さな確信から、出来ることを始めたい。

第1回労働相談懇談会「試用期間中の労働者の権利と使用者からの損害賠償請求について」

弁護士 中 峯 将 文

 2013年11 月1日、第1回労働相談懇談会が開催されましたのでご報告いたします。
初めに、西川大史弁護士から今年の8月から10月までの労働情勢報告がありました。この間、アスベスト被害補償で港湾運送事業者の業界団体が設ける「港湾石綿被害者救済制度」が全国で初めて適用され和解金が支払われたり(8月13日)、日本海庄やで従業員が過労死した事案で同社に損害賠償を命じた判決が確定したり(9月24日)、大阪市が職員労働組合に市庁舎からの事務所退去を求めた問題を巡って市が労組との団体交渉を拒否したのは労組法が禁じる「不当労働行為」にあたると府労委が認定したり(9月26日)と、重要な出来事が多くありました。
次に、学習会が開催され、講師を松本七哉弁護士と中村里香弁護士が務めました。
松本七哉弁護士は、試用期間中の労働者の権利について具体例を交えながら説明し、参加者からもわかりやすかったという意見が多数ありました。
また、中村里香弁護士は、使用者からの損害賠償請求について説明しました。参加者の関心も高く、具体的な相談事例を報告いただきました。レジの現金差が生じたら従業員が差額を払わされたり、退職を申し出たら寮費を遡って支払えといわれたりと悪質な事例もありました。
最後の質疑応答の時間では、日々多くの労働相談を受けている労働相談員の方々から、多数の質問や意見がありました。印象深かったものとしては、契約内容に不満があっても契約を結ばないと仕事がないという相談があったときにどのようなアドバイスをしたらいいかという質問がありました。これに対しては他の相談員の方から、とりあえず契約締結はして、業務の内容や労働条件などを日々記録することをアドバイスしているとの回答がありました。他に、ブラック企業がはびこると自己防衛するための知識が必要になってくるという意見や、労働組合の意義を知ってもらうための学習講座を開催しなければならない時期にあるという意見がありました。
2時間という短い時間でしたが、時々の労働情勢や相談事例の共有により労働者の権利擁護に少しでもつながればと思っております。
次回は、来年2月21日午後6時30分からの予定です。皆様ふるってご参加ください。

日本労働弁護団第57回全国総会

弁護士 増 田   尚

 2013年11月8日・9日、福井県芦原温泉にて、日本労働弁護団第57回総会が開催された。冒頭に、鵜飼良昭会長のあいさつ、来賓あいさつに続き、水口洋介幹事長より、今年度の活動方針案が提起された。
方針案では、安倍政権のもとですすめられている派遣法、労働時間規制、解雇規制などの労働法制の規制緩和に対し、各地で、労働者や労働組合の運動を全面的に支援し、規制緩和の実現を阻止することが呼びかけられた。さらに、労働裁判改革として、各地の裁判例や労働審判の運用についての情報を収集して分析し、労働者の権利が保障される制度設計に向けた提言を行うことも確認された。このほか、勤労権・労働基本権など労働者の権利を身につけさせる「ワークルール教育推進法」の制定や、ブラック企業を根絶する取り組み、大阪維新の会など公務員への権利侵害などに対抗する運動などが提起された。

次に、根本到・大阪市立大学教授より、「雇用規制緩和と労働者の権利擁護」と題する講演が行われた。根本教授は、産業競争力会議や規制改革会議の掲げる「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型へ」、「多様な働き方の実現」などの提言について、企業の競争力強化の観点のみを強調し、労働者の要求をいっさい考慮しない不当なものと指摘された。いわゆる限定正社員については、菅野和夫教授が朝日新聞のインタビューで、限定されているからといって当然整理解雇が有効になるわけではないと述べていることを紹介され、解雇規制緩和に結びつけようとしている動きを批判された。また、国家戦略特区の中で、有期雇用の特例を設けようとしていることを改正労働契約法の無期転換権を奪うものであるとともに、契約期間を長期化すること自体にも退職制限との関わりで問題があると指摘された。
さらに、派遣法改悪の動きについては、実質的に「正社員ゼロ」を目指す政策であると批判された。常用代替防止の建前の放棄を迫る規制緩和論者に対しては、派遣は一時的・臨時的なものに限り例外的に許されるものであるとする原則をなし崩しにするものと厳しく批判され、EUやドイツで派遣の上限規制がないとの指摘に対しても、同時に、派遣が臨時的なものとされて脱法を厳しく規制していることを無視するご都合主義の国際比較であると反論された。一方、さらなる派遣法改正に向けて、均等待遇と団交応諾義務を含む派遣先の責任強化について言及された。

2日目には、各地から報告があり、民法協からも中西基事務局長が、大阪市の組合事務所・アンケート訴訟の進捗や、大阪地裁労働部の審理の状況等について発言した。
最後に、役員改選があり、水口幹事長、佐々木亮事務局長が退任し、高木太郎幹事長、菅俊治事務局長が新たに選任された。
労働規制緩和や、ブラック企業、ワーキングプアなど、労働者をめぐる権利闘争が正念場を迎えつつある中、労働者の権利擁護に徹底してとりくむ専門家集団として、いっそうの奮起が求められる情勢であることが確認された。民法協としても、おおいに労働規制緩和阻止の運動や労働裁判改革への取り組みを強化したい。

萬井隆令先生・西谷敏先生の古稀をお祝いする会

弁護士 中 西   基

 2013年11月9日、ANAクラウンプラザホテル大阪にて、萬井隆令先生と西谷敏先生の古稀をお祝いする会が盛大に開かれました。主催は両先生にゆかりの深い研究者の方々による「お祝いする会」で、民法協と大阪労働者弁護団が共催しました。当日は、全国各地から120名を超える研究者、弁護士、労働組合関係者が、両先生の古稀をお祝いするために集まりました。
まず、脇田滋教授(龍谷大学)が開会の挨拶をされ、つづいて、両先生に対して古稀記念論文集の献呈式が行われました。萬井先生には『労働者派遣と法』(日本評論社)を編者代表の和田肇教授(名古屋大学)が、西谷先生には『労働法と現代法の理論』(日本評論社)を編者代表の米津孝司教授(中央大学)がそれぞれ解題のスピーチとともに献呈されました。
その後、大江洋一弁護士(民法協)の乾杯で祝宴が始まり、浦功弁護士(大阪労働者弁護団)、中島正雄教授(京都府立大学)、豊川義明弁護士(民法協)、宮本亜紀弁護士(民法協)、宮里邦雄弁護士(日本労働弁護団)、奥田香子教授(近畿大学)からそれぞれ両先生にまつわるエピソードや思い出などをスピーチしていただきました。
つづいて、萬井先生に対して村田浩治弁護士(民法協)と濱畑芳和さん(立正大学)から、西谷先生に対して三浦直子弁護士(非正規全国会議)と丸山亜子准教授(宮崎大学)から、それぞれ花束が贈呈されました。
そして、両先生から、それぞれ御礼のご挨拶がありました。両先生ともにまだまだお元気でいらっしゃいますし、引き続き、労働者の権利のためにご活躍いただけるとの力強いお言葉をいただきました。
最後に、在間秀和弁護士(大阪労働者弁護団)の乾杯でお祝いする会は締めくくられましたが、その後も、両先生ともに2次会に遅くまでおつきあいいただきました。

『過労死は何を告発しているか』――森岡孝二先生 出版記念講演会

弁護士 上 出 恭 子

  2013年11月12日、大阪市中之島中央公会堂小会議室にて、NPO法人・働き方ASU―NETと大阪過労死問題連絡会との共催で、森岡孝二先生が本年8月に出版された『過労死は何を告発しているか――現代日本の企業と労働』(岩波現代文庫)の出版記念講演会が開かれ、52名が参加しました。
会の冒頭、落語家・桂福点さんが、森岡先生の印象を交えて自己紹介をされたあと、ブラック企業をもじった小咄等を何点かされて和やかなスタートで始まりました。
続いて、過労死が「急性死」と言われていた時代から一貫して過労死問題に関わってこられた松丸正弁護士、1988年4月全国に先駆けて大阪で始まった過労死110番の第1号事件である平岡事件の当事者の平岡チエ子さん、過労死防止法制定実行委員会の事務局長を務める岩城穣弁護士、若者の労働問題に取り組むNPO法人京都POSSE事務局長の岩橋誠さん、地域労組おおさか青年部書記長の北出茂さんからそれぞれお話を頂きました。
最後に、森岡先生から「過労死社会ニッポンを語る――諸悪の根源は何か」と題してご講演をいただきました。「『根源』は自明、フルタイム労働者、特に男性正社員の超長時間労働にある」ことを冒頭に明言された上で、「諸悪」を中心に話をされました。超長時間労働がもたらす10大害悪として、「①睡眠時間が削られる、②過労死・過労自殺が増える、③女性の社会参加が阻まれる、④低賃金が構造化する(残業依存、低時給パート、サービス残業)、⑤失業と貧困が広がる(過労死予備軍と産業予備軍の併存)、⑥少子化が進む、⑦家族と地域が壊れる、⑧ブラック企業が蔓延する、⑨経済が衰退する、⑩社会変革が困難になる。」との指摘の後、その概要について言及されました。特に最後の⑩の点について、マルクスの指摘に基づく問題提起は、特に印象深いものでした。
閉会挨拶では、全国過労死を考える家族の会代表寺西笑子さんが、過労死問題を次世代に残したくないという遺族の強い思いが「過労死防止基本法」制定の実現に向けられていることを述べられ、過労死問題の抜本的な解決に向けての大きな取組の報告をされました。
参加者の誰もが、「過労死」が死語となる日を目指してそれぞれの分野で活動を進めることを再確認する、「大切な節目の会」であったことを参加者の一人として願っております。

西谷敏著 『労働法 [第2版] 』をどう読み、どう活用するか

弁護士 鎌 田 幸 夫

1 今、何故「第2版か」
 西谷敏先生の労働法「第2版」(日本評論社)が出版された。「第2版」の意図は、「第2版はしがき」と「エピローグ 労働法はどこへ」で次のように端的に述べられている。
 2008年の初版発行後、労基法、労働者派遣法、労働契約法、高齢者雇用安定法など重要な法律改正が相次ぎ、労働者性や非正規を巡る重要な判例が次々と出された。また、2012年末に成立した第二次安倍内閣は、労働法制の全面的な規制緩和の動きを強めている。このような激動の時期に、労働法を「静態的」に描く体系書の執筆に「ある種のむなしさを覚えた」が、「労働法の存在そのものが根本的に問われている時期だからこそ労働法の原点を確認することが必要である」というものである。「第2版」が、今、出版された理由がまさにここにある。「第2版」は、「静態的」な労働法学の体系書であるとともに、この激動の時代に、労働運動、裁判闘争、立法闘争に立ち向かう労働者や実務家のために書かれた「動態的」な理論書・実務書でもある。前者の観点からの評釈は私の力量を超えるので、ここでは後者の観点から述べてみたい。

2 「第2版」の特徴
 「第2版」の特徴としては、初版以降の重要な法改正と判例と学説の進展を踏まえて、深く掘り下げられた新たな解釈論と法政策論が展開されていることである。
 解釈論としては、①最近の若者や高齢者等の雇用情勢を踏まえた「雇用保障法」、②最近の最高裁判例、中労委命令、学説の進展を踏まえた労組法上の労働者、使用者概念、③非正規労働について、労働契約法などの法改正や最近の判例を踏まえた有期雇用、パート労働、派遣労働、④整理解雇の法理、⑤改正高年法と継続雇用拒否などである。
 政策論としては、①労働者派遣法の再改正、②日本版ホワイトカラー・イグゼンプションの導入、③限定社員の制度化、④解雇の規制緩和による労働移動の促進、⑤有料職業紹介の規制緩和などが展開されている。
 いずれも、労働組合、実務家が、裁判闘争・立法闘争・労働運動において、今、苦闘している課題ばかりであり、本書は必読であると思う。そこで、私なりに、それぞれの場面で「第2版」をどう活用するかを考えてみた。

3 「第2版」をどう活用するか
(1) 裁判闘争における解釈論
 裁判の勝敗を決するのは大半の場合、「事実と証拠」である。「事実と証拠」にもとづき、より説得力ある事実の認定とルール(規範)へのあてはめを裁判官に提示できるかが勝負である。労働事件も例外ではない。ところが、労働法は、あてはめるべきルールが必ずしも自明ではない。例えば、「労働者」「使用者」、争議行為や組合活動やその「正当性」など基本的概念やルールそのものが不明確であり、「解釈論」によって解明・補充・修正する必要がある。それゆえ、より説得力ある解釈論を提示できるかによって裁判の結論が左右される事件も少なくない。例えば、労組法上の「労働者」に該当するかについて、事実と証拠が全く同じあるにもかかわらず、東京高裁は否定し、最高裁は肯定したことなどがわかりやすい例である。ここに、労働法学の解釈論の実践的な重要性がある。
 ところで、著名な民法学者である大村篤志教授は、今日の解釈論における判例の役割の重要性を指摘し、「判例は前衛で、学説は後衛」が基本的役割分担であり、学説は「判例の成果を整序し体系に取り込む作業に重点を置くようになっている」とする(基本民法Ⅰ「有斐閣」)。確かに、学説のそのような役割は大切であろうし、判例のルールを適用してその事件の妥当な結論が導ける場合はそれでよいだろう。しかし、先に挙げた争議行為や組合活動の正当性に関する判例(最高裁判決)のルールは極めて制限的であり、そのまま適用すれば争議行為や組合活動の自由を極めて制約してしまう。また、労組法上の使用者概念に関する朝日放送事件最高裁判決のルールを派遣型だけでなく親子会社類型にまで拡大し、使用者概念を狭く解釈する最近の判例・命令の傾向も妥当でない。
 このように、現代社会では、従来の判例の傾向を当てはめると不当な結論となるケースや、派遣法や高年法など新しい立法下で闘われるケースも増えている。そのような事件をかかえて日々悪戦苦闘しているのが民法協弁護士の現状である。そのような事件で少しでも前進するためには、従来の判例の整序にとどまるのではなく、憲法、労働法と実態から判例を批判的に検討し、あるべき方向性を示す解釈論を展開する体系書が是非とも必要である。「第2版」は、まさにその役割を果たすものである。
 困難な事件にぶつかったときには、是非「第2版」を紐解いてもらいたい。西谷説と「対話」しながら、基本原理に遡って判例や学説を批判的に検討するときに、必ずや、その事案の即した、解釈論における突破口や有益な示唆が得られると思う。

 (2) 立法闘争における政策論
 安倍政権下では規制改革会議等の主導で、派遣法の再改正など労働法制の全面的規制緩和が進められようとしている。労働組合や労働弁護士は、その本質を見抜き、危険性を広く知らせていくことが求められている。その際に、各課題ごとに情報を知らせるのだけでは十分ではないと思う。労働法体系全体のなかに各課題を位置づけて、労働法の原理や存在そのものを危うくする本質論や危険性を訴えることが大切だと思う。「第2版」では、体系書に取り込まれた各課題の解釈論の後にじつにホットな「政策論」が展開されている。類書にはない試みであり、立法闘争に関わる者にも必読であろう。

(3) 労働運動における運動論
 労働運動に携わる人は「集団的労働法」の部分(約140頁の分量)だけでも通読されると、日々の団交や労働組合活動の理論的な確信を得ることができると思う。また、政策論やエピローグなども是非お読みいただきたい。
 ところで、本書は、規制緩和による労働法の危機とともに、わが国の労働組合の組織率、機能、存在意義の低下による労働組合の危機も指摘する。労働法は、労働者保護法と労働組合による集団的な交渉という二本の柱によって、労使の実質的な対等を実現しようとするものであるが、そのいずれもが危機に瀕しているのである。
 労働法の規制緩和の時代であるからこそ、もう一つの柱である労働組合の役割が相対的に重要となる。そして、職場で労働組合をどのように組織化し、拡大し、活性化するかは、労働組合の大きな課題である。この労働組合の組織化について、西谷説は、個々の労働者の自由の尊重の視点から「ユニオンショップ協定」(組合員でない者の解雇を使用者に義務付ける協定)を違法・無効とし、有効とする通説・判例と激しく対立している。西谷説は、「労働者は団結することによってのみ真の自由を獲得する」ものとしても、それは「強制」によってではなく「自発性と説得」によって実現されるべき、というのである。労働者の「自発性」と労働者による「説得」は、労働組合の組織化の場面だけでなく、労働組合活動や市民運動一般にも通じるものであろう。もっとも、それは、決して平坦で容易な途ではないように思える。労働組合の再生と活性化にとって、何が必要か、本書からは、様々な課題と問いかけがなされているといってよい。

4 終わりに
  本書は、読者によって、 様々な読み方、活用の仕方があるように思える。いずれにせよ、大切なことは、本書で展開されている解釈論や問いかけに触発を受けて、その根本にあるものを議論し、検証し、実践・応用していくことであろう。そのことが、これまでの学究生活の大成として「初版」「第2版」を執筆された先生の労苦に少しでも報いることになるのではなかろうか。

日本評論社
2013年10月20日発行
定価 4,935円
※民法協にて少しお安くお求めいただけます。