民主法律時報

2013年9月号

労働基本権を蹂躙し、労働委員会制度を形骸化する不当な命令に抗議する―大阪市・大阪運輸振興 不当労働行為事件

全日本建設交運一般労働組合運輸一般支部
執行委員長 松 澤 伸 樹

 大阪府労働委員会は2013年8月22日、大阪市及び大阪運輸振興の不当労働行為事件について「大阪市に対する申立ては却下する」「大阪運輸振興に対する申立ては棄却する」との命令をおこなった。府労委命令は、「はじめに却下、棄却ありき」の不当なものであり、憲法で保障された労働基本権を蹂躙し、労働者・労働組合の救済機関である労働委員会制度を形骸化するものであり、断じて容認できるものではない。  

 2011年6月、大阪運輸振興で建交労の分会が結成された。会社は、7月14日の団体交渉において組合掲示板を設置すると回答し、分会は、団体交渉での回答にもとづいて、同年7月30日、会社に掲示板設置の許可願いを提出し、会社の4営業所に設置してきた。分会は、組合掲示板を積極的に活用し、職場や支部での要求にもとづく旺盛な宣伝活動をおこないながら仲間との団結と共同をひろげ、信頼をかちとってきた。

 大阪運輸振興は2012年2月27日、突然、「交通局より平成24年4月1日以降、組合掲示板の設置についての使用許可を更新しない旨の通知があったので、本件掲示板について同年3月31日までに撤去されること」との通知をおこなってきた。支部と分会は、「組合掲示板撤去」が組合に対する支配介入であることから、直ちに大阪市と大阪運輸振興に対し、団体交渉の申入れを行うとともに「掲示板撤去」の通知の撤回を要求した。
 しかし、団体交渉申入れについて大阪市は、「本件につきましては、当局と大阪運輸振興との間における当局所有の使用に関する事項であるため、貴組合との団体交渉に応じる意思はございません」と言って拒否してきた。一方、大阪運輸振興は「オール大阪の中で組合への便宜供与はしないと交通局が決めたことなので会社としてどうすることもできない」と主張し、組合の要求を拒否してきたのである。

 そもそも大阪市及び大阪運輸振興の「組合掲示板撤去」の不当労働行為事件は、2011年12月に大阪市長に就任した橋下市長が、労働組合を嫌悪し、破壊・弱体化させるために行ってきた暴挙である。それは、当時の大阪市交通局長が2012年1月13日、橋下市長に対し「2011年末に問題となっていた労働組合への施設使用に関する便宜供与を廃止することとし、各営業所に通知した」旨の電子メールを送信し、橋下市長が「了解しました。局長のマネジメントに敬意を表します。引き続きよろしくお願いします」と返信していることからも明らかである。

 私たちは、「組合掲示板の使用許可の更新拒否」が橋下市長による組合嫌悪の意思にもとづくものであり、大阪市が実質的な支配力ないし、影響力を及ぼし得る地位にあることを明確にし、大阪市が労組法上での使用者の立場にあることを明らかにしてきた。また、大阪運輸振興が大阪市交通局に同調し、組合掲示板撤去を通知してきたことが労働組合に対する支配介入であることを明確にしてきた。
 これに対して、府労委命令は、橋下市長らの組合嫌悪の言動を意図的に欠落させる一方、組合が言うような「外延が幾らでも広がり得る開放的な概念によって同法にいう『使用者』を定義することは相当ではない」とするとともに、掲示板設置の継続が事実上できなくなったこと、大阪市が大阪運輸振興に対して一定の影響を及ぼし得る地位にあるとは言えると判断しながら、「会社に雇用される労働者の基本的な労働条件等について、会社と部分的にも同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったとは言えない」として、大阪市の使用者性を否定し、不当労働行為の救済申立を却下した。また、大阪運輸振興の不当労働行為についても、「組合掲示板の使用許可の更新拒否」にもとづく組合掲示板撤去の通知が、組合の弱体化や組合活動に対する介入を企図としたものとみることはできない」と判断し、申立を棄却した。

 労働者・労働組合に対する支配介入や団体交渉拒否などの不当労働行為について、大阪市及び大阪運輸振興のいずれもが責任を問われないことはあり得ないことであり、このような行為がまかりとおるならば、労働者・労働組合の権利が蔑ろにされることは火を見るより明らかである。
 よって、労働者・労働組合の権利を確保するため、大阪市及び大阪運輸振興の不当労働行為を明らかにするとともに、府労委命令の誤りを正し、不当労働行為救済を必ずかちとることを決意するものである。そのために全国の労働者・労働組合との共同と団結を強め、奮闘するものである。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟 全員勝訴

弁護士 豊 島 達 哉

1 全員勝訴
 2013年8月2日、大阪地方裁判所第2民事部(山田明裁判長。西田隆裕裁判長代読)は、ノーモアヒバクシャ近畿訴訟判決において、未認定原告8名全員の却下処分を取り消す判決をしました。

2 ノーモア・ヒバクシャ訴訟までの経緯
 2003年から全国の裁判所で被爆者が自己の疾病が原爆放射線に起因するものであると国に求める「原爆症認定集団訴訟」が行われ、合計29回の判決が下されましたが、いずれも国(厚生労働大臣)の認定行政の誤りを指摘する国側敗訴の判決でした。
 国はこの集団訴訟の結果を無視できなくなり、2008年には「新しい審査の方針」を策定しました。新しい審査の方針の内容は、一定の距離内(3.5キロメートル)で被爆した者や、原爆が投下された後、一定の時間内に爆心地近くに立ち入った者についてのガンなどの疾病は積極的に原爆症を認定するというもので、積極認定に該当しない場合であっても、申請者の状況を総合的に勘案して認定するという内容でした。
 この新しい方針は、①積極認定として列挙された疾病の種類が限られており、また②心筋梗塞や、甲状腺機能低下症、白内障、肝炎等については積極認定とするものの、「放射線起因性が認められるもの」という余計な条件が記載されているという問題がありました。
 しかし爆心地から2キロメートル程度離れて被爆しても、たいして放射線はあびていないとか、原爆投下直後、爆心地に立ち入ったとしてもほとんど放射線被曝はないとし、原告らの疾病をことごとく原爆放射線被曝に起因しないと主張していた国の態度からは明らかに前進した内容でありました。また、2009年8月6日には当時の麻生首相と被団協との間で、集団訴訟終結の合意(8・6合意)がなされ、集団訴訟は終結をしました。
 今後は新しい審査の方針により、相当数の被爆者が迅速に認定されることが期待されていたのです。
 ところが8・6合意後も、認定行政は大きく変わることはありませんでした。爆心地から3.5キロメートル以内で被爆した者のガンについては、さすがに国は認定をするものの、3.5キロメートルから少しでも距離があるところで被爆した者については、総合勘案するまでもなく機械的に却下し、3.5キロメートル内であっても、甲状腺機能低下症・心筋梗塞・肝炎は放射線起因性がないとして、ほとんどの申請を却下したのです。
 集団訴訟終結後も司法判断を守ろうとしない国・厚生労働大臣に対し、司法判断を遵守して被爆者の疾病を原爆症として認定することを求める訴訟が再び近畿を中心として起こり始めました。私たちは集団訴訟と区別して、これらの訴訟をノーモア・ヒバクシャ訴訟と呼んでいます。

3 ノーモアヒバクシャ訴訟における国の態度
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟は国が29回連敗した集団訴訟を前提として新たに起こされた訴訟ですが、国の主張はなんら変わっていませんでした。相変わらず原告らの受けた放射線量は低く、原告らの疾病は放射線に起因しないというものでした。
 国の被曝線量評価体系は、一定の科学的な裏付けはあるが、それと矛盾する事実も存在するのであって、被曝線量が低く評価されるからと言って、機械的にそれを適用するべきではなく、被爆状況や、その後の健康状態、申請疾病の内容を総合的に勘案して認定するべきとして、集団訴訟全ての判決が認定行政そのものを断罪してきたにもかかわらず、国の態度は全く変わっていないのです。

4 今回の判決について
 今回の大阪地裁判決は、今までの集団訴訟の内容を踏襲するもので、国の用いる被曝線量評価体系はあくまで推定値であり、また基礎とした測定の精度にも問題があるのだから、一定の限界があることを留意しなければならないこと、初期放射線の過小評価、内部被曝の影響を考慮していない点等の問題点があることを指摘し、認定に当たっては被爆状況、被爆後の行動、活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、様々な形態での外部被曝・内部被曝の可能性がないかどうか十分に検討しなければならないとしました。
 そしてとりわけて重要であるのは、狭心症や心筋梗塞について、放射線被爆との間に関連性があることを認めた上で、しきい値(その値以下の線量であれば、被爆の影響はないとするもの。つまり低線量被爆であれば、起因性は認められないとの考え方)は存在しないと考えるのが合理的だと認めたことです。
 被告国は控訴を断念しました。9月中旬を過ぎた今、判決の結果を受けて、原爆症認定の通知が原告らの手元に届き始めています。
 原告らはヒバクシャであり、高齢であり、そして原爆症と認定されるべき疾病に罹患している方々です。苦しい中、立派に裁判を闘いぬき、原爆症の認定を自らかちとられました。喜びもひとしおでしょう。

5 ノーモアヒバクシャ訴訟の今後
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿訴訟は勿論今回の訴訟で終わったものではありません。現在京都・大阪・兵庫・奈良の原告合計  名が、大阪地裁第2民事部、第7民事部に分かれて審理が行われています。年内にも2つのグループの原告らが結審を迎えます。
 原告らはいずれも、集団訴訟で集積された司法判断の基準からすれば認定されるべき方々です。私たちはこれからも訴訟が続く限り勝訴を続けていくつもりです。しかし根本的解決は国の被爆者行政を変えることにあります。また、被爆者の要求は自分たちが原爆症と認められることのみで満たされるものではありません。
 第一に国は被爆者が奪われたいのち、くらし、人生すべてに対して全面的な国家補償として責任をとるべきです。
 第二に放射線被爆の被害のない社会を築くこと。とりわけ福島原発事故により起こり、今後も予測される放射線被害の拡大を未然に防ぐため、国は最大限の手立てを尽くすべきです。
 第三に国は核兵器が人類に何をもたらすかを世界に訴え、核兵器禁止条約を率先して実現することが求められます。
 上記の要求の実現のため裁判内外でこれからも奮闘する決意です。

大阪府立国際児童文学館の閉館に反対する裁判 控訴審判決

弁護士 名 波 大 樹

 吹田市の万博公園の一角に、1984年5月に大阪府立国際児童文学館が開館したが、橋下徹前大阪府知事の判断で2009年12月末に閉館され、同館の保管資料は全て大阪府立中央図書館に移送された。
 この児童文学館の閉鎖に反対する裁判を、同館に資料を寄贈した29名の方が原告となり、2009年3月と同年12月の2陣に分けて提訴した。この裁判は、2011年8月26日に大阪地裁で原告敗訴となり、大阪高裁でも2013年9月5日に控訴棄却となった。
 この裁判提起の中心となり、原告団長でもあった鳥越信先生は一審途中に倒れられ、控訴審の審理中であった2013年2月14日に残念ながら死去された。

 児童文学館は、当時早大教授で著名な児童文学研究者でもあった鳥越先生が、長年かけて集め、自宅で保存してられた12万5107点もの児童文学関係の資料を、大阪府に一括寄贈されたことから設立された。寄贈された資料の中には、他では保存されていない古い貴重な資料から、子供向けの雑誌、漫画なども含まれており、鳥越コレクションとして有名で、鳥越先生の自宅には、資料の閲覧を求めて児童文学研究者、学生、出版関係者などの来訪も多く、鳥越先生は鳥越コレクションが公的な施設で保管・管理され、広く公開されて児童文学、児童文化の発展に役立つことを意図され、コレクションの一括受入れを呼びかける文書(鳥越アピール)を公共団体や大学宛に送られた。
 このアピールに対しては多くの応募があり、その中で鳥越先生の求める条件を受容れ、そして誘致を強く望んだ大阪府に寄贈されることとなった。
 大阪府は万博公園の一角に、書庫、閲覧室は勿論、講堂、会議室、研究室なども備えた児童文学館を建築し、鳥越コレクションを受け入れた。
 同館の開館当初には児童文学研究者8名が正職員の専門員として採用され、鳥越先生も早大教授の職を辞して大阪に転居し、専門員の一人となられた。

 開館後の児童文学館は、図書館とは異なる機能を果たしてきた。
 その1つが博物館的な機能であり、出版物を文化財としてそのままの状態で後世に残すために、箱、帯などもつけたまま、また書物にラベルを貼ったり、刻印を押したりはせずに保管されてきた。
 研究・研修機関的機能は同館の非常に重要な機能であり、専門員はこの機能を果たすための中核となり、また研究室、会議室、講堂などはその機能を果たすために活用され、また書籍は研究活動に便利なように出版された年代順に整理をされていた。
 児童文学館の存在とその活動、その成果は国内は勿論、国際的にもユニークで貴重なものとして高く評価され、同館を利用し、またその活動にかかわった多くの人達や出版社から次々と資料の寄贈が続き、閉館時の在庫資料約  万点のうち約  万点は寄贈品であった。
 裁判の原告となったのは、研究、創作、読書活動などで同館の活動にかかわった人達であり、同館の活動に役立つことを意図して書物などを寄贈されたのである。

 橋下徹前知事は、2008年3月に大阪国際児童文学館を視察した。この時に同館の職員が白手袋をして在庫資料である60年前に肉筆で描かれた紙芝居を運んできて橋下知事に見せたところ、同知事は「これは僕の価値観に合わない。直接府民が手を触れて楽しむものでなければならない」との感想を述べている。
 また同館の資料を図書館に移す理由を「貴重な資料を直接子ども達に見せてやりたい」とも言っている。
 これは、上記のような研究機関としての児童文学館の役割を完全に誤解したものである。

 このような事態に直面して、私共は鳥越先生から法的な手続をとれないか、との相談を受けた。同館の閉館は、大阪府議会で児童文学館条例廃止の議決をする手順が踏まれており、同館の廃止そのものを阻止する裁判は極めて困難と考え、寄贈者が原告として夫々の寄贈物の返還を請求するとの裁判にした。請求の原因は
 ① 寄贈契約において寄贈品が同館で永く保存され、同館の前記の機能を果たすために活用するとの合意が成立していた、あるいはこのような条件が付されていた(負担付贈与契約もしくは条件付贈与契約)のだから大阪府の今回の処置は契約違反あるいは解除条件が成就したことになり、寄贈物の返還を求める。
 ② 大阪府は条件や制約を一切受けることなく寄贈を受けたと主張しており、そうすると寄贈契約における原告らの認識と大阪府の認識には契約締結当時から大きな差異があり、この差は重大であって要素の錯誤に該当し寄贈契約は無効である。
 ③ 同館は児童文学、児童文化そして子ども達の成長のために大変重要な施設であり重要な機能を果たしていたので、原告らはその機能を果たすのに役立てるために同館に寄贈したのに、廃館を回避するための検討もせずに、前記の如き理由で廃館とし、全く機能の異なる図書館に移してしまうのは寄贈者に対する重大な背信行為であり、信義則に反し、原告らには寄贈の撤回と返還請求が認められるべきである。
 ④ 2009年1月に鳥越先生等の寄贈者が橋下知事と面談をした際に、同知事は「保存、研究が目的なら大学でやるべきで、より多くの子どもに利用してもらうために中央図書館への移転が必要であるが、寄贈者の思いと違うというのであれば、資料は返却する」と表明しており、原告らは寄贈物の返還請求をしており、返還の合意が成立した。
の4項目を主張している。

 大阪地裁や大阪高裁の判決では「寄贈文書や受領書に負担や条件についての記載がない」、「児童文学館の設立趣意書や同館設立の基本構想に負担ないし条件についての記載はない」などの形式的理由で、寄贈契約に負担や条件がつけられていたとは認定できないとし、また閉館は、契約締結後に生じた事象にすぎず錯誤は認められない、原告らに対する背信行為も認められない、として請求棄却となった。
 私共は橋下前知事(現大阪市長)らを証人採用するよう求めていたが、大阪高裁でも採用されなかった。

 この裁判を通じて同館の廃館問題が多くの人達に理解され、その存続を求める世論を広げ強めることに役立てばとの思いもあってこの裁判に取り組んでいるが、まだまだ世論の支持は不十分である。
 皆様からも助言、協力、支援をいただければと思っている。

(弁護団は、細見茂、辻公雄、岡林絵里子、薛史愛、名波大樹)

派遣労働問題研究会が大阪労働局との懇談会を開催

弁護士 高 橋 早 苗

 2013年7月29日、大阪労働局と派遣労働問題研究会の懇談会が実施され、大阪労働局から4人、派遣労働研究会から8人が出席しました。大阪労働局との懇談会は約2年ぶりの実施である上、特に今回は昨年の派遣法改正後初めての懇談会ということで、予定された時間を超えて、活発な意見交換がなされました。

 まず初めに2011年及び2012年の統計に関する質問では、是正指導の件数については資料を提示のうえ数が示されましたが、そのうち業務偽装が行われていた件数については統計をとっていないとのことでした。また、申告から是正指導までの期間については、統計をとっていないものの、申告から1週間以内に対応し、是正までは1~2か月とのことでした。さらに、是正指導の際の直接雇用の推奨に関しては、明確な法的根拠がないため指導書に明示はできないとしつつも、雇用の安定を図るべきという指導をする際には、全てについて直接雇用の推奨をしているとのことでした。

 次に、昨年10月1日施行の改正派遣法に関しては、新設された条項の違反事例などはまだ蓄積されていないようですが、2015年施行予定の改正派遣法については、40条の6のみなし規定の労働者への周知を行っていくとのことでした。また、派遣受入期間制限違反の派遣については、派遣元会社が変わっても派遣先の受入開始時期から通算して期間をカウントするとのことでした。もっとも、当該みなし規定は、違法状態が解消してから1年はみなし規定が発動するとされているため、労働者派遣契約解除後の元派遣労働者も申告することができないのか、派遣法40条の4や40条の5においても、既に就労していない元派遣労働者であっても、当該規定を活用すべきではないかとの疑問を投げかけましたが、派遣法49条の3により、現に派遣労働者でない者は申告できず、情報提供という扱いになるとのことでした。労働局側は、その場合でも門前払いはせず話を聞くとのことでしたが、こうした規定を元派遣労働者も活用できるよう運用していくべきではないかとの意見が出ました。

 以上のように、現状の派遣労働に関する事例や対処、改正派遣法の施行に伴う報告などをもとに、意見交換がなされ、大変有意義な懇談会となりました。今年の懇談会は、2年ぶりとなりましたが、来年には改正派遣法の事例もある程度集積されることと思いますので、今後も労働局との懇談会を継続し、派遣労働者の保護の取り組みに活かしていきたいと思います。

大阪自治体問題研究所創立40周年シンポジウムに参加してきました

弁護士 城 塚 健 之

 8月31日、シティプラザ大阪にて開催された大阪自治体問題研究所創立40周年記念シンポジウムに民法協を代表して参加してきました。
 ここで自治体問題研究所についてなじみの薄い方のために、簡単にご紹介しておきますと、これは、1973年、都市問題、公害問題等の深刻化と住民運動の高まり、それを受けた革新自治体の誕生などを背景に、研究者、大阪衛都連(吹田市職労)、住民が一体となって、地方自治を前進させるための理論活動の場として設立され、それが全国に広がっていったものです(大阪衛都連は、現在は大阪自治労連の補助組織)。
 私も、2000年から保育所の民間委託の問題をきっかけに研究所に関わるようになり、その後、公務の市場化の問題、また、この2年ほどは橋下維新の会とのたたかいに関連して、いろいろと執筆やお話をさせていただく機会も与えていただいているところです。

 さて、当日は、まず自治体問題研究所(全国研)理事長でもある岡田知弘・京都大大学院教授が「住民本位の被災地の復興と大阪の再生を考える」と題して講演されました。そして、これを受けて、岩手県遠野市で被災地の支援に取り組んでこられた菊池新一さん(NPO法人遠野山・里・暮らしネットワーク会長)、堺市を消滅させる大阪都構想に反対する運動を進めてこられた久保照男さん(堺市堺区湊西校区自治連合協議会会長)、そして大阪自治労連委員長の大原真さんが、それぞれの立場から、地域の再生、住民と公務労働者の果たす役割について語られました(コーディネーターは中山徹・奈良女子大教授)。

 私は、最初、「被災地の復興」と「大阪の再生」とがどうつながるのだろうかと思っていたのですが(実をいうと、あとで岡田先生も、どう結びつけるのか悩んだとおっしゃっていました)、新自由主義のもたらす地域間格差の広がりの中で地域経済が疲弊していること、それを打開するのに災害資本主義や橋下改革への期待が一方であるが、それは東京の大資本に利潤を吸い上げられるだけに終わり地域経済には貢献しない、やはり地域を中心に考えるべきであり、そのためには住民と自治体労働者が手を携えなければならないことなんだと理解できました。

 レセプションでは、衛都連、大阪自治労連の元役員のみなさんの懐かしいお顔もたくさん拝見しました。藤永のぶよさん(理事)と平井堅治さん(事務局長)の司会はなかなかのもので、私もご挨拶の機会を与えられ、ぜひ若手の労働組合員や弁護士が多数参加する研究所にしてほしいとのエールを送らせていただきました(というわけですので、民法協の若手のみなさんも、ぜひ、大阪自治体問題研究所にご加入下さい)。