民主法律時報

民法(債権法)改正問題

弁護士 井 上 耕 史

一 民法(債権法)改正作業の経過

 法務省は民法(債権法)を抜本的に見直す方針を打ち出し、09年10月、民法(債権法)改正が法制審議会に諮問された。これを受けるかたちで法制審議会は民法(債権関係)部会を立ち上げ、11年5月、「民法(債権法)改正に関する中間的な論点整理」を発表した。その後さらに議論を重ね、同部会は、13年2月26日に「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」を決定し、同年4月16日から6月17日までパブリックコメントを募集した。
 「論点整理」の段階では、労働契約に影響を及ぼすものや、相殺の遡及効を制限するもの等、一般市民、労働者、中小零細業者から見て重大な権利後退となるおそれのあるものが多く含まれていたが、これらに対する異論・批判が相次ぐ中で、「中間試案」ではかなりの部分が改正対象から外された。しかし、なお問題のある改正案も多く残されている。

二 全面改正の必要性はない

 基本的に、現行法の適用によって国民生活に不都合が生じているわけではない。国民からも全面改正を求める声はあがっていない。かえって、立法事実について慎重な検討を経ないままの改変によって、実務に多くの混乱をもたらし、多くの国民が被害を受けるおそれがある。
 現時点で債権法の全面改正をする必要はなく、個人保証の規制等、必要な部分についてのみ一部改正を行うことで対応すべきである。

三 改正案の問題点

 中間試案における改正事項は多岐にわたっており、判例法理を明文化するだけでなく、判例・実務を変更するものも多く含まれている。

 中間試案には、例えば次のような前進面もある。
・保証人保護の方策として、貸金債務について経営者を除く個人保証を無効とする、債権者の個人保証人に対する説明義務などを検討する(実際に盛り込まれるかは不明)。
・不法行為に基づく20年の制限を除斥期間とするのが判例法理であるが、これを消滅時効と明記する。また、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については、債権の原則的な時効期間(後述)より長期とする。

 他方、権利の後退を招くおそれのある条項案も少なくない。
・錯誤の効果を無効から取消しに変更する。
・取消権の行使期間につき、知ったときから5年、行為の時から20年とする現行法を、それぞれ3年、10年に短縮する。
・債権の消滅時効における原則的な時効期間を短縮する。行使できる時から5年とする(甲案)又は知った時から3年、行使できる時から10年(乙案)の両論併記。
・法定利率を年3%を当初利率とした変動制とする一方で、中間利息控除の割合を年5%に固定。労災や交通事故などで被害者の得られる賠償額が減少する。
・時効消滅した債権を自働債権とする相殺を、債務者の時効援用前に限定。
・書面による諾成的消費貸借契約を認め、金銭を受け取る前に借主が解除した場合に損害賠償義務を負わせる。過剰貸付等の弊害が懸念される。
・消費貸借の期限前弁済について損害賠償義務を負わせる。期限の利益は債務者の利益のためと推定される現行法から後退。

四 今後の課題

 「中間試案」のパブリックコメントの結果を受けて、同部会は、14年7月末までに「要綱仮案」を、15年2月ころまでに「要綱案」を取りまとめるとしている。
 一般市民、労働者、中小零細事業者の権利を拡大し、後退を許さないよう、債権法改正作業を注意深く監視し、債権法改正の必要性及び改正内容の個別具体的な分野において、積極的に意見を表明していくことが求められる。

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