民主法律時報

2012年9月号

オレンジコープ不当解雇事件に対して仮処分申立

弁護士 南 部 秀一郎

 2012年9月21日、大阪地裁岸和田支部に、オレンジコープにおける、労組員のみを対象とする不当解雇に対し、労働者としての仮の地位を定める仮処分を申し立てましたので、報告します。

 オレンジコープ(泉南生活協同組合:理事長 笠原優)は、泉南市に本拠をおく消費生活です。活動エリアは大阪府泉南地域を中心とした大阪府全域、和歌山県北中部の広範囲にわたります。また、商品供給事業だけでなく、福祉事業として介護付き住宅の運営等の介護保険事業及び障害福祉サービス、住宅事業として分譲型の介護付のマスターズマンション(大阪府内に3箇所合計500室)の住宅供給事業を行うなど、広範囲の事業を行っています。しかし、生協内部では、労働法規が遵守されてきませんでした。タイムカードでの労働時間管理すらない状況で、従業員らは、長時間の残業に、残業手当なしで従事することなどを余儀なくされていました。

 そのような労働環境を改善するため、オレンジコープ泉南センターで配送に従事する運転手6名が立ち上がり、昨年10月にオレンジコープ労働組合を結成しました。そして、昨年11月以降生協と団体交渉を行い、配送部門にタイムカードを導入させるなど、組合運動の成果を出し始めていました。そんな中、第2回団体交渉が行われた直後の今年4月に、突然、生協は希望退職及び配転の募集を、労組員らが属する供給部門の従業員のみを対象に行います。そして、退職、配転を希望する者が全くいない状況で、6月にさらに、供給部門の従業員のみに対して、希望退職の募集を行います。この6月の募集に際しては、希望退職者が募集定員に及ばない場合、指名退職を行わざるを得ないとの文言を加えていました。結果、1名が退職に応じましたが、他の労組員5名が、そのまま配送業務に従事していたところ、6月30日に一方的に解雇通知が送られてきました。

 本件解雇の特徴は、労働組合法7条1号の不当労働行為としかいいようがない事案であるという点です。今回解雇されたのは、オレンジコープ労組の労組員5名全員だけです。つまり、労組員だけをターゲットに、労組員全員を根こそぎ解雇し、職場から排除するというものです。また、本件解雇は、整理解雇のいわゆる4要件を満たすどころか、それを会社が検討したかどうかすら疑わしい状況です。

 本来、消費生活協同組合は、「安心・安全な食物を」「組合員自らが出資金を出し合い、利用・運営して」「消費者に届ける」団体であり、社会的役割を果たし、民主的な運営がされるべき団体です。このような民主的組織であるべき生協において、従業員の労働環境を向上しようとした労組員5名を解雇することは大問題です。そして、解雇された5人に対して、同じく労働運動をたたかう労組から支援の声があがっています。先月結成された支援共闘会議には、大阪府下、地元泉南地域から、多数の労働組合が参加しました。また、全国の生協労働者から、支援の署名が寄せられています。

 そして、このたび、解雇された労組員は、従業員としての仮の地位を定める仮処分の申立を行いました。労組員は、解雇後、精力的に様々な場で支援を訴えています。この労組員たちを無事職場に戻せるように、そして生協に正常な労働環境が取り戻せるように、弁護団・支援共闘会議、心を一つに合わせてたたかい抜く所存です。何とぞ、皆様の支援をお願い致します。

 なお、弁護団は、鎌田幸夫、山﨑 国満、谷真介、宮本亜紀、南部秀一郎です。

大阪府労委 金本運送の一連の不当労働行為を断罪

弁護士 西 川 大 史

1 はじめに

 大阪府労働委員会は、2012年8月27日、金本運送が建交労の団体交渉を拒否したこと、建交労金本運送分会の分会長に対する自宅待機命令及び解雇が不当労働行為に該当するとして救済を命じた。

2 事案の概要

 不当労働行為救済申立を行ったのは、建交労大阪府本部であり、被申立人である金本運送は、守口市でトラック運送業を営む会社である。
 金本運送でトラック運転手として勤務してきた男性従業員は、業務中にトラックから転落する事故により負傷し、会社を休業していた。その後、医師から就労可能という診断がなされたにもかかわらず、会社は職場復帰を拒むため、2010年2月16日、建交労に加入し、建交労金本運送分会の分会長に就任した。

 建交労では、分会長の早期の職場復帰を求めて団体交渉を行ったが、会社は分会長の職場復帰をなかなか認めず、分会長が職場復帰できたのは2010年5月になってのことだった。そのため、建交労では、分会長の職場復帰が大幅に遅れたのは会社の責任であるとして、休業期間中の賃金の支払いを求めるとともに、これまで支払われていなかった残業代の支払いを求めて団体交渉を行ったが、会社は一向に休業期間中の賃金、残業代を支払わなかった。それどころか、会社は、建交労対策に労務担当顧問を採用したり、建交労の組合員のみに賃金減額を一方的に通知するなど、建交労嫌悪の意思をあらわにした。

 そのような中、2010年10月8日、分会長が配送先のスーパーにおいて、台車で搬送していたところ、買い物客の女性が足を負傷するという事故が発生した。もっとも、スーパーのビデオには、台車と女性が衝突した瞬間は映っておらず、ただ分会長が押す台車の横を女性が通る姿や、その後女性が倒れている姿が映っているだけに過ぎず、スーパーの従業員も、ビデオ映像を見て、「あなたが後ろから突いたんじゃないね」と明確に述べるなど、分会長の責任による事故ではなかった。それにもかかわらず、会社は、この事故は、分会長の責任により生じたものと決めつけた。

 建交労は、2010年10月12日、建交労組合員のみに賃金減額を通知したことは違法であるとして、会社に団体交渉を申し入れたが、会社は事故の処理が終わっていないとして、団体交渉を拒否するとともに、事故の責任を分会長に押し付け、自宅待機を命じた。また、建交労は、2010年11月6日、分会長に対する自宅待機命令の撤回等を求めて団体交渉を申し入れたが、会社は、事故処理が終わっていないこと等を理由に再び団体交渉を拒否した。そこで、建交労は、団体交渉を拒否したこと、分会長に対する自宅待機命令は不当労働行為に該当するとして、府労委に対して救済を申し立てた。

 その後、団交拒否と本件自宅待機処分について、大阪府労働委員会で調査中であった2011年4月13日、会社が、スーパーでの事故が専ら分会長の責任によるものと決めつけ、分会長を解雇したため、建交労は、分会長に対する解雇が不当労働行為に該当するとして、府労委に対して救済を申し立てた。

3 府労委の命令

 府労委は、会社の団交拒否について、正当な理由のない団交拒否に当たると明確に述べるとともに、分会長に対する自宅待機命令及び解雇についても、事故の状況、要因等について明らかでないにもかかわらず、分会長に事故の責任すべてを押し付けることは許されないとした。
 そして、府労委は、分会長に対する解雇、自宅待機命令について、会社と建交労との労使関係には緊張状態の高まりが生じていたことや、会社が正当な理由なく団交拒否したことなどから、会社の組合嫌悪の意思、不当労働行為意思を推認できるとした。

4 さいごに

 本件の府労委の命令は、会社の一連の不当労働行為について、事実、証拠に基づいて、当然の判断をしたものであるが、労働者の団結擁護、労働関係の公正な調整を目的とする労働委員会としての役割を存分に発揮した命令である。
 なお、会社側は中労委に再審査を申し立てた。引き続き、ご支援のほど宜しくお願い致します。

(弁護団は、梅田章二、楠晋一各弁護士と当職である)

「私は変える with you JAL不当解雇撤回! 仲間にエールを! 怒るみんなの大集会」ご報告

弁護士 南 部 秀一郎

 8月31日、エルシアターに於いて、「私は変える with you JAL不当解雇撤回! 仲間にエールを! 怒るみんなの大集会」が開催されました。当日は900名以上の方に参加して頂き、大盛況でした。その報告を、原告の神瀬麻里子さんのお話を交えて行います。

 この集会の発端は、5月22日の関空プロジェクトの会議にさかのぼります。その会議では、3月29日、30日の東京地裁における、日航不当解雇事件に対する不当判決後、高裁に向  けてどうするかが話し合われました。そこでは、原告及びプロジェクトのメンバーから、「地裁は原告の顔が見えない訴訟になってしまった」「JALの問題はJAL関係者だけの問題ではない」「交通インフラの安全、不況による安易な解雇の広がり、若年者に期間雇用を強いる職場内の不平等といった、社会全体の問題だ」「より広い層に支援を広げたい」との声があがりました。その声に対し、梅田章二弁護士から、シンポジウムを行おうという提案がされ、準備がはじまります。

 では、準備の話については、実際に実行委員会で準備に大車輪の活躍でした、原告の神瀬さんのお話を引用します。
「6月11日に第1回の実行委員会が開かれ、23名もの方が集まってくださいました。最初は『いったい今日は何の会議ですか?』という方が多くて、ビックリしました。」「8月31日の本番までに、実行委員会が4回、学習会が1回、企画会議が3回、事務局会議が6回、合唱練習会が3回、ビデオ撮りが1回行われました。」「練りに練った企画案が完成し、入場チケットが完成したのが7月11日でした。その日のうちに有料チケット3000枚の通し番号を印刷し、オルグがスタートしました。」「高裁宛ての署名用紙が完成したのもちょうどその頃でした。8・31 集会宣伝と署名要請をセットにし、集会での訴えも含めて166か所にオルグに行きました。」「 原告だけでなく、実行委員のみなさま(梅田先生、ANA現役CA尾崎恵子さん、現役CAP中小路さん、五十嵐さん、山﨑 先生、南部先生、大畠さん、阪南地区協の藤原さん、福山さん)が同行してくださったのがとても嬉しかったです。」「暑い日に、資料がどっさり入ったピギーバッグをひきずってでかける毎日でした。正直言って時には投げ出したくなる日もありましたが、行く先々で励まされました。その場でチケットを買ってくださる団体そして団体署名を書いてくださる団体。まあゆっくりしなさいとアイスコーヒーや冷茶をだしてくださるところもあり、涙が出そうになったこともありました。」「集会終了後も大阪支援共闘会議のデスクの上に続々と署名が届いています。」
 結果、実行委員会には60名の委員が集まり、それぞれの持ち場で集会の準備は進み、8月31日の集会当日となります。

 集会では、開始を告げる機内アナウンスのあと、署名活動をする原告と通行人の寸劇で集会のテーマが紹介されます。そして、JAL訴訟の背景を原告の西岡さん、神瀬さんのインタビューやアニメなどを用いて説明するVTRが放映されました。(このVTRは you Tube で観覧可能です。「あの空へ帰ろう」で検索してください。)その後、日航で雇い止めにあった契約制キャビンアテンダントの方や、震災・原発事故で福島から避難された方、大阪市職員の方など7人の人たちに起こった「わけのわからないこと」のリレートークへと続きます。そして、大阪のうたごえ協議会の皆様の合唱のあとには、原告が登場。それぞれの、会社、仕事、そして解雇撤回のたたかいへの思いを語ります。そして、梅田弁護士の今後の活動提起をふまえ、フィナーレでは、会場の参加者に配られた「光の指輪」が振られ「ありがとう」の曲の大合唱となりました。

 集会は本当に感動的なものでした。最後に、もう一度、神瀬さんのお話を引用します。
「実行委員会の回を追うごとにみんなの中で集会のイメージがはっきりしてきました。『JALの闘いのことも良くわからないし、途中で実行委員を辞めよかな、と思ったこともあったけど学習会で安原弁護士の話を聞いて、これはほっておけない!と思った』と語ってくれた実行委員の方もおられました。」
「たくさんの方の力が結集して集会の成功につながりました。当日檀上で「わけのわからないこと」を語ってくださったみなさん、チケットやチラシを作ってくださったみなさん、効率よくオルグにまわる段取りを考えてくださったみなさん、オルグに行くための運転を買ってでてくださったみなさん、舞台効果に尽力くださったみなさん、「心つなごう」「誓い」を歌ってくださったみなさん。JAL集会にご参加くださったみなさん。みなさんに心から感謝です。」
「今までの裁判活動でお会いできなかった方とたくさん知り合いになれました。支援の輪、いや「がんばる輪」が広がったことを実感しています。JAL集会で吹いた風を弱めることなく、控訴審で勝利を得たいと思います。」
「これからもよろしくお願いいたします。」
 なお、「私は変える JAL」で検索して頂きますと、集会のホームページが出てまいります。そちらもご覧ください。

労働相談懇談会のご報告

弁護士 西 川 大 史

1 はじめに

 2012年9月12日、国労会館において、労働相談懇談会が行われました。参加者は、約30名でした。

2 労働情勢報告

 まず、懇談会の冒頭、私から、前回の労働相談懇談会以降の労働情勢の報告を行いました。この間も全国各地で多くの労働事件の提訴や判決が出されていますが、昨今の労働裁判で目を引くのは何と言っても、前回に引き続き「大阪市問題」の関係です。
 思想調査アンケートの国賠訴訟提起のみならず、地下鉄の回送電車内で喫煙していた運転士に対する停職1年の懲戒処分、大阪市教組の教育研究集会についての学校使用不許可の取消訴訟など、今後も引き続き注目していきたいと思います。

3 改正派遣法・労働契約法の活用を考える

 今回の学習会は、井上耕史弁護士から、「改正派遣法・労働契約法の活用を考える」をテーマに講演をいただきました。派遣法、労働契約法(有期労働)ともに、労働者の期待を大きく裏切る骨抜きの改正でありますが、改正内容のみならず、改正法をいかに活用するか等について、厚生労働省のパンフレットを参照しながら分かりやすく説明いただき、まさに目から鱗の学習会でした。

(1)改正派遣法の活用
 まず、井上先生から、重要な改正点として、法の目的に、「派遣労働者保護を図る」(1条)と明記されたことを指摘いただきました。派遣法が労働者保護の法律であることを明確に位置付けることができ、今後は派遣先が是正指導に従わない場合、民事上の責任肯定や、義務的団交事項であることがより肯定されやすくなるものであります。
 また、今回の最大の改正点であり、2015年10月から施行される、みなし労働契約申込み(40条の6)について、①派遣禁止業務への派遣、②無許可・無届派遣元事業主からの派遣、③派遣受入期間制限違反の派遣、④偽装請負の各違法行為については、派遣先が知らず、かつ知らなかったことについて過失がない限り、違反時点において、派遣先から派遣労働者に対し、その時点における派遣労働者の労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなすという改正内容について説明いただきました。それとともに、派遣労働者が承諾の意思表示をして初めて直接雇用となるため、派遣労働者に対し承諾しない旨の意思表示を強制させるおそれや、また、違反行為終了日から1年以内に派遣労働者が承諾しないと直接雇用とならないため、いつまで違法状態が継続していたのかに注意を要することや、さらには、もとの労働契約が無期であれば、直接雇用も無期雇用となる反面、もとの労働契約が有期であれば、直接雇用も有期雇用にしかならないため、直接雇用申込み時に、今後は更新しないとの不当な要求がつくのではないか、1回目の契約更新時に雇止めされた場合の雇止めの有効性等の問題点についても分かりやすく指摘いただきました。
 このように限定的であり、かつ問題点も多々あるとはいえ、みなし労働契約申込みが規定されたことは非常に大きいのではないでしょうか。

(2)改正労働契約法の活用
 次に、改正労働契約法について、有期労働契約の期間の定めのない契約への転換(18条)、雇い止め法理の法定化(19条)、不合理な労働契約の禁止(20条)といった改正内容について説明いただきました。そして、有期労働契約の期間の定めのない契約への転換について、転換後の労働条件は、現に締結している有期契約と同一でしかなく、正社員になれるわけではないため、「無期雇用労働者」という中間的な地位が生まれることにより、正社員よりも簡易な手続による解雇も有効となるのではないかという危惧や、有期契約より低い労働条件を就業規則で定めて転換を妨げるおそれ等についても指摘いただきました。

4 さいごに

 今回の懇談会は、改正派遣法、労働契約法をいかに活用するかについて学ぶことができ、非常に貴重な学習会でありました。
 労働相談懇談会は、最新の法律やテーマ等について、その分野に長けた講師からの講演をもとに学習議論できる貴重な機会であり、毎回学ぶことが非常に多いものです。
 次回は、12月11日(火)午後6時半から、国労会館での労働相談懇談会を予定しています。多くの組合員、相談員、弁護士に参加いただき、学習議論、交流することで、労働相談懇談会がより充実したものになることを願っています。

中国雲南省 麗江 シャングリラ紀行(第4回)

弁護士 福 山 孔市良

 シャングリラをめざして

1 石鼓鎮と長江第一湾へ

 5月1日(火)メーデーの日、この日はバスでシャングリラ(3270メートル)の町へ出発する日である。
 途中、麗江から西へ50キロの町、石鼓鎮をまず訪れる。
 この町は古来、チベットとの交易の拠点として栄えたナシ族の町で、長江第一湾と呼ばれる金沙江(長江上流の呼び名)の大きな湾曲が見られる場所として有名である。
 金沙江はチベットの青藏高原の北東部を流れ下ってきて、ここで海羅山の断崖にはばまれてぐるりと方向を変える。
 ここを写した写真は、直角のような鋭い曲がった河がよく写っているが、これは航空写真だそうで、石鼓鎮の町の川岸からは、ぐるりと曲がった河は撮影は困難である。
 ここは流れも緩やかで渡河しやすいため、歴史上、四川省(蜀)と雲南省を行き来する際の渡河地として有名で、諸葛孔明の「5月渡瀘」フビライハンの南宋を滅ぼした河南への渡河に1936年賀龍将軍率いる紅軍第二方面軍の長征(ここから四川に向かって北上)などが知られている。
 私達は川岸に出て、ゆったりした長江の流れを見学してバスに帰り、屋台を見て廻る。その中でも、鼓状に編んだ大きな枕を売る屋台が特に目に付いた。しかし大きすぎて土産物としては買って帰れそうになかった。
 午前10時15分過ぎ、いよいよ大渓谷の虎跳峡を目指して出発である。

2 虎跳峡(コチョウキョウ)

(1) 金沙江の上流の深い谷、虎跳峡は麗江から行ける人気の観光地である。
 金沙江を挟んで麗江を代表する玉龍雪山(5596メートル)とシャングリラの哈巴(ハーパ)雪山(5396メートル)が向かい合ってそびえ立っている。
 現地の伝説では、この2つの山は兄弟といわれているそうである。
 虎跳峡は、この2つの山を分ける大渓谷であって、その高低差は3000メートルを越え、約15キロといわれる渓谷で、世界でもこれだけの規模の渓谷は見当たらないであろう。
 私は2003年正月に麗江に来た時は、1月3日にタクシーをチャーターして虎跳峡に行った時のことを思い出す。
 思い出すままに少し、その時のことを書いてみたい。
 タクシーの運転手はまだ30才前の青年で、名前は白族(ペイゾク)の田原(ケイモン)さん。彼は朝早くに頼んで、午前中、玉龍雪山に案内してもらい、2700メートルの地点でタクシーを降りて、バスに乗り換え3300メートル地点のロープウェイで登った。この当時は、風景区入山料が40元、ロープウェイ往復が165元で安くはなかった。
 午後からは虎跳峡行きであるが、運転手の田原さんが奇妙な提案をしてきた。自分は彼女がいるのだが、この彼女を助手席に乗せて虎跳峡に連れて行ってもよいか、ということだった。
 ガイドと相談しOKをして麗江に一度帰って、彼女を拾って虎跳峡に向かった。この彼女は楊春連(ヤンツンレン)さんという名前であるが、私にとって大変興味のある出身であったのでいろいろなことを質問した。彼女は納西(ナシ)族の一部のモソ族で、麗江の北約280キロの高原湖、濾沽湖(ルグークー)(2680メートル)の出身ということである。この湖の近辺に住むモソ族の社会は、中国でも珍しい母系社会が残されており、通い婚が、その当時そして現在も普通におこなわれていることを少し勉強して知っていた。
 子供はすべて母親に属し、子供は父親のことを父とは呼ばず、すべて「おじ」と呼んでいるそうである。
 麗江から2時間で虎跳峡の入口に到着した。ここから河沿いに歩いて往復8キロのハイキングであった。

(2) 思い出話は以上として石鼓を出発して虎跳峡へ向かったのだが、道路はガタガタで工事中の所が多い。どうも麗江からシャングリラに向けて高速道路が建設中で、そのための道路工事のようである。
 虎跳峡への手前、11時30分、まず昼食にする。一体この旅行の昼食はどんなものが出されたのか書いてみることにする。
 ニンジンの和え物、ワラビの炒め物、竹の子の炒め物、きくらげとほうれん草の炒め物、野菜スープ、豚肉の炒め物、焼肉、スペアリブの蒸し煮、トマトと卵の炒め物、ハムの炒め物、ご飯、ビール2本、ジュース1杯、以上。
 思い出すだけでも非常に沢山の料理が昼食として出されているが、ほとんど全ての人は残さないできれいに食べてしまっていた。野菜が多いので食べやすいのかもしれない。
 金沙江の上流に向けて河沿いの道を走る。
 2003年に私達がタクシーを降りて歩いた道が、対岸の下の方に続いているのがよく見える。現在でもそこを歩いている人も多い。
 私達は虎跳峡の大きな岩と激流の真上まで車で行って駐車する。そこから800段の階段を下って河のそばまで行くことにした。
 ここは最も狭いところで、幅  メートル程しかなく、激しい水しぶきが顔に当たりそうな感じがする程迫力があり、河のそばでは風がさわやかでほっとした気分になる。ただ、また800段を上がって元に戻るのは高度の高いところで非常に疲れてしまった。
           

 (つづく)