連載TPPリポート④ TPPと司法

2012年06月27日

弁護士 杉 島 幸 生

1 TPPは、国民生活全般を規律する
 TPPが、関税撤廃だけでなく、国民生活に関わる様々な分野における非関税障壁の撤廃を締結国に義務付けるものであることがようやく知られてきました。しかし、TPPの恐ろしさは、それだけではありません。TPPの場合、相手国がTPPルール違反をしていると考える締結国は、その是正を求めて国際仲裁裁判所に相手国政府を訴えることができるとされています。そして、仲裁裁判所がTPPルール違反を認定すれば、加盟国は違反とされた国内状況を是正するか、膨大な損害賠償の支払を義務付けられるのです。これは、TPP加盟国は、その国内法、国内制度のすべてがTPPルールに従っているかどうかを常に外からチェックされつづけるということを意味しています。現在、この紛争解決制度を政府間のみならず投資家・政府間においても利用可能なものとすることが検討されています。そうなれば、海外の投資家が、TPPを根拠に、あの法律、この制度が気に入らないと日本国政府を訴えることができます。まさに国民生活全般がTPPルールによって規律されるのです。

2 わが国の司法権を排除するTPP
  通常、私たちは、ある法律により自分たちの権利が侵害されたと考えた場合、国内裁判所に対して訴えを提起します。その際、日本の裁判所は、よかれ悪しかれ、その法律が制定された際の諸事情(立法事実)や、現在の社会状況、権利侵害の内容・程度など様々な要素を考慮して、その法律の有効性を判断します。ところが、国際仲裁裁判所での審理では、TPPルールだけが判断基準となります。しかも、仲裁裁判を担当する仲裁人は、国際貿易の専門家ではあっても、法律の専門家というわけではありません。また裁判長役の仲裁人は、当事者国双方の同意がなければ、WTO事務局長が選任することとなっています。国際貿易の専門家が国際貿易ルールにのみ基づいて、私たちの生活に密接に関連する法律や制度の有効性を審査するのです(しかも、この審理は公開ではありません)。このとき日本の裁判所が関与することはもちろんできません。TPPは、わが国の司法権を排除するものと言うことができそうです。

3 裁判所を拘束するTPPルール
 有効に成立した国際条約は、その内容が具体的なものであれば、直ちに国内法としての裁判規範性をもち、その効力は法律に優先することとなります。TPPも国際条約です。そして、TPPルールは、もともと国際仲裁裁判所における裁判規範としてつくられたものですから、その意味するところは相当程度に明確なものとなっています。従って、TPPが締結されれば、わが国の裁判所においても、TPPルールが法律に優先する裁判規範として裁判所を拘束するという事態になる可能性も充分に考えられます。例えば、正当な理由のない解雇を禁止した労働契約法16 条が、投資家保護のためのTPPルールに違反しているのではないかと争われるというようなことが、実際におこるかもしれません(この点、アメリカは、この種の国際経済条約が国内における裁判規範性を有するためには、別途、履行法が制定されることが必要であるとしています。さすがアメリカというべきでしょうか)。

4 司法判断に影響を与える国際仲裁裁判所の判断
 外資系企業を相手に労働者が解雇無効を争う裁判を起こしたとしましょう。その外資系企業が労働契約法  条が、投資家保護のためのTPPルールに違反しているから無効だと主張すればどうなるでしょうか。実際には日本の裁判所が、そうした主張に組みするとは考え難いのかもしれません(労契法は、確立した判例法理を立法化したものですから)。しかし、国際仲裁裁判所が、TPPルールを根拠に、解雇の金銭解決制度の制定を日本国政府に求める勧告を出したとしても(これはありえないことではないように思われます)、裁判所の判断に変わりはないのでしょうか。このとき、解雇が有効とされる社会通念上相当かつ合理的な理由の解釈に、使用者からの金銭提供の申し出を組み込んで考慮するということが行われないとは誰も言えません。TPPが締結されれば、これと似たような問題が、あちらこちらで発生する可能性は大いにあります。

5 予測不可能なTPPの影響
 怖いのはTPPの対象分野があまりに広範であること、その詳細が国民に知らされていないことから、TPP締結により果たしてなにが起きるのかということが、現時点では、ほとんど明らかになっていないということです。いったい、どれくらいの法律や、国内制度、慣習が、どのような形でTPPルール違反となるのか、誰もはっきりとしたことは言えません。「バスに乗り遅れるな  」が、TPP推進派の合い言葉になっています。しかし、行く先の分からないバスに、そのまま飛び乗ることは、あまりに愚かな行為なのではないでしょうか。それだけでもTPP協議への参加を反対する充分な理由となると、私は考えています。みなさんはいかがでしょうか。