民主法律時報

2012年4月号

大阪・泉南アスベスト国倍訴訟第2陣 大阪地裁で勝利!―大阪高裁不当判決を克服して再び国の責任を断罪

弁護士 谷  真 介

1 はじめに

 本年3月28日、大阪地裁第8民事部(小野憲一裁判長)において、大阪・泉南アスベスト国賠2陣訴訟(原告55人・被害者33人)について、昨年8月25 日の1陣訴訟(原告34 名、被害者26名)について大阪高裁第 民事部(三浦潤裁判長)で出された原告逆転敗訴の不当判決を克服し、総額1億8043万円の賠償を命じる原告勝訴判決を勝ち取ることができた。判決に至る経過や判決内容、その後の運動及び今後の方針について、報告したい。


2 審理の経過
 

 ご存じのとおり、昨年8月25日の高裁判決は、結果及び内容において、「不当」としか表現しようがない、最悪の判決であった。泉南地域の石綿工場での激甚な粉じん発生状況や、深刻なアスベスト被害を認定しながら、工業技術の発達及び産業社会の発展のためには石綿による人の生命、健康に被害が生じてもやむを得ないとして、産業発展、経済発展と最も尊重されるべき人の健康、命を天秤にかけ、一方で、昭和30年代には局所排気装置を義務づけるだけの技術的基盤がなく法的被害を防止する術は防じんマスクの着用しかなかったという事実をねじ曲げた認定をした上で、そのマスク着用が徹底されなかった原因は新聞報道等でアスベストの危険性を知り自己で身を守らなければならなかったはずの事業者や被害者にあるとして、責任を被害者に押しつけ国を免罪するなど、泉南でのアスベスト紡織工場の実態や加害と被害構造を無視するとんでもないものであった。また、筑豊じん肺訴訟最高裁判決、関西水俣訴訟最高裁判決以降、被害者救済を重視し、国の規制権限行使について、「できる限り速やかに」、「適時かつ適切に行使されるべき」として、厳格な規制権限の行使を要求してきた司法判断の流れに完全に逆行するものでもあった。

 全く予想していなかった不当な敗訴判決を受け、原告団、弁護団は目の前が真っ暗になり、谷底に突き落とされたかのように打ちひしがれた。判決後に一人の原告の方がぽつりと言った「裁判官が人を殺すのに刃物はいらないんですね。判決で人を殺せるのですね。」という言葉が頭から離れず、被害者にそう思わせるような判決を出させてしまった現実を、受け止めることができなかった。しかし、その後の大阪や東京での判決報告集会や怒りの抗議行動で、これまでも支援いただいていた多数の方から、「こんな判決がまかりとおっていいのか」という怒りの声や、「一緒にこれを跳ね返そう」という温かい励ましの言葉をかけていただいた。この後押しを受けて、原告団、弁護団は、最後まで闘うことを決意し、一人も落とすことなく全員一致で上告して闘うことと決めた。

 こうして最高裁闘争に挑まなければならなくなった中、1陣地裁結審前に提訴し、結審直前であった2陣訴訟が、極めて大きな位置づけをもつこととなった。高裁判決時にはすでに約2か月後の10月26日に結審日が決まっていたが、弁護団は裁判所に、「高裁判決が出されたことを受けて仕切り直したい」と結審日の延長を申し出た。しかし裁判長は「自らが判決を書くにはこの結審日は変更できない」と意欲を見せたこともあり、弁護団としても10月26日の結審までに高裁不当判決をすべて批判し尽くす決意を固めた。その後は、文字どおり、必死であった。高裁判決の国の責任に関する判断枠組みの誤り、国の被害の認識に対する見方の誤り、ねつ造ともいえるほどの明らかな事実誤認、泉南の深刻な被害についての完全な無視など、議論をかさね、これまでじん肺訴訟や公害訴訟に携わってきた全国の弁護士にも意見を聞き、300頁にわたり判決を批判し尽くした準備書面と新たな証拠を提出した。またさらに700頁にわたる泉南被害者の深刻な被害を綴った準備書面を出し切った。結審日にも、高裁判決を批判する質量ともに圧倒的な意見陳述(その内容については、かもがわブックレット『問われる正義ー大阪泉南アスベスト国賠訴訟の焦点』をぜひご覧ください)を行って結審し、本年3月28 日に判決言い渡し期日が指定されたのである。私たち自身、こうして必死になって高裁判決を批判し尽くしたことにより、この高裁判決がいかに不当なものであったか、また必ず2陣地裁判決で乗り越えることができる、という確信をもつことができた。結審後も、支援の勝たせる会を中心に署名活動にも一層力を入れ、最終的には25万に近い公正判決署名を積み上げた。また毎週のように裁判所前で、原告団と弁護団がビラを撒き、マイクを握り続けた。こうして3月28日を迎えたのである。


3 2陣地裁判決の内容と意義

 張り詰めた緊張感の中、3月28日に言い渡された判決は、泉南アスベスト被害に対する国の責任を認める原告勝訴の判決であった。裁判所における被害者救済、人権擁護という正義の火は、決して消えていなかった。

 判決は、国が、昭和35年4月1日以降、昭和46年4月28日の旧特化則制定まで、旧労基法に基づく省令制定権限を行使せず、罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務づけなかったのは、国賠法1条1項の適用上違法であり、右の期間内に石綿工場で石綿粉じんにばく露した元従業員らが罹患した石綿関連疾患と国の省令制定権限不行使の間には相当因果関係があるとして、原告 名に対して国の責任を肯定した(なお、昭和46年の特化則制定後に就労を開始した1名、除斥期間が経過した2名、事業主からの解決金による損益相殺で全額填補された1名については残念ながら請求が退けられた)。平成22年5月19日の1陣訴訟大阪地裁判決に続いて、再び、国の責任を明確に肯定する司法判断が出されたことの意味は極めて重い。国は、今度こそ真摯に受け止めて、解決に向けて行動すべきことが明らかとなった。

 さて、判決の意義は、次の4点にある。 
 第1に、地裁判決が、わずか7か月前に言い渡された同じ管内の上級庁である高裁判決の価値観、法理論、事実認定を否定して、国の責任を認定したことである。この「異例」ともいえる事態は、昨年の高裁判決がいかに、非常識なものであったかを如実に示している。
 具体的にも、今回の判決は、①「経済的発展を優先すべきであるという理由で労働者の健康を蔑ろにすることは許されない」、「労働災害の防止のための費用を要することは当然のことであり、費用を要することは局所排気装置の設置の義務づけを行わない理由にはならない」とし、産業発展や事業主のコスト負担増を理由として労働者の生命健康を犠牲にすることは許されないと明確に判断した。また、②防じんマスクは粉じん対策としては補助的手段にすぎず息苦しさや視野が狭くなり、装着を嫌う労働者が少なからずいたのだから、粉じんの発散、飛散防止措置(局所排気装置設置の義務付け)を講じなければ労働者の粉じんばく露を防げなかったとし、その上で、行政指導ではコストのかかる局所排気装置の普及や環境改善は進まなかったとして国の責任を肯定した。
 つまり、今回の判決は、生命健康を至上の価値とする憲法と労働現場の実態を踏まえた上で、労働者の生命健康を軽視し自己責任の論理で貫かれた不当な高裁判決を正したものであり、まさに、司法の良心に従ったものである。

  第2に、今回の判決は、労働大臣の省令制定権限行使のあり方について、労働者の生命身体に対する危害防止と健康の確保を目的とし、「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見に適合したものに改正すべく、適時かつ適切に行使されるべき」とし、国の規制権限不行使の違法性を肯定した筑豊じん肺最高裁判決、水俣病関西訴訟最高裁判決の枠組みに沿って判断した。この流れに逆行した高裁判決を打ち消して、命と健康を重視するこれまでの流れに戻した。

 第3に、石綿原料を石綿工場に搬入していた運送会社の従業員について、石綿工場に雇用されていた者ではないが、石綿工場に雇用されている労働者と同様に、国は旧労基法、安衛法上の適切な措置(局所排気装置設置)をとるべき義務があったとして国の責任を肯定したことである。これは、1陣訴訟判決では示されていない今回初めての司法判断であり、国賠法上保護される者の範囲が広がった。

 第4に、泉南地域の石綿労働者に石綿粉じんの危険性に対する認識が乏しかった原因の1つは、石綿粉じんの危険性を警告する公の情報に触れる機会に乏しかったからであるとした上で、国が石綿粉じんに関する情報を、国民に対する情報提供、啓蒙活動を通じて、石綿工場の労働者に直接提供しなかったことは、国の規制権限不行使の違法性に関する一事情として、慰謝料算定の際に考慮するとしたことである。判決が、国による国民に対する直接的な情報提供の重要性を指摘している点は、今後、原発事故等による被害防止や被害救済を求めていくうえでも重要な視点となる。

 他方、今回の判決には問題点もいくつかあり、これについても報告をしておかなければならない。1つは、今回の判決は、昭和46年の特化則制定以後に就労を開始した原告1名の責任を否定したことである。特化則は、局所排気装置の設置を義務付けたものの、許容濃度の規制や測定結果の報告・改善措置の義務付け等がなされておらず、極めて不十分な内容である。実際も特化則制定後も被害が発生・拡大し続けたのだから、被害者救済にとって不当な線引きである。もう1つは、判決が、主たる責任は事業主にあるとして、国の責任を3分の1に限定したことである。これについては、国が石綿の危険性情報を独占し、泉南地域の零細事業主は危険性の認識が極めて乏しかった実態を踏まえないものであり、また零細事業主の多くが既に廃業しているため被害者救済を限定する結果となってしまい、不当である。そのほか、労災受給を慰謝料減額の一事情とした点や、死亡後 年経過した2名の被害者を除斥期間として救済しなかった点などの問題点もあった。

 このように1陣訴訟地裁判決と比較すると一歩後退した点はあるが、しかし今回の判決が、わずか7か月前の高裁判決を克服して国の規制権限不行使の責任を再び明確に認めたことにおいては、全体として、原告勝訴の判決であることは疑いようがないものである。


4 判決後の運動と非情な国の控訴

 2陣訴訟の被害者33名のうち15名が提訴前に死亡しており、生存原告も日々、高齢化と深刻な病気の進行、重篤化に苦しんでいる。1陣訴訟提訴後6年が経過し、すでに7名の被害者原告が解決を見ることなく無念のうちにこの世を去った。病の進行と高齢化に苦しむ被害者らが、かかる長期にわたる過酷な闘いを強いられ、また解決することを待ち望みながら次々と亡くなっていることの理不尽さは、筆舌に尽くしがたい。国は石綿被害を発生、拡大させたばかりでなく、解決を長引かせることによって被害者を苦しめ続けている。

 3月28日の判決後、上記の状況も踏まえ、原告団は「生きているうちに解決を」という譲れない願いの実現のため、1陣地裁判決からは後退した面があるもののこの2陣判決を一つの契機とした解決を国に迫る方針を決定した。判決後に病身をおして上京し、厚労省前、官邸前での早期解決を求める宣伝行動を続け、また早期解決アピールへの国会議員の賛同署名を集めて回り、実に102名の国会議員の賛同が集まった。野田首相と小宮山厚労相宛に原告から早期解決の願いを綴った手紙を寄せ、原告の民主党アスベスト議員連盟や、超党派の野党議員から、小宮山厚労相への早期解決の申し入れをするところまで実現ができた。しかし国は、4月6日の閣議において、早々に控訴を決めた。閣議後の小宮山厚労相のコメントは「最高裁で係争中の先行訴訟と同様の対応をとる必要があり、上級審の判断を仰ぐため」と、全く被害者の声に耳をかたむけない、非情なものであった。民主党政権はここまで官僚のいいなりなのかと、原告団はまたも肩を落とす結末となった。ただ少しずつではあるが、解決に向かって前進し、その足がかりができたのは、大きな成果であった。

5 今後の闘いとより一層のご支援を

  この度、7か月前のあの不当判決を跳ね返し、再び国の責任を認める画期的な判決を勝ちとることができたのは、まぎれもなく、原告らのがんばりを応援し続け、支えて下さった、大阪の、そして全国の、皆様のおかげであり、心からの感謝を申し上げたい。しかし闘いは、まだこれからも続く。最高裁にかかっている1陣訴訟と、鬼門である大阪高裁にかかることとなった2陣訴訟について、原告団、弁護団一丸となって、「生きているうちに解決を」の一点において、今後も、政治と司法の両面で早期解決を求め、実現できるよう、より一層の努力を誓う次第である。皆様には、泉南アスベスト国賠訴訟に、今後とも変わらぬ、いやぜひこれまで以上の、大きなご支援をお願いしたい。

(弁護団は、団長芝原明夫、国賠主任村松昭夫、国賠事務局長鎌田幸夫、その他多数)

日本郵便輸送割増賃金請求事件 控訴審で完勝!

弁護士 増 田   尚

 郵便物の自動車輸送を手がける関連会社が1社に統合されてできた日本郵便輸送の従業員2名が、1社統合後に、無事故手当と運行手当を時間外労働に対する割増賃金の基礎から除外されて計算されたとして、差額の割増賃金の支払を求めていた事件で、大阪高裁(前坂光雄裁判長)は、4月 12日、従業員らに対する勝訴判決を言い渡した。


事案の概要及び裁判の経緯

 従業員らは、大阪郵便輸送の従業員であったが、前記のとおり、郵便輸送関連会社の1社統合に伴い、日本郵便輸送の従業員となった。日本郵便輸送は、1社統合にともない労働条件を統一することとし、関連会社のうち最大規模の日本郵便逓送(日逓)の労働条件をベースに、就業規則等を作成した。ところが、日逓においては、給与規程の上では、無事故手当と運行手当は割増賃金の算定基礎から除外しつつ、労働組合(JP労組系列)との覚書に従い、各手当の半額を割増賃金の算定基礎に算入し、残る半額を割増賃金として支給する取扱いにしていた。日本郵便輸送の給与規程そのものは、日逓のそれに依拠して作成されたため、無事故手当と運行手当は割増賃金の算定基礎から除外されていた。
 従業員らの所属する全港湾阪神支部に対して、日本郵便輸送の給与規程が明らかにされたのは1社統合の直前であり、阪神支部は、ただちに、労基法に違反するものであるとして抗議した。しかし、大阪郵便輸送は、両手当とも割増賃金の算定基礎から除外されるべきであるとの見解を示して、阪神支部の抗議をとりあわなかった。2009年1月に日逓に1社統合され、同年2月に日本郵便輸送が日逓の事業を承継したが、給与規程は、そのままであった。
 阪神支部は、このような日本郵便輸送の取扱いは労基法に違反するとして、労働基準監督署に申告をした。労基署の是正勧告により、日本郵便輸送は、両手当を算定基礎として計算された割増賃金と既払の割増賃金の差額を従業員らに支払ったが、他方で、前記の日逓の運用のとおり給与規程の明文を変更した。
 従業員らは、このような給与規程の変更は、労働条件の一方的な不利益変更であり、日逓の運用のごとき取扱いは労基法違反であるとして、労基法に従い、両手当の全額を算定基礎として計算した割増賃金の支払を求めて提訴した。
 大阪地裁堺支部は、昨年、労働条件の一方的な不利益変更であり、合理性も認められないとして、従業員らの請求を認容したものの、両手当の各半額が明文で割増賃金の算定基礎から除外されているのであるから労基法違反はないとの疑問の残る判断であった(同判決については、本誌昨年5月号にて、弁護団の谷真介弁護士が報告しているところである。)。日本郵便輸送は、地裁判決を不服として控訴したため、従業員らも、付加金請求を棄却した部分につき、附帯控訴した。


高裁判決の概要と評価

 日本郵便輸送は、控訴審において、2回にわたる給与規程の変更を一連のものとして把握すれば、1社統合にともなう労働条件の統一という目的のために、日逓の運用を含む労働条件にならうこととしたのであり、それにより他社において有利な取扱いがなされていた点についても補償をしているから、全体としてみれば不利益変更とはいえないし、合理性も存すると主張した。この主張を立証するために、大阪郵便輸送時代に使用者側で団体交渉に対応した証人に、団体交渉の経過を証言させた。
 しかし、高裁判決は、1社統合後の給与規程からは、日逓の従来の運用を読み込むことは不可能であり、阪神支部との団体交渉においても、何ら説明がなされておらず、明文化がなされたのは、阪神支部からの抗議や労基署の是正勧告を受けて検討されたものであるとして、日本郵便輸送の一連性の主張は、「労働者にとって著しく不利益であり、また信義にも反する」と述べ、証人の1社統合までスケジュールの余裕がなく給与規程の内容を十分に吟味することができなかったとの証言を踏まえても、「割増賃金の算定基礎に関する規定は著しく杜撰であるといわざるをえず、そのしわ寄せを労働者が受けることを正当化できるものではない」と厳しく批判した。
 また、労基法違反の争点に関しても、両手当は、「労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情により、支給の有無や額が決まるというものではな」いとして、労基法 37条5項・同法施行規則 21条所定の除外賃金に該当しないとして、違法無効であると指摘し、1審判決の判断の誤りを是正した。
 その上で、給与規程変更の合理性について検討し、日逓の従来の運用のとおり明文化したものの、給与規程変更後になってようやく阪神支部に説明をしたにすぎず、日逓の従来の運用を絶対視し、1社統合後の給与規程の変更を急ぐあまり、従業員や阪神支部への対応を「蔑ろにしたと評価されてもやむを得ない」と断罪した。
 他方、付加金の請求については、両手当の各半額を割増賃金として支払うと明記されていることから、労基法違反といえないと解する余地もあると歯切れの悪い言い回しをもって、これを棄却した。
 日本郵便輸送は、控訴審において、前記のとおり「一連性」の主張を厚く論じるようになり、1審ではしなかった複数の証人申請を行うなど、巻き返しに躍起になった。実際に、使用者側申請証人1名の尋問が実施され、控訴審としては異例の展開を見せ、1審判決の取消も予想された。しかし、反論と反対尋問を的確に行い、証人の証言がかえって日本郵便輸送の対応の不誠実さ、杜撰さを暴露する結果となって、労基法違反の点にも踏み込んだ勝利判決をかちとることができた。
 なお、日本郵便輸送は、結審後に、給与規程を変更し、両手当の全額を割増賃金の算定基礎とする取扱いにした。2名の従業員による提訴ではあったが、日逓以来の違法な取扱いを是正させ、全国の2000名を超す同社の従業員に対し労基法どおり割増賃金を支給させる大きな成果を獲得することができたたたかいであった。

(弁護団は、坂田宗彦、谷真介両弁護士と当職である。) 

JAL不当判決と職場の状況 

JAL不当解雇撤回裁判原告団 事務局次長  長 澤 利 一

はじめに

 東京地裁で争われていた、JAL整理解雇訴訟のパイロットならびに客室乗務員の判決がそれぞれ2012年3月29、30日に言い渡された。整理解雇の有効性が問われた本件において、両判決は解雇を有効としたのである。原告の一人としてこの判決を受け止めるとき、不当な判決であるとしか言いようがない。両判決は整理解雇法理を否定せずにその要件を緩和しているのである。このことは、JALの会社更生の世界観が、①東京地裁が管財人を選任し、②その管財人が更生計画を作成し、③作成された更生計画を東京地裁が認可し、④そこで整理解雇が行われ、⑤その解雇権の濫用について東京地裁が判断するという大変偏狭なものであったといえる。
 また、この判決にたいしては、多くの支援者、団体からも批判の声が上がっている。


1 地裁判決の不当性

 私たち原告団は、東京地裁の口頭弁論において更生会社にあっても整理解雇法理は適用されるべきであると主張し、その4要件についていずれも合理性のないことを立証してきた。しかしながら、パイロット判決と客室乗務員判決では、多少の差はあるものの、裁判官の状況認識は適切なものとはいえなかった。すなわち、パイロットの判決においては、JALの再生計画は破綻的清算を回避するものと位置づけ、そして客室乗務員の判決では、一旦沈んだ船を二度と沈むことのない船にするための再生計画と位置づけたのである。したがって、このような前提下における整理解雇4要件の検討は、公正な判断にいたることができるのかという点で大きな疑問が残るのである。

(1)目標を超過しても整理解雇する必要性はあったのか
 では、解雇された2010年12月31日の時点において、JALの実態はどうであったのか。当時の連結営業利益は、2010年10月で1327億円、11月で1460億円、12月で1586億円であったように、十分な利益を計上していた。その後の期末では更生計画の初年度目標の2.9倍にもおよぶ、JAL史上最高の1884億円を確保したのである。にもかかわらず判決では「このような収益の発生を理由として、更生計画の内容となる人員削減の一部を行わないということはできない」や「更生計画を上回る営業利益を計上していることは、更生計画に基づく人員削減の必要性を減殺する理由とはならない」としているのである。いくら巨額な利益をあげても人員削減の必要性の判断に影響しないというのであれば、その先にある整理解雇の必要性の検討はどの様になされるのであろうか。
 人員削減数に関しても、原告らが在籍していたJALの運航会社では約1520名の目標に対して、1696人が希望退職に応じていたにもかかわらず、パイロットと客室乗務員については職種別の削減目標人数に未達であるとして、まともな説明もしないまま解雇にいたったのである。判決は更生計画で定めた人員削減数を絶対視して、必要性を無条件に肯定している。

(2)稲盛証言を無視する姿勢
 特筆すべきは、当時の会長職にあった稲盛和夫証言である。証言では「その時の会社の収支状況からいけば、誰が考えても、それは雇用を続けることは不可能ではないということが分かるでしょうね」と解雇回避が可能であったことを認めていたのである。にもかかわらずパイロット判決ではこの証言を無視し、客室乗務員判決においては、「苦渋の決断としてやむなく整理解雇を選択せざるを得なかったことに対する主観的心情を吐露したに過ぎない」として歪曲してのけたのである。

(3)回避努力の形骸化
 また会社更生には、労働者の協力が不可欠であるにもかかわらず、組合が解雇回避措置として提案した、ワークシェア、一時帰休、無給休職、転籍、出向なども被告は検討しなかった。この点について判決は、原告の主張を検討せずに在籍社員数に代わりがないことを理由にして被告の行為を肯定し、回避努力を形骸化させている。

 (4)人選基準の不合理
 私たちは、人選基準の合理性について、病気欠勤や休職したものを解雇したり、年齢の高い者から解雇するという基準には合理性などなく、こうした乱暴な解雇を行うことが現場に残された乗務員等に悪影響をあたえ結果として、JALの安全運航体制は揺らいでしまうと主張した。
 しかし、両判決ともに人選基準の合理性の判断では「病気欠勤や休職したものを解雇する基準」と「年齢の高いものから解雇する基準」について、いずれも使用者の恣意の入る余地がない客観的基準であるとした。そして、安全運航に与える影響については、「運航の安全確保に必要な知識や経験の多寡が年齢と相関関係にあると認めるだけの根拠はない」、「安全運航に支障を来たすとするには論理に飛躍がある」として安全にたいしての見識のなさまで暴露したのである。


2 解雇後の職場の状況

 事業再生を行うにおいて、一番重要でまた難しいのは労働者の意識を変えることであるといわれている。再生するJALにおいても、労働者の意識改革を行うために、経営の神様と呼ばれた稲盛氏を招聘し意識改革教育が持ち込まれた。
 この意識改革はJALフィロソフィーとよばれ、全社員にフィロソフィー手帳を配布し携帯を義務付け、社内研修が1年に4日間という日程で、徹底したコスト管理と部門別採算性の教育がたたきこまれている。
 パイロットや客室乗務員は、これまでコスト管理の観点はなかったわけではなく、それ以上に安全運航を遂行するための不断の努力が求められていたのである。しかし、意識改革が進むにつれ、パイロットの中には、いかに燃料を節約するのかが目的化され、台風を避けずに突っ切って飛行する機長も現れたりしている。また、出発前の飛行機の外部を点検する際に、機長が転倒し骨折をしたにもかかわらず、そのまま運航してしまった事実も発覚している。不安全な事象はこれだけにとどまらず、客室乗務員の職場においても安全が置き去りにされ、着陸時にベルトもせずに立ったままの状態であったり、機内サービス用品が格納されているカートとよばれるワゴンが離陸中に客室に飛び出したりもしている。
 これらのことは、国会でも問題にされて、ようやくJALは重い腰をあげてこの4月から安全キャンペーンなるものを始めたのである。私たちが、ベテランのパイロットと客室乗務員を整理解雇して、意識改革を行った結果がこうした不安全事例の引き金になっていると指摘したことにたいして、パイロット判決で「想定し難い」とした判断の不見識さには、驚かされるものである。


3 今後の課題

 判決後には、国民支援共闘会議主催の総決起集会、原告団主催の院内集会が開催された。そこでは、判決へ大きな怒りが表され、もはや個人の問題ではなく、社会の問題、文化としての問題であると考えて連帯が呼びかけられた。
 さらに日本の労働者にかかわる非常に重要な問題でもあり、労働者の人権を軽視する判決を跳ね返し、国民的な運動として発展させていく決議もなされた。
 これらを追い風にして、私たち原告団は4月11日に控訴し、新しい国民的運動とともにJALの安全と公正な判決を求めなければならない。

泉佐野市職員らの一方的な一律給与カットに対し公平委員会が異例の「意見」

弁護士 谷   真 介

 本件は、平成23年4月24日に、前・泉佐野市長が大阪維新の会から府議会議員に立候補したことにより行われた泉佐野市長選挙において、マニフェストで職員給与を20%カットして年9億2000万円の財源を確保すると主張していた前市議会議員の千代松氏が当選したことに端を発する。

 千代松市長は当選後、早速、同年5月12日に職員給与の一律20%削減の協議を通告した。そして、大阪府知事時代の橋下徹氏が行っていたことに倣い、その協議にはなんと公開の団体交渉を要求し、非公開では団交をしないと強弁してきた。自治労連傘下の泉佐野市職労は、議論の末に1度、公開での団交を受ける方向で返答したが、その場は市長の後ろに「市民」が座るという異様な雰囲気であり、到底交渉ができるような場ではなかった。以後も公開での団体交渉にこだわる千代松市長に対し、泉佐野市職労は粘り強く非公開での交渉を求め、最終的には非公開での交渉が1度もたれたものの、そこに出席した千代松市長は「マニフェストを掲げて当選した」の一点を掲げるのみで、なぜ20%の一律削減が必要なのかについて説明すら行われなかった。また「二元代表制のもとで組合が入れば民主主義がいびつになる」と異常なまでの組合敵視の態度を隠そうとしなかった。このわずかの時間の交渉は、結局「平行線」として打ち切られ、同年6月13日には、千代松市長は、労使合意はもちろん、職員組合への説明すらないまま、職員給与の20%削減条例案を市議会に強行提出したのである。

 これまで、泉佐野市職労は、泉佐野市の財政難の現状を踏まえて交渉を重ね、過去11年間で定期昇給の先送りやマイナス人勧などを含め、実質20%のダウンに応じてきた。そのような過去の組合や職員の協力について全く顧みることなく、また泉佐野市の財政状況悪化の原因の分析や他の財政再建策の検討すらせず、マニフェストを唯一絶対なものと強弁し、また「このままでは早期健全化団体に転落する」と恫喝するやり方は、全くもって職員の納得を得られるものではなかった。

 何としても議会で可決されることを阻止しなければならないと、これまでは組合活動について傍観してきた若い組合員が中心となって奮起し、毎日遅くまで今行うべき運動は何かについて議論し、毎日のように機関紙を発行しては全職員に情報発信し、ときには街頭で住民に対して行政のあり方が問われている問題であることを訴え、直接的には議員に対して働きかけるなど、考えうる最大の運動を続けた。それにより市議会では市長が提案した一律20%カットは否決させることができた。しかし、結局、議員発議の形で一律8~13%カットの案が提案され、6月28日に賛成多数で可決がなされてしまった。


 この一方的な一律最低8%カットは、これまで過去11年で実質的に20%に及ぶ給与カットに協力してきた市職員の生活を直撃した。若い職員の中には、生活保護基準すら下回る者も出た。市民のために体をはって仕事をしてきたのは何だったのかという、喪失感に苛まれる職員もいた。

 泉佐野市職労は、現業職員を全面に出して労働委員会に不当労働行為救済申立を行うことや、市長や市を相手に損害賠償請求訴訟を行うことを検討したが、最終的には、公平委員会に対して、一律最低8%カットを撤回すること、15か月の昇給延伸措置について復元を図る措置を求める措置要求を行うことに決めた。そして、この措置要求に組合内外から圧倒的多数の申立人を募り、社会に迫っていくという運動方針をとることとした。泉佐野市職労の組合員たちは、他組合の組合員や非組合員を含む全ての市職員にいま立ち上がらなければいけないと訴え続け、最終的にはなんと7割の職員を、申立人とすることができ、この圧倒的多数をもって、平成23年9月8日に公平委員会に措置要求を申し立てた。

 その後、平成24年1月28日には、土曜日を用いて、職員側が求めた公開口頭審理が実現することとなった。わずか30分の意見陳述であったが、8名の職員(組合員)が、代わる代わる、これまで誇りをもって市民のために職務を行ってきたこと、過去の実質20%の賃金カットに協力してきたのに加え今回の8%カットで生活が困窮していること、仕事に誇りをもてなくなってしまうのではないかという葛藤など、一人、一人が、涙、涙の意見陳述を行った。一方、市の代表として出席した千代松市長は、自らの意見書を朗読し、職員の仕事への思いや職員の生活に配慮する言葉はなかった。
   

 平成24年4月10日、公平委員会の判定が出され、結論としては、給与条例主義のもとで議会で給与カットの議決がなされていることを根拠に、職員の措置要求は棄却された。
 しかし、判定は、「条例の改廃を求める職員給与の改定も勤務条件に該当するものと判断し、措置要求の判定対象となる」とした上で、「職員の給与は、勤労に対するモチベーションの維持・増進等の観点からは高水準であることが望ましく、今回の給料カットは、生活に直結する問題だけに、職員の勤務条件としては多大なマイナス要因となる」ということを前提とした上で、最後に異例ともいえる公平委員会の「意見」が付された。そこでは、「当局側が労使交渉に於いて十分な説明や誠実な交渉を行ったとは評価しがたい側面があり」、「法第55条の趣旨(職員団体に対する当局の交渉応諾義務等)から見て遺憾な面がないではない」「給与に関する案件は、職員の勤務条件の中でも生活に直結する重要な事項であり、まして、その給与を削減するという案件ならば、当局側は、誠意をもって職員団体との交渉に望むべきである」「しかしながら、今回の労使交渉を見ると、上述したように当局側が誠意をもって十分な説明責任を果たしたとは考えにくく、当委員会としては遺憾と言わざるを得ない」「当局側においては、今後は、十分に説明責任を果たした上で、職員団体と誠実な交渉を行い、円滑な行政運営に支障が出ることのないよう希望」する、という「注文」がついたのである。
 今後、棄却の結論に対してさらなる法的措置をとるかは現在検討中である。ただ少なくとも、公平委員会から、千代松市長や市当局のこれまでのような組合との交渉、協議を無視した一方的なやり方に、NOが突きつけられた。泉佐野市職労としても、この公平委員会意見を最大限生かし、引き続き、「住民のために働く職員の職務の対価である給与のあり方」を問う運動を模索していく。

(弁護団は、大江洋一、増田尚、半田みどり、谷真介)

建交労 大阪運輸振興・組合掲示板事件

弁護士 楠   晋 一

1 大阪運輸振興とは?

 大阪運輸振興は、1988年に設立された大阪市の外郭団体で、大阪市交通局(以下「大交」といいます。)から市バスの一部の営業所について路線バスの運行業務やバス操車場、バスターミナルの管理業務についての事業を委託されています。そのような関係で、大阪運輸振興は、大交から営業所やバスその他の営業用資産を無償で貸与され、操車場も無償で使用が認められています。また、大交が大阪運輸振興の株式の37.5%を保有し、議決権の100%を支配しており、実質的には大交が大阪運輸振興を支配する関係にあります。


2 大阪運輸振興における従業員の状況と組合の設立

 大阪運輸振興で働く従業員には、大きく分けると大交から移ってきた社員、大阪運輸振興で採用された社員と嘱託社員がいますが、従業員の6割は嘱託社員で市バスの運転業務に当たっています。
 嘱託社員は1年間の有期雇用で、退職金もなく、賃金面でも基本給17万円、手当を含めても20万円あまりで、毎月35時間以上の残業と2日以上の休日出勤をしないとまともな生活ができないのが現状です。マスコミで報道されるバス運転手の待遇はごく一部を捉えたものに過ぎません。
 そんな中、2011年6月に分会長の不当解雇争議の勃発を契機に2名の嘱託社員が建交労運輸関連合同支部大阪運輸振興分会を結成しました。

3 営業所内における掲示板設置の実績

 ところで、大阪運輸振興には建交労以外にも4つの組合があり、掲示板の設置を申請した組合には長年にわたって労使の合意に基づき営業所内での組合掲示板の継続的な設置・使用が認められていました。
 そして、建交労もこの慣行に基づき2011年8月末に使用が認められ、9月から自前の掲示板を各営業所に設置しました。設置場所はどこも営業所の中の食堂や休憩室があるフロアの一角で、一般人の目に付くようなところではありません。また、掲示板の広さは縦90㎝×横180㎝というごく一般的な大きさです。


4 橋下市長就任と掲示板設置許可の更新拒否通告
 

 皆さんご承知のように大阪市長に就任した橋下氏は、労働組合を敵視する行動をとり続けています。そのような中、大交は、2012年2月に、大阪運輸振興に対して同年4月以降の掲示板設置使用許可を更新しない旨通告し、原状回復するよう求めてきました。これを受けて大阪運輸振興は各組合に対し、3月31日までに組合掲示板を撤去するよう通告しました。


5 組合の抗議と府労委への救済申立て

 組合は、この通告に強く抗議し、すぐに会社と大交と大阪市に対して通告の撤回を求めて団交申入れを行いました。しかし、大阪運輸振興は、今回の撤去は大交からの通知によるものであり、大交が許可しない限りどうすることもできないといいます。組合がなぜ施設使用許可の便宜供与を見直す必要があるのか、建交労に何か問題があったのかと問うと、会社は、大交の労働組合が勤務時間中に選挙活動をするなどルールを逸脱する行為があったので、これらの行為を正すためすべての組合に対する便宜供与を見直すことになった。しかし、建交労にはそのような行為は一切ないと会社でさえ認めました。
それでも、通告の撤回に応じませんでした。
 また、大交は本件に関しては、大交と会社との間における大交所有の施設の使用に関する事項であるので団交する立場にないとして団交にさえ応じませんでした。
 このような状況下で2012年3月16日に、組合は会社に掲示板の使用許可、大交に団交応諾と掲示板の使用許可の更新、大阪市に団交応諾を求めて大阪府労働委員会に不当労働行為救済申立てをしました。


6 相手方の行為は組合活動の自由と表現の自由へのあからさまな挑戦です

 組合は、分会結成以来、労働者の待遇改善を会社に要求するだけでなく、分会長の解雇裁判の情報も組合ニュースとして積極的に組合内外に情報発信してきました。そのような精力的な活動が評価されて、分会員は現在  名まで増えました。とりわけ、市バスの運転手は各人の業務時間がバラバラでなかなか一堂に会することができず、掲示板での情報提供が組合員の活動にも欠かせないものとなっています。掲示板の撤去は組合活動にとっては死活問題であります。また、組合ニュースの掲示スペースをなくすことは組合内外への表現活動に対する重大な制約になります。
 ところが、会社は、労働組合たるもの使用者から便宜供与を受けずに独立して存在せよと言い放ち、大交は本件の問題を庁舎施設管理権の問題に矮小して、自分たちは関係ないという姿勢でこの問題を乗り切ろうとしています。
 組合活動の自由と表現の自由という2つの憲法上の重要な権利を守るために今後とも皆さまのご支援を(分会長の解雇裁判ともども)よろしくお願いいたします。

(弁護団は、梅田章二、河村学、西川大史、楠晋一)

TPPリポート② TPPとその関連する協定について

弁護士 中 島  宏 治

1 はじめに
 TPP(環太平洋経済連携協定:Trans-Pacific Partnership)を議論するにあたって、関連する協定等についての理解が不可欠であると思われる。WTO、FTA、EPAという用語が頻繁に出てくるので、その用語の基本的理解を促すのが本稿の目的である。

2 WTOとは
 WTO(世界貿易機関:World Trade Organization)は、自由貿易促進を主たる目的として創設された国際機関である。常設事務局がスイスのジュネーブに置かれている。
 現在の加盟国数は157(現在加入申請中の国は  )。アメリカ、日本、韓国、ヨーロッパの主たる国は原加盟国であり、中国は2001年12月、台湾は2002年1月、ロシアは2011年12月にそれぞれ加盟した。
 もともと、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドにおける合意によって、世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(WTO設立協定)に基づいて成立したもので、1995年1月1日にGATTを発展解消させて成立したとされる。
 WTOはGATTを継承したものであるが、GATTが協定(Agreement)に留まったのに対し、WTOは機関(Organization)であるのが根本的な違いである。
 WTOは、①自由(関税の低減、数量制限の原則禁止)、②無差別(最恵国待遇、内国民待遇)、③多角的通商体制を基本原則としている。物品貿易だけでなく、金融、情報通信、知的財産権やサービス貿易も含めた包括的な国際通商ルールを協議する場である。
 新多角的貿易交渉(新ラウンド)は、2001年11月にカタールのドーハで行われたWTO閣僚会議で開始を決定し、ドーハ・ラウンドと呼ばれていた。2002年2月1日の貿易交渉委員会で新ラウンドがスタートした。しかし、9年に及ぶ交渉は、先進国と急速に台頭してきたBRICsなど新興国との対立によって中断と再開を繰り返した末、ジュネーブで行われたWTO閣僚会議(2011年12月17日)で「交渉を継続していくことを確認するものの、近い将来の妥結を断念する」(議長総括)となり事実上停止状態になった。
 このようなWTOの行き詰まりから、FTA、EPAの動きが加速したとされる。

3 FTAとは
 FTA(自由貿易協定:Free Trade Agreement)とは、物品の関税、その他の制限的な通商規則、サービス貿易等の障壁など、通商上の障壁を取り除く自由貿易地域の結成を目的とした、2国間以上の国際協定である。2国間協定が多いが、北米自由貿易協定(NAFTA)等の多国間協定もある。
 ASEAN諸国は、ASEAN自由貿易地域(AFTA)を1992年に締結し、段階的な貿易自由化を行い始めた。ASEAN域内での関税や非関税障壁(NTB)の引き下げを行い、貿易の自由化、それに伴う経済の活性化、発展を目的とするものである。
 今日の東アジア経済統合において、ASEANは事実上中核的な位置を占めている。中国や日本、のちに韓国はASEAN諸国全体とのFTA(ASEAN+1FTA)をそれぞれ締結し、それをまとめたものをASEAN+3FTAとして事実上の東アジアFTAを構築するのが既定路線になっている。
 FTAのメリットのうち、経済的メリットとしては、自由貿易の促進拡大によるスケールメリット、協定国間における投資拡大の効果である。地域間における競争促進によって、国内経済の活性化や、地域全体における効率的な産業の再配置が行われ、生産性向上のメリットも期待される。政治的メリットとしては、協定国間の地域紛争や政治的軋轢の軽減、地域間の信頼関係の熟成が期待されること、貿易上の問題点や労働力問題なども、各国が個々に対応するよりも協定地域間全体として対応することができることである。
 FTAのデメリットとしては、協定推進の立場の国や人々が、地域間における生産や開発の自由競争や合理化を前提としていることが多く、自国に立地の優位性がない場合、相手国に産業や生産拠点が移転する可能性がある。このため、国内で競争力があまり強くない産業や生産品目が打撃を受けるほか、国内消費者が求める生産品の品質を満たせない製品が市場に氾濫するなど、生産者にとっても消費者にとってもデメリットが生じる可能性が存在する。海外製品が日本人独特のニーズに応えられるかどうかは未知数であり、他の自由貿易協定(FTA)地域で起きたメリットと同じことが、日本で結ぶ地域間においても起こるとは限らず、むしろ国民が望まない方向へ経済的にも政治的にも進む可能性もある。

4 EPAとは
 EPA(経済連携協定:Economic Partnership Agreement)とは、自由貿易協定(FTA)を柱として、関税撤廃などの通商上の障壁の除去だけでなく、締約国間での経済取引の円滑化、経済制度の調和、および、サービス・投資・電子商取引などのさまざまな経済領域での連携強化・協力の促進などをも含めた条約である。
 FTAが特定の国や地域との間でかかる関税等の通商上の障壁を取り除いて物やサービスの流通を自由に行えるようにする条約であるのに対して、EPAは物流のみならず、人の移動、知的財産権の保護、投資、競争政策など様々な協力や幅広い分野での連携で、両国または地域間での親密な関係強化を目指す条約である。
 日本ではEPAを軸に推進しており、2011年時点で、日本が過去に外国または特定地域と締結した協定はすべてEPAとなっている。シンガポール、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネイ、ASEAN、フィリピン、スイス、ベトナム、インド、ペルーと協定している。この他、韓国、EUなどとのEPAが交渉中であるが難航している。

5 TPPをめぐる状況
 再度TPPに戻ると、TPPは環太平洋地域の国々による経済の自由化を目的とした多角的な経済連携協定であって、EPAの一種である。
 TPPの原協定は、4カ国(シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド)で調印し、現在、アメリカ、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーが加盟交渉国として参加し、原加盟国との拡大交渉会合に臨んでいる。
 日本がTPPに参加するかどうかの前提として、すでに日本は、TPP加盟国・参加国の多くとEPAを締結していることを考慮すべきである。また、WTOに基づいて日本の関税は引き下げられている状態である。
 韓国はTPPには全く参加する意向がなく、すでにアメリカ・EUとFTAを締結した。
 日本が本来目指すべきは、きめ細やかな対応が可能である、アメリカ・EUなどの2カ国間のFTAまたはEPAであると思われるのに、なぜ敢えてTPPを推し進めようとするのか、TPPによってどのような不利益が日本にもたらされるのか、真剣に議論されなければならない。

安周永先生講演会「日本と韓国における政権交代の教訓と労働組合の役割」

弁護士 下迫田  浩 司 

 2012年3月30日、民法協国際交流委員会は、安周永(アン・ジュヨン)先生による「日本と韓国における政権交代の教訓と労働組合の役割」と題する講演会を開催しました。
 安先生は、韓国の成均館大学政治学修士課程を修了後、2005年に来日され、京都大学法学研究科博士課程(法政策理論専攻)を修了され、現在、京都大学法学研究科の助教を務めていらっしゃいます。韓国の在外国民として、ちょうどこの講演の日に、難波で韓国国会議員総選挙の在外投票をしてきたとのことでした。
 大変流暢な日本語でご講演をなさいましたが、私が韓国のさまざまな政党等についてあまり知らなかったため、本報告は、安先生のお話について思わぬ誤解をしている部分があるかも知れません。ご了承ください。

 今回の講演では、韓国における朴元淳ソウル市長の誕生と、韓国における政権交代について、重点的に説明されました。
 安先生によれば、日本と韓国の政治の類似点として、戦後安全保障や外交政策に対する国民的合意がないため、経済問題よりも外交問題が主な対立軸となり、政党の理念や政策が曖昧で、対立軸が政策本位よりも人物本位になりやすいとのことです。そのため、ポピュリズムの誕生の危険性が高くなります。
 一方、日本との比較における、韓国政治経済の特色として、財閥の影響力が非常に大きいことと、朝鮮日報や中央日報や東亞日報といった保守マスコミの影響力が大きい(日本でいうと、産経新聞が3つあって、それぞれが朝日新聞と同じくらいの影響力を持っているような感じだそうです)ことと、地域主義があります。そのため、日本と比べて韓国は自由化(米韓FTA、EU―韓FTA、医療の民営化など)が進む可能性が高いとのことです。そのような状況下で、ソウル市長選で朴元淳氏が当選したのは驚くべきことです。
 ソウル前市長のオ・セフン市長が普遍的福祉の拡散を阻止しようとして、無償給食に対する住民投票を実施したところ、住民投票率が低迷したため、オ・セフン市長が辞職しました。そこで、補欠選挙が行われることになりました。そして、民主党と民主労働党と朴元淳という野党圏の候補三者が、国民参加予備選挙等を経て、一本化されることになりました。
 朴市長の当選の構造的要因として、現政権の失政がありました。これは、日本で言えば、自民党政権の失政に当たります。そして、革新勢力の組織化において、無償給食、無償保育、無償医療という「福祉国家」を民主労働党が公約として打ち出しました。
 また、韓国では若者の失業問題が非常に深刻で、その不満を吸収する組織が青年ユニオンだとのことです。この青年ユニオンは、日本の首都圏青年ユニオンを参考にして結成したそうです。
 韓国の政権交代の経験から得た教訓として、日本では、政治家に期待し過ぎではないか、閉塞状況にある日本をどのように変えるのかは、結局、市民一人ひとりが考え、発信すべきではないか、という問題提起をよって、講演会が締めくくられました。

 講演後の質疑応答の中では、先進国の中で企業別労働組合になっているのは日本と韓国だけであることを安先生は指摘され、ただ、韓国では、企業別労働組合ではもう駄目だということで産別労働組合に移行する方向で動いているとのことです。また、日本と韓国は、職務給でないので、同一労働同一賃金を実現する場合に、どのように実現するかという問題があることを指摘されました。これは、日本においても、ものすごく重要な問題だと思います。
 質疑の中では、日本の革新勢力は過激化・セクト化する傾向があったのに対し、韓国では革新勢力が統一戦線を組めているのではないかという会場からの声もありました。
 現在の日本の政治は、ずっと期待できない状態が続いていますが、結局、私たち市民一人ひとりが、社会をどうするべきかについて考え、発信し、運動していくことが大切なのかなと感じました。

過労死防止基本法・100万人署名実現に向けて

弁護士 瓦 井  剛 司

  1.  「過労死のない社会の実現」を目指し、全国過労死を考える家族の会及び過労死弁護団全国連絡会議が呼びかけ人となって、「過労死防止法制定実行委員会」(以下、「実行委員会」といいます。)が立ち上げられました。実行委員会は、過労死根絶を願う人々の声を、世論として国会に届けて「過労死防止基本法」に結実させるべく、100万人署名活動を行っています。
     過労死防止基本法は、①過労死はあってはならないことを、国が宣言すること、②過労死をなくすための、国・自治体・事業主の責務を明確にすること、③国は、過労死に関する調査・研究を行うとともに、総合的な対策を行うこと、の3つを柱とする基本法です。
  2.  2012年3月2日に、実行委員会大阪支部の立ち上げイベントとして、エル・おおさかにて、「ストップ!過労死 大阪のつどい ―過労死防止基本法の制定を―」が開催されました。署名活動を今後いよいよ盛り上げていくための旗揚げの集いです。  名の方が参加され、熱気あふれる良い集いとなりました。
     
    (1) 舟木弁護士と、大阪職対連の藤野さんの司会進行のもと、まず、実行委員会委員長の森岡孝二関西大学教授から、「今なぜ過労死防止基本法が必要か」と題して経過報告が行われました。三六協定・特別条項の存在により労基法がザル法になり、過酷な過重労働が常態化している現状。家族、個人、企業の努力だけでは現状は打破できず、さりとて労基法の改正では時間がかかり過ぎる。そこで、過労死防止の一点に絞り、使用者も含め誰も反対できない法律をつくって過労死をなくすのだという過労死防止基本法の意味づけが語られ、国会議員を動かすべく100万人署名を達成しようとの力強い呼びかけがされました。

    (2) 木津川計さんによる、記念講演「命より大切な仕事って何ですか?」では、「道楽」「余暇」などの言葉が実は過労死の話と堅く結びついているという、斬新かつ興味深いお話が聴けました。例えば、「余暇」という言葉は本来「自由であることを許されている」との意味でしたが、明治以降、国が、低賃金長時間労働をさせ脱亜入欧を達成すべく、勤労の美徳をあおった結果、「余った」「暇」というネガティブな訳にされてしまったとのことです。国によるマインドコントロールから目覚め、人間らしい生活を取り戻すため、過労死防止基本法の制定を目指そうとの呼びかけで記念講演は終わりました。

     (3) 実行委員会事務局長の岩城弁護士の司会進行によるリレートークでは、まず、過労死遺族の声として、ご主人を亡くされた塚野さんから、将来社会に出る娘さんのために「過労死」を死語にしたいとの切実な思いが語られました。続けて、女手一つで育ててきた大切な一人息子を亡くされた西垣さんから、過労死防止基本法で若者の過労死にストップをかけたいとの思いが語られました。「息子は生きがいだった。」「裁判で勝っても息子は戻ってこない。」「私の老後に大切な息子はいない」との訴えには涙が出ました。次に、労働現場からの声として、大阪教職員組合の藤川さんから、教師の中で過労死ラインの人が  %もいるといった学校の現状を改善したいとの決意が語られました。若者が運営し、若者の労働相談を受けるNPO法人・POSSEの川村さんは、新たな犠牲者を防ぐため防止法制定を実現したい、署名活動などの中で、労働問題を多くの人に認知してもらいたいとの考えを話されました。大阪青年ユニオンの北出さんは、「過労死を許さないという法律を制定させる力がある」ことを見せつけることに大きな意味がある、と、署名活動の意味を強調されました。
     
    (4) 全国過労死を考える家族の会代表の寺西さんの音頭によるアピール文採択の後、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事の松丸弁護士による「署名運動を進める中で日本の働く文化を変えよう」との閉会挨拶で、会は幕を閉じました。会場の皆さんも絶対に過労死防止基本法を制定しようとの思いを強くされたと思います。

  3.  3月7日(水)には、過労死防止基本法制定に向けて、第3回の院内集会が衆議院議員会館にて、開かれました。当日は、ちょうど国会日程と重なってしまうなどで議員の参加が危ぶまれましたが、蓋を開けてみれば、議員や議員秘書も多く参加され、過労死防止基本法制定に向けての意欲を語って下さいました。参加者は約200名にのぼり、満員の会場は、何が何でも過労死防止法を実現するのだという熱気と迫力に包まれていました。
     集いにも参加して下さった西垣さんや、小学校1年生のとき、父を過労死で亡くし、「僕の夢」という詩(署名用紙にも掲載しているものです。)を書いた辻田さんらご遺族の発言もありました。辻田さんの「仕事のための命でなく、命のための仕事」「命こそ宝」「「過労死・過労自殺というものがこの世からなくなってほしい」とのメッセージは、国会議員をはじめ、会場に集まった人たちの心に重く響いたことでしょう。
  4.  いま、全国で、100万人署名にむけた活動が行われています。弁護士、過労死を考える家族の会の皆さんはもとより、各地の労組のみなさんをはじめとする多くの方々が、積極的に署名集約に協力して下さっています。皆の願いはひとつ。過労死のない社会の実現です。
     4月19日には、集約された署名数が  万筆を超えました。しかし、100万人署名達成・過労死防止基本法制定実現への道のりは、ここからが正念場です。再来月、6月6日には、衆議院議員会館にて、第4回の院内集会が開かれます。この院内集会で、1筆でも多くの署名という形で、過労死のない社会を実現したいという人々の声を届けたいと思います。署名活動の一層の推進に向け、皆様のより一層のご協力をよろしくお願いいたします。