民主法律時報

連載 TPPリポート①  オリジナルTPPを読む

        弁護士 杉 島  幸 生

  1.  野田内閣は、TPP参加にむけての協議を開始しようとしているが、肝心のTPPの内容は依然として明らかではない。そこで、本稿ではオリジナルTPP(以下、「TPP」とする)を概観し、それを知る手がかりとしてみたい。

     

  2.  TPPは、次の20章と二つの付属文書により構成されている。①序章、②一般的定義、③産品の貿易、④原産地規則、⑤税関手続、⑥貿易救済措置、⑦衛生植物検疫措置、⑧貿易の技術的障害、⑨競争政策、⑩知的財産、⑪政府調達、⑫サービス貿易、⑬一時的入国、⑭透明性、⑮紛争解決、⑯戦略的連携、⑰管理上・制度上の規定、⑱一般的条項、⑲一般的例外、⑳最終規定+環境協定、労働協力に関する覚書。
      「①序章」は、TPPの目的を「締約国間の貿易の拡大・多様性を進めること、障壁を除去し物品及びサービスの貿易を円滑化すること、公平な競争条件を促進すること、投資機会を拡大すること、知的財産の適切かつ効果的な保護と執行を提供すること、貿易紛争を防止し解決する効果的なメカニズムを創設すること」とする。ここには加盟国の社会秩序や伝統、市民生活への配慮などは見当たらない。
  3.  「③産品貿易」の章は、条約中で例外品目とされなかったすべての品目の無関税化を義務づけている(ネガティブリスト方式)。④~⑧は、「③産品の貿易」の自由化をすすめるための技術的な規定であるが、ここにも見過ごすことのできない問題がある。例えば、ある産品の大量輸入により地場産業に重大な支障が生じたとしてもセーフガードを容易に発動することはできない(⑥貿易救済措置)。また輸入を認めるための検疫基準についても、輸出国が自国の基準が輸入国の基準と同等の効果をもつと証明すれば、必ずしもその基準を満たしている必要はないとされ、病害虫発生国であっても病害虫の発生していない地域において生産されたものであればその輸入を認めさせることができるとされている(⑦衛生植物検疫措置)。また検疫以外の技術的基準(例えば安全基準)も国際規格が前提とされ、より厳しい国内基準を設ける場合には、特にその必要性を説明しなければならない。また輸出国が自国の基準が同等の効果を有すると証明すれば、その輸入を認めざるを得なくなる(⑧貿易の技術的障害)。
  4.  「⑪政府調達」の章は、中央・地方政府が一定額以上の産品やサービスを購入する場合に、すべての加盟国の業者に向けて公開入札すべきことを定めている。これにより国内の事業者は、常に海外の事業者との競争にさらされる。また入札の際に産品・サービスの水準以外の条件を設けることはできない。地元業者を優先することや雇用する労働者に一定の労働条件を確保することを求めることなどはTPPルール上許されない。
  5.  「⑫サービス貿易」の章も、条例上特に例外とされたものを除き、すべてのサービス業の自由化を義務づけている。サービスの質を維持するための規制のみが許され、量的規制や経済政策上の規制をすることはできない。海外からのサービス輸入を規制することができない以上、国内規制も緩和せざるをえなくなるものと考えられる。例えば、日本の医療保険制度は、自由診療を原則認めていない。しかし、それでは海外からの医療サービス提供にとって支障となる。そうなればTPPを根拠に医療というサービス貿易の自由化のために混合治療を認めよ、株式会社による病院経営を認めよという要求が起きてくるのは必至だ。それは医療機関間の競争を激化させ、儲からない分野(例えば産婦人科など)への医療資源の振り分けは困難となるだろう。

  6.  「⑮紛争解決」の章では、TPPルールをめぐって加盟国間に紛争が生じた場合、国際仲裁裁判所に紛争解決を申し立てることができるとしている。ここでは加盟国の措置がTPPルールに合致しているかどうかだけが判断基準とされ、国民生活にとって必要であるとか、国内世論の支持を得られないなどということは考慮されない。しかも、裁判は原則非公開で行われ、その最終決定には不服を申し立てることができない。そして、仲裁裁判所の最終決定を実行できない加盟国は、相手国政府から賠償を請求されることとなる。TPPルールに適合しない国内規制は、例え国民の求めるものであっても排除さざるえない。TPPは国民主権を侵害するものである。

  7.  現行TPPには、「金融サービス」、「投資」の章がなく、「労働」に関する文書も付属文書にとどまり法的な効力はない。しかし、アメリカはこれらを正式な章とすることを要求し、「投資」の章に加盟国の投資家が私人の資格で相手国政府を訴えることができる規定を設けろと要求している(毒素条項)。そうなれば日本の経済政策全般がTPPルールに適合しているかどうかが、海外の大企業によりチェックされることとなる。もちろん労働規制もその例外ではなく、例えば、解雇権濫用法理が投資家にとって邪魔だとなれば、それがTPPルールに合致しているかが賠償の脅し付きで判断されることとなる。

  8.  TPP参加は、単に農業破壊というだけではなく、日本の経済主権を侵害し、日本社会のあり方を決定する力を私たちの手から奪うという危険性を有している。私たちはもっとTPPの恐ろしさについて学ばなくてはならない。

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