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印刷会社主任の過労死事件で勝訴
三井生命営業所 (渡邉)過労死事件で和解解決


印刷会社主任の過労死事件で勝訴
弁護士 佐 藤 真奈美

  1. 事案の概要
     広告宣伝物等の印刷会社(社員数は役員を除いて4〜5名)で主任として働いていた男性(昭和48年生、被災時30歳。以下「被災者」)が、平成15年6月、虚血性心疾患で亡くなった。被災者は、ほとんどの日の帰宅時間が午後11時を過ぎるなど、非常に忙しく、平成15年6月末で会社を辞める決意までしていた。生前の被災者の様子を見ていた被災者の妻は、過労死としか思えず、京都下労働基準監督署に労災申請した。しかし、時間外労働時間がいわゆる過労死ライン(被災前6ヶ月平均80時間以上)に達しないというのを主な理由に、業務外決定が出された。審査請求も認められず、平成17年5月、大阪地裁に提訴した。
     大阪地裁第5民事部合議1係(山田陽三裁判長)は、平成18年9月6日、原処分を取消す原告勝訴の判決を言い渡した(被告は控訴せず確定)。

  2. 事案の特徴
     労災申請時、原告の手元には労働時間についての資料は何もなく、原告は、自分の記憶を辿って被災者の半年間の帰宅時間をまとめ、労基署に資料として提出した。また、「いつも締切に間に合うよう追われている」「トイレに行く時間ももったいない」「1文字まちがえただけでも全て印刷を刷り直しになり、何百万円・何千万円の損害となる」など、被災者が仕事について訴えていたことをまとめ、労基署に資料として提出していた。
     会社にタイムカードはなかったが、出勤簿(社員の出勤・退勤時間について、専務が手書きで記録するもの)が残されていた。労基署は、その出勤簿をもとに、時間外労働時間について、被災前6か月の平均が75時間25分であったと認定していた。要するに、被災者の時間外労働時間は、過労死ラインに、たった4時間35分、足りなかっただけなのである。しかし、労基署は、時間が足りない点をとりあげ、労働の質的過重性をみることなく、業務外との判断をした。

  3. 訴訟での主張
     訴訟では、被災者の時間外労働時間は労基署の認定より長かったと考えられること、主任という立場から他の社員に比し過重業務であったこと(労働時間の比較)などを主張した。労災申請段階から、退職した元同僚の協力が得られていたことから、元同僚の陳述書も提出した。
    これに対し、被告は、被災者の業務に起因するストレス等について、@被災者は他の社員に比べ作業に時間をかけるタイプだった、A同僚や上司は被災者が担当する業務が特に過大と言えないと述べている、B被災者は十分な休養をとっており疲労は回復していた、などと反論してきた。

     
  4. 裁判所の判断
     裁判所は、まず、業務起因性の判断について、司法上の判断にあたっては認定基準に羈束されるものではなく全証拠を総合検討し判断すべきことになると判示し、労働時間以外の事実についても細やかな検討をした。そして、労基署が認定した時間外労働時間について「争いのない時間」として認定した上で、多岐にわたる業務に起因するストレス(納期の存在や多大な損失の可能性、責任者としての立場など)を指摘し、業務の困難性、業務から生じるストレスの度合いにおいて相当程度過重性のある業務を遂行していたと判示した。さらに、被告の主張については、@労働時間が長かったのは、労働効率が低いからではなく、業務の困難性等による、A業務の内容や立場の差を考慮すれば、他の同僚の供述から業務の困難性が同程度とはいえない、B確かに被災者は休日を取得しているが、恒常的な長時間労働などで疲労の蓄積が生じると考えられるところ、その程度の休日では蓄積された疲労が解消されるとは考えられない、として排斥した。
     判決の中では、原告の供述などを引きながら細やかな事実認定がなされており、「(被災者は)パソコンや仕事上の知識が高く、真面目に仕事に取り組むがんばり屋でもあった」といった判示に象徴されるように、非常に人間味のある温かい判決であった。

  5. 本件の意義
     脳・心臓疾患の過労死事件では、時間外労働時間が過労死ラインに満たないことを理由に、業務の質的過重性はほとんど考慮されることなく、業務外決定を出されるケースはままある。本判決は、そのような機械的運用に、警鐘を鳴らすものといえよう。
     原告は、被災時29歳、生後6か月の長女と二人だけの生活で、どれだけ不安だったかと思う。彼女がよく「自分が裁判をやってるなんて、信じられないです。」と言っておられたのが、とても印象に残っている。夫の死に直面し、「過労死としか思えない」という実感から立ち上がり、勝訴判決が勝ち取られる。こういった積み重ねが、過労死のない社会につながっていくんだろうと感じる。その積み重ねのお手伝いを、ずっと、していきたいと思う。

(弁護団は、上出恭子弁護士、佐藤です)

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三井生命営業所 (渡邉)過労死事件で和解解決
弁護士 村 田 浩 治
  1. 事件概要
     亡渡邉一洋氏は、三井生命丸亀営業所長在任中の2000年8月26日未明(推定)に心筋梗塞で死亡した。出産のため大阪に戻っていた妻に死亡の知らせが届いたのは、月曜の朝になっても出勤しない一洋さんの様子を見にいった部下が自宅で倒れたまま亡くなっていた一洋さんを発見した27日であった。
     営業所所長の職務は、自らが契約を獲得するだけでなく、営業所の職員を採用し、出来る限り定着させ、そして契約獲得を継続させるということにつきる。職員採用のために職安前でビラを配布し、声をかけるのも所長の仕事であり、また採用後は、毎朝の朝礼や、個別指導を通じての契約獲得の動機づけ、場合によっては飲食を共にすることや営業職員同士の人間関係を調整するということも含め、あらゆる手段を通じて職員に「やる気」を出させ「気持ちよく仕事をしてもらい」社員が契約を獲得し、営業所全体の利益を上げていくというのが営業所所長の任務である。
     一洋氏は、営業所長として高松でスタートを切って3年目に入っていた。前任所長の2倍以上の実績をあげていたが、妻には部下への愚痴やストレスを訴えていた。
     一洋氏が死亡した8月は、前月の7月がいわゆる保険月であり、通常よりも高い目標を掲げ、さらに8月は逆に、盆休みなどもあって契約獲得が減少する月であったが、締切日前日になっても営業職員の半分以上が契約を獲得していないという状況であった。一洋氏は20代から高血圧症の基礎疾病があり、発症当時も降圧剤を恒常的に引用していた。

  2. 経過
     妻も部署は異なるものの元三井生命に勤務していたこともあり、一洋氏の従前の仕事ぶりをよく知っていた。妻の両親からの助言を受け、死亡直前の携帯電話の通話記録や自宅の通話記録などを保全した。その後、きづがわ共同法律事務所に相談に訪れた。
     代理人が就任した直後、営業所長の上司にあたる支社長等は、一洋氏が献身的に営業所で業務に励んでいたことは認め、その実績を評価していたが、労災補償請求のための業務状況を知るための日報や営業成績を示す資料、健康診断記録などの開示を求めても健康診断の個人票以外の資料の提出は拒否した。
     やむなく会社に対する証拠保全を経て資料を集め、2002年5月に労災保険請求を行い翌2003年12月、高松労働基準監督署は労災認定をした。労災認定に先立つ2003年4月、遺族は「夫の死亡原因を知りたい」と使用者責任を問う民事訴訟を提起した。その後、会社が労災によって亡くなった社員の遺族に支払うよう就業規則に定められた見舞金の支払いを拒否したため、この支払いも求めて訴訟を提起した。2006年初頭に証拠調べを終えた後、裁判所(大島眞一裁判長)から和解勧告がなされ、2006年8月22日、和解が成立した。

  3. 争点と立証
    (1)労働の過重性
     量的な過重性については、三井生命が全く時間管理をしていないこともあり、もっぱら携帯電話の通話記録やメールの記録によって間接事実を推定する手法によって超過勤務時間を算定した。通話記録の内の部下や上司に対する電話記録をもって業務終了時間とした。始業時間も朝礼を準備するために出社していた時間を始業時間とし、妻の証言を元に推論を重ねた。こうした作業の結果、一洋氏の直近1カ月の時間外労働時間は所定外193時間・法外178時間という結論になった。
     営業所長の質的過重性についても営業所職員とのやりとりなど、妻が記憶している内容に基づいてそのストレスが過大であったことを主張立証すると共に、時間管理をしていない会社が残業時間について正確な報告をしないため、労災申請後、営業所が午後九時過ぎから10時以降も明かりが点り職員が残業している様子を撮影した遺族の執念によるビデオは労基署の判断にも裁判にも大きな証拠資料となった。
     所長就任後の営業所の実績について前任者と比較する作業も行った。保険契約が成約にいたるまでねばり強い営業が求められる。このような営業努力を職員が行うには、契約実績のために職員を指導し、激励するなど所長の努力なしにはありえない。
     会社側は、遅くとも午後10時には業務を終了していたし、土日は休みだった、昼間も自由に外出したり、遠い店まで食事をしにいくなど自由であった等と労働時間の質も量も否定したが、裁判所は携帯電話記録と妻の陳述書で時間の認定をした。

    (2)一洋氏の基礎疾病と会社の過失
     一洋氏は、20代からすでに高血圧症の基礎疾病があった。しかし、三井生命入社後は健康状態を維持してきたことや労働時間数が長いことから、業務起因性では重大な争点とならないように思われた。他方で、営業所長2年目(事件の1年前)の健康診断において明らかに臓器障害を推測させる診断結果が示されていた。会社の産業医は、特に就労制限などの指示はしていなかった。会社は健康診断上、問題が出ているのに漫然と営業所長としての業務を従前と同様に継続させたとして、会社の責任を追及した。労災段階で西淀病院の東先生、裁判では耳原病院の池田先生の意見書を提出した。

  4. 和解の結果
     和解内容は、「@和解金4290万円A業務上災害見舞金規程に基づき見舞金等として金3210万円の合計7500万円の支払い。B三井生命が労災認定されたことを重く受け止め、渡邉さんに対する労務管理が不十分であったことにつき遺憾の意を表す。C三井生命は、本件を教訓として、労基法、労安法等の関係法令・通達を遵守するとともに、労働時間の適正な把握、健康診断受診への配慮等、従業員の労働時間管理・健康管理体制の充実に必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるよう努める。」というものであった。
     タイムカードや日報などの明確な客観的証拠がない本件に置いて、労働基準監督署が労災を認定し、さらに裁判所が労働時間の判断を示して和解勧告をした意味は大きい。さらに遺族がだわった本件を教訓として今後の労働時間管理や健康診断による健康管理を会社が約束したことを遺族も高く評価したものである。
     金融職場で働く多くの労働組合の方々の支援に感謝すると共に和解によって会社が約束した労働時間管理と健康管理の約束を労働組合で生かしていただくことが遺族の願いであることを記して報告としておきたい。(なお主任代理人は、増田尚弁護士である。)

(なお主任代理人は、増田尚弁護士である。)
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