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- はじめに
2006年5月31日、大阪地方裁判所堺支部において、第一交通事件の二つの大きな勝利判決がありましたので、ご報告致します。
日本一の車両台数を有するタクシー会社の第一交通は、2001年3月、佐野南海を買収し(買収と同時に佐野第一と商号を変更)、不当労働行為の限りをつくし、組合の壊滅に血道をあげてきましたが、組合が反撃して持ちこたえると、2003年4月には、子会社の佐野第一の営業実態を御影第一という別の子会社に移し(組合員以外の乗務員をすべて御影第一に異動させました)、佐野第一を解散し、これを理由に組合員55名を全員解雇しました。
解雇された組合員らは、親会社の第一交通に対し、従業員たる地位の保全と賃金の仮払を求めて、大阪地方裁判所岸和田支部に仮処分命令の申立を行い、賃金の仮払い命令を得て(大阪地方裁判所岸和田支部平成15年9月10日決定)、保全異議審(大阪地方裁判所岸和田支部平成16年3月18日決定)、保全抗告審(大阪高等裁判所平成17年3月30日決定)、許可抗告審(最高裁判所第一小法廷平成18年5月22日決定)のいずれも勝利を収めてきました。今回報告する判決の一つは、この仮処分事件の本案訴訟判決です(第一事件)。
- 第一事件
(1)請求の内容
佐野第一の解散を理由に解雇された組合員らは、親会社の第一交通に対し、主位的には、従業員としての地位の確認と賃金の支払い、違法解雇に対する慰謝料を求め、予備的には、不法行為に基づく賃金相当損害金の支払いを求めて、本案訴訟を提起しました。同時に、単組とその上部団体の自交総連大阪地連も、親会社の第一交通に対し、不法行為に基づく非財産的損害の賠償を求めました。なお、不法行為に基づく慰謝料と非財産的損害の請求については、代表取締役2名の連帯責任も追及しています。
さらに、解雇された組合員らは、佐野第一の事業を継続している御影第一にも、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを求めました。親会社の第一交通に対する請求と御影第一に対する請求は、単純併合の関係にあると構成しました。
(2)争点と判断
本件の最大の争点は、子会社の偽装解散を理由に解雇された労働者は、法人格否認の法理により、親会社に対し雇用責任を追及できるかという点です。
この点に関する判決の骨子は、以下のとおりです。
@ 法人格否認の法理は、親子会社における雇用契約の関係についても適用できる。
A 子会社の法人格が形骸化している場合には、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができる。
B 親会社が子会社の法人格を濫用した場合にも、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができる。
C ただし、子会社が真実解散し、その事業が消滅した場合には、子会社の従業員は、親会社に対し、雇用契約上の責任を追及することはできない。
D そして、子会社の解散が偽装解散であると認められる場合で、親会社自らが子会社の事業を継続している場合、または別会社に子会社の事業を継続させ、その別会社の法人格が形骸化している場合には、親会社は、子会社の従業員に対し、雇用契約上の責任を負う。
E しかし、子会社の事業を継続した別会社の法人格が形骸化しているとまではいえない場合には、別会社が、子会社の従業員に対し、雇用契約上の責任を負う。
判決は、子会社佐野第一の法人格が形骸化しているとの主張を退けたものの、親会社の第一交通が子会社の佐野第一の法人格を濫用したことを認め、別会社である御影第一が子会社佐野第一の事業を継続していることから、子会社佐野第一の解散は偽装解散であったと認定し、別会社である御影第一の法人格が形骸化しているとまではいえないとして、組合員らの雇用責任を負うべき主体は、解散した子会社の事業を継続している御影第一であるとしました。
結局、解雇された組合員らは、解散会社の事業を継続している御影第一に対し、従業員としての地位を有することが確認され、御影第一に対する賃金請求が認められましたが、親会社の第一交通に対しては、従業員としての地位の確認や賃金請求は認められませんでした。
しかし、判決は、親会社の第一交通に不法行為が成立することを認め、解雇された組合員らに対し、解雇時から本案判決の確定に至るまで、毎月賃金相当損害金を支払うよう命じました。
加えて、判決は、解雇された組合員らについて、一人あたり60万円の慰謝料を認め、単組に200万円、上部団体である自交総連大阪地連に100万円の非財産的損害を認めました。慰謝料と非財産的損害については、2名の代表取締役の連帯責任も認めています。
(3)評価
判決は、親会社のした子会社の偽装解散とこれを理由とする労働者の全員解雇につき、別の子会社が解散した子会社の事業を継続している場合に、事業を継続している別の子会社に労働者の雇用責任を認めた点で画期的です。弁護団は、親会社にこそ雇用責任が認められるべきと考えましたが、判決の論理は、仮処分事件の許可抗告審における最高裁決定と同旨の結論であり、やむを得ないと判断しています。
他方で、弁護団は、判決が親会社の第一交通に不法行為責任を認め、解雇された組合員らに対し本案判決の確定に至るまで毎月賃金相当損害金の支払いを命じたこと、各組合員に対する慰謝料や単組と上部団体の非財産的損害を認めたこと、慰謝料と非財産的損害につき代表取締役の連帯責任を認めたことを、高く評価しています。
- 第二事件
(1)請求の内容
二つめの判決も、偽装解散に関連するものです。組合員らは、子会社の佐野第一に対し、差額賃金請求権や損害賠償請求権を有していたのですが(すでに裁判で確定した請求権が中心です。これを解散会社に対する既存債務と呼んでいます)、親会社の第一交通が子会社の佐野第一を偽装解散したため、佐野第一に既存債務の支払いを請求することができなくなったので、あらためて法人格否認の法理により、親会社に対し、既存債務の支払いを請求したものです。
また、組合員らは、予備的に、親会社第一交通の共同不法行為責任をも主張して、既存債務と同額の損害賠償を請求しました。
(2)争点と判断
本件の争点は、解散した子会社の負担していた既存債務について、親会社の責任を追及することができるかという点です。
判決は、第一事件と同様に、親会社の第一交通が子会社佐野第一の法人格を濫用した事実を認め、佐野第一の解散が偽装解散であったことを認めましたが、佐野第一の事業を継続する別会社の御影第一が存在する以上は、既存債務についても、別会社の御影第一に請求すべきであるとの結論をとりました。
しかし、判決は、予備的主張を容れ、親会社第一交通の共同不法行為責任を認め、既存債務と同額の損害賠償を命じました。
(3)評価
大阪高等裁判所昭和59年3月30日判決(長尾商事・布施自動車教習所事件)などは、解散した子会社の負担していた既存債務について、法人格否認の法理により、親会社が責任を負うとしていましたので、判決は、従来の裁判例と異なります。
しかし、判決は、親会社第一交通の不法行為責任を認めて、既存債務と同額の損害賠償請求を認めたので、弁護団は、実質的には完全勝訴に近いものと、高く評価しています。
- さいごに
二つの大きな勝利判決を得て、いよいよ第一交通を瀬戸際まで追いつめることができました。組合側は、これら二つの判決を大勝利判決と評価し、慰謝料の額など、若干の点を除いて控訴しませんでしたが、第一交通は、全面的に控訴をしましたので、今後は、舞台を大阪高等裁判所に移して、たたかうことになりました。この控訴審こそ本当の最終最後の決戦になります。組合側も弁護団も、もうしばらく全力を傾注して奮闘を続けたいと思います。
- (弁護団は、小林保夫、藤木邦顕、横山精一、山ア国満、中筋利朗、高橋徹)
- 2006年5月12日、全国13地裁で闘われている原爆症認定集団訴訟のさきがけとして、大阪地裁は1次原告9名全員を原爆症と認める画期的判決を下した。
- 今なお続く原爆後遺障害
原爆は爆風による被害の特殊性の一つとして放射線被曝による被害があげられる。そして放射線被曝は原爆投下時の直接被曝にとどまるものではない。残留放射線・放射性降下物は原爆投下後しばらくしてから被爆地に入った入市被爆者の体を蝕み、また黒い雨等により被爆地から相当離れた地域まで被害を広げた。かろうじて死をまぬがれた被爆者たちも体内・外から浴びた放射線により様々な健康被害を受け、そして今も受け続けている。
放射線被爆による後障害は、各種ガン等多岐におよぶが、現在の医学では特定の病名を付けることのできない不定愁訴群も大きな特徴である。「病院の待合室で椅子にも座れず、床にへたり込むほど、だるい。」等のひどいだるさは正確に病名が付けられず「原爆ぶらぶら病」と呼ばれている。被爆者のこのような症状は、まわりの者には理解がしがたく、「怠け者」とまわりの者から言われ、つらい思いで60余年を過ごしてきた者も少なくない。また、幾多の重い病を経験し、これからもいつ発症するかわからない癌等に怯え、更には子どもや孫の代にまで被爆の影響がでないかと心配をしながら現在も暮らしている。被爆者の被害は生きている限り、そして死んだ後も続くのである。
被爆者たちは、被爆前は健康であったにかかわらず、放射線被爆により現在に至るまで多くの病気に罹り苦しみ続けたこと、そして現在も苦しんでいることを「原爆症」として認めてほしいと訴えている。
- 原爆症認定集団訴訟とは
「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」では、被爆者健康手帳を持つ者が原爆の放射線に起因し、または治癒能力が放射線の影響を受けている疾病にかかり現在医療を要する状態にあると厚生労働相に認められたとき、医療特別手当を支給するとする。これが原爆症認定制度である。しかし、被爆の実態とかけ離れた厚生労働省の審査基準により、多くの被爆者が認定申請を却下されてきた。
そのため被爆者はこれまでも原爆症認定制度の抜本的な改善を求めてきた。裁判として闘われた長崎松谷訴訟や京都小西訴訟では、すべて原告(被爆者)が連戦連勝であった。判決では、厚生労働省の認定は放射線量が一定の値を超えるかどうか機械的に判断するものであって、被爆の実態を十分に検討していないと厳しく批判され続けていた。
しかし厚生労働省は、個別的な裁判で何度負けようが認定制度の改善をしようとしない。まるで被爆者が死に絶えるのを待っているかのような対応である。このような状態を根本的に変えるため、2003年に札幌・名古屋・長崎で合計7人提訴が行われ原爆症認定集団訴訟が始まったのである。現在13地裁で被爆者およびその遺族が、裁判闘争を続けている。5月12日大阪地裁判決はこの集団訴訟のトップを切って言い渡された。
- 大阪地裁判決
今回の大阪地裁判決では、まず厚生労働省が被爆放射線量を推定するため用いているDS86、DS02という計算システムは単なるシミュレーションにすぎないとした。DS86による被爆線量の計算は実測値との間で不一致があり、少なくとも爆心地から1.3〜1.5キロメートル以遠では適用は慎重になすべきと指摘している。
また、残留放射線や放射性降下物による被爆は特定地域に限定されているかのような国の主張を排斥し、入市被爆者においても脱毛・出血・下痢等の急性症状が生じている事実や、内部被曝(体の中に入り込んだ放射性物質による被曝)に関する文献等を指摘し、国が言う特定地域における滞在や長期居住が認められない場合に直ちに被爆の事実がないとすることには、少なくとも慎重であるべきと指摘した。
さらには、国が用いる原因確率論(DS86によって、被爆線量を推定し、その推定線量値で、どれくらいの確率で疾病が放射線被爆に起因して生じるかを示したもの。厚生労働省は、10%未満の場合、原爆症申請を却下してきた)については、統計により集団的に観察されたものであって、原告などの個々人の病気が放射線に起因するかどうかについて機械的に適用することはできないとして、原因確率が小さいからといって起因性が認められないとは言えないと判断した。
そして放射線起因性の判断は原告自身の被爆前後の生活や健康状態、被爆の体験、被爆直後の症状、原爆症認定を求めている病気の状態、それ以外の病気の有無・状態などを総合考慮してなすべきとした。このような判断基準により裁判所は9原告の被爆の前後の状況・被爆体験をていねいに検討して、遠距離被爆者や入市被爆者を含めて全員を原爆症と認定したのである。
- 本判決の影響
今回の大阪地裁判決は、全国で行われている集団訴訟に大きな影響を与えるだけでなく、今まで厚生労働省の不当に厳しい認定により、原爆症申請をあきらめていた被爆者にも勇気を与える判決であった。判決後近畿弁護団で行った被爆者電話相談では、4台設置の臨時電話は休むことなく鳴り続けた。相談内容は、原爆症申請のみならず、「被爆者健康手帳の申請を受付けてくれない」といった相談が多数よせられた。被爆者たちはもはや老年を迎えているというのに、国による被爆者行政は貧困なままである。
判決後、近畿の原告、弁護団そして東京をはじめとする全国の被爆者や弁護団が厚生労働省を囲み、大臣交渉要請、控訴断念要請の運動を繰り広げた。ところが厚生労働大臣は、原告その他の被爆者からの面談要請をかたくなに断り、5月22日には交渉の席に着くよう要請する被爆者から逃げるように控訴を行った。近畿弁護団は厚労省の控訴を受けて、大阪地裁で棄却された国家賠償について控訴を行った。近畿裁判は今後、二次原告らの地裁と、一次原告らの高裁とで行われることになった。全国的には、広島地裁(原告数41名)が既に現在結審しており、期日指定はまだないが、8月6日までには判決が言い渡される可能性が高い。東京地裁も7月12日に結審した。今後各地で原告勝訴判決がでるであろうが、高齢の被爆者たちには残された時間はわずかである。弁護団は大阪地裁の画期的判決を追い風にして、被爆者行政の根本的変換をはかっていきたいと考えている。
なお、このたび立命館大学の安斎育郎先生監修、原爆症認定訴訟近畿弁護団著で、かもがわ出版から「全員勝ったで!原爆症認定近畿訴訟の全面勝訴を全国に」という題名のブックレットを発行しました。有名書店で既に販売が始まっています。ぜひご購入ください。弁護団においても注文賜ります。
- 勝訴判決
本年6月21日、大阪地裁は、C型肝炎ウイルス(HCV)の混入した血液製剤「フィブリノゲン−ミドリ」を製薬会社が製造・販売し、国がそれを規制せず、放置し続けたことが違法であるとして、この血液製剤によってHCVに感染した被害者たちに総額2億5600万円の賠償を命じる判決を出しました。2002年10月の大阪東京両地裁への同時提訴から3年8ヶ月、原告、弁護団、支援者のまさに血の滲むような努力によって、ようやく一つの結節点にたどり着きました。
薬害肝炎とは
1960年代から1990年代にかけて広く日本中で止血目的等で使用された血液製剤(商品名「フィブリノゲン−ミドリ」のフィブリノゲン製剤、「クリスマシン」「PPSBニチヤク」などの第9因子製剤等)の多くに、HCVが混入していました。その製法はいわゆるプール血漿と呼ばれるもので、数千人から数万人分の血液を一つのプールで混ぜて製造するため、供血者の中にウイルス保有者がいればそのプールから製造された血液製剤全てにそのウイルスが混入してしまうのです。このような血液製剤を製薬企業が大量に製造販売し、国もそれを長らく放置したために、たいへん多くの人たちがエイズウイルス(HIV)やHCVに感染したのです。HIVウイルスに感染させられた被害者たちが国と製薬企業を相手に闘ったのが、あの薬害HIV訴訟です。そして、全く同じ原因からHCVに感染させられた被害者たちが現在闘っているのが、この薬害肝炎訴訟です。この訴訟の被告である三菱ウェルファーマ社の試算では、1980年以降だけでも1万人がフィブリノゲン製剤によってHCVに感染させられたとされています。今回の大阪地裁判決は、この未曾有のウイルス感染被害が「薬害」であり、国と製薬企業に責任があることを明確に認めた画期的なものでした。
判決に対する国の対応
この判決に先立つ6月16日、予防注射によってB型肝炎ウイルス(HBV)に感染させられた被害者たちが国家賠償を求めていたB型肝炎訴訟において、最高裁は原告全員の請求を認めました。日本の司法はこの6月、血液製剤によるHCV感染も予防注射によるHBV感染も、国の誤った薬事政策によって引き起こされた被害であると断じたのです。マスコミ報道によると、ある厚生労働省幹部は「B型とC型で負けのダブルパンチ。肝炎対策はどこからどう手をつけたらいいのか」と漏らしたそうです(朝日新聞6月22日朝刊)。まさにその肝炎対策について話し合うため、私たち原告団弁護団は川崎厚生労働大臣との面談を申し入れていましたが、国は面談を受け入れることなく、早々と6月28日に控訴しました。
判決後に生まれた様々な動き
一説によると、日本にはB型とC型を併せたウイルス性肝炎患者が約350万人いると推定されています。結核に続く「第2の国民病」と言われるゆえんです。今回の2つの肝炎判決は、訴訟法的には裁判の当事者である原告のみを対象としたものですが、実質的には感染理由を問わずあらゆるウイルス性肝炎は医源性疾患(医療行為を介して罹患する疾患)であり、大元をたどれば長らく売血をあえて放置させてきた戦後の血液行政に原因があることを指弾したものであると、私は考えています。今回の判決が出た後わずか一週間ほどの間に、与野党を問わず国会に議席を持つ主要政党のほとんどに肝炎対策を検討するプロジェクトチームができたのも、この「第2の国民病」が、最終的には国がその責任を負わなければならないものであることが誰の目にも明らかになってきたからと言えるでしょう。
肝炎訴訟の今後
国の控訴に対抗して、今回の大阪地裁判決を受けた原告13名も全員が控訴しました。今回の大阪地裁判決は、国の規制権限不行使が違法と評価される場面を「その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき」に限定したクロロキン最高裁判決(平成7年6月23日第2小法廷)以後初めて国の責任を認めた集団薬害事件判決であり、その内容でも複数の争点で画期的な判断が見られます。他方で、国の過失時期を1987年4月以降、製薬企業の過失時期を1985年8月以降といずれも極めて遅い時期で認定していること(「フィブリノゲン−ミドリ」承認が1964年、米国FDAによるフィブリノゲン製剤回収が1977年)、第9因子製剤について国・製薬企業ともにその責任を否定したことなど、原告団弁護団としては到底納得できない点もあります。したがって、原告団弁護団は、判決後に生まれた立法府および行政府内での新たな動きをにらみつつ、引き続き司法の場で大阪地裁1審判決以上の判決を求めていくことになります。
また、今年8月30日の福岡地裁判決を筆頭に、東京地裁、名古屋地裁、仙台地裁の判決が続きます。当面は、すべての肝炎患者を視野に入れた恒久対策を一日も早く実現するべく、8月24日の薬害根絶デーと同月30日の福岡判決言渡期日に向けて全国の力を結集することになります。
- 国賠訴訟の提訴
5月26日、大阪泉南地域の石綿工場によるアスベスト被害者(被害者数8名)が、国家賠償訴訟を大阪地裁に提訴しました。
原告らは、石綿工場労働者、その家族、近隣住民などです。
原告らには、石綿を吸引したことによって、石綿肺(石綿を原因とするじん肺)や肺がん等に罹患した方や、既に苦しみの中で死亡した方の遺族なども含まれています。
- 国賠訴訟の意義
この訴訟の意義は、第1に、「史上最大・最悪の複合型災害・公害」と言われるアスベスト被害者の全面救済のためには、国の法的責任を司法の場で明らかにすることが不可欠であることです。
国は、隙間のない救済を掲げていわゆるアスベスト新法を施行しましたが、指定疾病について石綿を原因とする中皮腫、石綿を原因とする肺がんだけを対象としている点で、隙間ない救済にはほど遠く、救済対象が狭すぎると言わざるを得ません。
弁護団の泉南調査でも、じん肺管理区分3ないし4に相当する石綿肺及び合併症があるのに、石綿関連業務への従事歴がないために健康管理手帳や労災補償申請ができず、アスベスト新法でも全く救済されない被害者が生存・死亡問わず数多く存在することが判明しています。
アスベスト新法の「救済給付内容」についても、(1)医療費負担分、(2)療養手当(月約10万円)、(3)葬祭料(約20万円)、(4)特別遺族弔慰金(280万円)等となっています。
これらは、「被爆者援護法」の支給基準を敷行しているとみられますが、この救済給付水準は、労災保険給付(医療費金額、休業補償、特別給付金、葬祭料、遺族年金等)と比較しても低廉すぎると言わねばなりません。
アスベスト新法はこのように「隙間のない救済」にはほど遠い内容であり、国賠訴訟で国の責任を真正面から認めさせた上で、指定疾病の範囲の拡大や給付水準の向上のみならず、抜本的なアスベスト対策基本法の制定を迫り、真の意味での隙間なき救済を目指す必要があります。
第2に、大阪の泉南地域は明治時代から石綿紡織工場が集中していた地域で、深刻な被害が埋もれたままであることです。
そして第3に、国は戦前(昭和13年以降)より、国自身が関与した調査でも石綿工場での深刻な被害を把握していながら、石綿製品が近代産業に不可欠な基礎部品であるために規制をせず、今日の未曾有の被害を発生させたという歴史的事実が明らかになってきたことです。
泉南地域は、いわば地域全体が「ひとつの石綿工場」として、その地域住民の健康を犠牲にして日本の近代産業の発展を担わされてきたものです。
第4に、尼崎のクボタとは違い、泉南の石綿工場はほとんどが零細企業で既にそのほとんどが廃業・倒産していて資力がなく、また工場主自体も労働者と一緒に石綿粉塵まみれで働いた被害であることです。
泉南地域の被害者の隙間なき救済のためには、国の責任を問うことが不可欠です。
- 最後に
この訴訟は、全国のアスベスト被害者による国の責任を追及する訴訟の先駆けとしての提訴であり、泉南地域のみならず、さらに多くの被害者が全国で立ち上がることを弁護団では期待していますし、全国的にもじん肺訴訟を手がけてきた弁護士を中心に動き始めようとしています。
また、この訴訟の弁論が8月30日午後1時30分から大阪地裁で予定されており、同日午後3時頃からは中之島公会堂において弁論後集会が予定されています。
弁護団は、アスベスト被害者の真に隙間のない救済を目指して先頭に立つことを誓うとともに、多数の方がこの訴訟に注目され、裁判傍聴や集会への参加などを通じて大きく支援して下さるようお願いする次第です。
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