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- 端緒
平成18年2月1日、大阪地裁において、長年ビルの建設現場で内装工事に従事し、アスベストを含む粉じんを吸引し石綿肺を発症した元建設労働者である森本秀邦さんが、「石綿肺の発症は、現場の粉じん(石綿)対策が不十分であったのが原因」として、工事の元請け企業であった大手建設会社である竹中工務店と鹿島建設を提訴しました。弁護団によると、石綿の健康被害で建設労働者が大手ゼネコンを訴えるのは全国で初めてということです。
平成17年春以降、兵庫県尼崎市にあるクボタの周辺住民が石綿を吸引し、石綿肺、肺ガン、中皮腫の被害に遭っているという新聞・テレビ報道がなされました。
そこで、平成17年8月、大阪じん肺弁護団(後に「大阪じん肺アスベスト弁護団」に改称)所属の弁護士が、急遽、アスベスト被害についてのシンポジウム(平成17年8月23日実施)を開催し、アスベスト被害全国一斉110番(平成17年9月3日実施)を実施することになりました。
8月のシンポジウムは、準備期間が短期間であったこと、市民に対する告知が十分でなかったことから、会場もエル大阪の70名程度収容の会議室で行われましたが、関心のある市民、労働組合員等多数の人が参加されました。その中の一人である森本さんが、自身が建設現場で入手したガラス瓶入りの石綿を示しつつ、長年建設現場の内装工事に従事してきたこと、じん肺に罹患し石綿肺の診断を受けたこと、それに対する救済を参加者の前で訴えられました。
その後、森本さんは、110番を受けて開催されたアスベスト被害救済個別相談会(平成17年9月12日)にも参加され、相談担当の弁護士に対して、自身が作業を行っていた軽量鉄骨下地作業の部品を見せながら、熱心に自身の作業状況、作業環境を説明されました。その際、森本さんは、相談担当の弁護士に対して、作業現場で使用する器具と瓶詰めの石綿を示しながら、どこに石綿が吹き付けられ、どのようにしてその石綿をはつり、その結果どのような過程を経て自分が石綿を吸引したかについて、熱心かつ丁寧に説明しながら、自分がこれからの裁判、活動にかける思いを熱く伝えました。
- 弁護団の結成と現場特定作業
森本さんは、ビルの建設現場の内装工事(天井や間仕切りを仕上げる作業)に長年従事してきましたが、森本さんが各建設現場で働いて期間は、長くて2・3ヶ月、多くは2週間程度というものでした。短期間で次の建設現場に移動してきたこと、森本さんが従事していた頃のビルが取り壊しや改装されたり、また周囲の街並みが相当変化していたことから、森本さんが従事していた各建設現場の特定は困難が予想されました。
弁護団も当初は5名程度しかいませんでしたが、弁護士と森本さんの二人で、森本さんの記憶を頼りに街中を歩きながら、一つ一つビルの名前と作業場所を特定していく作業から始めました。
しかし、弁護士との調査を始める前に、森本さんがたった一人で、記憶に残っている場所を訪れ、ビルの名前と所在場所をある程度特定し、作業現場リストを作成していました。弁護団は、森本さんが作成したリストをもとに、そこに記載されているビルを一つ一つ確認していくだけで、相当労力が省略されました。もっとも、森本さんが従事した建設現場は多岐に上り、現場特定作業はなかなか終えることができませんでした。
そんな中、平成17年10月から58期の弁護士がたくさん大阪じん肺アスベスト弁護団に参加し、森本さんの弁護団も一気に11名まで増員されました。
現場特定作業も急ピッチで進み、ビルのテナント側から事情聴取を受けたり、ビル自体が既に無くなっていたりしながらも、現場特定作業は終了しました。
- 提訴に至るまで
森本さんは、鉄骨に吹き付けられている耐火被覆をはつる過程で、降り注ぐ粉じんを吸引したことによって、じん肺に罹患し、その粉じんに石綿が含有されていたため、石綿肺を発症したというものですが、どのような資材が使用されていたのか、当時の使用資材に石綿が含有されていたか、被告企業に予見可能性と回避義務(安全配慮義務)があったのか、作業と石綿肺発症の因果関係が立証できるのか否か等の議論を重ねながら、当初予定していた提訴時期には遅れたものの、ようやく平成18年2月1日に提訴することができました。
- 今後
森本さんの裁判は、平成18年4月24日午前10時から大阪地方裁判所202号法廷で第1回口頭弁論が行われます。弁護団としては、第2回目以降も弁論で行うこととし、多数の市民、支援者、労働組合から森本さんを支援してくれることを望んでいます。また、新聞・テレビ等により広く一般の人達に伝わり、石綿被害の深刻さ、かつて建設労働者が如何に過酷な環境で働いていたかについて知って貰い、森本さんはもちろんのことより多くの人達の被害救済運動に発展させて行ければ良いと考えています。
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